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御岳信仰伝 ー分かつ御柱の行方ー  作者: ちとせ鶫
第4章 裂断の記録

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第30話 統合の条件

 三本目の巻物の後半に、場所の記述が出てきた。


「読めます」と静馬は言った。


「『儀式の場所は、二本の大木を結ぶ直線上、川の最も深き地点』」


 直継は地図を見た。

 作業台の端に、繋がった地図が置いてあった。

 川の上流から禁足地まで描かれた地図。

 禁足地の印の位置が、どこにあるかはすでにわかっている。


「二本の大木の位置は」と柚羽が聞いた。


「東の大木は、東の宮の境内」と静馬は言った。「西の大木は、西の宮の裏手の丘。これは第一話で確認した場所の記録の巻物にも出てきていました」


 直継は二点を頭の中で結んだ。

 東の宮の境内から、西の宮の裏手の丘まで。その直線を延長すると、川を横切る。川の最も深い地点——それが禁足地と重なるかどうか。


「地図で確認できますか」と直継は言った。


 静馬が地図を持ってきた。三人で覗き込んだ。


 東の宮の位置は地図に記号として示されていた。西の宮の位置も示されていた。直継が二点を指で結んだ。指が川の上を通った。


「この辺りですか」と直継は言った。禁足地の印の少し上流を指した。


「もう少し下流だと思います」と静馬は言った。指の位置を少し動かした。


 禁足地の印と、ほぼ重なった。


 三人は地図を見た。


「同じ場所だ」と直継は言った。


「そうです」と静馬は言った。「儀式の場所と、禁足地が、同じ場所です。禁足地に指定されたのは、そこが儀式の場所だったからでしょう。儀式が終わった後も、その場所だけ力が残った。だから近づくなと」


     * * *


「続きに、時期の記述はありますか?」と柚羽が問うた。


 静馬は巻物を読み進めた。


「『両神の柱が揃ふ夜——』あとは虫食いで——『川の水、最も静まるとき』」


「両神の柱が揃ふ夜」と柚羽が繰り返した。少し間を置いた。


「御柱統祭ですか」と柚羽は言った。


 直継が柚羽を見た。

 静馬も柚羽を見た。


「御柱統祭というのは」と直継は言った。


「東と西が、一年に一度だけ同じ夜に祭りを行う日があります」と柚羽は言った。「御柱統祭。今は形だけになっていて、東と西が別々の場所でそれぞれ火を焚く。でも昔は——東と西が同じ川沿いで、同じ夜に火を焚いた、という話を母から聞いたことがある。今は誰もやっていないけれど、昔はそういう祭りだったと」


「いつですか」と直継は言った。「御柱統祭は」


「冬至の前日」と柚羽は言った。「毎年決まっている」


 静馬が少し動きを止めた。


「今年の冬至は」と直継は言った。


「十二日後です」と静馬は言った。


 部室が静まり返る。


 十二日後。

 直継は数えた。

 授業が残り何日あって、土日が何回あって——そういう計算ではなく、ただ十二という数字が、部室の空気の中に置かれた。


「川の水が最も静まるとき、というのは」と柚羽は言った。「冬至の前後、川の水量が一番落ち着く。この地域では毎年そうなる。母が言っていた。冬至の前の夜は、川が息を止めるようだと」


「条件が揃っている」と直継は言った。


「そうです」と静馬は言った。


     * * *


「他に条件はありますか」と柚羽は聞いた。


 静馬は続きを読んだ。


「『三者それぞれ、各々の役を果たす準備を整へること——』虫食いで消えています。少し飛んで——『神は問ひに応へる。ただし、問ひは一度のみ』」


「一度のみ」と直継は言った。


「やり直しは、ない」と静馬は言った。


「わかっていました」と柚羽は言った。静かな声だった。「でも文字で見ると、少し違いますね」


 直継は巻物を見た。「問ひは一度のみ」という文字列が、墨の濃い部分に書かれていた。消えずに残っている部分のひとつだった。消えなかったのは、残す必要があったからかもしれない。


「他には?」と直継と続きを促す。


「もう少し先を読んでみます」と静馬は言った。


 巻物を広げた。

 残りの部分はそれほど長くなかった。

 静馬が読み進めた。ほとんどが虫食いで消えていた。断片が少し出てきて、また消えた。


「これ以上、条件に関係する記述は読めません」と静馬は言った。「虫食いで消えた部分に書いてあるかもしれないが、今は判断できない」


「準備、というのは何ですか」と柚羽は言った。「各々の役を果たす準備を整えること——剣と、舞と、身体の準備のことですか」


「そうだと思います」と静馬は言った。「潔斎の記述は最初のほうにありました。七日間。御柱統祭の前に七日間の準備期間を取るとすれば——もう五日以内に始めなければならない」


「五日以内に」と直継は繰り返した。


「やるとすれば、ということですが」と静馬は付け加えた。


 直継は静馬を見た。


「今年、やるんですか?」と直継は言った。


 静馬は答えなかった。


 巻物を見ていた。直継を見ていなかった。

 部室の光が、冬の午後の薄い色だった。


「やらない理由がない」と柚羽は言った。


 二人が柚羽を見た。


 柚羽は巻物を見ていた。「問ひは一度のみ」という文字のあたりを見ていた。


「準備と条件は揃った」と柚羽は続けた。「場所もわかった。時期もわかった。三人が揃っている。やらない理由を、私は思いつかない」


「代償があります」と静馬は言った。


「わかっています」と柚羽は言った。「でも、代償があるとわかった上で、やらない理由がない、ということです」


 静馬は柚羽を見た。少し間があった。


「わかりました」と静馬は言った。


     * * *


 三人は巻物を前に、しばらく黙った。


 窓の外が少し暗くなっていた。冬の日暮れは早い。午後の光がもうオレンジに変わりかけていた。


「潔斎の七日間に入る前に」と直継は言った。「確認しておきたいことがあります」


「何ですか」と静馬は言った。


「静馬さんが言えないことの残り」と直継は言った。「第三話で、まだ言えないことがある、と言っていた。全部読んでから話すと言っていた」


 静馬は少し間を置いた。


「全部読みました」と直継は続けた。「今日」


 静馬は直継を見た。


「今日は言えますか」と直継は聞いた。


 静馬の顔が少し変わった。何かを決めるような間があった。


「今日は」と静馬は言った。「まだ一箇所、確認していない部分があります。巻物の一箇所、最後まで読んでいない。今夜読んでから——明日、話します」


「明日」と直継は言った。


「明日、話します」と静馬は言った。はっきりと言った。


「わかりました」と直継は言った。


 柚羽は何も言わなかった。肯きもしなかった。ただ静馬を見た。静馬も柚羽を見た。それだけだった。


 三人は巻物を片づけ始めた。今日の作業が終わった。

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