第五十五話 魔人、墜つ
かなり試行錯誤を繰り返しましたが、今回はこういうENDにしました。
驚愕。ただ驚愕。アデルもアンジェも、フィスやミライでさえも、目の前の状況に困惑していた。なぜなら、既に死んだはずの人間がそこにいたからだ。
木林影斗。ハイブリッドウォーリアー・ベルセルク。ミライの攻撃からアデルとアンジェを守って死んだはずの彼が、生きてアデル達の目の前にいる。驚かないはずはない。
「木林!?お前、死んだはずじゃなかったのか!?」
アデルが全員を代表してベルセルクに尋ねる。
「オレもそう思ってたんだが、理事長先生がオレの死を許してくれなくてよ。修理してくれたのさ」
この説明をするのは二度目なので、ベルセルクは若干うんざりしながら説明する。
「理事長先生が!?」
「一体何を考えているんだあいつは!!」
アンジェとアデルは驚く。それはそうだろう。何度も彼らと敵対し、追い詰められた相手だ。いくら卒業生とはいえ、そんな男を蘇生させるなど正気の沙汰とは思えない。
「まぁそう言うなよ。オレはお前らと戦いに来たんじゃないんだから」
そう言いながら、ベルセルクは一人の人物を見た。フィスだ。
「影斗…生きてたのね。」
「おかげさまでな。ケリ、着けに来たぜ。フィス」
以前はトップソルジャーと敬っていた相手だが、もうベルセルクはヴァルハラから離脱した。地位が全く関係なくなったので、おもいっきりタメ口だ。
「…また会えて嬉しいわ。今からでもヴァルハラに忠誠を誓うなら、私からミレイヌ様に申請してあげるけど」
「冗談言うなよ。盟主様から聞かなかったか?もうあんたらには付き合えねぇって、オレはそう言ったぜ?なぁミレイヌ、いや、赤石ミライさんよ。」
「…」
ベルセルクはミライにもタメ口を利く。フィスはまだ彼を歓迎するつもりでいるようだが、当然聞いたりしない。ミライは黙っている。
「そう。じゃあ残念だけど、あんたには死んでもらうわ。ヴァルハラに戻らない以上、生きていてもらうと邪魔なのよ。せっかく生き返ったのに悪いわね」
「構わねぇさ。ただし、死ぬのはお前だ。なぁ、フィーネス・ローウェン。」
ベルセルクはフィスを、フィーネス・ローウェンと呼んだ。アデルとアンジェはその名前に反応する。
「フィーネス・ローウェンだと!?」
「フィーネスって、『神速のフィーネス』!?」
フィーネス・ローウェン。影斗と同じくヘブンズエデンの卒業生で、自分のスピードを何倍にも引き上げる『加速』のアーミースキルを使い、たった半年で百件以上の任務を成功させたことから、神速のフィーネスと呼ばれ学園に記録が残されている。現在ヘブンズエデン最速のレスティーでさえ半年かけて成功させられる任務は六十が限界であり、そのスピードは破格であると言える。
「だが、今から何年も前にテロリストとの戦いで戦死したと聞いているが…」
フィスの正体がフィーネスだとすれば、あの尋常ならざるスピードにも納得できる。だがアデルが言った通り、フィーネスはもう何年も前に戦死した人物なのだ。ヴァルハラが結成されるよりも前の時代だったので、ボーグソルジャーに改造されて生き延びたというのなら時期が合わない。
「世間ではね。死んだことになってる方が、私としてはやり易かったから。」
どうやらフィーネス本人であるということに間違いはないらしい。
「オレはオレでこいつに用がある。用があったから戻ってきたんだ。お前らもお前らで、ミライに用があるんだろ!?」
言うが早いか、ベルセルクはフィスに斬り掛かった。それを加速のアーミースキルでかわし、背後から仕掛けるフィス。
「っとぉ、痛ぇな!!」
「っ!?」
ベルセルクはそのままフィスの前足による一撃を受けた。しかしベルセルクは倒れず、振り向きざまにアームズベルセルクでフィスを殴り飛ばした。自分の攻撃が通じなかったことに驚いていたフィスは反応が遅れ、加速する暇もなく吹き飛んで壁に激突。勢いは収まらずぶつかった壁を突き破り、隣の部屋へと消えた。
「だからお前らはお前らの用事を果たせ。オレもそうする」
「…ああ。死ぬなよ」
「…へっ!」
アデルから死なないよう言われ、ベルセルクはフィスの激突によってできた穴の向こうへと飛び込んでいった。
「影斗…!!」
瓦礫の中から起き上がるフィス。
「…あんたはオレより一年早く卒業した。ヴァルハラに参入したのも一年先。つまり、あんたはオレの先輩だ。だがたった一年でも、さほど実力に違いはないはず。違いはないはずなんだが…」
