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御岳信仰伝 ー分かつ御柱の行方ー  作者: ちとせ鶫
第4章 裂断の記録

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第29話 街の仕組み

 巻物の続きを読んでいると、儀式の条件より前に、別の記述が出てきた。


「ここ、読めます」と静馬は言った。


 声のトーンが少し変わった。気がつかない変わり方だったが、直継は気がついた。読み上げる前に静馬が止まると、それまでと違う内容が出てくる。そういうことが第三話からすでに二度あった。


 静馬が読み上げた。


「『裂断の後、神は二柱としてあり続けることを余儀なくされる。一柱に返ることを忘れるためには、周囲の者が二柱であることを信じ続けなければならぬ。ゆえに——』」


 虫食いがあった。「ゆえに」の先が消えていた。少し飛んで、また文字が出てきた。


「『東と西とが別々であることが、神の在り方を固定する。人の営みが、神の形を決める』」


 静馬が読み終えた。


 直継は聞いていた。


「人の営みが」と直継は言った。「神の形を決める」


「そう書かれています」と静馬は言った。


「東と西が別々であることが、神が二柱であることを固定する」と直継は続けた。「ということは——東と西を分けたのは、神のためだったということですか」


「一つに返らないように」と柚羽が言った。静かに言った。


「そうです」と静馬は言った。「神が分かれた状態を維持するために、人間側の仕組みとして東西の分断が作られた。あるいは、分断が続くことで神の分離が保たれてきた。どちらが先かは——鶏と卵に近い部分もあるかもしれない」


 直継は少し黙った。


「学校のクラス分け」と直継は言った。


「東は東の学校、西は西の学校」と柚羽が続けた。


「祭りも」と直継は言った。「影送り祭と朝光祭。別々にやる。一緒にやったことが昔はあった、と帖に書いてあった。でもある年から別々になった」


「そうです」と静馬は言った。


「全部、仕組みだったということですか」と直継は言った。


 静馬は答えなかった。


「俺たちはずっと操られてたのか」


 声が少し変わっていた。平坦に言おうとして、平坦になりきらなかった声だった。


 柚羽が直継を見た。


「そうじゃないと思いますが」と柚羽は言いかけた。


「仕組みがあって、その上で生きていたということでしょう」と直継は言った。「知らないままに。俺の父も、柚羽の母も、この街の人間は全員、誰かが設計した仕組みの中に入れられて——しかもその仕組みが何のためにあるかも知らないままに、ずっと生きてきた」


「知らないまま」と静馬は言った。


「そうでしょう」と直継は言った。静馬を見た。「静馬さん以外は、誰も知らなかった。知らないほうがよかったんですか。ずっと知らないままのほうが、よかったのか」


 静馬は少し間を置いた。


「そう思ったこともあります」と静馬は言った。


「今は」


「今は違います」と静馬は言った。


     * * *


 直継は床に目を落とした。


 怒りというより、落ち着かない感じだった。怒る方向が定まらない。誰かを責めたいわけではなかった。ただ、何十年もの分断と、制服の縁取りの違いと、川の両側での育ち方と——それらが「仕組み」だったという事実が、腹の中で落ち着かなかった。


「操られていたんじゃない」と静馬は言った。


 直継が顔を上げた。


「守られていたんだ」と静馬は続けた。「街が怖かったんだと思います、変わることを」


「守られていた」と直継は繰り返した。


「仕組みを作った人間が」と静馬は言った。「悪意を持ってやったかどうかはわからない。でも、仕組みの中で生きてきた人間は——その仕組みがなければ、神の力に当てられていたかもしれない。分断が緩衝材になっていた。東は東の中で安定していて、西は西の中で安定していた。神が一柱に返ろうとする力が、境界に向かって流れていた。その力が人間に直接当たらないように、距離を保っていた」


「だから川があって、橋を渡らない」と柚羽は言った。


「習慣として残った」と静馬は言った。「誰も理由を知らないまま、習慣だけが続いた。川を渡るな、東と西で交わるな——それが長い時間をかけて文化になった。でも最初は、人を守るための緩衝材だった」


「最初は」と直継は言った。「今は違う」


「今は、その緩衝材が必要なくなるかもしれない」と静馬は言った。「統合の儀が成立すれば——神が一柱に返れば、分断の理由がなくなる。仕組みを支えていた根拠が消える」


 部室が静かになった。


 直継は少し考えた。


「街が変わる」と直継は言った。


「変わるかもしれない」と静馬は言った。「変わらないかもしれない。仕組みがなくなっても、習慣は残る。長い時間をかけて染み込んだものは、理由が消えてもすぐには変わらない」


「でも変わる可能性が生まれる」と柚羽は言った。


「そうですね」と静馬は言った。


     * * *


 直継はまた巻物を見た。


 怒りは落ち着いていた。落ち着いたというより、別の感覚に変わっていた。


 中組の写真を思い出した。東と西が同じクラスで並んでいた写真。五十年以上前に、東西が一緒だった時代があった。制服の縁取りが金と青緑の生徒たちが、同じ教室にいた。その写真の端が切り取られて、折り畳まれて、段ボールの底に入っていた。


「仕組みが作られる前の記録が、この部室に残っている」と直継は言った。


「そうです」と静馬は言った。「この部室は——東でも西でもない場所として、最初から設計されていたのかもしれない。両側の記録が集まる場所として。変えようとした人間が、何かを残した場所として」


 直継は部室の壁を見た。古い木材の染みと、棚の並び。最初に来たとき感じた「何かが残っている」という感覚。今はその何かが少し見えていた。


「続きを読みましょうか」と柚羽は言った。


「はい」と静馬は言った。


 巻物が、また広げられた。

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