第26話 裂断の記録
二本目の巻物は、一本目よりも読みやすかった。
字体が違う。一本目は崩し字が激しく、静馬でも七割は読めなかった。二本目は同じ崩し字でも、一画ずつの形が丁寧で、読み慣れた目には判別できる文字が多かった。書いた人間が違う、と静馬は言った。あるいは書かれた時代が少し後か。
「一本目の補足記録かもしれない」と静馬は言った。「一本目が儀式の当日の記録で、二本目がその後に書かれた整理されたものだとすれば、読みやすいのは当然です」
「整理した人間が何者かはわかりますか」と柚羽は聞いた。
「末尾を確認してから」と静馬は言って、巻物を広げ始めた。
* * *
二本目の巻物には、三者の役割が書かれていた。
一本目では「東の宮より使者、西の宮より使者、中の者一名」という断片しか読めなかった。二本目には、それぞれが何をしたかが記されていた。
静馬が読み上げた。
「『東の代、剣を川に向け、神の荒魂を封ず』」
直継は少し動きを止めた。剣を川に向ける。影送り祭のとき、剣先が川に向くのを自分で感じた。意図して向けたのではなく、剣が向いた。あの感覚が、七十年以上前にも起きていた。いや——七十年以上前に行われた儀式の残響として、自分の剣が今もそちらに向いている。
「続きを」と直継は言った。
「『西の代、舞を止め、神の和魂を封ず』」
柚羽が息を止めた。
直継は柚羽を見た。柚羽の顔が少し変わっていた。変わったというより、何かが当たった顔だった。
「舞を止める」と柚羽は言った。「舞を踊ることじゃなくて、止めること」
「そうですね」と静馬は静かに言った。
「境界を開くための舞だと思っていた」と柚羽は言った。「母もそう教えていた。開く舞だと。でも——」
「裂断の儀式では、封じるための舞だった」と静馬は言った。「開くのとは逆の動きです。神の和魂が動かないように、舞の力で押さえ込んだ」
柚羽は作業台の端に目を落とした。手が少し動いた。稽古のときに指先を使う癖があって、何かを考えているとき無意識に指が動く。今日も動いていた。
「止めるための舞の型が、どこかに残っていますか」と柚羽は聞いた。
「あるとすれば、西の家の記録の中に」と静馬は言った。「あるいは、原本断片の帖の未読部分に」
* * *
「水無瀬家の役割は何と書かれていますか」と直継は聞いた。
静馬は巻物を読んだ。
「『中の者、根に触れ、神の痛みを己の身に引き受く。痛みの通り道となることにて、裂断を完成せしむ』」
直継はその文章を聞いた。
口伝で聞いていた言葉は「神の痛みを身体で受け止める実行者」だった。巻物に書かれた言葉は「痛みの通り道となる」だった。意味は同じだったが、言い方が違った。「受け止める」と「通り道」は、少し違う。受け止めるのは壁になることで、通り道になるのは貫かれることだ。
直継は静馬を見た。
静馬は巻物を読んでいた。表情は変えていなかった。
「静馬さん」と直継は言った。
「はい」
「お祖父さんから聞いた言葉と、書かれていることは同じですか」
静馬は少し間を置いた。「同じです。言い方が少し違いますが、意味は同じ」
「お祖父さんはこの巻物を読んでいたんですか」
「読んでいたと思います」と静馬は言った。「水無瀬家が代々この部室の管理をしてきた。この棚の鍵を持っていた。祖父も読んでいたはずです」
「それを、あなたに伝えた」
「断片的に」と静馬は言った。「全部は話せなかった。体調が悪くなって、続きを話す前に——」
静馬は言葉を止めた。巻物を見た。
直継は何も言わなかった。柚羽も何も言わなかった。
* * *
しばらくして、静馬が巻物の続きを読み始めた。
「『儀式の後——』」
読むのを止めた。
直継が見た。巻物のその部分が、虫食いで消えていた。「儀式の後」という字の次から、しばらくの間が欠けていた。虫食いの向こうに、また文字が見えた。
「虫食いの前後を読めますか」と柚羽が聞いた。
「前:『儀式の後』。後:『三者はそれぞれの家に帰り』——その次がまた消えています」
「三者は帰った」と直継は言った。「無事だったということですか」
「帰ったとは書いてある」と静馬は言った。「その後どうなったかは——この巻物には書いていない、か、消えている」
直継は「帰り」という文字を見た。帰れたのか。帰れたが何かが変わったのか。何も変わらなかったのか。その先が消えていた。
「他の巻物に書いてある可能性は」と柚羽が聞いた。
「三本目がある」と静馬は言った。
三人は棚を見た。三本目の巻物は、まだそのままだった。
* * *
「一つ確認していいですか」と柚羽は言った。
静馬が柚羽を見た。
「今読んだ記録——東の剣、西の舞、水無瀬の身体。これは裂断の儀式の記録ですよね」と柚羽は言った。「三者が揃って神を分けた、そのときの記録」
「そうです」
「統合の儀は、逆のことをするんですか」と柚羽は聞いた。「分けたなら、合わせる。東の剣と西の舞と水無瀬の身体を、逆向きに使う」
静馬は少し間を置いた。
「逆のことをする、という言い方は正確ではないかもしれない」と静馬は言った。「同じ三者が揃うことは必要です。ただ、裂断が『離す力』を使ったなら、統合は『引き寄せる力』を使う。同じものを逆向きに使うというより、別の使い方をする、という感じです」
「それが巻物のどこかに書いてありますか」と直継は聞いた。
「三本目の巻物か、原本断片の帖に」と静馬は言った。「どちらかに統合の儀の記録があるはずです。祖父が『戻す方法は残してある』と言っていたから」
「修験者の家系って——」と直継は言いかけた。
柚羽が直継を見た。
「水無瀬家のこと」と柚羽は言った。静馬を見た。文字として確認した、という目だった。問いの形ではなかった。
「そうです」と静馬は言った。「私の家のことです」
「わかっていました」と柚羽は言った。「ここでいろいろと資料を拝見してからずっと。でも、こうして記録に書かれているのを見ると——違う感じがします」
「どんな感じですか」と静馬は聞いた。
柚羽は少し考えた。「確かだ、という感じです。静馬さんが話してくれた言葉は、静馬さんの言葉だった。でも、書かれた文字は——書いた人が誰かに関わらず、そこにある。消えない。確かだ、という感じがします」
静馬は柚羽を見た。何か言いかけて、止めた。
「そうですね」と静馬はやがて言った。
直継は二人を見た。確かだ、という言葉を、自分の中に入れた。口伝は消えることがある。記憶は薄れる。でも書かれた文字は、古くなっても、ここにある。七十年前の誰かが残した記録が、今三人の前にある。
「三本目を開けますか」と直継は言った。
「今日」と静馬は言った。「開けます」
棚の前に立った。三本目の巻物を手に取った。一番古い巻物とは違う、より大きな巻物だった。広げると、作業台では足りないかもしれない。
「床に広げましょうか」と柚羽は言った。
「そうしましょう」と静馬は言った。
三人は作業台を少し片づけた。床の一角に場所を作った。三本目の巻物が、床の上でゆっくりと広げられた。