二人がボーグソルジャーに改造されたのは、一年違い。ヘブンズエデン卒業生のよしみということで、影斗はフィスとほぼ同格レベルの改造を施してもらった。当時のフィスはまだ人間の姿に戻れたし、今に比べればボーグソルジャーとしてのレベルも低かったと言える。
だが初めて戦った時、影斗はフィスに手も足も出ずに敗れた。改造レベルも、互いの実力もほぼ同じだったはずなのにだ。
「なぜオレは負けたのか、その理由をずっと考えていた。」
以来、フィスが再改造を繰り返し続けたのもあって、力の差はどんどん離れていった。しかし、今の影斗はハイブリッドウォーリアーで、フィスにも劣らないレベルまで強化されている。実力差は初期の頃に戻ったのだ。
「今回戻ってきたのは、その理由に対してオレなりに見つけた答えが合ってるかどうか、確かめるためだ。悪いが、また付き合ってもらうぜ。」
自分が負けた理由を突き止めること。それが、ベルセルクが戻ってきた理由だった。
「どうやらあんた、わかってなきゃいけないことがまるでわかってないみたいね。結果は同じよ。今回もあんたは、また私に負ける。」
「今回は負けられねぇんだよ。だから、命捨ててでも勝たせてもらうさ。」
理由を知っているフィスは今度もまた同じ結果に終わると嘲笑い、答えを模索するベルセルクは違う結果を出すと告げた。
「ゲイル。大丈夫なの?あの人は…」
アンジェはフィスを追っていったベルセルクについて、アデルに訊く。身を案じているわけではない。なぜなら、
「…ああ。確かにあいつはついこの間まで敵だった」
敵だったからだ。アザトースやナイアを除けば、間違いなく今まで戦った中で一番危険な相手だったと言えるくらいに。
「今だって信用しているわけじゃない。だが、少なくともあいつには倒さなければならない相手がいて、それを倒すまで俺達に構っている時間はないということもわかっている。今回はそれを利用させてもらうだけだ」
あらゆる機会、あらゆる状況、あらゆる存在を利用しなければ、このヴァルハラという組織は絶対に滅ぼせない。そうわかっているからこそ、アデルは利用という形でベルセルクの共闘を許したのだ。第一ベルセルクが乱入してこなければ、こうしてミライと戦うチャンスを得ることはできなかった。フィスに時間を稼がれ、クロノクライシスが発動してしまっていただろう。
「…どうやら、余計な邪魔が入ったようですね。」
戦う時が来たことを悟り、腰を上げるミライ。こうなってしまっては、もはや自分がやる以外にない。まぁ、元々あの二人は始末するつもりでいたのだし、それを誰がやるかが変わっただけなのだが。
その時、
「!?」
何かを感じたミライは、モニターを出した。そのモニターに映し出された映像は、アデルとアンジェにも見えた。
「あれは!?」
「えっ!?」
*
いくら自分があの二人の娘だからといって、ずっと守られているだけで終わるのは嫌。しかし、自分に何ができるのかわからない。そう思っていたネリーは、父と母を守る一つの方法を思い付いた。
旧神達に封じられた旧支配者達の復活である。
彼女が覚えている数少ない記憶の中には、自分がクトゥルフ神話の主神であるという記憶が残っている。元をたどればクトゥルフ神話に登場する全ての邪神は彼女から生まれた存在であり、他の神にできることは彼女にもできる。旧支配者や外なる神が持つ能力は、全て彼女の能力の劣化版であるのだ。これだけの数の能力を強化した状態で使用できるなら、彼女は間違いなく宇宙の支配者になれる。だが、今のネリーには能力を再現できても、本来の威力で使うことはできない。肉体も力も幼くなってしまったからだ。話が脱線したが、旧神もまた彼女から生まれた存在である。そして旧神にできることは、彼女にもできる。旧神が旧き印を操り、他者の封印と復活を自由にできるなら、その権限もまた彼女にあるのだ。そしてその権限を実行するため、ヘブンズエデンの屋上に来た。
「ですが、あなたには権限があっても実行できるだけの力がありません!無茶です!」
しかしナイアが言うように、この権限を行使するにはある程度の力が必要だ。ネリーにはその力さえもない。ナイアでさえ権限がない、旧神に見つかってはいけないなどの制約があったとはいえ、今まで旧神が施した封印を解けた回数は数えられるほどしかない。半年前のハスターの封印の解除は、人間が何度も呼び出すなどしてかなり緩んでいたから、解くことができたのだ。それこそ誰も呼んでいない神格を復活させる場合は、もっともっと手間がかかった。それくらい、旧神がかけた封印は厳重なのだ。祖を同じとする神同士、離反者が出ることも考えられる。それを入れた上での封印だった。
