第30話 統合の条件
三本目の巻物の後半に、場所の記述が出てきた。
「読めます」と静馬は言った。
「『儀式の場所は、二本の大木を結ぶ直線上、川の最も深き地点』」
直継は地図を見た。
作業台の端に、繋がった地図が置いてあった。
川の上流から禁足地まで描かれた地図。
禁足地の印の位置が、どこにあるかはすでにわかっている。
「二本の大木の位置は」と柚羽が聞いた。
「東の大木は、東の宮の境内」と静馬は言った。「西の大木は、西の宮の裏手の丘。これは第一話で確認した場所の記録の巻物にも出てきていました」
直継は二点を頭の中で結んだ。
東の宮の境内から、西の宮の裏手の丘まで。その直線を延長すると、川を横切る。川の最も深い地点——それが禁足地と重なるかどうか。
「地図で確認できますか」と直継は言った。
静馬が地図を持ってきた。三人で覗き込んだ。
東の宮の位置は地図に記号として示されていた。西の宮の位置も示されていた。直継が二点を指で結んだ。指が川の上を通った。
「この辺りですか」と直継は言った。禁足地の印の少し上流を指した。
「もう少し下流だと思います」と静馬は言った。指の位置を少し動かした。
禁足地の印と、ほぼ重なった。
三人は地図を見た。
「同じ場所だ」と直継は言った。
「そうです」と静馬は言った。「儀式の場所と、禁足地が、同じ場所です。禁足地に指定されたのは、そこが儀式の場所だったからでしょう。儀式が終わった後も、その場所だけ力が残った。だから近づくなと」
* * *
「続きに、時期の記述はありますか?」と柚羽が問うた。
静馬は巻物を読み進めた。
「『両神の柱が揃ふ夜——』あとは虫食いで——『川の水、最も静まるとき』」
「両神の柱が揃ふ夜」と柚羽が繰り返した。少し間を置いた。
「御柱統祭ですか」と柚羽は言った。
直継が柚羽を見た。
静馬も柚羽を見た。
「御柱統祭というのは」と直継は言った。
「東と西が、一年に一度だけ同じ夜に祭りを行う日があります」と柚羽は言った。「御柱統祭。今は形だけになっていて、東と西が別々の場所でそれぞれ火を焚く。でも昔は——東と西が同じ川沿いで、同じ夜に火を焚いた、という話を母から聞いたことがある。今は誰もやっていないけれど、昔はそういう祭りだったと」
「いつですか」と直継は言った。「御柱統祭は」
「冬至の前日」と柚羽は言った。「毎年決まっている」
静馬が少し動きを止めた。
「今年の冬至は」と直継は言った。
「十二日後です」と静馬は言った。
部室が静まり返る。
十二日後。
直継は数えた。
授業が残り何日あって、土日が何回あって——そういう計算ではなく、ただ十二という数字が、部室の空気の中に置かれた。
「川の水が最も静まるとき、というのは」と柚羽は言った。「冬至の前後、川の水量が一番落ち着く。この地域では毎年そうなる。母が言っていた。冬至の前の夜は、川が息を止めるようだと」
「条件が揃っている」と直継は言った。
「そうです」と静馬は言った。
* * *
「他に条件はありますか」と柚羽は聞いた。
静馬は続きを読んだ。
「『三者それぞれ、各々の役を果たす準備を整へること——』虫食いで消えています。少し飛んで——『神は問ひに応へる。ただし、問ひは一度のみ』」
「一度のみ」と直継は言った。
「やり直しは、ない」と静馬は言った。
「わかっていました」と柚羽は言った。静かな声だった。「でも文字で見ると、少し違いますね」
直継は巻物を見た。「問ひは一度のみ」という文字列が、墨の濃い部分に書かれていた。消えずに残っている部分のひとつだった。消えなかったのは、残す必要があったからかもしれない。
「他には?」と直継と続きを促す。
「もう少し先を読んでみます」と静馬は言った。
巻物を広げた。
残りの部分はそれほど長くなかった。
静馬が読み進めた。ほとんどが虫食いで消えていた。断片が少し出てきて、また消えた。
「これ以上、条件に関係する記述は読めません」と静馬は言った。「虫食いで消えた部分に書いてあるかもしれないが、今は判断できない」
「準備、というのは何ですか」と柚羽は言った。「各々の役を果たす準備を整えること——剣と、舞と、身体の準備のことですか」
「そうだと思います」と静馬は言った。「潔斎の記述は最初のほうにありました。七日間。御柱統祭の前に七日間の準備期間を取るとすれば——もう五日以内に始めなければならない」
「五日以内に」と直継は繰り返した。
「やるとすれば、ということですが」と静馬は付け加えた。
直継は静馬を見た。
「今年、やるんですか?」と直継は言った。
静馬は答えなかった。
巻物を見ていた。直継を見ていなかった。
部室の光が、冬の午後の薄い色だった。
「やらない理由がない」と柚羽は言った。
二人が柚羽を見た。
柚羽は巻物を見ていた。「問ひは一度のみ」という文字のあたりを見ていた。
「準備と条件は揃った」と柚羽は続けた。「場所もわかった。時期もわかった。三人が揃っている。やらない理由を、私は思いつかない」
「代償があります」と静馬は言った。
「わかっています」と柚羽は言った。「でも、代償があるとわかった上で、やらない理由がない、ということです」
静馬は柚羽を見た。少し間があった。
「わかりました」と静馬は言った。
* * *
三人は巻物を前に、しばらく黙った。
窓の外が少し暗くなっていた。冬の日暮れは早い。午後の光がもうオレンジに変わりかけていた。
「潔斎の七日間に入る前に」と直継は言った。「確認しておきたいことがあります」
「何ですか」と静馬は言った。
「静馬さんが言えないことの残り」と直継は言った。「第三話で、まだ言えないことがある、と言っていた。全部読んでから話すと言っていた」
静馬は少し間を置いた。
「全部読みました」と直継は続けた。「今日」
静馬は直継を見た。
「今日は言えますか」と直継は聞いた。
静馬の顔が少し変わった。何かを決めるような間があった。
「今日は」と静馬は言った。「まだ一箇所、確認していない部分があります。巻物の一箇所、最後まで読んでいない。今夜読んでから——明日、話します」
「明日」と直継は言った。
「明日、話します」と静馬は言った。はっきりと言った。
「わかりました」と直継は言った。
柚羽は何も言わなかった。肯きもしなかった。ただ静馬を見た。静馬も柚羽を見た。それだけだった。
三人は巻物を片づけ始めた。今日の作業が終わった。




