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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第二幕

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28/30

8. 落日に、想う





 「……」


今日一日広がっていた青空は、次第に朱に染まっていく。巣に戻るのか、遠くで鴉が鳴いている。

縁側に腰を掛け、童子を膝に乗せ、いずみは空を眺め続けていた。童子の手には、黒い鞠。もとい、マガツモノ。子供には格好の玩具に映ったらしく、戻ってからは追い掛け回され投げ回され、現在マガツモノは疲弊の極み状態。大変大人しい。

名前名前とせっつかれず、いずみとしては有難い。適当に付けると文句を言うのに、考える時間を与えてくれないのだ。それに、他にもやらなくてはならない事がある。

いずみはちらと振り返った。


 「ん、兄さんどした」


 「……、大変そうだなって、思ってね」


 「量はあるけど、ほとんどが報告で片付いたモンばっかだし、そこまでじゃない」


と、寅一は笑い、すぐに視線を大量の報告書に戻す。


 「母屋の方が、真門さん達も動きやす、」


 「また兄さんが攫われたらどうすんの」


 「いや…、わたしもそう何度も、」


 「俺そいつ生かしておく自信無い」


再び、此方に向けられた寅一の目には光が無い。笑っているようで全然笑っていない。本気だ。

今は何を言っても駄目だ、好きにさせるしかない。いずみは潔く退いた。

名付けより先に、やらなくてはならない事。これである。

数日前、山人界手前まで連れていかれた。ある意味、天狗隠しに遭ったと言っていいだろう。とはいえ半日程で帰してもらえたので、表現は少々大袈裟かもしれない。

いずみとしては、仙堂家の初代様から労いの言葉をもらい、知らなかった話も聞かされて、貴重な体験だった。行きと帰りは辛かったが。

いずみが帰されたのは、仙堂家離れの庭であった。場所はいいのだが、またもや目を回していたので落ちるだけ。地面との衝突を免れたのは、寅一が受け止めてくれた御蔭である。

あぁ、よかったよかった。……とは、ならない訳で。

事情を知った寅一は激怒。急ぎ帰ってきた美虎は大泣き。幸祐にも無言で怪我の有無を確認され。

今現在、離れに軟禁中。


 「なぁ、兄さん」


普段は息も合わないのに、親子は団結して見張っているのだ。必ず誰か居る。少しでも動くと、此方に視線を向けてくる。またうっかり攫われるかもしれないと、思われているのか…。


 「何があったか、まだ話してくれないのか」


目に光が無い弟が、いつの間にやら隣に居た。それより仕事しなさいと言いたかったが、整然と並べられている。あの一瞬で終えたのかと見ていると、真門が音も無く現れ回収していった。此方には目もくれなかったので、彼女も分かっているのだろう。触れない方がいいと。


