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第4話―1 ライラック

 週末にあった舞踏会の喧騒から離れた週明け。あたしは意気揚々と勢いよくドアを開けて、いつものように「こんにちはーっ!」と挨拶をする。ドアを開けた先には、いつもどおりデスクに座る会長と、優雅に紅茶を飲んでいるセシル先輩、ソファをひとりで陣取って寝転がっているナターシャ先輩がいた。それは、いつもどおり。いつもどおりなんだけど――


「こんにちはー、アリス。きょうも元気ねえ。早くその元気な顔、アンディに見せてあげてくれる?」

 セシル先輩がゆったりと立ち上がって、あたしの前にやってくると、あたしの横毛を耳にかけた。


「へ? なんでです?」

「アンディ、『戦い慣れてない、そのうえ魔法もろくに使えない後輩に庇われたうえに怪我させた』ってずっと泣いててねえ。部屋の湿度が高くなって息苦しくってしょうがないのよ」


 セシル先輩は見るからに嫌そうな顔をして、部屋全体を見回した。


「えっと……、湿度が高いっていうのは比喩? です?」

「いーえ。アンディの背中を見てみてよ。きのこ生えてるから……」


 セシル先輩に導かれ、あたしはデスクに臥せって啜り泣きを繰り返している会長の背後に回った。確かに、その背中には奇抜な色をしたきのこがいくつか生えている……。


「えー、わぁー、ほんとだあ……」

「感情に応じて生える魔法植物ね。食べたら涙がとまらなくなるうえに美味しくないけど、錬金とか調薬の材料には使いやすいからもらっちゃお~っと」


 セシル先輩はスカートのポケットから取り出したハンカチを手の中で広げ、嬉々として会長の背から生えたきのこを収穫し始めた。


「あのーう、会長? ちょっとだけでいいので顔を上げてくれませんか? ほら、あたし見てのとおりピンピンしてるので! ナターシャ先輩にすぐ治療してもらったし……!」


 あたしの言葉に影響を受けたのか、会長がゆらりと顔を上げる。目のあたりは真っ赤になっていたし、あたしのことをいぶかしむような視線を向けていたけど、いつもどおり肩を動かせているあたしを見て、少しだけ表情を和らげたような気がした。


「……平気なのはわかったけど、慰めないでくれるかい。いっそう自分が情けなくなるから……」

「アリスのことが心配で泣いて、自分の情けなさにも泣いて、忙しいわねえアンディ」


 セシル先輩がおっとりと呟く。


「しかたがないだろ、こういう性分なんだよ……!」

「素敵な性分ですねえ」

「え、なに、煽ってるの?」

 あたしが思ったことを口にすれば、会長は口角をひきつらせて不満をあらわにした。


「え、うーんと……。あたしって感情が涙として出ることが少ないから……。泣くのって全然、悪いことでもないですし。あたしよりもひとつ、感情の表現方法が多いのが素敵だなって」

「やっぱり煽りに聞こえる……」


 不満げに唇を尖らせる会長に、あたしはくすりと笑いかける。


「そう思われるならしょうがないですね!」

「アンディのじめじめさとアリスのさっぱり具合で湿度が相殺されてちょうどよくなりそうね……」


 セシル先輩が苦笑いを浮かべたそのとき、生徒会室のドアが開かれた音がした。ローレンが来たのかなとそちらに顔を向ければ、そこには知らない男のひとがいた。


「……」

 男のひとはなにか長細いものを背負っていて、あたしたちのほうを一瞥することもなくナターシャ先輩がいるほうとは反対のソファに腰かける。


「久々に生徒会室に来たのになんの挨拶もなく……。相変わらずね、ハリー……」

 あたしと同じようにその男のひとの動きを目で追っていたセシル先輩が、呆れたようにため息混じりに零した。


「……ん? ああ、ようサティ。元気にしてたか?」


 ふと、そのひとの足に学園が飼育している魔物の猫――サティが擦り寄っていって。そのことに気がついたそのひとは、無表情から一転して頬をゆるませ、腰を屈ませてサティの体を撫でた。サティはごろごろと喉を鳴らして気持ちよさそうにしている。


「アリス、あいつはハリソン、二年の書記よ。無愛想で無口、無礼、無粋、無頓着のないないづくし男!」


 セシル先輩が眉をひそめながら、そのひと――ハリソン先輩のことを指差す。

「無敵で無類で無邪気ってコト……⁉」


「君たち、その会話楽しいの……?」

 あたしがセシル先輩の言葉に反応すれば、会長が背後から呆れたような声を発した。


「……あ? なんか、知らない女がいる……」

 あたしたちが騒がしくしたからか、ハリソン先輩はサティを撫でたまま顔を上げた。あたしに向けられたその目は、あたしを不審がるように細められている。


「ハリーが滅多に来ないから人員補充よ。目標があるうえに協調性もあっていい子なのよ~ハリーと違って」

「こんにちは、ハリソン先輩! あたしアリスティアって言います、一年のショムです!」


「はあ、どうも……。もう話しかけないでもらえる?」

 ハリソン先輩はこくりと会釈をして、再び視線を落としてしまった。サティを抱き上げて膝の上にのせ、顎の下を撫でている。


「え? えーっと、はぁい」

「ちょっとハリー、そんな言い方ないでしょー⁉」

 セシル先輩が怒っているけれど、あたしは気にしていないから大丈夫だ。あたしのテンションがどうにも受け入れられないひとって、結構な数いるのは知っているし。

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