19. 優れる宝 子にしかめやも
「八重子!尚友と一緒だったか…。こんな遅くまで一体何をし、」
「仙堂家元門番、真門弦次郎。当主、仙堂寅一様の名代として参った。そちらの門番である石動六花の無礼極まりない所業、門番としてあるまじき行為、どれをとっても許し難い故、厳重に抗議致す。蓮条友典殿、首を差し出す覚悟はあるか」
「今なんて?」
「僕に呪詛を送った挙句、仙堂家に散々迷惑掛けて情報まで流したんだよ父さん。うちの門番が」
「今なんて?!」
「全ては六花の思い込みによる大暴走です…。呪詛は仙堂家の方々が祓ってくれました。あ、この子は私がお世話しますから、家に入れていいでしょう?見てくださいお父様、大人しい小鬼ちゃんです」
「ぴぎっ」
「今なん、小鬼??!」
……蓮条友典から文が届いたのは、例の騒ぎから二週間後の事であった。
やけに分厚いそれを、怪訝そうに読む寅一。文机には、山積みになった書類。その山は畳の上にも広がっており。真門に三馬鹿も加わり、静かに処理が続けられている。
「ふーん……。えらく素直に謝ってきたな」
向こうの印象は喰えない親父であったのだが、書き付けられた中身は随分大人しい。
息子と娘が迷惑を掛けたとの謝罪から始まり、今回の件は他言しないと決めた事への礼。そして、石動六花の処罰。寅一は無言で読み進め、片眉を上げた。
「イチ兄様、蓮条から文が届いたと聞きました。相手は何と?」
障子を開け入ってきた美虎は、今手に持っているのがそれだと気付き、隣に腰を下ろす。
「蓮条尚友を当主とし、自分は責任取って隠居するそうだ。石動家は門番の役目を解かれた」
「まぁ、当然ですね」
「結界守に選ばれなかった時点で門番を解かず、使い続けたのが原因だ。やたらとこっちを敵視してたのも、完全に奴の私情だしな」
石動が情報を持っていたのは、蓮条家の指示で集めていたからだ。結界守の役目を奪う為に。
曾祖父の代からの因縁と執着に、蓮条友典はガチガチに絡め捕られていた。しかし、その情報を別の目的で使われた挙句、自分の子らまで利用された。
それを聞かされ、彼はようやく断ち切る気になったとみえる。
「そもそもなのですけど、イチ兄様。あの男は、蓮条家当主を相手にしていたようには思えないのですが」
「視界にも入れてなかったな。存在は一応、認識してたみてぇだが」
先代は、興味が無いものにはとことん興味を向けないのである。
可哀想。三馬鹿は口には出さず、心でそう叫んだ。
「もっと難癖付けてくるかと思ってたんだがなぁ…」
拍子抜けした様子で、文をめくり先を読み続ける寅一を見、真門は口を開いた。
「恐ろしくなったのではないでしょうか」
首を傾げる美虎にも視線を向ける。
「対処が遅ければ、子を二人とも亡くしていたかもしれませんから。尚友様と八重子様が親に何も言わなかったのは、仙堂家に頼る事を絶対に許してはくれないと分かっていたからでしょう」
「許さずに、逆に閉じ込めでもしていたら……、そうですわね。二人とも助からなかったかもしれません」
「それを充分に想像できたからこそ、恐ろしくなったのだと思います」
「ふーん。……当主である前に、一人の父親だったって訳か」
三馬鹿の肩が跳ねる。
仙堂家は、家族らしい家族愛が無いに等しい。それを知っているので、なんとなくその手の話題は避けていた三馬鹿である。気遣いはこれでもできる方なのだ。
「それで、あの女はどうなるのです?」
逸れた。三馬鹿は安堵して、手を動かし続ける。ちらとその様子を見ながら、寅一は分厚い文をめくった。
「三年間の狭間送り」
「手ぬるいです。外に流されて然るべきでしょう」
「あの女の腕じゃ、外に一歩出ただけでやられるだろ。簡単に楽になられても腹が立つし、不眠不休で妖魔と対峙してもらおうじゃねぇか。場所によっては、上位妖魔が来る時もあるしな」
「…ならばせめて、期間を延ばせませんか?」
三馬鹿は背筋を伸ばす。力を入れていなければ、震えてしまいそうだからだ。
狭間を抜けられるのは、大体弱いモノが殆どだが。稀に出るのだ、上位のモノが。狭間の部分を破られてしまえば、一気に外の存在が雪崩れ込んでくる。そこを守る責任は、重いのだ。
そしてそれ故に、厳しい場所だと知っている。退魔師になる者は誰しも修行として、狭間に送られるからだ。半年でもきつかったのに、三年なんて耐えられるだろうか。しかも延長する可能性もある。三馬鹿は石動六花を哀れんだ。
「内容はそれだけですか?にしては、分厚いように思いますが」
「あぁ……。元当主からは、これだけだ。後半は蓮条尚友と蓮条八重子」
ぴらと持ち上げたは、一枚だけ。少なっっ……と、危うく零しそうになった三馬鹿、揃って口を押さえる。真門も同じ動きをしていた。
「……二人は何と?」
