16. とりかへばや
『いずみというんだ、この子には退魔の才がある。面白い子だよ』
鳶色の髪と目を持つ子を紹介する幸寅が、イキイキしていた。
今まで見た事が無い顔で、イキイキしていた。
弦次郎はその様子に、危機感を募らせた。こんな小さな、しかも他所様の子に支えの役などさせる訳にはいかない。弦次郎は子に問うた。
無理矢理連れて来られたのではないか。
攫われてきたのではないか。
親を上手く言いくるめられてしまい、実は納得していないのではないか。
言いたい事があるなら言いなさい。門番として君の尊厳を守ろう。
……聞き取りの結果、いずみは全て納得していた。その上で、養子になると決めていた。
一番の理解者であった母を亡くし、周囲は哀れんでいたが、普通でない子供を気味悪がっていた。人ならざるモノが視える異能。大人に腫れ物扱いされる中、幸寅だけが面白いと評した。
『……この人を、信じてみようと思った』
そう、しっかり顔を上げ、鳶色の目で強く見上げるいずみには、生きようとする意志があった。寄る辺を亡くし、悲しみや不安もあるだろうに。それでも呑み込まれまいと、しっかと立っていた。
幸寅が、持っていないものだ。いや、とうの昔に捨ててしまったもの、というべきか。
幸寅がこの子の何に惹かれたのかは、弦次郎の知らぬ所だ。しかし、いずみが来てからの仙堂家は変わった。何より、幸寅から昏い影が無くなっていた。
それが、弦次郎を安心させたのだ。この男はもう、死に急ぐような真似はしないだろう。
そう、油断していた。
『あの、噂。まるで全てを知った上で、いずみとあいつの立場を入れ替えたようじゃないか』
……そう言って、笑みを張り付けた幸寅はまた、昏い影を纏っていた。
その油断を、弦次郎は深く後悔している。今も。
「私は仙堂いずみが嫌いだ」
石動六花は後ろ手に縛られ、下を向いたまま、それでもはっきりと言い放った。
当主である寅一の目が細められる。廊下に控えていた三馬鹿が身構えるが、下手人は投げ飛ばされる事なく、母屋に揃った面々からの視線に晒され続ける。
人払いをされた仙堂家の母屋には、仙堂親子は言わずもがな。弦次郎とユエ、そして蓮条兄妹と揃っている。事情を承知している者達だ。三馬鹿は全く何も知らされていないが、実は口は堅いので端に控えている事を許された。後で蓮条兄妹を送る為である。
この面子であれば、何があっても大丈夫。返り討ち必至。
なので三馬鹿は、どちらかというと下手人の方を心配していた。うちの当主を刺激するような言動、よくない、よくないよ!……とハラハラどきどき。
「三馬鹿、うるせぇ」
えっ。……と三馬鹿はお互いを指すも、ユエの冷たい視線に姿勢を正した。
「それで?お前があの男と組んでいた事と何の関係が?」
「……っまだ分からないのか?!父親が間抜けなら、お前も間抜けかよ!!仙堂いずみは人殺しだぞ!!」
それに困惑したは、八重子だ。しかし、尚友に何も言うなと忠告されていたので、大人しく耳を傾ける。
六花は、別人のようであった。蓮条の門番ではあるが、八重子にとっては姉のような存在だった。ずっと仲も良く、知らない事などないと思っていたが……。
「あいつはあの呪術師と組んで、早紀恵様を殺した!!なのにお前が!何もしないから!!」
六花が睨む先には、幸祐。
「早紀恵様は命を懸けて、あいつから跡取りを守ったんだぞ!呪物に取り込まれてもだ!!お前早紀恵様の旦那だろうが!取り返せよ!なんで守らねぇんだよ!!!」
対する幸祐は静かに見返し、六花の怒りも憎しみも全て受け流し、一言。
「…お前は何を言っている?」
心底、全然分かりません。そんな表情を返され、六花は怒り心頭。立ち上がろうとしたが、素早くユエに押さえ込まれた。そんなユエの表情も、似たような感じだ。じたばた暴れる六花に周りを見る余裕があれば、全員がちょっと何言ってるか分からない、という表情だと気付いただろう。ただ、蓮条尚友だけは何か必死に考えている様子だったが。
「コレ、全部説明しなきゃならんやつか?」
すんげぇ面倒くさい、という気持ちを隠しもしない寅一の目は冷たい。
石動六花が言っているのは、すり替わった噂の方だ。事実とは全く逆。人は他人の不幸話が好きだが、美談もまた、好きなのだ。それを信じる者らは、彼女こそ母親の鑑と称賛する始末。内輪で終わらせればいいものを、それを態々言いに来るものだから……。
弦次郎は断言している。その頃の仙堂家が、一番荒れていたと。
「必要ありませんわ。できるだけ情報を引き出して、さっさと持って帰っていただきましょう」
「あの……それなんだが…、」
尚友はちらと六花を見遣り、仙堂兄妹に近付き声を潜めた。
「聞き出すなら、妹御に任せるといい」
「美虎に?」
思わぬ指名に、美虎は尚友をまじまじと見る。しかし、尚友は遠い目だ。
「彼女は、相当な男嫌いでね…。その、仕事と割り切れば、父や僕相手でもちゃんとこなせる。でも一旦そこから離れると、母か妹の言う事しか聞かない」
「美虎相手だったら素直に吐くと?」
「あの状態の時は妹に宥められれば大人しくなる。ついでに彼女は、美人と可愛い女の人が好きだ」
