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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第二幕

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11. 家鳴り 【二】




離れが、歪む。

それはあちこちへ這い回り、叩き、揺らす。柱は軋み、天井は(たわ)む。ぎしぎしと歯を鳴らし、ぎょろりとした目を動かし、苛立つように音を立てる。

此処にあるのに、見付からない。あるべきものが、取られたものが、隠されている。仙堂のニンゲンが、隠している。

それは離れの中を覗き見た。仙堂のニンゲンと、獲物。


 ――力が必要な時は、女を喰え。

 ――ただしすぐには喰うな。気取られる。


それの目が、女を映す。嬉しそうに、細められた。









埒が明かんな。

何を聞いても、分からないを繰り返す八重子に、幸祐は内心で溜息を吐いた。あからさまに態度に出さないだけ、彼も蓮条兄妹に譲歩しているつもりだ。

本音を言うなら、早々に兄妹諸共ぶっ飛ばしたい。呪物なんぞを持ち込んだ時点で、過去の因縁関係なくただの敵。視界から消し去りたい。……幸祐の呪嫌いはそれ程であった。

因みに当然ではあるが、いずみは除外されている。

弟子がそう成ってしまったのは、自分の責任でもある。完全な呪物にさせない為にも手元に置き、ありとあらゆる危険物を排除する。そんな決意を静かに固めている幸祐だった。


 「退魔師の家の者ならば、何も分からん事はあるまい。お前は気付いている筈だ。それの中身が何か分かって、此処へ持ち込んだのだろう」


 「……っごめんなさい……!」


震えていた八重子が頭を下げ、尚友は困惑したまま。それを見る限り、兄は何も知らないようだ。

隣に呪物があって、気付かないのは間抜けとしか言いようがないが、彼も直前まで呪を受けていた状態。周りを見る余裕などなかったのだろう。


 「妹御に呪物を渡した相手は、尚友殿を抑えればどうとでもなると考えたようだ」


 「っ?!八重子、お前っ……!」


 「ごめんなさいっ、お兄様を、どうしても助けたくて、」


 「だからと言って、呪物に手を出していい訳がないっっ!!」


蓮条尚友は、中々出来た退魔師らしい。顔色は悪いが、妹へ向ける怒りは本物だ。長くなりそうな争いを、幸祐は手で制した。


 「兄妹喧嘩は後でやれ。尚友殿、それを」


 「こ、これは僕らの不始末、責任を持って此方で、」


 「必要ない。それを作った者は、仙堂家に用があるのだろう。お前達は使われただけだ」


幸祐に向ける、尚友の目が怪訝なものになる。しかし、離れを揺らす程の振動に、咄嗟に八重子を庇った。ぎしりと天井が鳴り、ゆっくりと移動していく。兄妹の真上で、音は止んだ。

それに警戒しながら、尚友は問う。


 「…何が、居るのですか」


 「さぁ、何だろうな。大人しくできずに、何かを探しているらしい。…八重子殿、謝罪はいらん。相手について思い出せ」


八重子は怯えてはいるが、必死に考えているらしい。視線をさまよわせ、包みに目を止めた。


 「お、男の顔は、よく見えなかったのです。でもその、腕が、……右腕が、ありませんでした。足も、……声を、掛けたのも、お辛そうだったから。やっと、自力で歩けるようになったと、笑っていて。それから……探し物をしていると、方々を回っていると。それで、何故か、兄の事を知っていて……仙堂寅一様に頼れと」


 「腕が無い、男…」


ぎぎぎ、と兄妹の真上から不穏な音。潜んでいるモノは、無理矢理押し入って来ようとしているようだ。ぎし、と天井板が音を立てて破れ、巨大な腕が降ってくる。鋭い爪が八重子を捉えた。


 




目を閉じ、静かに維持を続けるいずみ。

縁側では、寝そべったままの童子が、ばたばたと手足を動かし暴れている。やはり棲み処を勝手に動き回られるのは、我慢ならないらしい。気持ちが痛い程分かるのだろう、河童も同じくばたばた暴れていた。

これだけで済んでいるのは、全ては疑似結界内で治まっているからだ。

寅一と美虎は、まだいずみの膝を占領している。時折身動いでいるので、起きているのではあるまいか。童子と河童はいずみの邪魔をしないよう、兄妹に向かってお手玉を投げた。

当たる前に、兄妹の手がそれをしっかり掴み、畳に転がす。

……起きてるな。童子と河童は頷き合った。


 「……探してる?」


いずみの呟きに、兄妹の耳がぴくりと動く。しかし、無意識であろう長兄の手が、二人の頭を撫でると大人しくなった。

本来は、現当主の寅一が動かなければならない。いずみも目覚めていると気付いたら、行っておいでと送り出すだろう。当主というものは忙しく、中々兄との時間が取れないのだ。つまり甘え倒す時間が少ない。

十年。十年兄さん無しで頑張ったんだからいいだろう!

