379話 礼儀正しいハクニー 2
そのころ、屋敷では、食事を終えて大広間に結集した皆が、ルナとZOOカードを囲んでいるところだった。
ルナの合図で、テオドールとシシーを表す二枚のカードが浮かび上がる。
リサたちは慣れてきたのか特になにも言わなかったが、アニタだけは、「すごい! すごい!」と叫びつづけ、アンジェリカに、「アニタさん、取材はやめてね」と念押しされていた。
「メリーゴーランドの夢ね」
クラウドは不満げにつぶやいた。
「ルナちゃん、最近、報告が滞っているよ」
「ごめんね」
ルナは眉をへの字にした。
テオドールとシシーのカードが夢に出てきたことを、ルナはまだクラウドに話していなかった。リサたちには話したが、クラウドにはまだだった――そういえば、まだだった。
クシラとアルベリッヒが運命の相手であり、アニタとニックをくっつけることにした、というあたりで報告は終わっていた。夢の話はしていなかったらしい。
ルナの日記帳をななめ読みしながら、クラウドは不機嫌を納め、
「“礼儀正しいハクニー”と、“怖がりなシマリス”、ねえ」
と何度もつぶやいた。
「ルナちゃんの夢だけで見れば、このシマリスを襲ってきた、コヨーテほか、ルナちゃん曰く、“悪そうな動物”がきっと、シシーが抱えてる問題の原因なんだろうな」
「コヨーテたちの正体は分からない? ZOOカードを呼び出せないの?」
リサの問いに、アンジェリカが、
「たぶん出てこない。悪党どもは、逃げ隠れするもんだよ」
と思わず即答してしまい、サルビアに「アンジェ」とたしなめられた。
「ご、ごめん。ルナの勉強だもんね……あたしが簡単に口出ししちゃいけない」
そういって、ソファに引っ込んで口をつぐんだ。
「まァ、待てよ」
アンジェリカ同様、ソファに座っていたメンズ・ミシェルは、両手を広げた。
「なにも、そんなたいそうに占いなんかしなくたって、金の問題なら、法律で解決できることだってある」
リサの顔が思いっきりしかめられたので、ああ、これはケンカが勃発するなとだれもが思った。
「そもそもいったい、なにを解決しようとしてる? メシの問題なら、当座はなんとかなったわけだ。金の問題か? シシーが抱えてる問題ってのは、なんなんだ? 一番親しいテオドールだって、なにが問題なのか、そこも理解してない。おまけに、俺たちは助けを求められたわけじゃない。テオにも、シシーにもだ。それなのに勝手に推測して、問題をややこしくするのは、タダのお節介ってヤツじゃないのか」
「俺もあまり、いいことだとは思わねえな」
グレンも言った。
「ZOOカードがすごいのは認めるが、頼まれてもいねえのに、ひとのプライベートにズカズカ踏み込むのは、賛成できねえ」
ZOOカードは――占い全般がそうだろうが――勝手にひとの内部を覗き見てしまうような感覚がある。アズラエルも言った。
「ああ。よけいなお世話だと思うぜ」
「なんて薄情なの!?」
リサが怒鳴った。
「いっしょにパーティーしたともだちでしょ!?」
「でも――ミシェルの言うことはもっともだよ」
クラウドはルナの日記帳をていねいに閉じ、ルナの膝の上に置いた。
「情報が少なすぎる。時期尚早だな」
その言葉には、キラの目も座った。
「でも、立て続けに問題は解決したわ。アニタさんのことも、ネイシャちゃんのことも」
ルナはあわててキラの言葉を止めようとしたが、ネイシャとアニタが、「え? あたし!?」と叫んだ。
「あたしがなにか、ZOOカードに出てきたの?」
「なんかヤバイの? あたし?」
ふたりがルナに詰めかけたので、キラも失言だったと思ったらしい。決まり悪げな顔をしたが、断固として叫んだ。
「アルの恋人だって見つけたわ――次はきっと、シシーさんの番よ! シシーさんが助けを求めてるの!!」
ルナはアニタとネイシャに、「特にヤバくはないよ」となんとか説明し、ふたたび、キラの言葉に口をはさみかけたが、ルナの言いたいことは、アンジェリカが口にした。
「ルナの夢もZOOカードも、シシーさんが助けを求めているってわけではないと思う。カードにそんな象意は出ていないし、ルナの夢だって、助けを求めてるって感じではない」
