第4話 西の子
第4話では、御岳町の“西”の子が初めて登場します。
東と西、そのあいだにある中間区。
これまで交わらなかった三つの層が、
ひとつの部室に揃うことで、空気がわずかに変わります。
直継が見た“橋の向こうの人影”と、
郷土史編纂部に現れた少女。
その重なりが偶然なのか、必然なのか。
静かに読み進めていただければ嬉しいです。
翌週、もう一人の部員が来た。
女の子だった。
白に青緑の縁取りの制服。
西組の子だ。
部室に入ってくるなり直継と目が合って、
一瞬、二人ともわずかに固まった。
橋の向こう側に立っていた人影が、ここにいた。
いや、確かめたわけではない。
霧の中だったし、距離もあった。
でも顔立ちが、なんとなく、あのときの輪郭に重なった。
「霞沢柚羽です。資料整理の手伝いに来ました」と彼女は言った。
「朝比奈直継です」
名前を聞いた瞬間、柚羽の表情がほんの少しだけ変わった。
「朝比奈」と確認するような目をした。
そうか、と思った。
直継も同じことをしたはずだ。
霞沢家は西御岳の旧家で、
霞沢柚羽はその娘だということを直継は知っていた。
会ったことはなかった。
東御岳と西御岳の家系は、行き来しない。
「うちの蔵にあった古文書なんですけど」と柚羽は言って、
布に包んだ資料を取り出した。「家の者が捨てろって言ったんですが、
なんとなく......気になって。こういうものは、ここが適切かと思って」
静馬が受け取って開いた。
崩し字の古文書。
直継には読めない。
「見せてもらえますか」と静馬が言い、二人で並んで見始めた。
直継は少し離れた場所に立っていた。
二人の間の距離は、目に見えて遠かった。
接点がない。
話す理由がない。
でも、同じ部室にいる。
沈黙の中で、中間川の音が窓から入ってきた。
「あなた、朝比奈家の人?」
唐突に柚羽が聞いた。
古文書から目を上げて、直継を見ている。
「そうですが」
「東の、剣の家の」
「はい」
柚羽はまた古文書に目を落とした。
「そうですか」とだけ言った。何かを考えているようだった。
直継は何を聞けばいいのかわからなかった。
その放課後、三人は一時間ほど部室にいた。
大した会話はなかった。
静馬は古文書を整理し、
柚羽は棚の整理を手伝い、
直継は写真の続きを見た。
帰り際、直継は気づいた。
あの橋の写真が、作業台から消えていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
東の朝比奈、
西の霞沢、
中間区の水無瀬。
交わらないはずの三つの家系が、
同じ部室で同じ時間を過ごしました。
その沈黙の中で、
ひとつの写真だけが静かに姿を消します。
何が動いたのか、まだ断片にすぎませんが、
物語は少しずつ、川の底へ向かって進んでいきます。
次の話も、気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