 「俺、あいつみたいに兄さんに無理強いはしたくないけど。あんまり強情なら、考え変えなきゃならないよな」


話せ、という圧なら充分に感じているよと言いたい。無理強いというなら現在進行形だ。

心配されてのこれだというのは、いずみとて分かっている。けれど、どこまで話していいものか考えあぐねているのだ。特に口止めもされていないのだが。

こういう時は、起こった事ありのままに話すのが手っ取り早い。


 「一つ、訊きたいんだけどねイチ」


 「誤魔化す気か?」


 「確認だよ。イチは何で、わたしが落ちてくると分かったのかな」


偶然ではないだろう。寅吉が何かしらやってくれたのは、分かっている。しばし凝視していた寅一だが、嘘ではないと判断してくれたか、声が聞こえたと自身の耳を指す。


 「いずみを帰すからそこに来いって。半信半疑だったけどな」


 「青天坊様の?」


 「いや、聞いた事ない声だった。子供みたいな」


直接、寅一に声を送ったという事は、話しても差し支えないと考えてもいいのだろうか。初代様が修行の末、天狗になっていたなんて話、してもいいのだろうか。

いずみはちょっとだけ悩み、駄目だったなら、後で謝ろうと腹を括る。


 「話すよ。信じられないかもしれないけど」


 「兄さんが言うなら、何でも信じる」


 「疑うのも必要だよ?」


 「私も聞きます!!」


 「私も聞こう」


 「何処に居たの?」


間髪入れず、すぱんと襖を開けて入ってきた美虎と幸祐に、いずみは思わず突っ込んだ。

童子と河童は楽しそうに鞠で遊んでいる。







 「仙堂幸寅が生きているだと?」


苛立ったように声を上げる壮年の男は、静かにひれ伏す女を睨みつけた。

屋敷内の尖った空気とは裏腹に、広い庭園は穏やかな景色。丹精に整えられたそこを、夕日を眺めゆっくり歩く娘を見付けた男は舌を打つ。


 「あれは結界外に流された筈。化け物の巣窟から生きて戻れる訳が…、」


男の脳裏に、化け物染みた能力で妖魔を屠っていた姿が過る。ほぼ反射的に総身が震えた。


 「……ま、まままぁ、あれなら万が一の可能性もなくもないが事実なのだろうな?若造を見間違えたのではないのか」


 「いえ。確かに本人であったと。仙堂美虎と連れ歩いていた姿を確認しています」


 「……確か彼奴の条件は、結界周辺全ての妖魔駆除であったな。ふん、逃げ帰った違反者めが。自らの行いが、仙堂家を潰すのだ」


にたりと笑う男は、蓮条友典(れんじょうとものり)。蓮条家現当主である。

蓮条家と仙堂家。両家の曾祖父の代に、西の結界守に名乗りを上げ争った、遺恨ある間柄だ。仙堂家憎しと、刷り込まれるように聞かされたこの男も例外無く。同期であり、まざまざと実力差を見せつけられ、見事に仙堂幸寅憎し、と染まっていた。

故にあの一件、騒ぎを起こした弟子の存在に、拍手喝采を贈りたい程喜んでいた男である。ようやく、あの澄ました男の顔を踏み躙る事ができると、中々の外道顔を晒す。


 「んっふふ…!匿った生意気なガキ共もこれで……!!」


 「申し訳ありませんが調べたところ、現在結界周辺は妖魔の気配がありません」


 「今なんて?」


 「仙堂幸寅……いえ、今は幸祐ですが。目撃者によると、上位と思われる妖魔も含め全て薙ぎ払われ跡形無く消されたそうです。それを、仙堂幸祐一人でやったと。彼はその後、帰ると笑顔で言い残し去ったと。なので、違反者ではありません」


 「今なんて?!」








 「…蓮条と石動なら、知っておりますわ。結界守争いの件で、今もまだ微妙な関係ですわね」


朱色が深くなった離れ。遊んでいた童子達は中に戻り、雨戸を立て始める。

行灯に火を入れながら聞くいずみを見、美虎は隣の寅一を見た。

何とも思っていないのだろう。そういえば居たな、という顔をしている。


 「その関係を修復するという名目で、蓮条家の八重子(やえこ)様とイチ兄様は婚約を」


 「…あ、それで聞いた覚えがあったのか」


 「穢れ者など嫌だと、八重子様が泣き叫んだので白紙になりました」


当時は寅一も無力感と喪失感が酷く、八重子が騒いでも何とも感じなかった。が、よくよく考えればおかしな話だ。呪詛騒ぎは幸祐がその場ですぐに箝口令を出し、外の者は知らない筈なのだ。なのに八重子は、蓮条家は知っており、加えてあの噂。当主の座を狙い自滅したという、兄への侮辱そのものである不愉快な噂。不信感が増したのは、言うまでもない。

