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キヴォトス  作者: ととこなつ
第九部 ~恋の回転木馬篇~
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379話 礼儀正しいハクニー 2


 そのころ、屋敷では、食事を終えて大広間に結集した皆が、ルナとZOOカードを囲んでいるところだった。


 ルナの合図で、テオドールとシシーを表す二枚のカードが浮かび上がる。

 

 リサたちは慣れてきたのか特になにも言わなかったが、アニタだけは、「すごい! すごい!」と叫びつづけ、アンジェリカに、「アニタさん、取材はやめてね」と念押しされていた。


「メリーゴーランドの夢ね」

 クラウドは不満げにつぶやいた。

「ルナちゃん、最近、報告が(とどこお)っているよ」


「ごめんね」

 ルナは眉をへの字にした。


 テオドールとシシーのカードが夢に出てきたことを、ルナはまだクラウドに話していなかった。リサたちには話したが、クラウドにはまだだった――そういえば、まだだった。

 クシラとアルベリッヒが運命の相手であり、アニタとニックをくっつけることにした、というあたりで報告は終わっていた。夢の話はしていなかったらしい。


 ルナの日記帳をななめ読みしながら、クラウドは不機嫌を納め、

「“礼儀正しいハクニー”と、“怖がりなシマリス”、ねえ」

 と何度もつぶやいた。


「ルナちゃんの夢だけで見れば、このシマリスを襲ってきた、コヨーテほか、ルナちゃん(いわ)く、“悪そうな動物”がきっと、シシーが抱えてる問題の原因なんだろうな」


「コヨーテたちの正体は分からない? ZOOカードを呼び出せないの?」

 リサの問いに、アンジェリカが、

「たぶん出てこない。悪党どもは、逃げ隠れするもんだよ」

 と思わず即答してしまい、サルビアに「アンジェ」とたしなめられた。

「ご、ごめん。ルナの勉強だもんね……あたしが簡単に口出ししちゃいけない」

 そういって、ソファに引っ込んで口をつぐんだ。


「まァ、待てよ」


 アンジェリカ同様、ソファに座っていたメンズ・ミシェルは、両手を広げた。


「なにも、そんなたいそうに占いなんかしなくたって、金の問題なら、法律で解決できることだってある」


 リサの顔が思いっきりしかめられたので、ああ、これはケンカが勃発(ぼっぱつ)するなとだれもが思った。


「そもそもいったい、なにを解決しようとしてる? メシの問題なら、当座はなんとかなったわけだ。金の問題か? シシーが抱えてる問題ってのは、なんなんだ? 一番親しいテオドールだって、なにが問題なのか、そこも理解してない。おまけに、俺たちは助けを求められたわけじゃない。テオにも、シシーにもだ。それなのに勝手に推測して、問題をややこしくするのは、タダのお節介ってヤツじゃないのか」


「俺もあまり、いいことだとは思わねえな」

 グレンも言った。

「ZOOカードがすごいのは認めるが、頼まれてもいねえのに、ひとのプライベートにズカズカ踏み込むのは、賛成できねえ」


 ZOOカードは――占い全般がそうだろうが――勝手にひとの内部を覗き見てしまうような感覚がある。アズラエルも言った。


「ああ。よけいなお世話だと思うぜ」

 

「なんて薄情なの!?」

 リサが怒鳴った。

「いっしょにパーティーしたともだちでしょ!?」


「でも――ミシェルの言うことはもっともだよ」

 クラウドはルナの日記帳をていねいに閉じ、ルナの膝の上に置いた。

「情報が少なすぎる。時期尚早(しょうそう)だな」


 その言葉には、キラの目も座った。

「でも、立て続けに問題は解決したわ。アニタさんのことも、ネイシャちゃんのことも」


 ルナはあわててキラの言葉を止めようとしたが、ネイシャとアニタが、「え? あたし!?」と叫んだ。

「あたしがなにか、ZOOカードに出てきたの?」

「なんかヤバイの? あたし?」


 ふたりがルナに詰めかけたので、キラも失言だったと思ったらしい。決まり悪げな顔をしたが、断固として叫んだ。


「アルの恋人だって見つけたわ――次はきっと、シシーさんの番よ! シシーさんが助けを求めてるの!!」


 ルナはアニタとネイシャに、「特にヤバくはないよ」となんとか説明し、ふたたび、キラの言葉に口をはさみかけたが、ルナの言いたいことは、アンジェリカが口にした。


「ルナの夢もZOOカードも、シシーさんが助けを求めているってわけではないと思う。カードにそんな象意は出ていないし、ルナの夢だって、助けを求めてるって感じではない」


