冷たい風が止んだ日
数日後。夏休みももう少しで終わるというところでまた先生を連れて、自分は魔術を使っていた。
「ふっ!」
最早息を吐くだけで使えるエイドス・グラン。
的はバキリ、とヒビが入るが砕けない。
消失するまでの時間も一定で、魔力消費も体感では変わらない。
「ふっ!やっ!」
呼吸と共に、的に順番に当てていく。
バキ、バキ、バキ。
全部が同じ音を立てて、ほとんど同じ形のヒビを入れられる。
「凄いね。エイドス・グランだけなら君はもう本当に教科書通りのような威力だ」
パチパチと拍手をしてくれる先生に礼をしながらスポーツドリンクを受け取る。
「ありがとうございます。一から基礎をやってみたかったので、有意義な夏休みになりました」
「それなら良かったよ。あ、そうだ。塩飴食べるかい?昨日オバチャンに作ってもらったんだ」
頷くと塩飴を貰う。
「あ、オバチャンの塩飴ってかなり甘いんですね。でも塩っぱさもあって美味しい……」
「だろう?オバチャンの料理と清掃で右に出る人は居ないと先生は思っているよ。あれも、一つの正しさを突き詰めた人なんだろうね」
先生も塩飴を口に含むと、美味しそうな顔をして舐めている。
それを見ながら、さっきの先生の言葉を思い出す。
(……そっか、正しさを突き詰めた人の一つの形。それはオバチャンなんだ)
そう思っていると、先生は少し考えて口を開く。
「……本当に君のエイドス・グランは綺麗だ。完成されていると言ってもいい。
だけど……先生は少し怖いな」
「……?どうしてですか?」
自分は素直に疑問をぶつける。先生は困った顔をしながら、答えをくれた。
「……きっとオバチャンは作ってくれ、と言えば塩飴も飴細工も、何でも作れる。
それはオバチャンが料理という一つの道を走りきって、そこから帰ってきたからだ。
……だけれど、君のエイドス・グランは道の途中でしかない。
途中で完璧を経験すると、その先に踏み出すのが怖くなる。
だから、君が自分で道を閉ざしてしまわないか。それが心配だよ」
「……大丈夫、だと思います」
先生の心配は最もだ。
自分は二年生に上がるとはいえ、まだ魔術のひよっこ。そんな自分が誰でも使える魔術の完成系だけで止まってしまうなんて、先生も落ち込むだろう。
だから自分は止まるつもりはない。応用にも手を出すし、他の魔術も学ぶ。
けれど、このエイドス・グランだけは。
この魔術に関してだけは。
(レテ先輩より、正しく出来ている)
それだけが自分の頭を支配していた。
数時間後。自分のノートには一つの結論が書かれていた。
『エイドス・グラン
発動までの時間0.6秒。誤差プラスマイナス0.05秒
威力は学院の初級訓練の的にヒビを入れるぐらい。威力誤差はほぼ無し
魔力消費も恐らく一定』
自分はそれを記して、満足する。
先生もそれを優しく見守ってくれている。
自分は思う。
(これなら、誰でも使える。事故は起きない。不確定要素は消した)
だから、この自分のエイドス・グランは。
先輩が、先生が。どれだけ優れていようと。
(レテ先輩の魔術のような、不確定な威力や時間のブレはない……!)
確信する。
これは、正しい魔術だ。
そう思った瞬間、背筋をなぞっていたような冷たい風が消える。
あの日からずっと吹いていた風が止む。
(あぁ、ここへと導くための風だったのかな。
……次は、季節に合わせた風がいいな……)
自分はそう思いながらノートを持ち、先生に声をかける。
「先生。ここまでにしておきます。
あと、訓練も今日までにします。……あと少しで後輩も入ってきますし」
自分の言葉に笑顔で頷く先生はそのまま口を開く。
「うん。それがいい!後輩にいい顔が出来そうだね。時に人は奇抜、奇想天外な人よりも、自分の身近にあるような安心感のある人を求めるからね」
「そうですね。……自分は、どっちですか?」
「勿論、後者だ」
そう答えられて、自分は満足した。
今日も風が吹く。でも、もう冷たくない。
「さ、戻ろうか」
「はい!」
帰り道、ネイビアに風が吹く。
同じ強さ、同じ向き、同じ間隔で。
けれど、ネイビアはそれに気づかない。
先生と語り合っていて、風なんて昨日までのように冷たくなければ何でもいい。
まるで、それはネイビアの背中を押すように。
ネイビアの意思を尊重し、支えるように。
しかし、確実に。
退路だけは絶っていた。
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