「そんな変態に近付けられるか」
「そこは大丈夫。なんか同じ空間に居て眺めるだけで幸福らしいから。そこに男が加わると、反動でああなるんだ。多分……だけど、こんな事しでかしたのもその、趣味の部分が暴走したんじゃないかなと」
尚友も首を傾げているので、自分の推測に自信がないのだろう。寅一は美虎に視線を遣る。構わないと頷いたので、半信半疑だが任せる事に。八重子も居たら素直になるだろう、と尚友は戻った。
「……真門、」
はい。と声が揃ったので、寅一はユエに手招き。手短に話すと、訝しみながらも頷いてくれた。
「真門弦次郎、んでお前、ついでに三馬鹿。来い」
「はっ。……幸祐、お前はいつもこんな感じなのか」
「親としてはポンコツと言われているよ」
「反省した方がいいぞ……」
男達は揃って母屋から出る。遅れて、尚友も。八重子は二つ返事で了承してくれたらしい。
「ああ見えて、八重子はしっかりしているから。暴れる事はないよ」
寅一は頷く。美虎も真門も、あの程度なら押さえられるだろう。故に、逃亡の心配はしていない。とはいえ、空にする訳にもいかないので。
「三馬鹿、気配を消して……此処で待機してろ。万が一逃げ出した場合は、生きてりゃいい。必ず確保しろ」
「はい。ちょっと遠くないっすか?」
「いや……正解だよ。なんか、いくら気配消しても六花は察知するから。男だけは」
「どういう感覚?」
「鋭いんか鋭くないんか、分かんねーな」
三馬鹿は物置に大人しく入っていく。物置といっても、収納力はあるので充分広い。それを確認した尚友も、自ら入った。大丈夫だとは思うが心配だから、との事。
「あ、妹の八重子さん、美人っすね!嫁に来て欲しい!!」
「俺も思った。婚約してるんすか?」
「馬鹿な事訊くなお前ら。お兄さん、妹さんの好みは?」
三馬鹿は三馬鹿だった。この状況で?と言いたげな尚友に構わず、容赦なく閉める寅一。そして、前当主と前門番に向き直った。
「仇の正体は分かったのかよ」
「御丁寧に名乗ってくれると思うかい?」
「思わねぇよ。でもアンタなら、視れば分かるんだろ」
兄を奪われたあの日から、兄妹は呪に関しての資料を片っ端から漁っていた。知識をつける為だ。その内、探している資料が見つけやすくなっているのに気付いた。当時そんな事ができたのは、目の前の男しか居ない。…幸祐もまた、仇を見極める為に知識を得ていたのだろう。
「…定かではないが。二十年前だったか、騒ぎがあった。南で」
「南…。大鳳か?」
「いいや、分家筋の鳥羽家だ。あそこは昔から呪術に精通している一族で、門番として大鳳を支えていた」
「……いた?」
「禁術に手を出し、大鳳の知るところとなり、一族全員処罰されたと聞いている。それが原因で大鳳家は一時、結界守の立場を危うくさせた」
弦次郎も覚えているようで、後を引き継ぐ。
「結局は大鳳家以上の力を持つ者がおらず、そのまま継続という形になった。流石に当主も門番も替えられたがな」
寅一は南の現当主を思い出す。当主会議で何度か会っているが、いかにも女傑といった姿。そんな過去があったとは微塵も感じさせない、堂々とした佇まいであった。
「……その鳥羽家の生き残りだと?」
「あくまで可能性だ。それより、あの噂はまだ生きていたんだな。あそこまで信じ込む者が居るとは、思ってなかったよ」
幸祐はそれ以上話す気はないらしく、あっさり話を変えた。寅一は内心で舌打ち。
気付いた時には広がっていた、あの噂。誰が立場を入れ替え、吹聴したか。当然、激怒した兄妹は探し出そうとしたが、弦次郎に止められたのだ。それは門番の仕事だ、今は力をつける事に集中しろ、と。
当時は未熟であると痛感していた為、大人しく引き下がったのだが……。寅一は弦次郎に視線を向けた。
「あれは我が妻、華恵の御両親がやった事だ。華恵が全て包み隠さず話したのだがな、処罰を恐れた御両親がいずみ君に全てなすりつけたのだ。自慢だった娘がやった事を、信じたくない気持ちもあったのだろう」
「弦次郎、お前はいつからそれを知っていた?」
「割と前からだ。お前と寅一殿に言えば、間違いなく命を取りに行くだろう?だが安心してくれ。我が妻、華恵が激怒してとうに制裁は終わっている。無論、俺も手助けをした。後にも先にも我が妻、華恵が激怒したのはその時だけだ。現に当主が変わっても、口出しはして来なかっただろう」
「どうして生きているんだ?」
「なんで生かしてるんだ?」
幸祐と寅一の声が揃った。いい笑顔を浮かべている。やはり親子、恐ろしい部分が似ている。
しかしこの程度、堅牢門番には通じない。弦次郎は平然と返した。
「御両親は退魔師ではない。我が妻、華恵は実家を処分し、結界すれっすれの土地に放り込んだ。今も妖魔に夜な夜な怯え、苦しんでいる事だろう」
惜しむらくは、と親子の視線も意に介さず、弦次郎は首を横に振った。
「思った以上に広まり、くい止められなかった。我が妻、華恵もそれはそれは」
「分かった。……とりあえず出処はとうに制裁済み。これ以上酷くなる事はない、と」
これ以上聞くと、ただの愛妻自慢になりそうだ。寅一に無理矢理止められ、弦次郎は何処となく不満気であった。




