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仙堂家の家庭事情   作者: 原田 和
第二幕

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13. 家鳴り 【四】




鬼にとっては、美虎も獲物なのだろう。寅一から離れ、単独で向かってきた美虎に、ニタリと嗤う。

しかしそれはすぐに消え、どす黒い目が見開かれた。刀で爪を弾かれ、首を斬られたからだ。


 「残念でしたわね。私は、守られる姫ではありませんの」


相対する妖魔の中には、表情豊かなモノも居る。それで相手が何を考えているかが、よくよく分かった美虎の目は冷え冷えとしていた。

人間だけでなく妖魔までが、女というだけで随分な態度を取ってくれる。それでいて、力を見せると生意気だの図々しいだのと喚くのだ。……いや、うるさく喚くのは人間だけかと美虎は思い直す。

目の前の鬼は警戒しながら、己の手で首を拾い戻した。やはり、元を絶たなければすぐに戻ってしまうようだ。


 「兄様達なら、もう仕留めている筈」


まだまだ自分は未熟だと、美虎は構え直す。鋭い紅が鬼を射抜き、気配を探る。幸祐が見付けた時は腹に隠れていた。あれは小鬼の集合体だ。仕留められないよう場所を変え、移動しているのだろう。


 「…見付けた、」


不自然に動く、気配。

美虎は横薙ぎに、左足を斬った。小さな悲鳴を上げ、全身が黒くなった小鬼が、地面に落ちる。転がるたびに、ぼろぼろと崩れ……消えていった。

ぐらりと巨体が傾ぐ。それを難無く真っ二つにし、一瞥すると刀を仕舞う。

離れの方はと足を向けた時、爆発音が。結界の外からだ。すぐに構える美虎だが、影響は受けていなかった。


 「この、守られている安心感…。流石はいずみ兄様です……!」


どんな時でも、長兄への称賛は忘れない。そんな美虎の姿勢も流石である。

そうして一応見回し、幸祐の姿が無いと確認し、外のあれはあの男かと半眼になった。


 「……鼠でもいたのかしら」


幸祐が勝手なのは、今に始まった事ではない。美虎は気にも留めず、兄の元へ向かった。






俺の兄さん、最高。

寅一も、いついかなる時でもいずみへの称賛は忘れない。仙堂兄妹の兄大好きぶりは、今日も突き抜けていた。そんな寅一の目の前には、蓮条兄妹の無事な姿がある。

妖魔の気配と動きを正確に把握し、その場に居なくとも対象を守り、反撃する。疑似結界を維持しながら、それらをやってのけるいずみの腕は、全く衰えていない。

俺の兄さん、最高。

大事な事なので、寅一は二度繰り返した。因みに今は戦闘中である。


 「っ、駄目だ、そいつは斬っても再生するっ!」


寅一の余裕過ぎる脳内など知る由もなく、尚友は声を上げる。

失った筈の腕を新たに生やし、鬼は怒りの形相で暴れるが、全て躱され、斬られ、


 「気配はあと一つ、お前が持ってねーのは分かってんだよ。まどろっこしい」


顎を蹴り上げられ、天井にぶつかり床を転がっていった。

蓮条兄妹には目もくれず、寅一は八重子が持ち込んだ包みを貫く。途端に瘴気が溢れ、鬼が、吠えた。

甲高い、幾重にも重なった悲鳴。男か、女か。苦悶に満ちた声が離れを覆う。

結界に守られていても、背筋が粟立つ。尚友は、青褪め耳を塞ぐ妹を抱え、寅一の前に立つ人影を見た。


 『……一之進、』


その人は、尚友にも見覚えがあった。そして、居る筈がない人だとも、分かった。


 『大きくなったわね、一之進』


その人物を見返す寅一の目は、おおよそ懐かしい人に向けるそれではない。


 『母様に、貴方の顔をよく見せてちょうだい』


『母親』の顔をした早紀恵が、微笑んでいた。









無策で来る程、馬鹿ではないか。

幸祐は、己の周囲に舞う符を一瞥した。起爆に反射、増幅と封じ。丁寧に武器も仕込んである。動けば一斉に起動するのだろう。だが、と焦げた符を投げ捨てる。


 「雑だな。私の弟子なら、お前より何倍もうまくやるだろう」


 「…はっ。その弟子の凶行を見抜けず、自分の妻を守れなかったアンタが何を偉そうに」


隻腕の男を守るように立つ女は、退魔師だ。しかし生憎と、幸祐には見覚えがなかった。

元々、興味のないものは視界にすら入れない男。憎しみの篭った目を向けられても、全く心当たりがない。そして、ただ邪魔だった。


 「私が仕留めたいのはそっちなんだ。邪魔だからどいてくれないか」


思ったそのままを口にするのは、時と場合を選んだ方がいいですよ。

……過去に言われた、弟子の言葉が頭を過った時、符が起爆した。しかし、幸祐は無傷だ。女は目を剝いている。

