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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第二幕

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10. 家鳴り 【一】




八重子にとって、親の言う事は絶対だった。

言う通りに、望む通りにやってみせれば、全てうまくいったからだ。両親は我が子を愛し、我が子の為を思い、慈しんでくれている。それは八重子の自信にも繋がった。

親の言う事を良く聞き、蓮条家の娘として教養を学び、将来の為に己を美しく磨く。


 「貴女は良い殿方に恵まれ、大切に守られるでしょう」


母が言うのだからと、自然と八重子は、そういうものだと考えていた。

自分に何かあっても、必ず守ってくれる人が現れる。現に、父も兄も、必ず駆け付けてくれる。

だから、夫となる『仙堂一之進』も、当然大切にしてくれると。


 『俺は、自分の身は自分で守れと言われた』


 『一之進様は、跡を継ぐ殿方ですもの』


 『……妹も、俺と同じだよ。霊力が強い人間は、まずは自分を守れないといけないって』


兄から、退魔師の修行は厳しいと聞いていた八重子は、眉を顰めた。一之進の妹は、まだ四歳であった筈だ。仙堂家では、それが当たり前なのか。我が子が大怪我をしたら、取り返しがつかなくなったらどうするのか。


 『父さんも母さんも、怪我くらいじゃ何も言わない。修行しろ、力をつけろって。それだけだから』


何でもないように告げる一之進の姿に、八重子は眩暈を覚えた。

信じられなかった。兄が大怪我をした時は、両親も八重子も心を痛め、眠れない程であった。それが、当たり前だ。その筈なのに。

仙堂家は、違うのだ。子が怪我をしようが、倒れようが、親は気にも留めないのだ。それは、一之進もその妹も、一番近しい人に愛されていないということ。なんて、可哀そうな。


 『……?別に、俺には兄さんが居るから平気。兄さん頑張ったら、すんごい褒めてくれるし。ちょっと無茶したら怒られるけど、でもすんごい心配してくれる。俺、兄さんの為に強くなって、当主でも何にでもなってやるって決めてるんだ』


