客足のない魔法具店
近未来魔導都市ミズガルズ。そこは、異世界における様々な種族の行き交う大きな都市で魔法と科学、両方が発達した都市だ。九つある街の中で、その三番街の片隅にある小さなお店、名をミスリル魔法具店という。その店の中では、今日も店員達がせこせこと働き…………。
「おい! あのクソエルフはいるか!」
「まぁまぁお客さん、そう騒がれると商売になりませんから」
「夏美はいい、だがあのクソエルフにつけこまれて買わされた魔法具! アレはなんだ! 戦闘能力を測る魔法具の筈だが試しに人に向けて測ったら爆発したぞ!」
「商品のクレームと損害賠償は承ってませんので……」
困った顔で黒髪の女性、林風 夏美はクレーム対応をする。客はどうやら都市の女性警察官らしく、警察官は壊れて粉々になった魔法具を夏美に見せては吠えた。
「いるんだろう! マリス・ヘイルスタッド!」
そう名前を呼ぶと、エルフの金髪緑眼の少女、マリス・ヘイルスタッドが上の階から店に降りてきた。
「朝から騒がしいな、ネルア警部」
「おいクソエルフ! 貴様私に何を売った⁉︎」
「何って、能力測定器だろう? 都市で起きるトラブルに迅速に対応するために、敵の能力を知る必要があると言って君は買っていったはずだが?」
「貴様に買・わ・さ・れ・たんだ! 在庫処理の名目で! 私は貴様の口車にまんまと乗せられて買わされた! それで一度使ってみればなんだ? 簡単に砕け散ったぞ!」
「アレは本来魔物向けの測定器だ、まさか人間に向けて使ったのか? この都市には魔物を超える実力者なんてうじゃうじゃいるのに、私の説明を聞いていたのか?」
マリスにそう言われると、ネルアという警部はうぐっと何も言えなくなる。
「はぁ、都市を守る警官だというのに、君のバカさ加減には心底面白……呆れるな」
「今面白いっつったか⁉︎ あぁ⁉︎」
「さてなんのことだか」
目を背けてくすりとイタズラっけに笑うマリスに、ネルアは指をさしては怒鳴る。
その声をあーあーうるさいと聞き流しながら、マリスは奥の工房へとこもろうとする、だがネルアはそこでマリスを止めた。
「待て! 話はこれだけじゃない!」
「能力測定器に続いてまだ何か壊したのか? つくづく退屈しない人だな君は」
「違う! 今度は真面目な話だ! "罪切りの魔女"! ハイエルフのマリスの力を借りたい!」
「……ほう? 聞こうじゃないか」
店員モードから、目つきがガラリと変わるマリス。
彼女はただのエルフではない、千年、いや、永遠の時を生きるとされたハイエルフだった。
ここで話していてはアレだとネルアを店の二階に招き入れた。
「お茶ですにゃ」
「ありがとうな、クロ」
「ネルア警部また仕事の依頼ですかにゃ?」
「そんなところだ」
「クロ、悪いけど店番よろしく」
「はーい」
二つに裂けた尻尾を持つ猫耳の生えた少女、クロは、紅茶を出すと、夏美に指示されて店番に行った。
「で、なんだ仕事って、つまらん魔物退治なら都市のギルドにでも頼ればいいだろう」
「貴様達に頼む仕事はこれだ……」
ぴらりと紙が出され、夏美とマリスの前にそれが配られる。二人は覗き込んで見てみると、そこにはこう書かれていた。
「悪質転生者……イブリル……その抹殺?」
「そうだ、イブリルは、最近この都市に来た転生者なんだがな、問題は彼女の持つ能力だ。彼女は周辺を極寒の氷土に変える能力を持つ。それを悪用しては、彼女は裏路地の凶悪犯罪者グループに入っては犯罪に手を染めた。今回は、その始末をして欲しい」
