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御岳信仰伝 ー分かつ御柱の行方ー  作者: ちとせ鶫
序章 分かつ御柱の街

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5/6

第5話 三人の距離

第5話では、東・西・中間の三人が、

初めて同じ部室で同じ時間を過ごします。


交わらないまま育ってきた三つの家系が、

ひとつの机を囲むとき、

その沈黙の中に何が生まれるのか。


古地図、三本の木、禁足地。


御岳町の“語られない部分”が、

少しずつ輪郭を見せ始める回です。

 翌週、三人が揃って部室にいる初めての放課後が来た。


 静馬は作業台に古地図を広げていた。

 大きな地図で、紙がかなり古い。

 山の稜線が手書きで描かれ、川の流れが細い線で記されている。

 御岳町の全体図だった。


 直継と柚羽は少し離れた場所に座って、それぞれ資料を眺めていた。

 互いを意識していることは明らかだったが、

 話しかけるきっかけがなかった。


 東の子と西の子が同じ場所にいること自体が、

 なんとなく不自然なのだ。

 慣れていないというより、そういうものとして育ってきたから、

 いざそうなるとどう振る舞えばいいかわからない。


「直継さんはなぜ郷土史編纂部に」と柚羽が、作業台の方を向きながら言った。


 直継に直接話しかけてはいないが、聞こえるように言っている。


「単位のためです」と直継は答えた。

「柚羽さんは?」と静馬が問う。

「......気になることがあって」

「どんな?」

「うちの古文書に、おかしなことが書いてあって。霞沢家の由来の話なんですけど、東の神社の由来と少し矛盾していて」

「矛盾、と思ったんですね」

「はい。どちらかが嘘をついているか、どちらかが間違っているか。

 でも、うちの親に聞いても、神社に行っても、誰も話してくれなくて」


 静馬は地図から顔を上げた。「そういうことは、よくあります」


「よく?」

「この町の記録は、東と西で食い違う部分が多い。

 どちらかが正しいというより、どちらも一部だけを言っているのだと、

 私は思っています」


 直継は思わず顔を上げた。「一部だけ?」


「三分の一ずつ、というのが正確かもしれない」


 静馬はそれ以上言わなかった。

 意味深な言い方だったが、

 続きを求めても来そうになかったので、直継は黙った。


 窓の外で、中間川が、巨大な絹の帯を互いに擦り合わせるような、

 重く湿った音を鳴らしている。


 夕方の光が部室に入ってくる。

 東の光ではない。


 正確に西に傾いた夕日の光が、斜めに窓を通って、

 棚に並んだ資料を照らしていた。


「あ」


 柚羽の声が小さく上がった。

 作業台の地図を覗き込んでいる。静馬が広げた古地図。


「この木、三本ある」


 直継も立ち上がって地図を覗いた。

 東御岳の尾根の近く、中間川を挟んで西の山の裾——

 その中間、川の上流に近い位置に、確かに木の記号が三つ描かれている。


 二つは川の東西に一本ずつ。


 そしてもう一本が、川の真ん中に。


「大木が三本だったことがあるんですか」と直継が聞いた。


 静馬は答えなかった。

 地図を見た目を、ゆっくりと鍵のかかった棚に移した。

 その視線は一秒もしなかったが、直継はその動きを追った。


「三本目の木があった場所」と柚羽が言った。「禁足地、って書いてある」


 川の流れが、一段、低くなった気がした。


 三人は何も言わなかった。

 窓の外で、夕日が西の山に沈んでいく。


 東の尾根の影と西の山の影が、

 中間川の水面の上で、ゆっくりと向かい合っていた。


〔序章 了〕



——御岳口伝 水無瀬家蔵

むかしのこと、御岳の神はひとつにて在りき。

生を司り、死を守り、間を保ちたまひき。

しかるに、人の手、神を二つに裂きたり。

裂かれし痛みは川となりて、今もなほ流れゐたり。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


三人が同じ部屋に揃ったことで、

これまで別々に存在していた“東・西・中間”の線が、

わずかに触れ始めました。


古地図に描かれた三本の木。

川の真ん中にあったはずの大木。

そして“禁足地”という言葉。


まだ断片ばかりですが、

物語はここから、川の底に沈んだものへと向かっていきます。


次の章も、静かに読んでいただけたら嬉しいです。

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