15. 家鳴り 【六】
真門弦次郎は、実直な男である。
真面目過ぎる。融通が利かない。冗談が通じない。そう評される事あれど、誠実であるのは事実。
対する仙堂幸寅は、自由奔放。退魔の仕事の時でさえ、いつも一人でふらりと消える。
結界守を守るのが門番であるというのに、弦次郎が行方を捜している間に、幸寅はあっさりと片付け戻ってくる。
何度も苦言を呈したが、茫洋とした紅を向けるだけで、何も響いていないとよく分かった。
この男はとうに、生きる事に疲れているのではないか。
どうでもいいと、死に場所を探しているのではないか。
若くして当主となり、天才退魔師ともてはやされていた幸寅。
しかし、仙堂家の内情を知れば知るほど、弦次郎は危機感を抱いた。感情を殺し、歪んでいると理解しながらも、それでも一人で背負い立ち続けていた幸寅。とうに、限界など越えてしまっている。
自分では、本当の支えにはなれない。せめて完全に折れてしまわないようにと、弦次郎は門番としての役目を真面目にこなした。
堅牢過ぎる門番の誕生である。
しかし、そんな実直な門番も予想だにしていなかった。
伴侶を迎えても、変わる様子がなかった幸寅。歪なままの、仙堂家。そんな家に引き取られてきた一人の子が、幸寅の支えになってしまうとは。
「仙堂幸寅ぁ!!貴様また破壊したな?!」
何年振りかの怒号に、ちらと振り返る。遠くから全力疾走で来るは、これまた何年振りかの門番の姿。ユエか、と幸祐は舌打ち。
「隠居してようやく落ち着いたかと思っていればこれだ!!それを直すのにどれだけの費用が掛かると思っている?!周囲にどれだけ迷惑を掛けているか分かっているのか??!全くもって変わらんな貴様は!大体、」
相変わらずの堅牢門番に、幸祐の意識が逸れる。それを見逃さず、隻腕の男は地面を叩き、呪物を喚び出した。ずるりと這い出てきたは、二体の鬼。家鳴りがまだ控えていたらしい。
それらは一斉に吠え、空間を揺らし、周囲に舞っていた符を破った。弦次郎は足を止めず、それを凝視。幸祐は溜息を吐く。
「出来の悪い符は使うものじゃないな…。弟子の物ならばこの程度、何ともないのに」
「そうだな貴様が弱体化する訳ないな!一瞬でも心配した俺は無駄な事をしてしまった!!」
弦次郎はそのまま幸祐の脇を抜け、一体の鬼に拳を叩き込んだ。目を見開いた鬼が、弾け飛ぶ。
文字通り、弦次郎は拳一つで、呪物を消した。主を担いだもう一体は、くるりくるりと目玉を回しながら、二人の退魔師を窺いつつ白壁を飛び越えた。瓦葺の屋根に飛び移り、ギシギシと音を立てながら、伝い逃げていく。
考える頭がある。あの家鳴りは、仙堂家に送られたモノとはまた違うようだ。完成品に近い、呪物。
深追いはせず、気配が消えたと確認してから、弦次郎は幸祐に向き直った。
「すまん。逃げられた」
「問題ない、覚えた。すぐ追える」
「そうか。ならこいつから、詳しく訊くとしよう」
気配を消し、逃げようとしていた女をがしりと捕まえる。恐れ戦き震えていたのが、やめろ離せ何しやがると今は元気に散々喚く。
「お前は石動六花だな。蓮条に呪詛を送ったのも、貴様だろう」
「知らねぇよ。言っておくが私に聞いても無駄だぜ」
「そうだろうな、お前は所詮下っ端。碌な情報も持っていない。こうして見捨てられたのがいい証拠だ。邪魔するだけの役立たずなぞ、生かしておいても仕方ないと思わないかい?」
うすらと笑いながら毒を吐く幸祐に、石動六花はたじろぎ大人しくなった。
実は、邪魔された事を腹に据えかねていたらしい。僅かながら漂う殺気に、無理もないなと弦次郎は溜息を吐いた。
あれは仇だ。幸祐にとっても、仙堂家の子供らにとっても。無論、真門家にとってもだ。
事の全て分かった時、妻の華恵は絶句し、できる事があった筈だと己を責めていた。愛する妻を間接的に傷付けた男。弦次郎にとっても憎い仇である。呪物ごと殴り飛ばせばよかった。
「幸寅、こいつの始末は蓮条に任せるべきだ。此方が勝手にやれば、間違いなく抗議してくるだろうからな」
「私はもう、寅の字は譲ったんだけどね」
「そうだったな失礼した。幸祐、こいつの始末は蓮条」
「皆までやり直さずともいい」
『逃げたな』
ガカの声に、いずみは外を見遣り気配を辿る。一つの呪物が、外へ向かっていた。
