第3話―2
主催者の挨拶からパーティーは始まり、耳馴染みのいい音楽が流れ出す。隣にいた会長からちらりと視線を移され、その眼差しから踊ることを要求されているのだと察知し、頷いて会長の手をとる。
「ある程度それなりに踊って、さっさと移動するよ」
「はーい!」
「いちいち声が大きいんだよ、君は……」
会長が手を顔に押しつけて、呆れたようにため息をつく。あたしはその手を掴んで、むりやりダンスを始めるポーズをつくった。
「特訓の成果、かいちょーに見せてあげますね!」
「いや、わざわざ見せてもらわなくても特訓相手は僕だったんだから、ゼロから百まで見てきたけど……?」
会長は呆れ顔を浮かべつつ、あたしのさっきの動きに応じて姿勢を整える。
「もー、そういう細かいこと言うんだったら、あたしのダンスが上手だったら素直に上手って褒めてくださいよー!」
「君がプロ顔負けのダンスを披露してくれるんだったら、吝かでもないかな……」
「ヤブサカってなに⁉」
やいのやいのと言い合いをしつつ、演奏されている音楽に合わせてステップを踏む。
「ところで、かいちょーどこでダンス覚えたんです?」
「さあ、忘れた」
「あ、あたし知ってますよ、そういうの絶対忘れてないってこと……!」
「素直に誤魔化されてくれよ」
会長が露骨に嫌そうに眉をひそめ、目を細める。
「もう、しょうがないですねー」
あたしはその言葉に応じて笑みを浮かべた。
あたしたちは踊りつつ、それとなくダンスホールの出入り口に近寄っていく。ここを抜け出せば客室がずらりと並んでいるフロアに行けて、そこからさらに階段をのぼっていけば、目当ての部屋に辿り着けるはずだ。
「……さあ、もう隠蔽工作はお終い。さっさと片をつけるよ」
そう言う会長についていき、出入り口を抜けたあたしたち。だだっ広い廊下を歩き出せば、突然目の前に影が落ちた。
「失礼、おふたりとも。どちらに行かれるんです? まだパーティーは途中ですよ」
現れたのは警備員だった。きっちりとしたスーツ姿だけど、体格のよさが隠しきれていない。不審な動きを一瞬でもすればすぐさま締め上げられそうだ。会長の指示を仰ごうと、隣に立つ会長を密かに見上げる。すると突然、強引に肩を引き寄せられて、頭同士をくっつけられる。会長の髪からふわりといい匂いが漂ってきた。会長、なにする気?
「会場で出会った彼女と意気投合してね。休憩室でふたりきりでゆっくり過ごしたいんだけど、構わない?」
会長が意味ありげな顔をして微笑んでいる。しかし、警備員は黙ったまま。判断に迷っているのか、あたしたちのことを疑っているかのどちらかだろう。警備員の判断を後押しするように、会長はあたしに目配せをして、「ね?」と首を傾げてきた。その視線には、頷けという無言の圧がある気がする。あたしは慌ててこくこくと頷いた。
「はっ、失礼しました。では、ごゆっくりどうぞ」
警備員さんがあたしたちを部屋の前に導き、ドアを開け、あたしたちに入室を促して立ち去る。
「……あのーう……」
ぱたり、と閉じるドアの音が物悲しいような、気まずさを助長させているような。あたしは会長の表情をうかがうように、おずおずと顔を上げる。
「待ってくれ、そんな目で見ないで、これが一番いい方法だったんだよ……!」
「と言うと?」
会長はなにかを弁明したいようだったが、なにについて弁明する気なのかあたしにはわからない。
「体調不良だとでも言えば、医者を呼ばれかねないし、そこまではなくとも様子を見に来たと言って警備員が部屋の中に入ってきかねない」
「だから、えっと、なんで他人のふりを?」
「……こういうパーティーではよくあることなんだよ……」
「なにがよくあることなんです?」
なぜ明言を避けるのか。そうだとわかるとき、普段はむやみに追及したりしないけど、ごにょごにょと言葉を濁され煮え切らない態度をとられると気になって仕方がなくなる。
「……昼行灯」
「へっ? なんかいい意味ではない言葉を言われた気がします」
半開きにしたドアから少し顔を覗かせて、周囲を見回す会長の背中にそう疑問をぶつける。
「……君が今後恥をかいたり危険な目に遭ったりしないように、こういうパーティーは男女の出会いの場も兼ねている、とだけ言っておく」
会長が振り向きざまに、ぼそぼそと補足をしてくれた。
「出会い……。お友達になれる……?」
「……僕、純粋な後輩にあんな演技をするよう強要して、死刑になってしまうかな。おまけに昼行灯なんて言って。愚かなのは僕のほう。うんそう、死んだほうがマシ、ハハハ」
「えっ、なんかかいちょー話が飛躍しすぎてますよ……!」
「最上階まで誰にも知られず辿り着けたら僕は死ねる……!」
今にも駆け出さんとする会長の腕を慌てて掴む。
「そんな、消しゴムに好きなひとの名前を書いて誰にもバレずに使い切れたら両想いになれる~みたいなこと言わないでください……!」
「例えが長いな……⁉」
会長がぎょっと目を丸めるが、思い直してくれたのかあたしが手に力を入れずとも立ち止まって、姿勢とジャケットの襟元を正し始める。
「……えっとですね、会長の話とさっきの態度を総合して、なんとなく理解しました」
「……そう」
会長がするりと視線をあたしに移して相槌を打つ。
「これだけ言わせてください。……会長のすけべ」
そうぼそっと呟けば、会長は口角をひきつらせた。怒っているのか恥ずかしがっているのか、どちらともとれる複雑な表情だった。