アンジェリカは、厳かに言った。
「なんでもZOOカードで解決しようと思うのは、間違いだよ」
キラはなにか言おうとして――ふて腐れて、絨毯に座り込んだ。
「――でも、お金の問題が、わたくしたちの予想を超えて深刻だったら、シシーさんは、役員の資格をはく奪されることもあるかもしれません」
カザマは、静かに言った。
「そうね。食事のことはなんとかなったとしても、光熱費に家賃、給与から支払われる分が滞れば、問題になるわ」
カルパナも、訴えた。
「だからって、シシーが、自分の困ってる状況をだれにも打ち明けようとしないんじゃ、手の施しようがない――そうだろ?」
メンズ・ミシェルが言い、それにリサが反論する。
「だからそれを! ZOOカードで見つけてもらって……」
「ZOOカードは万能じゃない」
アンジェリカはきっぱりと言った。
「万能、と言えるかもしれないけど、深淵過ぎて、術者の読み方次第で、結果や状況は一変する。うかつに結論を下すもんじゃない。――あたしもクラウドやミシェルの意見に賛成。まだ、時期じゃない」
「でも、時期じゃないって放っておいて、大ごとになって、取り返しがつかなくなって、もしシシーさんが役員の資格をはく奪されて、宇宙船を降ろされてしまったら、どうするの?」
ロイドが、おずおずと言った。メンズ・ミシェルは肩をすくめた。
「シシーはL7系の出だろ? エレナたちのように、母星にもどったら命の危険があるっていうんじゃない」
「で、でも――」
ロイドは、キラとリサの肩を持ちたいようだった。
「お金の問題は……どんなにちいさくても、深刻だよ」
「そうよ! 深刻だわ。ミシェルは、お金持ちだったから分からないかもしれないけど」
キラが息巻いて、メンズ・ミシェルは困り顔をした。
「俺の昔のことは関係ないだろ」
「L7系だからって、みんな豊かな生活してるわけじゃないのよ? シシーさんだって、おじいちゃんとおばあちゃんを面倒見ながら、ギリギリの生活を続けてきて、それで、ふたりは亡くなって、もう身内はいないっていうし――せっかくがんばってこの宇宙船の役員になったっていうのに、降ろされちゃったらかわいそうじゃない!」
「いや、だから、まだ降ろされると決まったわけじゃ――」
メンズ・ミシェルは言ったが、キラは猛然と怒鳴りかえす。
「そうならないように、あたしたちはなんとかしようと、」
「なんとかって、なにに困ってるかもわからない状況で?」
リサも怒鳴った。
「だからそれを、ZOOカードで調べて、」
「リサが調べるんじゃないだろ、ルナちゃんだろ?」
「あたしたちにだって、できることはあるわよ!」
「……堂々巡りだな」
「だれか、止めろ」
グレンがつぶやき、アズラエルはうんざり顔をした。ピエトはピエロを抱きしめたまま、落ち着かなげに周囲を見まわし、セルゲイは苦笑していた。
「ミシェルはそういうところが薄情なのよ!!」
「困ったときに助けるのがともだちでしょ!?」
リサとキラの勢いは止まらない。さすがのメンズ・ミシェルもつかれてきたようで、両手を広げて肩をすくめ、反論を打ち切った。
大広間のメンバーは、おおまかに、三つに割れた。
ルナにZOOカードで占って欲しい、リサとキラ、ロイド、カザマとカルパナ。
時期尚早だという、メンズ・ミシェルとクラウド、アンジェリカ。
残りのメンバーは、だまって成り行きを見守っていたのだが――。
リサとキラの訴えが一時停止したところで、アルベリッヒが言った。
「……リサたちの気持ちは分かる。ふたりが、彼らのことを思う気持ちも。でも、ここは、ZOOカードの先生であるアンジェリカの言葉が、一番大切なんじゃないかな――シシーさんのことはともあれ、ZOOカードのことに関しては」
アルベリッヒの低くおだやかな口調は、だれの耳にもすっと通った。そして、皆の興奮を鎮めた。
「俺たちの祖であるノワは、ひとには抗いがたい、絶対的なさだめがあると言っている。その抗いがたいさだめという舞台で、運命は刻々と変化しているのだとも」
ロイドが聞き返した。
「運命?」