 アンジェリカは、(おごそ)かに言った。


「なんでもZOOカードで解決しようと思うのは、間違いだよ」


 キラはなにか言おうとして――ふて腐れて、絨毯に座り込んだ。


「――でも、お金の問題が、わたくしたちの予想を超えて深刻だったら、シシーさんは、役員の資格をはく奪されることもあるかもしれません」

 カザマは、静かに言った。


「そうね。食事のことはなんとかなったとしても、光熱費に家賃、給与から支払われる分が滞れば、問題になるわ」

 カルパナも、訴えた。


「だからって、シシーが、自分の困ってる状況をだれにも打ち明けようとしないんじゃ、手の施しようがない――そうだろ?」


 メンズ・ミシェルが言い、それにリサが反論する。


「だからそれを! ZOOカードで見つけてもらって……」


「ZOOカードは万能じゃない」

 アンジェリカはきっぱりと言った。

「万能、と言えるかもしれないけど、深淵過ぎて、術者の読み方次第で、結果や状況は一変する。うかつに結論を下すもんじゃない。――あたしもクラウドやミシェルの意見に賛成。まだ、時期じゃない」


「でも、時期じゃないって放っておいて、大ごとになって、取り返しがつかなくなって、もしシシーさんが役員の資格をはく奪されて、宇宙船を降ろされてしまったら、どうするの?」


 ロイドが、おずおずと言った。メンズ・ミシェルは肩をすくめた。


「シシーはL7系の出だろ? エレナたちのように、母星にもどったら命の危険があるっていうんじゃない」


「で、でも――」

 ロイドは、キラとリサの肩を持ちたいようだった。

「お金の問題は……どんなにちいさくても、深刻だよ」


「そうよ! 深刻だわ。ミシェルは、お金持ちだったから分からないかもしれないけど」


 キラが息巻いて、メンズ・ミシェルは困り顔をした。


「俺の昔のことは関係ないだろ」


「L7系だからって、みんな豊かな生活してるわけじゃないのよ? シシーさんだって、おじいちゃんとおばあちゃんを面倒見ながら、ギリギリの生活を続けてきて、それで、ふたりは亡くなって、もう身内はいないっていうし――せっかくがんばってこの宇宙船の役員になったっていうのに、降ろされちゃったらかわいそうじゃない!」


「いや、だから、まだ降ろされると決まったわけじゃ――」


 メンズ・ミシェルは言ったが、キラは猛然と怒鳴りかえす。


「そうならないように、あたしたちはなんとかしようと、」

「なんとかって、なにに困ってるかもわからない状況で?」

 リサも怒鳴った。

「だからそれを、ZOOカードで調べて、」

「リサが調べるんじゃないだろ、ルナちゃんだろ?」

「あたしたちにだって、できることはあるわよ!」


「……堂々巡りだな」

「だれか、止めろ」


 グレンがつぶやき、アズラエルはうんざり顔をした。ピエトはピエロを抱きしめたまま、落ち着かなげに周囲を見まわし、セルゲイは苦笑していた。


「ミシェルはそういうところが薄情なのよ!!」

「困ったときに助けるのがともだちでしょ!?」


 リサとキラの勢いは止まらない。さすがのメンズ・ミシェルもつかれてきたようで、両手を広げて肩をすくめ、反論を打ち切った。


 大広間のメンバーは、おおまかに、三つに割れた。


 ルナにZOOカードで占って欲しい、リサとキラ、ロイド、カザマとカルパナ。

 時期尚早(じきしょうそう)だという、メンズ・ミシェルとクラウド、アンジェリカ。


 残りのメンバーは、だまって成り行きを見守っていたのだが――。


 リサとキラの訴えが一時停止したところで、アルベリッヒが言った。


「……リサたちの気持ちは分かる。ふたりが、彼らのことを思う気持ちも。でも、ここは、ZOOカードの先生であるアンジェリカの言葉が、一番大切なんじゃないかな――シシーさんのことはともあれ、ZOOカードのことに関しては」


