12. 家鳴り 【三】
仙堂の者に、後れを取ってはならぬ。
蓮条尚友は、幼い頃からそう言われ続けてきた。しかし尚友自身は、もう昔の事ではないかと少々うんざりしていた。父も退魔師としての腕は、十二分にある。それでいいじゃないかと言ってみた事もあるが、蓮条としての自覚を持てと怒られただけで。
跡継ぎである、仙堂一之進。妹と同じほど年が離れているのに、それを目の敵にしたら此方が大人げない。尚友には、張り合う理由が無かったのだ。だから、仙堂家にもう一人、養子が居るという話を耳にしても、特に思う事はなかった。
しかし。自分とそう年も変わらない彼と会い、実力を目にし、変わった。
彼は、仙堂の血は引いていない。市井に暮らしていた、退魔師とは縁も所縁もないただの人であった筈だ。
なのに、その腕は、その力は、誰よりも抜きん出ていて。
退魔師の家に生まれ、幼い頃より修行に明け暮れ、それ故に尚友は自信があった。父ほどではないが、蓮条家としての矜持もあった。
なのに、『いずみ』は。あっさりと尚友を追い抜き、他の者から一目置かれる存在になっていた。
悔しい。どうして、なんで。
追いかけても追いかけても、彼はずっと先に居る。
尚友は躍起になり、時に怪我を負いながらも彼を見据え、追い続けた。必ず、先に立ってやるのだと己を奮い立たせて。
しかし。
いずみは突然、ふつりと姿を消した。
尚友は狼狽し、石動にも頼み、できる限り探った。
『仙堂いずみは呪詛を受け、失踪したようです。恐らく生きてはいないでしょう』
石動の報告に、何かの間違いだと叫びたかった。一体誰がと怒りも抱いた。
『…先に呪詛を受けたのは、仙堂一之進です。仙堂いずみは養子といえど、仙堂家の長兄。当主の座に固執していても、おかしくはありません』
知らない人間の話だ。彼は家族を、特に弟妹を大事にしていた。少なくとも、尚友が知る彼ではなかった。
『人の心の内は、分からないものですよ尚友様。覆い隠して何でもないように笑えるのが、人というもの』
信じられなかった。信じたくなかった。
目指す目標を失い、どうしたらいいのか分からなくなった。それでも、残った矜持で立ち続けていた。
未だ、尚友は迷い続けている。彼が消えてから、ずっと。
消滅していく鬼の一部を踏み潰し、寅一は周囲を探る。美虎も油断無く、構えたままだ。
「いずみは」
「童子が居る。…あの胸くそ悪ぃ声で、意識奪われた」
「……維持できているなら、持ち直したか」
疑似結界の崩れは止まり、蓮条兄妹を守る符も、再び舞い始めた。それでいずみの無事を知れた幸祐の表情は、安堵に染まっている。それを横目で確認した兄妹は、兄関係だと分かりやすいなと、内心で呆れた。
そりゃお前ら全員だよ、と突っ込める猛者は、今は残念ながら居ない。
仙堂親子はくまなく探る。手応えが無かったのだ、本体はまだ隠れている。それを証拠に、またぎしりと離れが鳴り、歪む。あちこちから殺気が飛ぶ。瓦葺きの屋根を掴み、ぬうと顔を出し、床下からも同じ鬼が這い出てくる。
「…あれは、私が知っている家鳴りとは、随分違いますわ」
ぎょろぎょろと動く目は視点が定まらず、どす黒い。
「媒体に使われたんだろ。家鳴りは何処にでも居るからな」
「酷い事を」
美虎は顔を顰めた。
仙堂家も古い家だ、家鳴りはよく視ていた。見た目は小鬼で、鋭い牙や爪を持ってはいるが、臆病で人を襲うなど滅多にない。無害だと言ってもいい妖魔だ。幼い頃、童子と楽しそうに戯れている姿を見た事がある。
巨大な体躯で、ギシギシと歯を鳴らしながら這い回る、今目の前にあるモノと同じとは到底思えない。
人こそが恐ろしい。
のっぺらぼうはそう言った。……その通りだ。
妖魔だけでは飽き足らず、同じ人をも、媒体とする。道具とする。意のままに、操ろうとする。
「イチ兄様は本体を。あれは私が、片付けます」
「見付けた」
寅一が返事をする前に、幸祐は小刀を放った。それは鬼の腹部を貫き、一匹の小鬼を離れの柱に縫い留める。露になった姿は、全身が瘴気に塗れ、原型を留めていない。ジタバタと暴れるたび、ぼろと体が崩れていく。
のっぺらぼうは肥大化していたが、家鳴りには耐えられないのだろう、崩れるのも構わず暴れまわる。
