第6話―3
「す、……捨てるなんて……、そんなのできるわけなくない? そりゃあいつかは独り立ちするけど、いままでの恩義まで忘れたような言い方をするのは、僕は嫌だ」
「む、いやですか。会長って結構ご両親のことお好きなんですねえ」
「……は?」
あたしがしみじみと呟いた言葉に、会長は意味がわからない、とでも言うように眉根を寄せている。この会話、会長のご両親に全部聞かせてあげたいと思うんだけど、だめかな?
「あ、そんなのあたりまえのことだろって思いましたね? その『は?』は! その『あたりまえだろ』って思える気持ちこそ、会長がご両親に与えられてきたものだと思うんですけど、どうでしょう?」
「……的を射てない言い回しだな。つまりどういうこと」
会長がソファに思いっきり背を預けて、両目を伏せる。
「あれ、これじゃ伝わりませんか。ええっと、血の繋がらない親ってことは、本能的な愛着……っていうんでしょうか。そういうのがないと思うんです。どれだけひどいことされても結局嫌いになれない、みたいな感情が、きっとそれほど強くなくて。結局は他人だからって諦めきれちゃう、みたいな。だから生みの親を愛する仕組みとはまるで違うふうになってるんじゃないかな」
ココアをスプーンでくるくると混ぜて、まっすぐに立ち上っている湯気に向かって息を吹いた。会長はそれを見て、あたしのことを真似するようにマグカップを手に取る。ためらいがちに膜を張ったミルクに行きを吹きかけて、口許へ運んだ。あたしはそれをひととおり観察してから、口を開く。
「当然、そこに貴賤はないですよ。でも、育ての親を愛するのってきっと難しくて……。そのひとが心の底から愛してくれないと、きっと子どもはそのひとのこと愛せない。会長がご両親を愛しているのなら、愛せているのなら、それはきっとご両親が会長のことめいっぱい愛してくれたからじゃないですか?」
「……わかったように言うね」
カップから口を離して、会長は少し嫌そうにしている。
「あ、これは全部あたしの考えたことですからね。真偽は知りませんしそこは会長がご自身で答えを見つけ出してもらわないと。あたしに相談したからには、あたしの意見が多少なりとも聞きたかったんじゃないんです?」
「……いいよ。続けなよ」
「そもそも、会長ってきっと警戒心がお強いでしょう? そんなあなたが愛せてるひとならきっと、会長の心の内……。さっきあたしに教えてくれた不安も、言えてない不安だってきっと、話せると思います。それで会長の不安が払拭できるかはわかりませんけど……。不安をなかったことにしなくたって、ましてや無理に解消しなくたっていいんじゃありません?」
会長はあたしの話を聞きながら、なにかを考え込んでいるみたいだった。けれど、話をとめるようには言われていないから、口を動かし続ける。会長がもういい、だとかわかっただとか言うまで。
「それに、ご両親に大丈夫だよって言われたって会長の不安が解消できるとも限りませんし。実際に生まれてくるまでどうなるかなんてわからないって会長はきっと不安がるでしょ」
「う、それは……」
図星だったみたいで、会長があたしの話を聞きながら眉間に皺を寄せた。
「悩みのループに陥ってるときに他人にいくら外からどうこう言われようと、とまらないときは永遠にとまらないですよ。そういうときはじゃあもういいやって開き直ったほうがいいです。時間が解決してくれる……、とまでは言いませんけど、いままでだってなんだかんだ自分で折り合いつけられてきたんじゃありませんか? だってたぶん会長は、悩むのも泣くのも、落ち込むのも不安がるのも、慣れてるでしょ? いままでそれを乗り越えてこれた過去の自分のこと、あんまりナメちゃだめですよ~」
「……乗り越え、られてはない……と思う、けど」
会長がマグカップをテーブルに置きながら、ぽつりと零す。
「あれ、そうですか。あたしの目ではそういうふうに見えてたんですけど、会長がそういうなら違うんですね!」
「いや、そういうふうに言われるのは癪なんだけど……!」
「あはは、結局どっちなんです?」
「……乗り越えられたものと、乗り越えられてないのが、半々ってとこ」
「なるほどぉ」
会長の、いいわけするみたいな物言いにあたしは密かに笑って。それから再び口を開こうとしたところで、階段のほうから足音が聞こえてきた。
「まだ校舎に行っていないの? もうすぐ授業始まるよ――って、会長……と、一年のアリスティアちゃん? ええっと、不思議な組み合わせだね。どうかした……?」