 アルベリッヒの低くおだやかな口調は、だれの耳にもすっと通った。そして、皆の興奮を鎮めた。


「俺たちの祖であるノワは、ひとには抗いがたい、絶対的なさだめがあると言っている。その抗いがたいさだめという舞台で、運命は刻々と変化しているのだとも」


 ロイドが聞き返した。


「運命?」

「そう。生まれた星、街、親や兄弟――それらをひとは、選ぶことはできない。けれども、自分の足で歩み出した瞬間に、ひとは未来を変えていく。己の選択で、つぎに向かう道を決めていく。一瞬一瞬の選択の中に、変化はある。一見して、なにも変わっていないように見えても、時は流れている。黙っていても、ひとは老い、身体も心も変わっていく。自分も世界も変化している。その流れの中に、自分はいる」


「つまり?」

 アズラエルが眉間に盛大なしわを寄せて聞くと。


「つまり、焦るな――世界と時間の流れにゆだね、逆らうな――占いっていうのは、なにかを変えることじゃない。時を読むことだろ? 生まれた場所というさだめを変えることはできない。未来という名の運命は変えられても。時を捻じ曲げようとしても無駄だ。けれども、時を読むことはできる。対処はできるんだ」


「時を、読む……」

 ルナがつぶやいた。


「すべての事象に、かならず法則性はある」


 やっと静かになったところで、クラウドは言った。


「ここで難しいことを言う気はないけど、いままで、ルナちゃんといっしょに、彼女の夢解きをしてきた俺だ。信じてほしい――まだ、機が熟していない。ルナちゃんは、夢を見ただけだ。まだ、“問題提起”の状況なんだ」


「……」


 リサとキラは、不服そうだった。味方を増やそうとロイドをつついたが、ロイドは喧々囂々(けんけんごうごう)の意見交換の場に参加できる度胸は持ち合わせていない。

 ふたりはレディ・ミシェルに目をつけたが、

「あたしも、いま決めつけて動けば、とんでもない勘違いをすると思う」

 と言ったので、味方にはならなかった。


 アンジェリカが、嘆息しつつ、言った。


「どうも、あんまり人が関わりすぎて混乱してきたから、ひとつだけ、アドバイスを」


 混乱してねじれていたルナのウサ耳が、しゅるしゅると解けて、垂れた。


「ルナの夢だけ見れば、たぶん、テオさんとシシーさんのことは、あたしやルナが手を出さなくたって解決するんだ」


「ええ!?」


 ルナではなく、リサとキラが叫んだ。アンジェリカはルナに向かって言った。


「ルナ、いい? 夢の状況を再確認。――シシーさんを乗せたテオさんが、コヨーテたちを蹴散らして、円満解決だ。だからつまり、だまっていれば、テオさんが勝手に解決するんだよ、これは」


「……!」


「――じゃあ、あたしたちが何もしなくても、解決するの?」

 キラとリサが顔を見合わせる。


「だけど、ルナがこの夢を見たことに、意味がある」


 アンジェリカは厳かに言い――やはりルナではなく、リサが尋ねた。


「どういうこと?」

「一部だけ見て判断しちゃいけない。ZOOの支配者は、大樹を見ないと。ルナはいま、大樹の根っこで草を食べてるウサギになってるよ」


 アンジェリカがいつぞや、アントニオに言われた台詞である。


「一番大切なのは、この夢が、ルナになにを伝えようとしているのかということ」


 サルビアの言葉に、アンジェリカは何度もうなずいた。


「そう――これは、アニタさんやネイシャちゃん、アルのことも含め、“メリーゴーランド”で行われた寸劇(すんげき)。――ルナ、馬たちはどんな動きをしてたっけ? もっと夢の状況を再確認すること。ZOOカードに関しては、テオさんとシシーさんのカード名は? そこから導き出される象意は? ふたりの真名(まさな)はあった? ふたりのカードが変わる可能性は? メリーゴーランドの象意は?」


「――あ」

 ルナは、やっとひらめいたのだった。

 

「ルナは、まだ調べていない事象が山とあるよ。それから、ルナは、シシーさんの問題を“解決する”んじゃない。ルナがすべきことはちがう。月の女神の役割はなに?」


「……! ……!!」


 ルナはわたわたと謎の動きをした。リサとキラは分からなかったが、ルナは分かったのだった。


「もっと、ふたりだけじゃなく、周囲の糸も見て。そうすれば、ルナがすべき役目が分かる。それに、“12の預言詩”ももう一度見直す。かかわりがあるかも――それに、」


「アンジェ」


 サルビアの重々しい声に、アンジェリカはぐっと詰まった。


「ぜんぶ言ってしまっては、なんの学びにもならないではありませんか……」


 サルビアのためいきが、大広間に沈んだ。




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