本当に何でもないように、親そっちのけで『兄さん』を語る一之進の姿に、八重子はよく分からなくなった。そして少しだけ怖くなった。

自分が親や兄に向ける信頼とは、また違うような感覚であったからだ。分からないものは、怖い。

その日から、八重子にとって一之進は苦手な人物となっていた。

決して口には出さなかったが、彼が穢れ者になってくれて良かったと思っている。それを言い訳に、白紙にできたのだから。

仙堂家は、何処か、恐い。うまく言葉にはできないけれど。

そしてそれは、今も。







 「……まだ約束の時間には早いですが。急を要する事でも?」


 「ごめんなさい、分かってはいたのですけど、……」


蓮条八重子は、無表情で招き入れる真門に頭を下げた。

大家の娘は、簡単に頭を下げるものではない。そう教えられてきたが、先方に無礼な振る舞いをしている自覚がある八重子は、兎にも角にも謝罪する。

人目の少ない、仙堂家裏口。本来ならば表の筈。けれど、外で待っていた真門が案内した先は此処であった。

気付かれている。

八重子はそう感じ取り、青い顔のまま箱を抱え直した。幾重にも包み、強く結んで運んできたそれ。投げ出したい気持ちを抑え、隣に立つ兄を見上げた。


 「貴方もご一緒だったとは。尚友(ひさとも)様」


 「……この度は、急な申し出を受け入れてくれ、感謝致します…」


 「いえ。此方へ」


八重子の兄、蓮条尚友の動きは緩慢だ。兄妹揃って顔色も悪く、言葉も少ない。

明かりが少ない、薄暗い廊下。三人が進むたび、ぎしぎしと音が鳴る。


 「私は詳しくは聞かされておりません。ですが門番の立場として、貴方達を中へ入れるのは抵抗があります」


蓮条兄妹は答えない。けれど、空気が強張ったのがよく分かった。


 「そちらの当主は、御存知なのですか」


間を置いて、小さく否定が返ってくる。三人を追うように、ぎぎ、と鳴った。


 「……そうでしょうね」


真門はそれ以上は何も言わず、離れへと通じる渡り廊下の前で止まると、先へ行くよう兄妹を促した。

一際大きく、弾けるような音が鳴り、蓮条兄妹は肩を震わせ振り返る。しかし、薄暗い廊下があるだけで、人の気配もない。


 「人払いはしております。見る者が見れば、貴方達の状態はすぐ分かりますので。どうぞ、離れでお待ちです」







……童子は不機嫌だった。それはもう、珍しい程に不機嫌だった。河童は縁側からそっと覗いている。

ごごご、と音が聞こえそうな黒い空気を纏い、童子は幸祐を見ており。対する幸祐は綺麗に受け流していた。


 「母屋では人の目が多過ぎる。この理由じゃ、納得してくれないか」


ごごごごご、と全く納得していない空気を出す童子。びし、と母屋を指した。

訳すなら、晒しちまえ。童子が棲み処を貸す義理は、今から来る者らには全く無いのだ。

ただでさえ、目の前の男が原因で荒らされたばかりだというのに。これ以上は、童子的には没落直行案件だ。


 「駄目だな、私では。いずみ、説得できないか?」


 「棲み処が荒らされない、という保障があるなら、童子も納得してくれると思うんですけどね」


相も変わらず、すやすやと眠り続ける弟妹の頭を膝に乗せたまま、いずみは怒れる童子の頭を撫でる。


 「保障、ね。ところでいずみ、足は痺れてないのか。二人分は重いだろう」


 「痺れてますよ。動けません」


いずみの素直な返答に、幸祐は吹いた。起こさないよう、ずっと根性で耐えているらしい。

幸祐は笑いを堪えながら、気配を探る。問題の二人は、裏口に案内されたようだ。


 「動けないのなら、丁度いい。お前にはもう一つ、離れを作ってもらおうか」


 「……今からですか。多少粗があっても、目を瞑ってくださいよ」


 「閉じ込めれば、それでいいんだよ。外側は私がやろう、符を借りるぞ」


幸祐の意図を汲み取ったいずみが手を動すと、数枚の符が離れに舞った。手の動きに合わせ数を増やし、整列し、いずみを囲う。その一列を幸祐は引き受け、本来の離れを隠すよう、符の壁を四方に造り上げる。


 「わたしは此方で維持を続けます。大丈夫だとは思いますが、お気をつけて」


壁の向こうの声に返し、幸祐は目を閉じた。





 「……」


…再び開けると、そこは離れ。

見回しても他の気配は無く、縁側から見える庭からは木々が揺れる音だけ。弟子が作り上げた、疑似空間の出来を確認した幸祐は自然と笑んだ。


 「やっぱり、面白いな。いずみは」


外から、軋む音が近付いてくる。幸祐の頭上を一際大きい音が移動し、離れのあちこちが軋んだ。全てを覆うように。

しかし、幸祐は微動だにせず、やって来た客人を迎えた。

あ、と小さく声を出したはどちらか。蓮条兄妹は明らかに、狼狽している。入るよう目で促すと、揃っておずおずと腰を下ろした。尚友の目は泳いでいたが、八重子は困惑気味でも、しっかりと顔を上げ、幸祐と対面している。ただ甘やかされて育てられた娘、ではないようだ。


 「久しいな。尚友殿と八重子殿だったか。会うのはあれ以来かな」


 「そ、その節は、……」


 「終わった事だ、今更蒸し返すつもりはない。当主は今、所用で外していてな。蓮条が此方を頼るのは余程の事。他の者では対応はできんと判断し、手が空いていた私に回ってきた訳だ」


幸祐の視線が尚友、そして八重子が持っていた風呂敷包みへ移り、兄妹は笑みを向けられた。ぞっとする程、冷えた笑みだ。


 「間違っていなかったようだな。それで?態々隠してまで、此方に来た理由を聞かせてもらおう」


 「……仙堂の者にしか、解呪はできぬと…」


 「それを信じたと?おかしな話だ。解呪は、尚友殿も心得ているだろうに」


 「………できなかったのです」


絞り出すように吐き出された尚友の声は、震えていた。

意を決したように顔を上げ、尚友は首筋に巻いていた布を取り、見えるよう襟元を広げる。そこには細い蛇が二匹、巻き付いていた。八重子は更に青褪め、目を逸らす。


 「……何度も、何度も試みました、でもっ……!僕では、できなかった……っ、できるのは、マガツモノを鎮めた、仙堂寅一だけだと……」


蛇は巻き付いたままずるりと動き、揃って鎌首をもたげる。幸祐を見据え、二又の舌を覗かせた。


 「子供騙しだな」


その呟きと同時に、蛇の首が飛んだ。

びしゃ、と襖に叩き付けられ、残された胴体はずり落ち、形を失い黒い煙を上げ消えていく。

尚友も八重子も、唖然と見下ろす。


 「蓮条の者には解呪できぬよう、細工されていただけ。あんな玩具程度では、穢れ者にもできんよ」


幸祐の視線が、八重子に固定される。底冷えするような紅に見据えられ、八重子は震えた。


 「お前は、それが何か分かって、持ってきたのか?」


目を合わせていられず、視線は傍らに置いた包みへ滑っていく。


 ――これを渡すだけでいい。仙堂の家に、置いてくるだけでも構わない。

 ――そうしたら、お兄様は助かります。穢れ者にもなりませんよ。


そう言って、隻腕の男が渡してきたモノ。

何故知っているのか。何故、仙堂なのか。訝しみ、警戒もしていたが、結局は受け取ってしまった。

兄を助けたいと、藁にも縋る思いで。


 「……っ、わ、私は、何も知らないのですっ」


青褪め震える妹に、尚友は困惑の目を向ける。


 ――何を躊躇うのです。また一つ、受け取ったとて変わりませんよ。

 ――あの男はもう、穢れ者なんですから。


男の顔はよく見えなかった。ただ、にたりと嗤うその口元だけが、こびりついて。

それが囁いた言葉に、それに納得していた自分に、今更ながら嫌悪を覚えた。


 「なに、も……っ」


知らぬでは、済まされない。

ぎぎ、と離れが歪むように鳴った。







当主は爆睡中。



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