……今が好機と狸寝入りを続ける寅一は、開き直っていた。蓮条兄妹の心配はしていない。幸祐が居るのだから。

唯一の懸念を挙げるなら、呪物ごと全部消し去る可能性か。しかしそれは無いと、寅一も美虎も知っている。

幸祐も、いずみ大事だからだ。……腹の立つ事に。


 「……動いた、」


いずみの呟きと共に、此方側にも悲鳴が響く。

ぎし、と離れが揺れた。






耳障りな程の、甲高い音が離れを覆う。八重子は思わず耳を押さえ、目を開けた。生きている。

大きな化け物の手が迫り、兄の背が見え、


 「っお兄様……っ、血がっ」


 「八重子、動くな」


濃い血の匂い。尚友は腕を押さえて前を見据えていた。そこには、化け物を片手で止める幸祐の姿。

天井から伸びている腕だけでも、相当に大きい。あれは本当に呪物なのか。尚友は初めて目にしたそれに、困惑を隠せない。それに、


 「……これは、」


自分達を守るように、符が舞っている。これが無ければ、腕を持っていかれていた。

化け物の悲鳴が上がる。離れが揺れ、あちこちからひび割れるような音。しかし符には影響はなく、結界も強固なまま。この符術は、見覚えがある。

尚友は目を凝らした。しかし、どこにも姿はなく、気配もない。

幸祐は腕を振り、化け物を天井から引き摺り落とした。そのまま庭へと放り投げると、自身も降りる。

蓮条兄妹が残された離れは、見る影もなくなっていた。符に守られていなければ、二人も巻き込まれていただろう。幸祐は、周囲への配慮は全く無い退魔師である。視野が狭いのではない、自分の身ぐらい守れるのが当然と考えているからだ。

……余談だが、いずみの結界が他と比べても強固なのは、幸祐の配慮の無さが原因である。退魔師でもない人が簡単に身を守れる訳ないでしょうがぁぁぁ!……という、いずみ渾身の叫びがあったとか無かったとか。


 「さて、お前は喋れるのかな?それとも、ただの木偶か」


蹲る化け物は、見た目は鬼の姿。ぎょろりとした目に幸祐を映し、使い物にならない腕を引きずり距離を取る。相手の力量を、判断するだけの知性はあるようだ。ぎしぎしと歯をこすり合わせ、ぐるりぐるりと両目を回し……空を、見上げた。


 『オイデ』


幸祐の目が細められる。


 『オイデ、カエッテオイデ』


その化け物は、見上げたまま言葉を紡ぐ。


 『ムカエニ、キタヨ』


 「……、!」


疑似結界が崩れようとしている。

幸祐は蓮条兄妹に振り返った。二人を守っていた筈の符が、力を無くしはらりと落ちる。いずみの意識が途切れたのだ。


 『オイデ、オイデ、ココニオイデ』


 「だから、呪物は嫌いなんだ」


 『イッショニ、カエロウ』


 ワタシノコ。ワタシノ、ダイジナコ。


その一言で、幸祐は切れた。一気に間合いを詰め、

疑似結界の向こうから、寅一と美虎が飛び込んでくる。目を吊り上げたまま、刀を抜き放ち、


 お前のじゃない!!!


仙堂親子の怒号が揃う。

化け物は空高く蹴り上げられ、頸と胴体が斬り離され、バラバラになり地面に散った。






ぺちぺち、ぺちぺち。

頬を叩かれ、いずみの意識は浮上した。視界いっぱいに、童子と河童が。起きたと分かるや、童子は身振り手振りで訴える。


 「わたしは、え?どうして……」


 『奪われたのだ。一瞬だがの』


ガカの平坦な声が聞こえ、慌てて結界維持を再開させる。中は大体壊されているので、外側を更に強化しながら見渡す。いつの間にやら、寅一と美虎も居なくなっていた。気配は向こう側にある。

童子と河童が飛び跳ねて喜ぶ姿に、此方にはまだ影響は出ていないと分かった。ひとまず、胸を撫で下ろす。


 『お主も、あの声を聞いただろう』


おいで、とあの呪物は確かに言った。それが耳に入った瞬間、意識が遠退いたのだ。


 『我もだ。我も、我で無くなったような、妙にいやーな気分になった』


あれは我を造ったニンゲンぞ。忌々しそうな驚きの発言に、いずみは耳を疑った。

しかし、ガカの機嫌はすこぶる悪い。それを感じ取り、先を促す。


 『今の今まで、忘れておった。いや、そう仕向けられておったんだろうの。ヤツは、我がまだ居ると気付いた。取り返すつもりぞ』


 「何で意識が?」


 『ヤツが我を造った、つまりは主よ。主の命は絶対……主導権はヤツにあるのだ』


ガカの意思が消され、ただ操られるだけの木偶に戻る。それは、共有しているいずみも同じ。

背筋が冷える。命じるだけで意識を奪えるのなら、向こうの思うがまま。見付かってしまったら終わりではないか。


 『ふん、なめられたものよ。我は我のものぞ。何故に従わねばならん。断ち切ってやったわ』


 「……え?そう簡単にできるものなのか?」


 『我の方が強い。つまりはそういう事なのだ。我が主ぞ!!』


全然分からない。相も変わらず、ざっくりが過ぎる。


 『やられたらやり返すのみ!行くぞ、ヤツに我の恐ろしさを叩き込んでやろうぞ!!』


 「無理だ」


 『何故?!怖気づいたか、ならば我に変われ!!』


ガカの気配を察知したか、童子と河童がいずみを包囲するように立ち塞がった。

今結界を解除しようものなら、確実に離れは破壊される。真門はともかく、他の面々が大混乱に陥るだろう。それは避けたい。

いや、それだけではない。いずみは耐えられず、倒れた。


 『?!おい、起きぬか!どう』


 「痺れた………」


 『軟弱者がぁぁぁぁ!!』




しかし、鍛え上げられた根性で、結界維持は続けられた。








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