「ナイア、お願い。力を貸して」
自分一人の力では無理だが、ナイアから力を借りれば…そう考えたネリーは、ナイアに助力を乞う。
「かしこまりました。」
そう言われたら逆らえないナイアは、即答した。ネリーを核に、復活の術式を展開する。
だがその時、
「待たれよ!!」
空から声が聞こえて、旧神クタニドが現れた。それも顔を見せるのではなく、全身を降臨させたのだ。理事長から聞いていた神の登場に騒然となる訓練生達。だがその性質を知っているから、誰もクタニドを攻撃はしなかった。
「クタニド!!悪いけど今忙しいから、君に構ってる余裕はないんだよ!!」
ナイアはクタニドに帰るよう言う。宮殿に捕らえた人々の魂は既に解放してるし、もう狙われる理由もない。だが、
「手伝いに来た、と言ったらどうする?」
「…何だって?」
クタニドが発した言葉を聞いて、ナイアは思わず聞き返した。
「我々は全てを見ている。アザトースがもはや宇宙にとっての悪ではなくなったことも、知っている。ゆえに、この時が来るのを待っていたのだ。ノーデンス!」
クタニドはナイアを倒しに来たのではなかった。彼がノーデンスの名を呼ぶと、
「こら!離しなさい!穢らわしいですわ!」
「ええい大人しくせんか!見苦しい!」
ノーデンスが人間サイズで、しかも女性を後ろ手に捕らえた状態でネリー達のそばに出てきた。
「シュブ=ニグラス!」
「ナイアルラトホテップ!この老いぼれをなんとかして下さいな!」
女性の正体はシュブ=ニグラスだった。クタニドが力を封印しているために本来の姿に戻れず、ノーデンスに捕らえられている。人間の姿の時は力も人間レベルなので、旧神のノーデンスには逆らえるはずもなく、ナイアに助けを求めてきた。
「だから大人しくしろと言っておろうが!貴様の主が目の前にいるのに、これ以上無様な姿をさらすつもりか!」
「えっ?主…?」
ノーデンスに叱られて、また言葉の意味がわからず、シュブ=ニグラスは大人しくなる。自分の主といえば、アザトースをおいて他にいないのだが、ここは地球だ。アザトースの宮殿ではない。
「シュブ=ニグラス…」
「!?」
と、すぐ近くにいた少女が駆け寄ってきた。困惑するシュブ=ニグラスに、ナイアが教えてやる。
「信じられないかもしれないけど、ボク達の総帥アザトースだよ。」
「えっ!?」
「わけあって今はこの姿だけど、この方は間違いなく本物だ。」
やはりシュブ=ニグラスは驚いた。それはそうだろう。宇宙の全てを支配し超越する絶対神のアザトースが、こんな小さな人間の少女に成り下がってしまったなど。
「…確かに、微量だけどアザトースと同じ気配を感じますわ。あなたは本当に、わたくし達の主ですのね?」
いくら人間レベルに力が落ちたとはいえ、アザトースの気配を忘れるはずなどない。力は見る影もなく衰えてしまっているが、その気配はアザトースと同質のものであると感じ、シュブ=ニグラスは目の前の少女が自分の主だと悟った。
「うん。久しぶり、シュブ=ニグラス。」
「お久しぶりでございます。先ほどは無礼かつ無様な姿をお見せしたこと、お許し下さい。」
ネリーは肯定し、シュブ=ニグラスは膝をついて頭を下げる。
「いい。それより、私のパパとママが危ないの。力を貸して」
「は?」
「養女になったんだ。」
「そう…」
最初はネリーの言っていることの意味がわからなかったが、ナイアから補足を受け理解する。それでも信じられない内容ではあったが、主の命令であるなら取るべき行動は一つだ。
「心得ましたわ。何なりとお使い下さいまし」
シュブ=ニグラスは再び頭を下げ、ネリーに忠誠を誓った。
「これでよろしいですかな?」
ノーデンスは本来のサイズに戻り、クタニドに尋ねる。
「…最後に一つ。」
だが、クタニドは何か納得していないようで、ネリーに質問した。
「アザトース。いや、今はテネリータ・プライドと呼ぶべきか。あなたに一つ質問がある」
「なに?」
「…あなたは先ほど、自分の両親を守りたいと仰りましたな?それは、この世界を守ると取ってもよろしいか?」
クタニドが一番聞きたかった問題。それを聞いたネリーは頷く。
「うん。私はパパとママを、二人が愛した人達を、二人が生きるこの世界を、守りたい。」
「…それが、あなたの答えですか?」
「うん。」
「…はっはっはっはっはっはっ!!!!」
望んでいた答えを得られたことに満足し、クタニドは嬉しくて大笑いする。
「私はその答えを何より望んでおりました。我が悲願、今この時を以て成就せり!!」
