18. 人を呪わば、
「えっ……」
意外過ぎるモノ達の登場で、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。
真門は二度見。美虎は、流石に出て行けとは言えず困惑。しかし彼女の耳は、真門がうっかり零した名を拾っており、忘れずに冷たい目を門番に向ける。
八重子と六花は状況が分からず、ただ幼い妖魔を凝視している。そんな中動けたのは、
「ぴぎゃー!」
小鬼であった。助けを求めるように、仲間の元へ駆けて行く。童子と河童は元気よく出迎え、小鬼を持ち上げ撫でくり回す。空気など意に介していない。
ぴぎゃぴぎゃと訴える小鬼に相槌を打ち、準備を始めた。何が何やら分からない女達。
だが、母屋には稀にしか出てこない童子が来たという事は、間違いなくいずみの頼みで動いている。それが分かった美虎と真門は視線を交わした。何かがある。
幾分か冷静になった美虎は、刀を鞘に納め、改めて石動六花を視た。怪訝な顔で妖魔達を眺める彼女に、変わった様子はない。しかし、僅かな瘴気が漂っている。
「いつの間に……」
同じく気付いた真門は、八重子を促し素早く背に隠した。この中で一番守りが薄いのは彼女だ。
童子は構わず準備を続ける。美虎達と六花を隔てるようにタライを置き、河童が水を張る。
「くわー」
河童が一声上げると、水はぶわりと浮き上がり、水盤状になった。即席の鏡の出来上がりだ。
それは六花を映し出す。
「ぱ?」
童子と河童はそれを見て首を傾げた。映された姿は六花のようで、違う。
瘴気に塗れ、その目は正気を失い、身に力が入らない様子で喘いでいる。助けを求めるように伸ばされた腕が、ぼとりと落ちた。形が維持できなくなったのだ。そして、屋敷中に瘴気が広がる……。
それを見た美虎と真門は納得し、八重子はとうとう意識を手放した。真門が受け止める。
当の本人は凝視したまま、ゆるゆると首を振るだけ。何が起こっているか分からないと言いたげだ。
「呪詛に手を出した者の末路。貴女もこれぐらい知っているでしょう」
「っそんな!?私がやったのは簡易なもので、命まで取ろうとは思ってない!手を加えたのはあの男だっ!あいつこそ、」
「通用しないわ。貴女が行使したのは事実だもの。…蓮条尚友は生きている、失敗したのよ。その分貴女に跳ね返ってくるのでしょうね」
「どうしてっっ……どうして正しい事をしてる私がそんな目に遭うんだ?!おかしいだろう!」
六花が激昂するにつれ、瘴気が濃くなる。途端に、咳き込んだ。
他人が作った呪詛に細工ができる程、精通している相手だ。仕掛ける事は容易かったろう。これで確実だ。幽月は最初から捨て駒のつもりで、石動六花を迎え入れた。
「…美虎様、返るにしては少々おかしくはないですか」
「そうね。余計な事を喋られないように、彼女にも仕掛けていたんでしょう」
尚友が受けた呪詛は、穢れ者にもできない弱いモノの筈。しかし、現役退魔師を憔悴させてしまう程の効果があった。それが、六花から移された一部だとしたら。その一部が返されたのなら。
美虎は、縋るように見てくる裏切者を一瞥した。
「――がっっ??!」
悲鳴が、響き渡る。苦悶に満ちた声。
同時に、六花の体から瘴気が溢れ、部屋があっという間に覆われていく。
「くわっ」
……筈が、河童の水鏡が瘴気を止めていた。構えていた美虎と真門は静止する。
しかし、水はどんどん黒く染まっていく。河童は人型を出し、自分の皿に浸すと妖力を込める。童子はタライをもう一つ置いた。
女達はとりあえず成り行きを見ている。
『くわっ』
河童の分身が現れた。分身はすぐに水鏡を出し、加勢を始める。
「くわわー」 『くわわわー』
河童たちは水を追加しながら、水鏡を大きくすると……どっっぷん。六花を閉じ込めてしまった。
「あら」
「……これは」
ただでさえ、呪詛の痛み苦しみがあるのに、更に水責めが追加された。六花はバタバタと暴れ空気を求めている。水を黒く染めながら。
童子はそんな憐れな人間を指し、分身に何か指示している。分身は頷くと、ぴょいっと水の中へ飛び込んでしまった。あれは分身といえど、瘴気の影響を受けるのでは。女達は急いで河童本体に振り向くが、いつも通りの顔だ。
『くわー……くわわっっっぱ!!!』
河童は、水の妖怪である。
水陸両用であるが、やはり土俵は水の中。真価を発揮できるのは、水の中なのだ。そして、河童たちは相撲好きの力持ちでもある。つまり。
今、分身河童は存分に力を発揮できる、無敵状態というわけである。そして河童は……綺麗な水が好きだ。
水を穢す者には情けは無用。分身河童はその身を高速回転させ、元凶の腹を抉った。物凄く、抉り込んだ。
うわあ。女達は声には出さなかったが、同じ顔をしている。
無論、耐えられる筈もない六花。白目を剥き、なけなしの空気と共に瘴気の塊までも吐き出した。水は一気に、墨のように黒くなる。分身河童も巻き込まれてしまったが、童子と本体河童にグッと親指を立て、人型に戻った。どうやら作戦通りらしい、親指を立て返している。そのやり取りを眺める女達。
「くわっくわわっ」
瘴気は人型に吸い込まれていく。河童は水鏡を分離させ、真っ黒になった人型を水球に閉じ込め、両手にタライを構えた童子へ。がっぽん、と捕らえてしまった。童子はタライに結界を張る。
