第3話―3
「ここが三階だね……。めぼしい部屋はあるかな」
警備員の目を盗んで部屋を抜け出してきたあたしたちは、事前に会長が言っていたとおり、怪しいとされている三階に来ていた。会長は階段をのぼり切ったあと、どちらへ行こうか左右に首を振って確認している。
「あっちのほう、魔物っぽい匂いがしません?」
「ん? そう……?」
「じゃあ、レヴィに聞いてみてください!」
会長の使い魔のレヴィは鼻が利くのだとセシル先輩に教えてもらっていた。ついでに、会長は自分からは使い魔や魔法の話をしたがらないのだということも。
「……わかったよ」
会長は渋々といった感じで、キャンバスを取り出してレヴィを呼び寄せる。キャンバスから飛び出してきたレヴィは、会長の指示を聞いてくんくんと鼻を動かし始めた。かと思えばあたしが指差した方向に駆け出して、ある部屋の前で座り、吠える。
「……君の鼻は野生動物から借りたものなの?」
会長はレヴィの動きをひととおり見たあと、あたしにいぶかしむような視線を向けてきた。
「鼻が利くんだねって素直に褒めてくださいよ~」
「また今度、機会があれば」
「わーい、楽しみにしてまーす! 次いつ披露できるかな~?」
「……君といると本当に調子が狂わされる……」
ぽつりと零された言葉が褒め言葉なのか悪口なのかわからないけど、好きなほうで受け取っておくことに決めて。レヴィに近づき、ドアノブに手をかける。
「……じゃあ、入るよ。魔物が飛び出してくるかもしれないし、十二分に気をつけて――」
「えーいっ!」
「って、もう開けてる……!」
勢いよくドアを開ければ、壁や床にずらりとキャンバスが並んでいるのが見えた。そのすべてに魔物が取り込まれているのがわかる。
「……どうやら僕たちが一番乗りだったみたいだね」
あたしに続けて室内に入ってきた会長がぽつりと呟く。
「ですね……」
「それじゃあ、気づかれないうちにさっさと片づけてしまおうか」
会長はそれだけを言うと、手の中に出現させた杖を勢いよく振った。杖の先から、闇色の魔法が飛び出る。その魔法は部屋全体に飛散して、すべてのキャンバスに亀裂を走らせた。描かれた絵のようにキャンバスの中に閉じ込められていた魔物が、キャンバスが壊れたのに応じるように真っ二つになっているのが見えた。
「……かいちょー……?」
「なんだ、思ったよりすんなり終わったな」
会長はレヴィを呼び寄せてキャンバスに戻し、手慣れたように杖をしまう。
「さあ、戻るよ――って。なに、呆然として」
「かいちょ、いま、なにを」
「なにって、キャンバスを壊して、中にいる魔物を討伐しただけだけど」
会長が平然と言う。あたしはつい黙りこくってしまった。
「なんだいその顔。僕のやり方と方針に不満でも? やっぱり君と僕は相容れないみたいだね」
会長は、そら見たことかみたいな顔で微笑んでいる。得意気でありつつ、傷ついているような表情にも見えた。
「……ううん、大丈夫です。最初からそういう話でしたよね、いつか助けられる魔物のほうが多くなるように……って。大丈夫、頭ではわかってます。いまのはちょっと、動揺しちゃっただけだから」
「……そう。ならいいんだけど」
あたしは、崩れていくキャンバスたちを眺めて両手を合わせる。目を伏せて、その間色々なことを考えた。どうすればこの子たちを守れるのか、あたしひとりでできることなのか――とか。
目を開ければ、背後からなにやら視線を感じてあたしはふっと振り向く。ぱちりと会長と目が合ったが、会長はハッと目を丸めてあたしに向けていた顔を逸らしてしまった。
「……済んだなら帰るよ」
「はい」
会長がジャケットの裾をひるがえしてドアのほうを向く。あたしは会長の言葉に頷いて、ついていこうとしたその瞬間のことだった。階段の方向に歩き出そうとする会長の背に向かってなにやら稲妻のようなものが走っているのが見えて、あたしは思わず会長目がけて駆け出した。
「お前たちだな⁉ 警備員が言っていた、怪しい二人組というのは……!」
「いっ……」
会長の背中に飛びついて、ともに床に倒れ込む。あたしの肩になにやら痛みが走ったけど、会長は守れたみたいだ。あたしは会長が重くないように、床に両手をついて軽く上体を起こす。
「会長っ、ナターシャ先輩に迎えに来てもらって!」
「あ、ああ!」
会長はあたしの下から抜け出して、窓のほうに駆け寄る。ナターシャ先輩は風属性だから、なにかあれば窓から迎えに来てくれると事前に話していた。
「あなたがバーネットさんですか? あなたの大切な子たちをあんな風にしちゃったのは……、謝ります。でもあなたは今ある法律を破っちゃってるから。受け入れられなくて、否定されてしまうのは、今のうちは……仕方がないと思います」
あたしは窓の位置を確認して少しずつ後退りながら、バーネットさんに語りかける。
「まず、なんでこんなことをしたのか、納得できる説明をしろ……!」
「えーっと、話すと長くなるんですけど……。魔物ハンター界であなたが有名になってるらしくって! あなたが法律を違反しちゃってる以上、遅かれ早かれこうなったとは思うんですけどっ。でもあたし、あなたが色んなひとたちから悪いように言われるのは違うんじゃないかなって思うんです……! あたし、あなたが悪いひとにならない世の中にしてみせるから、それまでちょっと我慢してて!」
言い逃げみたいになってしまったけど、説明できることといえばそれくらいだ。あたしは会長がすでに去って行ったために開いていた窓に手をかけて、上向きに吹いている風に身を任せるように飛び出した。




