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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第二幕

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9. 暗雲




仙堂幸寅は父ではあるが、一之進にとっては苦手な相手でもあった。

まずあまり家に居らず、夕飯時に顔を合わせても、何を話すでもない。

時折与えられる修行内容は、短期間では到底物にはできない。進みが悪い一之進に向ける目は茫洋として、どう捉えたらいいのか分からない。できるようになっても、褒めすらしない。

期待されていないのだ。

幼い一之進がそう結論付けるのも、無理からぬ事であった。


 『イチはよく頑張ってる。現に自分の力にしてるじゃないか』


そう言って微笑んで、褒めてくれる兄が居なければ、家も何もかも放り出していたかもしれない。


 『幸寅様は、イチを認めてるよ』


いくら兄の言葉でも、それは信じられなかった。けれど、兄は遠い目で断言したのだ。


 『認めてなければ、記憶から抹消するわ敵と間違えるわお前誰と普通に問うわ……な、容赦ないお人だからね』


流石に、久々に会ってもお前誰と言われた事は無かった。

言われていたら、兄を引っ張って出て行っていただろう。


 『思った事もあまり口にしないし、何を考えているのか分からない所もあるけど……イチはちゃんと認められてる。それは断言するよ』


大丈夫。兄は優しく、勇気づけるように頭を撫でてくれた。

厳しい修行を頑張った後の、一之進にとって至福の時間。こうして褒められ甘やかされれば充分であり、父が認める認めないは、些末な事に思えるのだ。

だから、


 『一之進様は、ご両親に愛されていないのね。お可哀そうに……』


七歳のお見合い時。蓮条八重子にそう言われても、一之進はそれが何か?とキョトンとするだけだったのである。









朝目覚めたら、黒玉もといガカはおらず、内に戻っていた。

いつ戻ったのか。寝る前に確認した時は、童子と河童と共に居たのに。ガカ自身も、気付いたらこうだったと言う。自分で戻ったのではないらしい。


 『まぁよいわ。あのままであれば、あの親子とちんちくりん共に弄ばれ続けるのだからな。我を何だと思うておるか!マガツモノぞ?恐れ戦かれるマガツモノぞ?普通はな!!』


切り離しても、繋がっている限り、時が経てば戻るようだ。

離れている時は気付かなかったが、名付けた影響だろうか。ガカの存在が、前より明確に分かる。共有しているといっても、しっかりとした線は持たず、曖昧でぼやけていた。

それが、今ははっきりとしている。『いずみ』と『ガカ』と、それぞれに分けられたような。


 「……初代様の狙いはこれだったのかな?」


 『知るか。……おのれ、多少力が付いたところで、結局はお主から出られぬではないか。面白くもない』


 「……だから、名付けろってうるさかったんだな。油断ならないやつだ、ガカは」


 『言ったであろう、お主は我の獲物だと。それはどうなろうと変わらぬわ』


好き勝手に喋るガカ。しかし、幼い妖魔達が辺りを見回している姿に、静かになった。

童子も河童も、黒玉姿のガカを気に入っていたので、今日も遊べると思っていたのだろう。いずみは声を掛けた。


 「ガカは戻ったみたいなんだ。……もう一度切り離すのは、わたしもできないんだよ。初代様しかやり方を知らないから…」


ふたりは、目に見えて落ち込んだ。身振り手振りで、いずみに訴える。


 『……おい、何と言っておる』


 「今日は蹴鞠をしたかったそうだよ」


 『それは我が鞠役であるな??!絶対そうであるよな!!?』


おのれちんちくりんがあぁぁぁ。

ガカはいずみの内で、吠え猛る。存在感が少し増したせいで、騒がしさも増した。

前の方が良かったなぁ。いずみはそんな事を考えながら、朝の身支度を終えた。


 「さて、と。起きてますか幸祐様。開けますよ」


返事を待たず、いずみは童子達と共に障子と雨戸を開け、朝日と空気を離れに入れる。寝ぼけ眼で身を起こしていた幸祐は、二度寝体勢に入った。


 「起きてるなら、そのまま起きてくださいよ」


 「……ようやく、長い暗黒時代が終わって安眠できるようになったんだ。まだ寝たい」


 「何ですか暗黒時代って。寝惚けてるんですか。体が鈍りますよ」


中々起きない幸祐を叩き起こすまでが、いずみの朝の習慣になりつつある。






同時刻。見事な隈を拵えた兄妹が、母屋にて朝食中。

