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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第二幕

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17. 義侠心





 「あの男は幽月(ゆうづき)と名乗った。……勿論、偽名だろうが」


石動六花は警戒し、自分が確認できる範囲で、それこそ屋根裏まで探りを入れたが気配は無かった。それから見回し……残ったのは女達だけと分かるや、穏やかな顔つきに。

美虎と真門はその変わりように警戒心を高めたが、八重子は慣れなのか、やっと戻ったと口にするだけであった。彼女に促されると、存外素直に話し出したのである。


 「使命だとはいえ、あんな気味の悪い男に近付くなど……しかも護衛などしたくなかった!」


同じ護衛なら八重子様が数倍いい!

念の為まだ縛られたままだが、それがなければ地団太を踏んでいそうな様子だ。彼女の男嫌いは筋金入りと見える。


 「使命?誰が貴女に命じたのです?」


 「命じられたんじゃない。これは私の心の使命」


通訳を。と美虎に視線を向けられたが、八重子は分かりませんと首を振った。若干落ち込んでいる。

八重子としては、ご迷惑を掛けた仙堂家に少しでも報いたいし、兄の力にもなりたいのだ。だが、ここまで六花の言動が分からないとは思わなかった。こっそりついてきていた小鬼に手の甲を撫でられ、八重子の気分は少し、浮上した。


 「美虎様、真門ユエ。力があるとはいえ、苦労してるだろう。女というだけで半人前扱いな上、美人なお二人だ。男共のくっっそ嫌らしい視線に嘗め回された事がある筈!!」


無いとは言わない。そういう輩からは寅一が守ってくれ、美虎自身も実力で黙らせてきた。真門も同じくだ。他より苦労はしたかもしれないが、現在彼女らを半人前扱いする者は居ない。


 「そんな虐げられている女達を助け、見守るのが私の使命だと思っている」


 「それと今回の騒ぎと何の関係があるのです?」


 「美虎様の母上、早紀恵様を助ける為」


美虎が纏う空気が変わり、真門の視線は鋭くなる。

しかし、六花は気付かず、うっとりとした声で続けた。


 「早紀恵様はとても美しい人、同じ女でも見惚れる程だ。よく、私如きにも声を掛けて下さって。そして心までも美しい人だった……。そのような人が、呪物に囚われたままなんて耐えられない。だから私が動いたんだ」


 「む、六花…、それは貴女が手出しする事ではないわ。他家を勝手に調べるなんて、逸脱してる」


 「動かなければ、仙堂幸祐も仙堂寅一も、何もしないままだった」


 「だから、お兄様に呪詛を送ったの?」


 「…私を信じさせるには、そうするしか。でも簡単に解呪できるもので、尚友様の腕なら」


 「細工されていたと言われたわ。蓮条の者には解呪できないように」


六花は唖然とし、八重子を見ていたが……すぐに首を振る。何もしていない、と。

けれど、呪詛を送ったのは事実なのだ。それで尚友は憔悴し、命を削られ。八重子はそそのかされ、呪物を手にしてしまった。


 「違う私は本当に、あの野郎勝手に……!」


 「私は貴女を責められない。私も、私の意思で呪物を持ち込んでしまったから。それでも仙堂家の人達は、助けてくれたの。守ってくれたの。だからこれ以上はやめて」


八重子の強い口調に、六花は下を向いて黙り込んだ。今まで、ここまで強く言われた事が無かったのだろう、随分な落ち込みようだ。その姿に、真門は呆れた。しかし、美虎の様子は変わらぬままだ。


 「……貴女、どうやって幽月とやらに取り入りましたの?」


美虎の固い声に、六花の肩が跳ねる。


 「あの男は退魔師を警戒していた筈です。何処で私達の耳に入るか分かりませんから」


仙堂家には、より警戒していただろう。強力な呪詛返しを受け、恐れを抱いただろうから。

けれどそれを押し退けてまで、取りに来た。マガツモノを。

あの男は、狙った跡取りが無事であると知っていた。ならば、誰がマガツモノに成ったかも。


 「……いずみ兄様の事、その男に教えた?」


 「…さっきも言ったように、ある程度情報を渡さなければ入り込めな、」


 「美虎様っ!!」


六花は突き飛ばされ、奥へと転がった。刃が空を切ったそこは、ちょうど六花の首があった場所だ。美虎は鋭い紅を、真門に向ける。しかし真門は怯まず、美虎を止める腕に力を込めた。


