表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界の師、弟子の世界に転生する  作者: 猫狐
五章 残響のパンドラ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

367/373

居場所無き家

「……ただいま」


家の扉を開けると、そう口に出す。

すぐそこのキッチンにいた母親が、明るい声で答える。


「おかえり、ダイナ!」

「……うん」


それだけだった。

何かあった?や大丈夫?の言葉などない。

母親は視線をダイナの方に一度たりとも向けず、淡々と言う。


「お兄ちゃんは今年軍に体験入隊で家には来ないのよね?」

「そうだよ」

「ちゃんと学院には行ってるんでしょう?」

「うん」


ダイナも淡々と手を洗いながら答える。


「そう。あ、ダイナの分の生活費はいつも通りテーブルの上に置いてあるわよ。余分に使わないでね」

「……分かってるよ。部屋に居るね」


喉の洗浄まで終えると、ダイナは小走りでテーブルに向かい、封筒を取る。

そしてそのまま、部屋へと向かった。


部屋。去年自分が学院に行った時と全く変わらない部屋。

母親も父親も入った痕跡がない。いつもの事だった。


「……はぁ」


大きな溜息を吐く。それに応じるように脳内から声がした。


『ダイナ……貴方の母親ですか……?』

「……そうだよ。父さんはいつも夜遅く、酒飲んで帰ってくると思う」


ベッドを整えながら呟くと、悲しそうなコールーの声が頭の中に響く。


『……あの母親。形式上返事をしていますが、まるで貴方という人を見ていない。

ただ、自分のエゴを満たすためだけの人形としてしか、貴方を認識していない』

「……今更だよ。それに、母さんに限った話じゃない。父さんだって、僕の事はそう見てる」


整えたベッドに転がると、ぎゅっと掛け毛布を掴んで身体にかける。

暫くそうした後、やはり悲しそうな声が告げた。


『……理不尽です。貴方は母親からも、父親からも、人形としか見られていない。

しかし、最もそれを理不尽たらしめるのは貴方の両親がそれを一点の曇りもなく、正しいと思っていること。

私は、貴方が心配です。ダイナ……』

「……別に。僕はこの家庭で育ってきたから。

お兄ちゃんも本当は帰ってくる予定だったけど、軍に呼ばれちゃ断れないし……」


小さくボヤくと、ふわりと脳内の意識が外へと分離する。

寝返りを打って部屋の真ん中を見ると、綺麗に整えられた銀色の長髪を持ち、ぺたんと座る同年代ぐらいの少女の姿が目に入った。


「……直接話に行くの?それとも、君が言う『断罪』をしにいくの?」


ダイナが鋭い目線と声で問いかけると、少女は首を横に振る。


「いいえ。貴方に告げた通り、私は貴方の両親を断罪しません……。

……けれど、この家で一人寂しくいるのは苦しいでしょう。故に、部屋では私が姿を見せます」

「……別に。好きにすれば?僕は一人でも構わない」


再び寝返りを打って壁を向いて、目を瞑る。


「……ええ、貴方はそういう人。

一人で過ごし、一人で生き。それ故に人一倍理不尽を受け止めてきた……。

私は、貴方のその忍耐を尊重します」

「……あっそ。そのままで居てもいいけど、居るなら時計の短針が5を示したら起こして。二人のいざこざに巻き込まれる前に晩御飯買いに行くから」

「承知いたしました……」


その言葉を境に、ダイナは睡眠へと誘われていった。



ダイナが眠った後、コールーは部屋を見渡す。

簡素で、必要なものは揃っている。


しかし、必要なものしかない。


雑貨や趣味のものと呼べるものは見渡す限り少ししかなく、年頃の少年が欲しいであろう物は一つとして主張が無かった。


立ち上がると、ダイナの机の上をふと見る。

そこには写真立てが一つだけあり、何かの写真が飾ってあった。


「……これは……」


そこに飾られていたのは、幼い少年が二人で自撮りをしている写真。

そこにいるダイナは底抜けに笑顔で、もう一人も太陽の如く輝く笑顔だった。


(……お兄様、ですね)


その写真の左下を見ると、ふと文字が書いてあった。


(【父さんと母さんにはナイショだよ】。

……二人で、街に遊びに行った時の記念写真、というものでしょうか)


コールーは怒ることはほとんど無い。

怒りの殆どは自分と相手のすれ違いが起こし、それは大体にして理不尽な事が多い。

だからコールーは怒らない。代わりに、悲しむ。


(……私は、理想郷では、こんなに無力なのですね)


かつてのギリシアに居た頃のコールーの姿を見た者は喧嘩を止め、理由を話し合い、手を取りあった。

一方的に暴力を振るうものがコールーの姿を見れば、その後のコールーの行動に恐れをなして気絶した。

何かを盗んだ者がコールーの姿を見れば、即座に盗んだものを元の場所へと返すから見逃して欲しい、と懇願した。


コールーとは、そういった『理不尽』の権化だった。

けれど、この理想郷。イシュリアでは。


安心するべきである家に帰ってきたのにも関わらず、安心から最も遠い感情で過ごしている少年一人すら救えない。

少年はコールーの手を取らない。

それは『必要ない』というよりも、

『恐れている』ように見えた。


(……それでも。私はいつか、貴方の手を取ります。

理不尽の断罪者としてでも、第八戒律担当の私としてでも。

ただの一人の、異界からの友人としてでも。どれか一つ、手を取れれば……)


コールーは写真立ての眩い笑顔のダイナを見ながら、そっと元の位置へと座り直した。


 

面白い!続きが気になる!という方は評価やブクマ押してくださると嬉しいです……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