他人が居る前では隙など一切見せない兄妹だが、今は給仕をする真門しかおらず、随分と気を抜いた姿で、もそもそと食べ続ける。


 「お二人共、昨夜も眠らなかったのですか」


二人はほぼ機械的に箸を動かし、咀嚼している。


 「……、いずみ様に何かありましたか」


 「空から来た時の為に……」


 「何が来るんですか?」


 「部屋の隙間という隙間から来た時の為に……」


 「何が来るんですか?」


兄妹から返事はなく、ずず、と味噌汁を啜る音が返ってくる。

二人がこうなるのは、十割いずみ関係であると承知している真門は溜息を吐いた。しかし、何を言っているのか分からない。

また、兄を連れ去られたら堪らない。口に出した訳ではないが、揃って同じことを考えた兄妹。あれから連日、自主的に寝ずの番をしていた。

が、残念ながら無駄な頑張りである。寅吉も青天坊も、拉致など微塵も計画していない。


 「寅一様、美虎様、そんな状態で今日は対応できるのですか?」


 「あぁ、うん。今日は休みだから兄さんと昼寝する」


 「ええ。久々のお休みですもの、いずみ兄様とたくさんお話しますわ」


ふふふふと笑う兄妹。寝不足で思考がおかしくなっている。真門は心を鬼にして、現実の刃をぶん投げた。


 「休みではありません。本日は、蓮条家の者が来るのですよ」








 「……という訳で、時間になるまで此処で休ませて欲しいのです」


 「あぁ……、態々すみません真門さん」


ふらふらな兄妹は、何はともあれ長兄の膝へ。動けなくなり、頭を下げるしかないいずみ。

秒で寝息に変わった弟妹の頭を撫でてやりながら、真門に問い掛ける。


 「蓮条家とは、微妙な間柄だと聞きましたが…。こうして訪ねる事はよくあるんですか?」


 「いいえ。あっても、石動が間に立つものです。直接……しかも八重子様自らが来るのは、初めてです」


 「……。八重子様は、どんなお人です」


 「はっきり言いますと、生粋のお姫様、ですね。高い霊力をお持ちですが、彼女は守られる事に慣れ過ぎています」


高い力を持っている者程、妖魔に狙われやすい。だからこそ、最低限でも自衛できるよう、修行しなければならないのだが。八重子は、いや、その周りの者がさせなかった。

特に彼女の母が許さなかったそうだ。怪我でも負って、取り返しがつかなくなったらどうするのだと。頑として譲らず、当主も折れるしかなかったとか。


 「その気持ちは、分からなくはないけどねぇ…」


いずみも、美虎との修行には注意を払っていた。勿論、寅一もだ。


 「自衛できない霊力持ちなぞ、喰ってくれと公言してるようなもんだよ」


 「幸祐様……」


 「事実だろう?結界があるとはいえ、妖魔が完全に居ない訳じゃない。蓮条は何を考えてるんだろうね」


興味なさそうに、縁側に座っていた幸祐だが、ちゃんと聞いていたらしい。余りな言い様だが、確かにその通りだ。あの幸祐でさえ、兄妹分けずに修行させていたのだから。

いずみはますます分からなくなった。何故、弟の婚約者に選ばれたのかと。こう言ってはなんだが、彼女は弱点になってしまう。結界守の立場もある仙堂家は、敵が多いのだ。


 「幸祐様こそ、何を考えて彼女をイチの婚約者に決めたんですか」


 「煩わしい蟠りが消えるなら、向こうの要求を呑むのもいいと思ったんだよ。聞いていた中身とは違って、私も首を傾げたね」


大人しいが聡明な娘と聞いていたが、蓋を開けてみれば純粋培養のお姫様であったという。


 「私でも分かったよ、あれは。一之進とは合わないと」


幸祐なりに、どうしたものかと考えていたらしい。その三年後、例の事件が起き、向こうが穢れ者だと勝手に勘違いを起こしてくれたので、これ幸いと白紙に。意気消沈していた時期だが、よくやった方だと幸祐は思っている。

流石にその時は側に居てくれたのか、といずみは別の所で感心していた。


 「それ以来になると思うので、用向きが分からないのです。内々にとの事なので、恐らく彼女の独断ではないかと……」


寅一も理由が分からず、けれど断って騒がれるのも厄介。面倒事は早目に片付けるに限ると、今日の約束となっていたのだが。

いずみはふと顔を上げ、外へ視線を投げた。

ガカが、楽しそうな声を上げる。


 『ほお?あれは中々、上物ぞ』


 「……やっぱり厄介事だったか」


同類、となってしまったからか。いずみにはよく分かった。

仙堂家に近付いて来ているのは、呪物だと。


 「いずみ、私が対応しよう」


同じく、気付いていた幸祐が笑みを向ける。しかし、目は全く笑っていなかった。






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