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異界の師、弟子の世界に転生する  作者: 猫狐
五章 残響のパンドラ

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正解のカタチ

翌日以降、似たような本を何冊も読んだ。

そこに書かれていたのは十人十色の内容で、中には難しくてとりあえず書き写した物もあった。

けれど、大体の本はこう語った。


『再現性の低い魔術よりも、高い魔術の方が重宝される』

『再現性が低いということは成功率も低いと同義だ。したがって再現性が高いということは、成功率も高いと同義だ』

『一人しか使えない高度な魔術よりも、百人が使える普遍の魔術の方が将来的な価値は高いと考える』


自分はそれを見て、写し、学ぶ。

そして考える。


(レテ先輩は一回一回、威力や規模、消費魔力が同じ魔術を使う人だろうか?

……きっと違う。あの人は、あの人にしか使えない魔術を使っている)


そしてそれは今は正しいけれど、将来誰も『正しい』と言ってくれなくなる魔術。

孤高が故に、理解されない。後世で異色として扱われ、間違いとされるかもしれない。


ならば、自分は再現性の高い魔術を使って先輩に追いつこう。

たとえそれが何年かかろうとも。血のにじむような努力を毎日するのだろうとも。


(あの天才の先輩に追いつく方法を、凡人の僕はそれしか知らない)


ネイビアは読み終えた本を返却口に届けると、廊下を歩く。

まだ夏なのに、どこが冷たい風が吹く。


(……廊下って、こんなに空調効いてたっけ?)


どこか肌寒いぐらいの風が、ネイビアの背中を押していた。ぶるりと背筋を震わせながら、それでも歩く。

まるで誰かが、『それでいい』とでも言うように。


訓練場。先生に許可を取れば夏休みの最中は独り占めも可能なのだと知った。

付き添いの先生が見守る中、自分は大きい魔術ではなく、基礎の魔術を使う。


一般的に『エイドス・グラン』と呼ばれているゴーレムの腕だけを顕現させて殴らせる魔術を、何回も、何回も使う。


「さっきの回と比べて少し威力が強い……。魔力の量を無意識に増やしちゃったかな……。なら……」


何回も、的を殴る。


「左に三センチズレた。急ぎ過ぎ……か」


的を、ひたすら殴る。


「さっきと比べて発動が二秒遅い……。もう少しだけ、早く……」


ひたすら、ひたすら。

自分のエイドス・グランに、少しのズレもブレも出ないように。

そんな最中、魔力が切れかけたところに先生が話しかけてきた。


「一旦休憩しなさい。そのままだと魔力切れで倒れてしまうよ」

「……はい」


本当はもう少し的を殴りたかったけれど、先生に従う。

先生が差し入れてくれたスポーツドリンクを飲んでいると、先生が尋ねてくる。


「ところで、どうしてエイドス・グランに固執しているのかな?中央魔術学院では、一応基礎に囚われない魔術を教える方針なのだけれど……」

(……基礎に囚われない)


それは、応用した時の再現性が低い魔術を個々人が持つということ。

汗をタオルで拭くと、自分は先生に答える。


「自分は……再現性が高い魔術を、極めたいんです。

再現性がほんのズレもない、一定の威力と射程、魔力消費量で……。自分が呼吸するように使えるようになりたい」

「……そうか。大丈夫、先生はそれも一つの道だと思っている。基礎を疎かにしては応用も出来ないからね」

「……はい」


返事をして、スポーツドリンクを飲み干す。


「的、お願いします」



それから何度エイドス・グランを出しただろうか。

気がつけば陽は落ち始め、夕暮れが空を彩っていた。


けれど、それだけの成果はあった。

最初は発動の時間も魔力量も威力もブレブレだったエイドス・グランが、ほぼ一定になってきていた。


「先生」

「なんだい?」


穏やかに聞いてくる先生に、意を決して言う。


「……明日も、訓練場借りていいですか」


先生はにこやかに微笑んで言った。


「勿論だよ。ただし、また先生を同伴させること。倒れられては、夏季休暇中は誰も気づけないからね」

「はいっ!」


そう言って自分は先生と一緒に寮への道を歩く。


「先生は、僕のエイドス・グランを見てどう思いましたか?」


歩いている最中に、先生に質問してみる。

先生は少し考えてから、きっちりと自分の方を向いて答えた。


「悪く受け取らないで欲しいのだけれど、教科書のようだったよ。恐らく、大多数がお手本とするエイドス・グランは、最後の方に君が使った魔術だろう」

「……?どこが悪く受け取る場所なんですか?」


自分がキョトンとしながら尋ねると、先生はバツが悪そうに髪を触りながら言う。


「教科書通りということは、模範的であってもそこに上下の幅は無いからね。誰が使っても同じ威力で、射程で、同じ魔力を消費する。

そこに魔術の上手い下手は関係ない。ただ、教科書を読むのと同じで、適正があれば幼子だって出来てしまうようなものだ。

……というのを、先生は伝えてしまったかな。ごめんね」

「……いえ、逆に嬉しいです。模範的というのは、きっと大多数にとって正しいと思うので」


自分が答えると、そっか、と先生は言って一言だけくれた。


「確かに、正しい。けれど、正しさは一つに固定されないんだ」

「一つに……固定されない……」


復唱すると、身体がぐらり、と揺れる。


(まただ、また冷たい風が……)


背筋から流れる風は冷たく、夏に相応しくない。

先生が慌てて伸ばした手を取ると、先生が微笑んでおんぶの姿勢を取ってくれる。


「今日は無茶しすぎたんだろう。ご飯を食べて、お風呂に浸かって、ゆっくり休んで。

無理になったらまた明日言ってくれればいい」

「……はい、先生」


自分はおんぶされながら寮へと帰る。


(正しい魔術……それは一つではない……?)


そう考えた瞬間に、また冷たい風が背筋を撫でる。


「……先生、今日の風冷たいですね」


そういうと、先生は歩きながら答える。


「そうかな?……って、ああ。汗の差かな。ごめんね、先生は見ているだけだったから汗はほとんどかいてないんだ」

「あ、そ、そうですよね……」


そんな会話を交わしながら。

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