「謝罪、礼、兄さんに関しては絶対に口外しないという決意表明。あとは」
美虎に手渡されたのは二枚。残りは、
「蓮条尚友から兄さん宛」
分厚っっ。真門と三馬鹿は二度見した。
「当主として是非とも検閲したいが、兄さんに怒られるんじゃないかと思うんだがどうだろう」
「それは……、……、…イチ兄様にお任せします」
中身は非常に気になるが、怒られるのは嫌なのか、美虎は目を逸らした。
「お前らどう思う?勝手に中身見たらやっぱ怒るよな、兄さん」
どうと問われても、そこまで親しくはしていないので答えられない三馬鹿。ここは真門に頼る他ない。全員の視線が、門番へ向けられる。
「…怒るでしょうね。その文には、いずみ様の名が書かれていますから。誰が見ても、いずみ様宛と分かります。勝手に開けるより、共に見た方がよろしいかと」
「だよなー。……美虎、手伝ってくれ。昼には終わらせて兄さんとこ行く」
「はいっ。私は此方の山を見ますわ」
「頼んだ」
え、この量を昼までに……?三馬鹿は己を囲う、書類の山を見渡し絶望した。
「狭間送りになったらしいよ」
「……、そうですか」
世間話でもするように伝えられ、いずみはすぐには気付けず幸祐を眺め、ようやく頷いた。
離れは静かだ。
童子と河童は、文机で折り紙をしている。幸祐といずみは何をするでもなく、並んで縁側に座っていた。
「いずみ。呪詛の発動を早めたのは、何故だ?」
師相手に隠し事は無理だと分かっている。此方に向ける紅には、非難が込められていた。放っておけばいいものを、と。
「考えていたんですよ。蓮条と石動には気を付けろ、と言った初代様の言葉を」
先見の能力を持つ初代、寅吉が態々口にしたのだ。何があるのかと思考を巡らせ視ていたものの、今回の騒ぎは寅一達がしっかり収めてくれた。ガカが上物と喜んだ呪物も、並の退魔師ならば苦戦するであろうが、仙堂親子の手に掛かればすぐに片付くものであった。
この一件がこれで終わりならば、寅吉は言わないような気がするのだ。子孫の力を知っているなら、尚更。
初代は何を視たのか。うんうんと考えるいずみに、意外にも答えたのはガカだった。あの男が、何もしないまま引き下がる訳がないと。
『あの捕まったニンゲン、なんか仕掛けられとるぞ。……時を置いて呪詛が発動するようにされておる。発動したら最後、あのニンゲンも周りも生きてはおれんな』
引き渡した後で起こるのなら、蓮条家の者達が犠牲になる。呪詛は全てを喰らい、より強力なモノになるだろう。しかも、仙堂家と深い因縁がある。肥大化した執着で、幽月が命じずとも勝手に動く。仙堂家憎し、と。
「割と喋るな。マガツモノは」
「割と正直なんですよ。ガカは」
幽月は、新たなマガツモノを創り出そうとしていたようだ。しかしガカに言わせれば、そんな簡単に成るものかドアホが。……らしい。
「マガツモノには成りませんが、呪詛としては強力なモノになるそうです」
「それがウチに来るのか。それは面倒な事になっていただろうなぁ」
「初代様が言っていたのは、呪詛の方だったのではないかと思いまして。蓮条家も優秀な一族です。そんな形で滅んでいい筈がない」
「…それで早めたと。お前のそれは、私達を信頼しての行動だと思っていいのかな?」
何を当たり前な事を、と見返すいずみ。幸祐は満足気に笑んだ。
寅一も美虎も、十年前とは違う。もう立派な一人前の退魔師だ。
「あの程度、今の二人の腕なら祓えますよ」
いずみは童子と河童を見遣った。幼く無邪気であるが、妖魔たちも成長している。
童子の結界は以前より強くなっているし、河童も遊んでいるだけに見えるが、確実に能力を上げているようなのだ。あの呪詛を、いとも容易く捕獲できたのがいい証拠である。
「……幸祐様、あの子たちに何か教えました?」
「私の弟子はお前だけだね」
何をして能力が上がったのかは、流石に分からないのだが。見ていた限りでは、本当に遊んでいただけだ。
「ところで。お前は何故、呪詛を持ってくるように言ったんだ?」
いずみは幸祐の笑顔から目を逸らした。童子と河童は、完成した折り鶴を並べている。
「いずみ?」
「……」
「大方、それを使って正確な位置を探ろうだとか、呪詛返しに使おうだとか、マガツモノに喰わせろとせがまれたとか辺りなんだろうが。…美虎が始末して正解だ。お前の状態は、まだバレる訳にはいかないんだよ。大人しくしていないと、本当に閉じ込めるぞ?」
『え?聞こえて……いや、聞こえとらんよな?何故に分かった??』
「……スミマセンデシタ」
幸祐は笑顔のままだが、本気だ。いつもの口調なのがまた恐ろしい。いずみは大人しく頭を下げた。
童子と河童の妖力が込められた折り鶴が、離れをパタパタと飛び回る。
幼い妖魔たちは、空気も気にせず折り紙を続けていた。