抹殺と聞くと、何か思うところがあるのか、夏美の手が少しだけ揺らいだ。
「こう言う時はイストリアが動くだろう? 奴らに頼めばいい」
「頼んだが、この程度じゃイストリアは見向きもしない、あくまでイブリルは凶悪犯罪者であって、奴らの相手になるような者じゃない、都市の警察のやる役目になっているからな」
イストリアとは異世界管理組織の事で、様々な異世界にて活動している治安組織だ。こう言った依頼には基本あの組織が動く筈だが……どうやら今回は頼れなさそうだ。
「で? 警察で対処しようにも強過ぎて私に頭を下げに来た、というわけか、しかもご丁寧に抹殺と依頼を添えて」
「あぁ、イブリルの抹殺は都市の表通りのギルドには依頼できない、できたとしても、裏路地の闇ギルドが限界だろう。だが」
「闇ギルドに頼むと警察が不正を行う事になる。だから私みたいなやつに頼るしかない……というわけか」
それなら話の辻褄が合うとマリスは思った。だが彼女達とて商売人だ、仕事を安請け合いするつもりはない。
「で? 報酬はいくらだ?」
「この額は約束しよう」
そうして出された報酬の額を見て、マリスは少し悩んだ。
「おい」
「なんだ?」
「この額じゃ少なすぎる、もう少し額を上げてくれ」
「はぁ⁉︎ これでも最大限譲歩した方だぞ!」
ネルアは報酬の紙を叩いてはマリスに吠える。すると夏美は言った。
「私達も慈善事業でこの店を開いているわけじゃないんですよ、薬品や素材の補充に魔法具の開発、明日の食費まで切迫してるんです。だってこの店、貴方のようなお得意様以外誰も来ませんから」
そう言って夏美はチラリと店の方を見る。店の方ではクロがカウンターでにゃーにゃーと球を転がしながら客を待っていた。だが、先ほどから客足の気配は一切なく、店は繁盛してるとはとても言えない状況だった。
「しかしだな! これ以上額を釣り上げると上の連中が貴様達をどう見るか……!」
「知らん、そいつらが勝手に私に頼んだ事だろう、自業自得だ。せめてこの三割は上乗せ、それ以上の額が払えないなら、いつものように滋養強壮剤だけ買って立ち去れ。私とて楽して稼ぎたいんだ」
「ぐっ……! わかった、上と相談して、三割以上の額を払わせると約束しよう」
「話のわかる警部だ、嫌いじゃあない、まぁ折角だ、ついでにこのハーブティーの茶葉でも持ってくといい、この茶葉はいいぞ、落ち着く香りがする」
そうして茶葉を持たせ、ネルア警部を送ると、マリスは天井に頭を向けてはぁーっとため息をついた。
「師匠?」
夏美はマリスを師匠と呼び、彼女のことを思う。するとマリスはハーブティーを飲みきり、仕事の準備に取り掛かる。
「こう頼まれちゃやるしかないよな、なんせ、"罪切りの魔女"と警察からのじきじきの指名だからな。行くぞ夏美、今日は店じまいだ」
「まだ捌ききれてない消費期限ギリギリのポーションがあるのに……?」
「最悪、医療ボランティアに寄付だな、店への収入はゼロだ」
「そんなぁ……頑張って作ったのに」
夏美はとほほと悲しむも虚空からその手に緑色の水晶のついた杖を取り出すと、その杖に乗った。
「クロ、店はおしまい、別の仕事が入ったから、おいで」
「はいにゃ!」
クロがやってきて変身すると、猫耳の少女から黒猫の妖精、ケットシーへと変化した。クロは夏美の肩に乗ると、心地良さそうに体を伸ばす。
「さて、都市の邪魔者のお片づけに行こうじゃないか」
マリスも青い水晶のついた杖を取り出すと、その杖に乗った。そして二人は外の空へと飛び出すと、都市の中を駆け抜けていくのだった。