「そう。生まれた星、街、親や兄弟――それらをひとは、選ぶことはできない。けれども、自分の足で歩み出した瞬間に、ひとは未来を変えていく。己の選択で、つぎに向かう道を決めていく。一瞬一瞬の選択の中に、変化はある。一見して、なにも変わっていないように見えても、時は流れている。黙っていても、ひとは老い、身体も心も変わっていく。自分も世界も変化している。その流れの中に、自分はいる」
「つまり?」
アズラエルが眉間に盛大なしわを寄せて聞くと。
「つまり、焦るな――世界と時間の流れにゆだね、逆らうな――占いっていうのは、なにかを変えることじゃない。時を読むことだろ? 生まれた場所というさだめを変えることはできない。未来という名の運命は変えられても。時を捻じ曲げようとしても無駄だ。けれども、時を読むことはできる。対処はできるんだ」
「時を、読む……」
ルナがつぶやいた。
「すべての事象に、かならず法則性はある」
やっと静かになったところで、クラウドは言った。
「ここで難しいことを言う気はないけど、いままで、ルナちゃんといっしょに、彼女の夢解きをしてきた俺だ。信じてほしい――まだ、機が熟していない。ルナちゃんは、夢を見ただけだ。まだ、“問題提起”の状況なんだ」
「……」
リサとキラは、不服そうだった。味方を増やそうとロイドをつついたが、ロイドは喧々囂々の意見交換の場に参加できる度胸は持ち合わせていない。
ふたりはレディ・ミシェルに目をつけたが、
「あたしも、いま決めつけて動けば、とんでもない勘違いをすると思う」
と言ったので、味方にはならなかった。
アンジェリカが、嘆息しつつ、言った。
「どうも、あんまり人が関わりすぎて混乱してきたから、ひとつだけ、アドバイスを」
混乱してねじれていたルナのウサ耳が、しゅるしゅると解けて、垂れた。
「ルナの夢だけ見れば、たぶん、テオさんとシシーさんのことは、あたしやルナが手を出さなくたって解決するんだ」
「ええ!?」
ルナではなく、リサとキラが叫んだ。アンジェリカはルナに向かって言った。
「ルナ、いい? 夢の状況を再確認。――シシーさんを乗せたテオさんが、コヨーテたちを蹴散らして、円満解決だ。だからつまり、だまっていれば、テオさんが勝手に解決するんだよ、これは」
「……!」
「――じゃあ、あたしたちが何もしなくても、解決するの?」
キラとリサが顔を見合わせる。
「だけど、ルナがこの夢を見たことに、意味がある」
アンジェリカは厳かに言い――やはりルナではなく、リサが尋ねた。
「どういうこと?」
「一部だけ見て判断しちゃいけない。ZOOの支配者は、大樹を見ないと。ルナはいま、大樹の根っこで草を食べてるウサギになってるよ」
アンジェリカがいつぞや、アントニオに言われた台詞である。
「一番大切なのは、この夢が、ルナになにを伝えようとしているのかということ」
サルビアの言葉に、アンジェリカは何度もうなずいた。
「そう――これは、アニタさんやネイシャちゃん、アルのことも含め、“メリーゴーランド”で行われた寸劇。――ルナ、馬たちはどんな動きをしてたっけ? もっと夢の状況を再確認すること。ZOOカードに関しては、テオさんとシシーさんのカード名は? そこから導き出される象意は? ふたりの真名はあった? ふたりのカードが変わる可能性は? メリーゴーランドの象意は?」
「――あ」
ルナは、やっとひらめいたのだった。
「ルナは、まだ調べていない事象が山とあるよ。それから、ルナは、シシーさんの問題を“解決する”んじゃない。ルナがすべきことはちがう。月の女神の役割はなに?」
「……! ……!!」
ルナはわたわたと謎の動きをした。リサとキラは分からなかったが、ルナは分かったのだった。
「もっと、ふたりだけじゃなく、周囲の糸も見て。そうすれば、ルナがすべき役目が分かる。それに、“12の預言詩”ももう一度見直す。かかわりがあるかも――それに、」
「アンジェ」
サルビアの重々しい声に、アンジェリカはぐっと詰まった。
「ぜんぶ言ってしまっては、なんの学びにもならないではありませんか……」
サルビアのためいきが、大広間に沈んだ。