暴れているような鈍い音が響いているが、タライには全く影響がない。
……童子がどこからともなく出してくるタライ。今や凄腕退魔師となった兄妹でも、喰らったらまだ痛いのだ。何で出来ているんだと調べた事があるが、至って普通のタライ。訊いてものんびり顔が返ってくるだけなので、童子の不思議の一つで落ち着いている。
まさか、瘴気をも閉じ込められる丈夫さとは…。美虎は一周回って感心していた。
「美虎様、もう一つは消滅させて欲しいようですよ」
もう一方の水鏡。濁ったまま、その場に浮いている。いつの間にか六花は、水の外に放り出されていた。
動かないが、生きてはいるだろう。
いずみは、こうなると予測して童子たちを寄越したのだろうか。美虎はタライを運ぼうとする、幼い妖魔たちを横目に、刀を抜いた。
「……!!待ちなさい!まさかそれを、いずみ兄様に頼むつもりですか?!」
そうだよ?と言わんばかりのキョトン顔が返ってきたので、正解のようだ。美虎は青褪め、頭を振った。
「駄目です!あの女が吐き出したものを兄様になんてっっ……!絶対に許しませんそこに置いて!私が全責任を持って消滅させます!!」
でも持ってきてって頼まれた。……そんな空気を出す、童子と河童。
「兄様には何か考えがあるのかもしれません!ですが!それだけは許容できません置いて!」
童子と河童は、タライを持ったまま渋る。ふたりの中の一番上は、いずみなのだ。
水鏡そっちのけで、美虎と幼い妖魔たちの攻防が始まる。真門は、これは長くなると判断。父直伝の拳を繰り出し、水鏡ごと瘴気を消滅させた。
真門家は自身の霊力を纏って戦う、どちらかと言うと格闘家系の一族である。
「……で、結局美虎が消滅させたんだね。お疲れ様、ふたり共ありがとう」
美虎の気迫でタライごと斬られてしまい、幼い妖魔たちはトボトボと離れへ帰って行った。待機していた男達はとりあえずそれも見送り、合流し事の経緯を聞くと、後処理もそこそこに離れへ。
仙堂親子が顔を出した丁度その時、童子と河童はいずみの膝にちょこんと座り、頭を撫でられ労われていた。
「イチ、美虎。お疲れ様。幸祐様も無事で何よりです」
いずみはいつもと変わらず、穏やかに迎える。それを見た兄妹は、肩の力を抜いた。ようやく、落ち着けた気がしたからだ。
「いずみもね。あれから不調はないのか?」
「ええ、ありません。今回はガカの御蔭で助かりました。ところで尚友様は…」
「帰らせた。今回は流石に見過ごせねぇから、厳重に抗議する。それで難癖付けるなら、これ以上何も言えんように黙らせてくるから」
寅一は笑ってはいるが、石動六花の所業には激怒している。蓮条家の対応次第では、本気で命取りに行く所存である。それ程の事をしたのだ、あの女は。
「…尚友様と八重子様が居るから、大丈夫だと思うよ。それに此方を敵視しているだけで、今の当主様も話せば分かってくれるお人じゃないかな」
いずみはちらと幸祐を見た。
蓮条の当主と幸祐は、同期だったと聞いた覚えがある。退魔師としては、どうしようが何しようが、幸祐にだけは追い付けなかっただろう。そして、結界守争いの禍根もあり、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い状態ではないかと思うのだ。いずみの視線に気付いた幸祐が、自身を指す。
「私が行けばいいのかい?」
「いえ、きっとこじれるので止めた方がいいです」
いずみは即、首を振った。行けば、蓮条家を潰して帰ってきそうだ。
因みに蓮条兄妹は、弦次郎と三馬鹿が家へ送り届けているという。蓮条への抗議は、簀巻きにされた石動六花を担いだ弦次郎に任された。一番穏便に片付けられる人選である。
「…兄さんが、一番怒っていいんだぞ」
怒気を抑えた静かな声音。いずみは弟妹に目を向けた。二人は、悔しそうな表情をしていた。
「俺は何も知らない奴に、兄さんを好き勝手に語られるのは許せねぇ」
「そうですっ…!ありもしない事を、さも分かっているかのようにっ……」
「……うーん、でも噂ってそういうものだからね。気にしていたらキリがないし、火消しも重労働だよ。それに何したって、言うのは言うから」
あっけらかんとした返答に、弟妹はポカンといずみを眺めた。幸祐は笑いを堪えているようである。
「昔も散々言われていたし、今更どうとも思わないよ。それよりわたしは、噂に気を取られて大事なものを見失う方が嫌だね。けど、あんまりな内容だったらそれは抗議したい……あ、わたし今、抗議もしちゃいけないのか。こういう時はどうしたら……?」
幸祐はついに吹いた。肩を震わせて笑っている。それを見るいずみの顔は、なんで?と言わんばかりだ。
寅一と美虎はそれを眺め、顔を見合わせ……ふ、と和らいだ。
「いずみ兄様はこういう人でした」
「だったな。俺らが怒っても、逆に宥められてたわ」
兄さんの悪口言いやがって、と二人揃って地団駄踏んでいた昔。大丈夫だからと宥められ、頭を撫でて、優しい笑顔で決まってこう言うのだ。
「イチ、美虎、代わりに怒ってくれてありがとう。本当に、優しい子だね」
……あぁ、やはり我らが兄は変わらず最高。
兄妹は仲良く揃って拳を突き上げ、どういたしまして!と元気に返すのだった。
そして、幸祐の笑いは更に深まった。
どんな理由があっても人を呪ったらこうなるよ、という話。(水責め付き)