 「離しなさい、真門。あの女は兄様を売ったの。生かしておく必要なんてないわ」


 「確かに他家の情報を流したのは、門番にあるまじき行為。あれは罰を受ける必要があります、ですが今っ、美虎様が下す事ではありません!」


 「結果は同じでしょう?…節穴もいいとこだわ。何も見えていないからこそ、いいように利用され、手の上で踊らされた」


八重子は小鬼と一緒に、青い顔で震えている。美虎の放つ殺気が、尋常ではないのだ。

怒りと殺意を乗せた目が、六花に向けられる。


 「上辺しか見ず、疑おうともせず、盲目的に信じ勝手に動いた結果がこれですか?それで私達が喜ぶとでも?泣いて感謝するとでも?貴女の行為、ただの自己満足だわ」


 「そんな、だって……あの男は、恩知らずの人殺しじゃないか……」


六花の呆然とした呟きに、更に殺気が膨れ上がる。真門は、本気の美虎を止めるので精一杯だ。

八重子は意を決し、三人の間に立った。


 「六花、全部話して。貴女はあの男に何を教えたの?何を訊かれたの?」


怒る理由が分からない。そう言いたげに座り込んでいた六花だが、もう一度強く促され口を開く。

持っている情報次第では、要求に応えると幽月は言った。

取り分け、仙堂家の情報を知りたがった。当主の命でよく探っていた六花には、それは充分にあり。


 「……仙堂いずみに関しては、全て話した。あいつは人殺しの罪人、問題は無いでしょう?けど、それ以外は何も、本当です」


 「……それは本当なの?本当にその方は罪人なの?貴女は、ちゃんと調べたの?」


八重子は小鬼を見た。気付かなければ、消えていくだけだった小鬼に体を与えた『いずみ』。

あの人の事であると、八重子にも分かった。話したのは少しだけだが、彼が非道な人間だとは思えない。小鬼も違うと言いたげに首を振り、六花を睨んでいる。


 「調べずとも…、早紀恵様が仰っていた。仙堂いずみは当主の座を奪い、家を乗っ取るつもりだと。子供らを味方につけ、いいように操って、」


 「早紀恵様から聞かされて、それを信じただけ。いずみという方が、仙堂家の人を利用しているのを、貴女の目で確認したのではないのね?」


背に殺気を感じながら、八重子は必死に言い募る。気を張っていないと、意識を絶たれてしまいそうだ。

これだけで、分かる。石動六花は間違いを犯したと。

仙堂家の面々は恐ろしい部分はあるが、人道に反する行為はした事がない。隙が無いと父がぼやいているのを、尚友と共に何度も聞いている。もし本当に、恩知らずの非道な人間ならば、ここまで怒りを露わにしないだろう。血の繋がりも無い人を、兄と慕いもしないだろう。


 「確認など無駄ですっ!男は皆、女を利用するか道具のようにしか思っていないっ!あいつだって表面は笑っていても、腹ん中では見下してた!!」


 「…っ六花、やめなさい!」


 「仙堂いずみっっ……下賤な存在のくせに調子に乗るから、無様に終わったんだよ!私は間違っていない!あいつこそ苦しんで苦しんで、呪物に取り込まれてしまえばいい!!早紀恵様を死なせた報いだっ」


 「六花!!」


悲鳴に近い八重子の声に、六花は顔を上げる。そして……固まった。

八重子の背後に、刀を手に、冷え切った目をした美虎が立っていた。突き飛ばされた真門は、痛む背にも構わず動くが、ピタリと刃先を向けられ止まる。


 「邪魔するなら貴女といえど斬るわよ、真門」


 「美虎様っ!」


美虎の目は本気だ。

…長兄が戻ってきてからは、鳴りを潜めていた兄妹の危うい部分。それが今、石動六花の盛大な侮辱により、全面に出てしまっている。こうなれば、元凶を木っ端微塵にでもしない限り治まらない。いや、あれだけ長兄を全否定且つ罵倒され、それだけで治まるか。蓮条家もただでは済まないかもしれない。事実、美虎の質量高い殺気は八重子にも向けられていた。

八重子は振り返るのも恐ろしいのか、固まったまま震え、小鬼は泣く。

真門は悟った。これを止められるのはもう……、当主は駄目だ便乗する。先代も駄目だ便乗する。

もう、彼しか居ない……!真門は叫びたかった。声を大にして彼を呼びたかった。

そして、その願いが通じたか、張り詰めた部屋の障子が勢いよく開かれたのだ。


 「っっいず、???!」


歓喜の余り名を出しそうになった真門だが、視界に入ってきた思っていた人物とは違う相手に絶句する。

そこには。

タライを持った童子と人型を持った河童が、何故か得意気に立っていた。










 「…珍しいな、童子がこっちに来るなんて」


 「さては、いずみが何か頼んだな」


 「放っておいていいのか?」


当然、満ち満ちている殺気に気付いていた男達。とりあえず待機していた、その横を通り過ぎる幼い妖魔達を静かに見送る。

そして、物置から顔を出していた三馬鹿と尚友も、見送っていた。







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