あたしたちを見て目を丸めているのは、女子寮の寮長さんだった。あたしはマグカップを急いで机に置き、寮長さんのほうを見る。
「すみません、りょーちょー! 会長に相談に乗ってもらってたところなんです! 授業には間に合うようにしますので、ご心配なく~!」
「あ、そうだったんだね。なるほど……。ええっと、時間には気をつけてね。じゃあ私行くから……」
「は~い!」
去って行く寮長を最後まで見送って、あたしは再び会長に向き直る。会長はなにか言いたげに口を数回もごもごさせたあと、やっと口を開いた。
「……君、三年生にも名前が知られてるの?」
「え? まあそうですね!」
あたしがからっとした返事をすれば、会長は視線を泳がせる。
「……どうして嘘をついたんだい」
「え、だって、会長は自分が悩んでるってこと知られたくないかなーって思って。そういうの、いらなかったです?」
「……君みたいな子に気を遣われるのは癪だ。……でも、まあ、……ありがとう」
首のあたりを少し赤くして目を伏せた会長が、言いづらそうに呟いた。
「とにかく、会長にとって望ましい結果になるといいですね!」
「……そう、だね。結局、僕は実感を得るまで、下手すればその先もずっと……不安に思っていそうだから。この不安とどうにか付き合っていくことにする」
あたしは面白がるようにしてつんつんと会長の肘のあたりをつつく。そうされるのが嫌ならば、会長ならすぐさまあたしの手を振り払ったり、言葉で注意したり、そうでなくても嫌そうな顔をすると思っていたんだけど、会長はあたしを無表情で見下ろしたままなにも言ってこない。次第にあたしは手をとめて、迫ってくる会長の視線から離れようと少し俯いた、そのときだった。
「……君ってすぐそうやって調子に乗って境界線を乗り越えてくるわりに、相手の反応がかんばしくないのがわかるとあっさり身を引くよね」
「……えっと?」
会長が、あたしの手をまるごと掴んで、そのまま強く握り締める。
「ねえ、知ってる? 僕はしつこいんだよ。君が離れようったってそうはいかない、一度でも僕の心に踏み込んだからには責任とれよ……!」
「あたし、またセキニンとらされるの⁉」
「そうだよ、君には一生かけてたくさんの責任を負ってもらうから、そのつもりで……!」
「あたし、そんな悪いことしました⁉ あ、えっと、そうだ。綺麗なものあげますから、それでゆるしてくれないかな~、なんて……」
なんだかんだと言いくるめて力強い会長の手から逃れつつ、あたしは自分のてのひらに反対側の手の人差し指を向ける。目を瞑って念じながら、くるくると指で円を描き――できあがったものを会長に差し出す。
「……なにこれ」
「えぇっと、ただの光の粒……なんですけど。あたしの魔法でできるせいいっぱいです」
せいぜい蛍のお尻についている程度の大きさの光だ。でも蛍って綺麗だし、人気者だし、この小ささにも価値があるのは間違いないよね?
「ふぅん、君は光属性ってこと。……なにからなにまで正反対みたいだね、僕たちは」
会長はあたしから光の粒を受け取って、それをまじまじと見つめる。あたしのてのひらのうえにあっても小さかったけど、会長のてのひらのうえに載せるといっそう小さく見えた。
「え?」
会長の呟きに、あたしは首を傾げた。
「……はい、どうぞ」
会長があたしと似たような動作をすれば、できあがったのは真っ黒な丸い粒だった。
「まっくろ……」
「うん、そう。真っ黒……。僕の魔法属性は、生徒会役員くらいにしか教えてない。忌むべき属性だって、そう……教えられてきたから」
だれに教えられた、とは言っていないけれど。会長の口振り的に、会長の養親が言ったことではなさそうだった。会長の養親は絶対いいひとだっていうあたしの偏見もあるけど。
「君は、絶望の底にある夜にすら価値を感じてる人間だってわかったから。……君なら、受け入れてくれるって思えたよ」
「えへ、そうでしょ?」
だからこうして教えてくれたのか、と思いつつ。
「ただ、そのすぐ逃げようとする性根の弱さだけは気に食わないなぁ。一生逃げられないように手綱を引いてやろうか? ん?」
殊勝だった会長の態度が、突如として一変した。額にわずかばかり青筋を立てて、あたしの腕を掴みつつあたしを見下ろしている。
「ひぃ! 会長やっぱりまだ怒ってるー……っ!」
そもそも、なんで怒られてるのかあたし全然理解できてないんですけど!




