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異界の師、弟子の世界に転生する  作者: 猫狐
五章 残響のパンドラ

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理想の魔術

夏休みも中盤。寮にいるネイビアも、図書室に通っては本を読み、ノートに気になったことを写しては次を読む、という行為を繰り返していた。


窓からの日差しが雲で陰り、少し心地よい涼しさの中手に取った本。


本の名前は『イシュリア現代魔術体系論』。


小難しい名前をしている本のページを捲ると、目次を見てからネイビアは顔を顰める。


(既に言葉が難しい……)


だが難しいからと諦めていては追いつけない。意を決してもう一ページ捲ると、著者の挨拶と、言葉が書いてあった。


『さて、現代魔術において。正規体系で最も重きを置かれるのはどこであろうか?

莫大な威力を持つ火だろうか?質量で全てを押し流す水?とてつもない力で全てを破壊する土?はたまた、圧倒的な存在で寄せ付けない風?


私は思う。正規体系で最重要視されるのは、威力や規模よりも。再現性の高さではないだろうか。

幾ら莫大な威力、質量、存在がある魔術を使えても、それが一人しか使えないのであれば意味はない。

ならば、再現性が最大化された魔術こそ、イシュリアに相応しい魔術。強いては魔法の基礎。理想となるのではないだろうか』


カリカリ、とペンでノートに写しているとふと頭が回転する。


(もし、再現性が高いものが理想だとするなら)


ペンを動かす手は止まらない。しかし、脳も止まらない。


(……レテ先輩は、理想から逸脱したものを使っているのだろうか。それとも、あれが本来あるべき理想の魔術なのだろうか)


ペンを置き、読み返しながら確認する。


レテ先輩の使う魔術は高みにある。同時に、あれはどこまで行っても属性と系統の延長線上のものでしかない。

ならば近い将来、先輩の魔術の再現性が高くなるのも頷ける。


しかし、今は?


(正規、なのだろうか……)


少し悩む。目を瞑り、うーんと唸る。

すると、ぱらりと音が聞こえた。目を開けると、次のページが示されている。


(……空調の風で捲れちゃったのか?いやでも、さっきまでそんなこと……)


少し疑問に思いつつも、周りを見渡す。


……誰もいない。空調のせいだろう。


そう決めつけると、次のページの文を読む。


『では正規体系から外れたもの。即ち基準から逸脱したものをどう呼ぶべきだろうか?


私は、これこそ異常な魔術。学術的に決まった名前で言うのであれば、アノマリア級に属し、ヘレシア級にも足を踏み入れるものではないだろうか』


その文章にネイビアは目を釘付けにされる。


(アノマリア級……ヘレシア級……)


単語としては知っている。単に強すぎて再現性がないものアノマリア級と、使い手の思想が異常であるが故に再現性を認められないヘレシア級。


(レテ先輩は……どっちだ?)


心臓の鼓動が早くなる。

呼吸が徐々に浅くなる。


レテ先輩は強い。

強いが故に、再現性がない。


とすれば、レテ先輩の魔術がアノマリア級かヘレシア級かを分けるのはその思想だ。


(レテ先輩の……思想は……正しいのか……?)


強さを持っているから、正しいのだろうか。


正しいからこそ、シアさんは認めたのだろうか。


それとも、異常であるからこそシアさんは惹かれてしまったのだろうか。


(……先輩の思想が正しいかどうか、なんて……)


聞いても分からないだろう。

異常だと他の人が思っていても、本人が異常だと感じていないなんてザラにある。

となれば、何が正しいのだろう。


レテ先輩だろうか。


シアさんだろうか。


先生だろうか。


そう考えていると、昼ご飯を知らせる鐘の音が鳴った。


(ま、まずはこの本借りなくちゃ……!)


まだ貸出申請をしていない。慌ててノートを閉じると、ネイビアは申請をしに歩いていった。



その日の夜。ネイビアは一人ごろんと転がりながら考える。


(……僕が絶対に正しい、だなんて口が裂けても言えない)

(……だからといって、レテ先輩が完全に正しいとは言いきれない)


そこまで考えて、静かに目を閉じる。

そうして、睡魔が来る直前に思う。


(それでも、それでも僕は……)

(誰かを傷つける側にはなりたくない)

(レテ先輩を否定したいわけじゃない)


間違ってないよね。


発音にならず、口だけ動く。


(正しいものを、ちゃんと選びたいだけなんだ)


虚空に消えたその言葉と想いと共に、ネイビアは眠りについた。





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