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御岳信仰伝 ー分かつ御柱の行方ー  作者: ちとせ鶫
第4章 裂断の記録

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第25話 鍵の棚

「揃ふとき、川は応ふ」と静馬は読んだ。


 作業台の上で、最古の巻物が広げられていた。昨日——第三章最後の日——静馬が取り出して「三人、揃ふとき——」という一行を読み上げたところで止まっていた巻物だった。その続きが、今日の最初に読まれた。


「川は応ふ」と直継は繰り返した。「どういう意味ですか」


「まだわかりません」と静馬は言った。「先を読まないと」


 三人は作業台を囲んだ。


 巻物は横長で、広げると作業台の半分を占めた。縦書きの文字が密に並んでいる。墨の濃さが場所によって違う。古い部分は褪せていて、濃い部分だけが浮き上がって見えた。虫食いで消えた箇所が何か所もある。


「全部読めますか」と柚羽が聞いた。


「七割くらいは読めない」と静馬は言った。正直な言い方だった。「読めるのは濃い部分だけです。でも——」


 指先が巻物の上を動いた。読める部分から読める部分へ、飛び石を渡るように。


「断片をつなぐと、何の記録かは見当がつく」


     * * *


 静馬が読み上げた断片は、少しずつ積み重なった。


「神の——二つに分かれたる時——」

「川の水、一時逆流し——(虫食い)——三日にわたり——」

「(判読不能)——東の宮より使者——西の宮より使者——中の者一名——」

「根を絶ちたる後——(虫食い)——痛みは三者に等しく——」


「中の者一名」と柚羽は言った。静かな声だった。「修験者のことですか」


「そうだと思います」と静馬は言った。


「水無瀬家のこと」と直継は言った。問いの形ではなかった。確認の形だった。


「そうです」


 直継は巻物を見た。


 口伝で聞いていた話と、文字として書かれた記録を目の前にするのは、違う衝撃だった。静馬が話してくれた言葉は、静馬の声で届いた。でもこの巻物に書かれた文字は、静馬の祖父よりも前の人間が書いた。水無瀬家の誰かが、あるいは別の誰かが、記録として残した。記録は感情を持たない。ただそこにある。「根を絶ちたる後、痛みは三者に等しく」という文字列が、静馬の語りとは別の重さで直継の目に入った。


「これは裂断の記録だ」と静馬は言った。「儀式がどう行われたかを記した記録。こういう記録が存在するということは——」


「実行した側が書いた」と柚羽は言った。


「あるいは立会人が書いた」と静馬は言った。「東西の見届け人、あるいは水無瀬家自身。どちらが書いたかはまだわからない」


     * * *


 柚羽が棚を見た。


「折り畳まれた紙が数枚ありましたね」と柚羽は言った。


「はい」と静馬は言った。


「あれも確認できますか」


 静馬は棚に向かった。折り畳まれた紙を数枚取り出して、作業台の端に持ってきた。丁寧に折られているが、古い折り目がついている。何度も折り直された跡がある紙と、一度しか折られていない紙が混ざっていた。


 静馬が一枚ずつ広げた。


 一枚目は白紙だった。何も書かれていない。紙の質が他と違う。


 二枚目は、細い線が描かれていた。


 直継は見た。


「地図だ」と直継は言った。


 線の引き方に見覚えがあった。川の曲線、山の等高線、建物の記号。作業台の片隅に積んであった、段ボール箱から出てきた地図の切れ端と同じ手癖で描かれていた。


「切れ端の続きですか」と柚羽が聞いた。


 直継は積んであった切れ端を取り出した。新しい一枚と並べた。


 川の曲線が——繋がった。


 三枚目が繋がった。切れ端の川の流れが、棚の中にあった一枚によって、ひと続きの形になった。川の上流から、東西の境界あたりまで、一本の川として繋がった。


 ただ、まだ中央部分が欠けていた。


「もう少し揃えると全部になりますか」と柚羽は言った。


「この三枚を合わせると」と直継は現状の形を見ながら言った。「川の上流から東西の境界あたりまでは見えます。でも——禁足地のあたりが、まだ欠けている」


「棚の残りの紙に入っているかもしれない」と静馬は言った。三枚目の紙を開いた。


 四枚目も地図だった。今度は川の中央付近。


 直継が並べた。川が繋がった。禁足地の印が、今度ははっきりと見えた。前に巻物の地図で見た丸に縦線の記号より、この地図のほうが詳しかった。印の周囲に、何か細い文字が書かれていた。


「読めますか」と柚羽が聞いた。


静馬が近づいた。「——根の残存域。水深——(かすれて読めない)——接触禁止——」


「接触禁止」と直継は言った。


「ここには入るな、ということです」と静馬は言った。「水の中に入ってはいけない、と」


 三人は地図を見た。


 川の上流から禁足地まで、ひと続きになった地図が作業台の上にあった。切れ端と棚の中の紙が、合わさって一枚になっていた。段ボール箱の底に入っていた切れ端と、棚の中に隠されていた紙が、同じ地図の別々の部分だった。


「分けて保管されていた」と柚羽は言った。


「そうですね」と静馬は言った。「棚の部分と、段ボール箱の部分に。両方揃わないと全体が見えないように」


「誰かが意図して分けた」と直継は言った。


「そうだと思います」と静馬は言った。


     * * *


 直継は地図の禁足地の印を見た。「接触禁止」という文字。先日橋の上から見た、流れが遅い場所が、この印の位置だった。


「裂断の記録の巻物と、この地図と」と直継は言った。「棚の中にあったものが全部関係している」


「そうですね」と静馬は言った。「巻物はまだ全部読んでいない。他の巻物も開けていない。地図が揃ったことで、少し全体の輪郭が見えた気がします」


「他の巻物も今日読みますか」と柚羽は聞いた。


「一本ずつ」と静馬は言った。「急がずに」


 柚羽は肯いた。


 三人は作業台に向き直った。地図が並んでいる。巻物が広げられている。古い紙の匂いがした。この匂いに慣れた、と直継は思った。最初に部室に来たときは、古さの匂いとしか感じなかった。今は、記録の匂いとして感じる。


 誰かが残した。分けて隠して、それでも捨てなかった。


「始めましょうか」と静馬は言った。


 直継は肯いた。柚羽も肯いた。


 次の巻物が棚から出された。

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