結界の外に流され、五年間魑魅魍魎と戦い続け生還した幸祐にとっては、手ぬるい。それに尽きる。

再会時の我が子二人の容赦ない攻撃の方が、まだ手応えがあったとさえ思っている、多分父親。


 「……面倒だな。お前がその男の仲間なら、いい。共に始末する」


 「っいっ…!?」


女の前に符が現れ、起爆。すんでに避けたが、いつの間にか囲まれ、逃げ道を防がれていた。二人を囲む符は、自分のものだ。

すぐに解除を試みるが、反応がない。完全に主導権を奪われている。女は驚愕し、幸祐を見た。


 「言っただろう、雑だと。だからこうも簡単に奪える」


 「っ他人の符を使おうなんて考える馬鹿が、居るとか思わねーだろ!!」


符にはその所有者の霊力が込められており、それを目印とし、遠隔操作を可能にしている。当然ながら、主導権は所有者のみ。しかし稀に、霊力を上書きされ奪われてしまう事がある。

が、それは力の差がある上位の魔か、相手の霊力が所有者を相当上回っている場合のみ。ある意味力技であるし、やろうとしたら相当疲れる。ならば普通に攻撃した方が、普通に倒せる。……という理由もあり、知ってはいても実際に利用する退魔師は居なかった。幸祐以外は。


 「使えるものは使う。それが敵のものだろうが、不出来としか言いようがない中途半端な符であろうが、足止めか目眩ましぐらいにはなるだろう」


並の退魔師ではできない技。それを涼しい顔でやってのける、最強と云われた男は笑う。


 「固定観念に囚われたままじゃあ、生き残れんよ」


二人の周りに舞う符は、数を増していく。女が操っていた数の何倍も、何倍も。

青褪め、後退る女を一瞥し、隻腕の男は舌打ち。なんとか立ち上がり、幸祐へ歪んだ笑みを向けた。


 「取引をしませんか。貴方の目的は、奥方でしょう?」


紅い目が、男に向けられる。


 「貴方なら知っている筈だ。素人が呪詛を発動させれば、取り込まれると。……私は確かに、貴方の奥方から依頼を受けました。でも開けたのは奥方ですよ、私じゃない」


 「何が言いたい」


 「機を見て、私がやると言ったのですよ。でも奥方は……我慢できなかったのでしょうねぇ、可哀想に一部を取り込まれてまで、貴方の為だと。健気な奥方だ」


全ての符が、ぴたと止まった。

男は笑みを深める。


 「奥方の一部、私ならお返しできます。その代わり、仙堂家が隠しているモノを渡していただきたい。アレは、退魔師が持つモノではありません」


 「……」


 「貴方も、承知していたのでしょう?犠牲はありましたが、厄介払いもできて、無事仙堂家は続いている。戻ってきたのは想定外ではありましょうが……私なら、アレをうまく使えます。安心して、」


空気が変わる。恐ろしい程の殺気に、男は息を吞んだ。たたらを踏み、また地面に座り込む。

だが、それが男を命拾いさせた。幸祐が放った蹴りが、白壁を深く抉っていたからだ。


 「お前が、『使う』?……随分な口を利くじゃないか」


常人外れの力、一撃でも喰らえば終わりだ。男の余裕は崩れ、必死に女を前に押しやり後退った。盾にされても、彼女は何もできない。総身を震わせるだけ。


 「私は、何も望んではいない。主になりたかったのならば、それまで通り……余計な真似をせず、好きにやっていれば良かったんだ。例えそれで仙堂家が滅びようとも」


幸祐は、暗い色に染まっていく自分の家を、冷めた目で見ていた。

歪んでいく音を静かに聞いていた。

何も言わなかったのは、どうでもよかったからだ。

疲れ果て、何の感情も湧かなかった。


 「何が私の為だ。……本当に、よく口が回る。あれは自分に都合のいい世界を作りたかっただけ、それに抗う存在が目障りだっただけ。まだ囚われているなら、自業自得だ」


あの箱。幸祐は男を見下ろしながら、離れの方向を指した。


 「取引など、最初から成立していない。とうにあの箱に仕込んでいるんだろう。気付かないと思ったか?」


 「ま、まさか……私は、お返ししたかっただけですよ。子供達にとっては、ねぇ?母親なんですから」


 「情で隙ができるとでも?……言っておくが逆効果だ。我が子らは、親への情なんぞとうに捨てている。あいつも、子らにとっては仇でしかない」


は?……と、言葉を失い呆ける隻腕の男と、盾にされたまま動けない退魔師。

圧迫されてしまいそうな殺気に、息が止まる。


 「…私にとってもな」









……尚友は、今目にしている場景を、理解できなかった。


 『……いち、のしん………?』


寅一がためらいなく、母親を突き刺していたからだ。

その紅い目は、酷く冷え切っていた。







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