『ぎ、』
小さな悲鳴を残し、瓦解した。
腹を貫かれた鬼も、ぐらりと大きく揺れ消滅する。
「気配は三つ。あと、二つ」
幸祐は符を手繰り寄せ、再び小刀を造る。それを揃って睨み付け、寅一は手刀で落とした。
「兄さんの符を勝手に使うんじゃねぇよ!」
「勝手じゃない。いずみは心得ている」
「阿吽の呼吸ができてますとでも?!さりげない自慢が腹立だしい!」
「実際、私に合わせられるのはいずみくらいだ」
幸祐は平然と、我が子の怒りに答えている。寅一は青筋浮かべたまま、刀を抜き放った。
「仕留めるぞ美虎、こいつが動くより早く」
「分かっておりますわ、イチ兄様」
紅い目を据わらせ、兄妹は飛び出していった。置いて行かれたこいつ扱いの幸祐は、静観する構えのようである。
一方その頃。
いずみは、うつ伏せに倒れたまま動かない。相当、痺れているようだ。しかし、それでも気配を探り、動かせる指で符を操っている。結界を強化、そして術を発動させる。家鳴り達の悲鳴が、向こう側で上がった。
器用だな。幼い妖魔たちはそれを興味津々と眺め、ガカもまた内側から眺めていた。
化け物らの狙いは、八重子だ。
隙を突き、飛び掛かってきた小鬼を結界がはじく。蓮条兄妹は、囲まれていた。
離れ中に這う小鬼らは、執拗に八重子を引きずり出そうとしている。尚友は妹を背に庇い応戦するが、直前まで呪詛を受け、極端に弱っている今の状態では防戦一方。尚友は歯を食いしばる。
この結界が無ければ、己だけでなく、妹も奪われていた。
「万全でない事を言い訳にしてたまるか…!」
焦れた小鬼が一斉に、符に噛り付く。命など惜しくもないのだろう、消滅していく仲間を気に留める素振りもなく、次々と爪と牙を立て、穴を開けようともがく。
尚友は無数の苦無を造り放つが、消滅させても後から後から湧いてくる。キリが無い。
「おっお兄様!いやっ放してっっ!!」
慌てて振り向けば、すぐ側にどす黒い目。結界の一部を破った鬼は八重子の袂を掴み、尚友を嗤うように目を細めた。
『オマエ、ヨウナシ』
「っ!八重子っっ!」
引き摺られる妹を抱え、苦無で袖を引き裂くと同時に、符から現れた刀が鬼の腕を貫いた。爆ぜる音と、甲高い悲鳴。
はじかれ、片腕を奪われた鬼は叫び、のた打ち回る。怯える八重子を支え、尚友は素早く辺りを見回した。あれだけ居た小鬼は消え去り、結界は修復され、残されていた腕は刀と共に消えた。
「……この技、威力…。やっぱり……、」
どんなに目を凝らしても、仙堂親子の姿しか無い。しかし確信した尚友の目に、光が灯った。
一方その頃。
いずみは動かない。幼い妖魔たちに馬乗りにされ、ますます動き辛くなっているようだ。しかし、それでも動かせる指を使い、符を操り数を増やし送り出す。向こうの探しものが自分ならと、ぐるりと符で囲み、童子と河童ごと見事に隠した。
本当に器用だな。ガカは少々困惑しながら、眺めていた。
……言霊を乗せたが、反応が無い。完全に断ち切られた。
大きな屋敷ばかりが建ち並び、白壁が続く通りには昼間でも人影が無い。静かなそこに男が一人、杖を片手に立っていた。
こつんこつんと地面を鳴らし、白壁を見上げる。その向こうは、退魔四家が一つ、仙堂家。
男にとって、忌々しい一族。地面を叩く間隔が早くなり、杖を握る手に力が入る。
再び言霊を乗せる。しかし、あった筈の気配すらも、消え失せた。
「……呪物如きが、主に反抗するとはな」
白壁の向こうから、小鬼が落ちてくる。男の足元まで転がり呻き声を上げた。
この程度の呪物で、仙堂一族を絶やせるなど思ってはいない。男の冷たい目と合い、小鬼はぶるぶると震えだす。
「…役立たずが。折角強くしてやったのに、何一つ成せないとは」
『――っぎゅいっっ……っ、……』
杖を突き立てられ、小鬼は苦し気な声を上げ、霧散していった。
欲しいのは、こんな出来損ないではない。
マガツモノだ。人の姿をした、マガツモノ。最高傑作の、呪物。
男は歪な笑みを浮かべる。
「あれは、私のものだ。私が創った、私の子だ」
「趣味が悪いな」
杖が折られる。体勢を崩し、驚愕に染まる男の目に映ったは、獰猛な笑みを浮かべた仙堂家先代の姿。
静かな通りに、爆発音が轟いた。