兄妹は笑った。


 「仲良くする義理なんて何処にもねぇよ。近付いたら潰す」


 「いずみ兄様を貶めて私達を上げるような者など、消えてしまえばいいですわ」


笑顔で言う事ではない。両家の溝は思い切り深まったようだ。


 「石動は、蓮条の『門番』だ。此処でいうと真門家だよ」


 「結界守を守る…、真門さんがそうだったんですか」


 「ユエが来たのは、お前が居なくなった後だからね。知らないのも無理はない」


結界守を務める家には、必ず『門番』が付けられる。

結界破りを狙うは、何も妖魔だけではない。人間も居る。妖魔と手を組み、都壊滅を目論む者。結界の外にこそ本当の自由があると唱え、結界守の命を狙う者。様々だ。それらから守るのが、『門番』の役目。


 「まぁ、あんなのはどうでもいい。いずみ、お前の方が大事だよ」


 「いえ…あんなのも結構大事な話だと思うんですよ、わたしは」


 「何言ってんだ兄さん、兄さんが山人界に隔離される以上に大事な話あるか?」


 「そうですわ、いくら初代様でも許せません」


 「うーん、何か違うな。わたしの伝え方が下手だったかな?初代様は、提案として言ってくれただけだからね?」


微妙に湾曲されている。伏せる部分は伏せ、とりあえず伝えたので童子を手招く。名付けの為、マガツモノを受け取った。ぐったりしているせいか、少し小さくなっている気がする。親子の視線が注がれ、急に俊敏に動き、いずみの懐に入り込んだ。


 「何、どうした」


 『どうしたでないわ!こやつらの前に我を出すなと言ったであろう!』


隙あらば我を握り潰そうとしてくるのだぞ!!……と、お怒りのマガツモノ。

いずみの知らない所で、三人が三人、似たような事をしていたらしい。ずっと童子達と居たのは、身を守る為でもあったようだ。ちらと視線を向ければ、兄妹は明後日の方を向いて素知らぬ顔。幸祐はにこりと笑う。


 「幸祐様、一部ですがマガツモノなので…」


 「祓っていいものだろう?」


 「完全に切り離された訳ではないので、わたしにも何かしら影響があるかもしれません」


 「それなら仕方ないな。……これまでに体の異常は?」


 「特には無かったですが、何やったんですか?やめてくださいね?」


心底残念そうな親子の顔に、なんでこういう時は揃うんだと溜息を吐く。


 「そいつに名前付けたら、何か変わるのか?」


 「さぁ…、初代様も詳しくは教えてくださらなかったから。……あ、やっぱり」


懐から出したマガツモノを、じぃと覗き込む。丸い体に真っ黒な目が付いているだけの、玩具のような姿。その目に自分が映り込んでいる。


 『なんぞ』


 「うん、決めた。お前の名前は『ガカ』だ」


真っ黒で、闇のようで。しかしその目は、吸収するように何でも映していた。鏡みたいだと、そう思ったのが理由だ。


 『……ふん。今までの中で一番マシぞ』


 「よかった。よろしく、ガカ」


気に入ってくれたようだ。いずみは安堵する。

しかし、ふよふよと漂うその姿に変化は無い。自分も何も感じないなと首を傾げた。


 「名付けというのは、存外大事なものだよ。いずみ、一之進、美虎……こうやって個を認識するには必要なものだ。確固たる存在にするといった意味でもね」


 「マガツモノという曖昧な認識では、この先は駄目……という事でしょうか」


 「初代が何を考えてるかは、私にも分からないが。今はそれでいいんじゃないかい。ところで、いずみ」


笑みを深める幸祐に、何となく身構えるいずみ。油断していると、的確に不備を突いてくる師なのだ。


 「初代は覗き魔なのか?」


 「初代様の心配りをそんな、あまりにもな一言で纏めるもんじゃありません!」


やはり人として、何か足りない幸祐。

あいつはそんなもんだってぇ、と、やる気なく寝そべったまま呟く寅吉の声が聞こえた気がした。






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