第19話―1 凩
ふと窓の外に視線を移せば、端のほうに見慣れたものを見つけて、あたしはあっと声を上げた。
「もう馬車が来てる……! すみません、あたしこれで失礼しますね!」
椅子にかけていた鞄を引っ掴んで、生徒会室のドアを開ける。
「……ん? アリスティア?」
会長が不思議そうな声を上げているのが聞こえてきたけど、馬車を待たせるのは悪いし、と思って、再度「すみません!」とだけ言って生徒会室をあとにする。最近は目立った魔物関連の事件はなくて、書類仕事ばかりだったから、早く帰っても大丈夫だと思うんだよね。
階段を一気に駆け下りて、一階へ。ひとがまばらな玄関を通り抜けて、正門まで足早に向かう。
「ギョシャさん! こんにちは!」
「アリスティアさま、こちらへどうぞ」
いつもどおり馬車に乗り込もうとすれば、なにやら背後からドタドタとした足音が聞こえてきて、あたしは振り返った。
「えっ……、会長?」
見れば、会長が息を切らして走ってきているではないか。あたしの近くまでくると、会長は足を止めて膝に手をついた。
「君ね……、まだ帰っていいなんて言ってないけど……?」
「勝手にすみません、でもそのためにわざわざ追いかけてきたんですか? せっきょーは明日聞きますから!」
馬車に入りかけていた足を下ろして、会長と向き合う。けれど気持ちはずっと馬車――そして王宮の庭園に向いたままだ。
「……君、そんなにエルヴィスと仲良くなったの?」
「え? まあ……、はい?」
「ふーん……」
会長は面白くなさそうに眉根を寄せている。
「……たしかに、君とエルヴィスはなんとなく似てる。そばにいると僕の心が掻き乱されて、存在価値を幾度となく考えさせられ、結局ああ僕はいらないタイプの人類なんだなって考えに帰結するところとか……」
「へ?」
会長がぶつくさ呟いていることの大半は聞き取れていないんだけど、いいことを言われているわけではないのは会長の危うい雰囲気から察していた。
「うん、似た者同士、そうやって一生乳繰り合っていればいいよ。そうして僕から離れてくれれば、僕の世界にやっと平穏が訪れる」
「……えっと……。ごメーワクでした……? あたしって、会長に、とって……」
「そこでなんで『自分が悪い』みたいな態度をとるの? 理不尽なことを言ってくる僕を怒れば、非難すればいいのに! これじゃ僕が完全なる悪者みたいじゃないか。それともなに、まだ君は僕に無関心なの? うすうす気づいていたよ、君が大して僕に興味がなかったことにはね……!」
両肩を掴まれる。会長の顔が近くにある。切羽詰まってる、みたいな顔。どうして会長が、あたしの興味関心の有無について話ながらこんな顔をするのか、わからない。
しばらくの間、あたしを見つめたあと、会長は俯く。
「……他人に無関心で、いつでも人から離れられるようにしている冷たくて寂しい君。でもだれにだって優しくて、平等で、素直で明るい君」
「は、はい」
会長の手にさらに力が込められて、あたしの肩が少しだけきしんだ。
「君を見ていると、僕は否応なく追い詰められるんだよ……。君が大勢のひとから受け入れられて、溶け込んで、好かれているだけで! いくら言葉を飾られようと結局必要とされている人間は君みたいなやつで、僕みたいな人間は鬱陶しがられている存在なんだって、そう、実感してしまうから……! 存在しちゃいけない人間なんだっていう気分にさせられるから! 君が世界から受け入れられるたび、僕は世界から少しずつ少しずつ、居場所をなくしていくんだよ……!」
サァー、と一陣の風が吹く。冬の気配を感じさせる、芯から凍えるような冷たさをもって。
「君みたいな『いい子』を嫌っている僕は、いったいどうすればいい?」
「ちょ、ちょっとアンディ、言い過ぎよ……!」
ふと、焦った様子のセシル先輩が校舎のほうから駆けてきた。
「……セシル。お前には関係ないだろ……」
「そうやってすぐ関係ないって言わないの! そもそも、言っていいことと悪いことがあるでしょ⁉」
「あ……、えっと、大丈夫です、セシル先輩。あたし、もう行きますね……」
「あ、アリス……! アリスはなんにも悪くないし、アンディの言ったことも絶対本心からの言葉じゃないから、それだけは覚えておいて……!」
「……はい。ありがとうございます。じゃあ、またあした……」
「ええ……」
手を振ってくれるセシル先輩に、あたしは手を振り返して馬車に乗り込む。馬車の中は魔法がかけられているのか、季節の変わり目であることを感じさせないあたたかさがあった。
▼ △ ▼
「……アンディ。いい加減怒るぞ」
腕を組んだセシルは、少しだけ目線の高いアンドレアを見上げつつ眉根を寄せる。
「……どうしてお前が怒るの。怒られるなら僕、アリスティアがいいんだけど……」
唇を引っ込ませて拗ねるような素振りを見せるアンドレアは、セシルにとっては見慣れたものだった。幼少期、まともに年相応の暮らしができなかったためか、アンドレアは精神的に未熟なところがあって、自然とこういう仕草や態度をとることも少なくない。家族であるセシルからしてみれば仕方がないことだとは思うが、他人の、アリスティアからしてみれば気持ちのいいものではないというのもセシルは十二分に理解していた。
「あのなあアンディ、オレがいままでオマエに対して怒らなかったのは、オマエが多少口が悪くても相手の根本まで否定するようなことは言ってこなかったからだよ。それに、言い過ぎだってちゃんと自分でも傷ついてた。……でもさっきのは、ラインを越えてる。その自覚がない上に、被害者意識も抜けてないんじゃあ、オレは苦言を呈さなきゃならない」
「……ふん。そもそもアリスティアがエルヴィスに会わなかったらよかっただけの話。……それなのに……。なんで、エルヴィスなんかと仲良くなるんだよ……」
かなり核心を突いた話をしたのに、アンドレアは態度を改めない。これまでのアンドレアは他人に暴言を吐いたあとでもすぐ冷静になって後悔をするからまだ救いようがあったのに、とセシルは頭を抱えた。
「……もういい。しばらく頭冷やせ。冷静になるまで、生徒会室には戻ってこなくていいから」
セシルはアンドレアが大して自分の話を聞かず、去って行く馬車を眺めていることに気がつきながらも、二度の忠告はせず、校舎に向かって歩き始めた。