『はっ、外に隠れていたのか……いや、違うな。あやつに数多の妖魔を相手取る力はない』
「……結界の狭間か」
『そのようだの。考えおるわ』
四方を守る結界。それぞれの方角に結界守が居り、管理している。しかし、全ての結界守が同等の力を持っている訳ではない。どうしても、差が現れる。それが結界の狭間と呼ばれる場所を作ってしまう、と云われている。
その場所だけは、妖魔は弾かれず容易く抜けられる。とはいえ、弱いモノが精々。故に多少の狭間が現れても、そこを守る退魔師が狩ればいい。そんな理由もあり、長い間そのままであった。
あの呪術師は、そこを根城にしているようだ。
「幸祐様に見付かって、覚えられた。きっと変えるだろうな」
『今捕まえればよいではないか。我なら追えるぞ』
行くぞ今すぐ行くぞ!……とやる気なガカ。いずみとて、捕まえたい。しかしだ。
此方を窺う、弟妹と門番を見る。
「相手が逃げたようだから、わたしが追ってもいいかい?」
「駄目だ」
「駄目です」
「いずみ様、私が父に怒られてしまいます」
「……ですよね」
このメンドウ過保護共が!!……と吠えるガカの声を聞きながら、いずみは大人しく座り直す。
幸祐の事だ、場所を変えたとしてもすぐに見付けられるだろう。それに、向こうの目的はマガツモノそのもの。いずれまた、何か仕掛けてくる。策を考えておかなければ。また意識を奪われるなど、あってはいけない。
「様子を見てきます。蓮条のお二人にも、同席させますか?」
「あいつらも事情を知りたいだろうしな。それに、どちらにしろ石動の件は任せなきゃならん」
考え込むいずみを他所に、話は進んでいく。真門が離れから出ていくと、寅一と美虎はすぐに兄へと詰め寄った。
「兄さん、不調は無いか?体におかしい所とか無いか?!」
「え?」
「無理をされているのでは?!兄様の意識が奪われた時、生きた心地がしませんでしたのよ?!」
「あ、あぁ…それなら、平気だよ」
「大体何で穢れを移したんだ!あれぐらいなら俺も美虎も、蓮条尚友でも祓える!!兄さんが体張る事なんてなかったんだ!!」
『あの程度の穢れ、体張った内に入らんわ』
「い、いや、それは尚友様が、わたしに気付いてる感じで……」
「その程度!いくらでも私達で誤魔化せました!いずみ兄様が無事に戻ってきたと知られれば、大勢が押し掛けてくるではありませんか!!」
「無事、とは言い難いんだけどね…、というか、大勢??」
『お主、そんなに恨まれておったのか』
ガカの面白がっている声音に、反論しようとしたいずみだが、はた、と止まる。
恨まれる原因と共存してしまっている。
『あぁ、我の事か。ふっ、恐れ戦け脆弱なニンゲン共よ』
間違いなくこいつのせいだ。
いずみは、弟妹が頑なに外に出さない理由を理解した。記憶はないが、マガツモノとして大暴れしていた時に、この姿を覚えられてしまったのだろう。うかつに出れば、最悪都中の退魔師から総攻撃を受ける。
「そうですわ、大勢です!いずみ兄様、自覚が無いようですから言いますけど、」
「いや…今自覚した……。そうだね、わたしが軽率だったよ。気を付けているつもりだったけど、少し緩んでしまったみたいだ……。ごめんね、次からは許可が下りてから行動するよ…」
しょん……と落ち込んだ長兄の姿に、美虎は口を閉じた。そして、もう一人の兄を見る。
この人全然分かってない。寅一の目は、そう言っていた。
……いずみは努力家だ。師である幸祐の、修行という名のしごきにも耐え、市井の生まれながらも一目置かれる退魔師となった。
選民意識が高い一族の者らには疎まれがちだが、そんないずみを慕う者は、少なからず居る。いや、割と居る。
寅一は、羨ましがられていたのを知っている。あんな優しくて立派な人がお兄さんでいいな、と。美虎も後々知る事となり、驚愕した記憶がある。要は、
――慕われ過ぎなんだよ、この人は……。
である。
事情が事情なので、訪ねてくる者は無い。だが少しでも知られれば、確認の為仙堂家の門を叩く者が増えるだろう。それだけは絶対に阻止したい。何故ならいずみは、自分達の兄なのだ。取られたくはない。
「本当にごめんね……」
「いや……」
「分かってくれて、よかったですわ……」
三人が三人、揃って溜息を吐く。
しかしその理由は、全く真逆のものであった。