「どういうこと?」
ネリーがクタニドに訊く。クタニドはネリーの前に膝を折って頭を下げた。ノーデンスもそれに習う。
「テネリータ。我々にとっては、今でもあなたが旧神の長なのです。あなたが世界の平和と安寧を願うこと、そして旧神と旧支配者、外なる神の全てが一つに戻ること。それこそが私の、我々の悲願でした。」
旧支配者と外なる神は、元々同じ旧神だった。実はクタニドではなく、アザトースが旧神の長だったのだ。しかしアザトースはある要因によって狂い、ナイアを含める多数の神を連れて旧神から離反した。その結果、旧支配者と外なる神という種族が生まれたのだ。旧き印が同一の存在である旧支配者や外なる神にダメージを与えるのは、強大な神々の同胞達に通じるようクタニドが印の術式を組み換えたから。
だが予想外の戦乱を越えてなお、旧神達が持つアザトースへの忠誠心は消えなかった。いつか、いつか必ず、別れてしまった神々を一つに戻そうと活動を続けてきた。そしてその悲願は、今達成されたのだ。
「さあ、今こそ封印を解こう!!蘇れ!!かつての同胞達よ!!」
クタニドは上空に巨大な旧き印を出すと、そこに向かって片手から光線を発射した。旧き印は光線を受けると強く輝き、消滅する。
間もなくして変化は現れた。
空に時空の穴が開き、その穴の向こう、最極の虚空からヨグ=ソトースが降臨したのだ。
「旧神どもが俺にかけた封印が解けたぞ。」
旧神の封印によって最極の虚空に幽閉されていたヨグ=ソトースは、それが解けたことによってネリーのもとへ馳せ参じたのだ。だが、変化はそれだけではなかった。
「まさか再びお前の姿を見ることになるとはな。兄者」
クタニドそっくりの怪物が現れたのだ。旧支配者、クトゥルフである。
「こちらの台詞だ愚弟め。だが、仕方あるまい。」
クタニドも不満そうだが、この場合は仕方ない。と、
「…ムカつく連中の気配が集結しているから何かと思えば、どういう状況だこれは。」
「何と…これは…」
ハスターとシュリュズベリィも来た。
「ふん、お前か。」
「久しぶりだなハスター。ん?お前の仮面は取れたのか?」
「ヨグ=ソトースにクトゥルフ。できることなら、お前達とは二度と顔を合わせたくなかったが…」
話し掛けてきたヨグ=ソトースとクトゥルフを見て、剣を軽く振るハスター。
「やるか?曲がりなりにも我が愚息よ。」
「起床後の運動にはちょうどいい。久しぶりに潰してやろう」
「望む所だ。二匹まとめて細切れにしてやる!」
三柱の神は臨戦体勢だ。
「お、お待ちをハスター様!!」
慌てて止めに入るシュリュズベリィ。そこへ、
「そうよ。気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着きなさいって。」
空から炎の塊が飛来した。ヤマンソではない。クトゥグアだ。
「クトゥグア…」
クトゥグアを見上げるハスター。
「あなた達も呼ばれて来たんでしょ?なら、争ってる場合じゃないはずよ。」
「…ふん。」
クトゥグアから説得されて、ハスターは渋々納得した。
「他の連中も来たようです。」
そこへヴォルヴァドスも現れ、事態のさらなる進展を告げる。
空から、海から、大地から、異次元から、様々な怪物達が、このヘブンズエデンに集合してきたのだ。入りきらない者は学園の外や宇宙などから、様子を見ている。クトゥグアと対を成す炎の邪霊、ヤマンソ。ハスターの眷属たる双子の卑猥なるもの、ロイガーとツァール、そして巨人イタカ。眠たげな目をこすっている怠惰な賢者、ツァトゥグァ。他にも様々な怪物が集っている。皆、クトゥルフ神話に登場する旧き神々だ。
「みんな、聞いて。私は、テネリータ・プライド。元アザトースよ」
ネリーは旧支配者や外なる神に話し掛ける。事情を知らぬ者は顔を見合せ、口々に何か言っていた。
「アザトース?」「こんな小さな人間の小娘がか?」「しかし、彼女からは総帥と同じ力の波動を感じるぞ。」「っていうかクタニドがいるじゃねぇか!」「どういうつもりだ?」
全員かなり混乱しているらしい。
「静かにせんか貴様ら!!総帥の御前であるぞ!!」
そんな彼らを、ヨグ=ソトースが一喝する。
「副王閣下。これはどういうことかご説明頂けますね?全てを知る者であるあなたなら、納得のいく回答を出せるはずです。」
邪神達を代表してアブホースが、ヨグ=ソトースに質問した。
「そう小難しい話ではない。この方が今仰られたことは事実であり、真実だ。俺はお前達に、総帥の言葉を聞けと言っている。」
ヨグ=ソトースの答えを聞いて、また邪神達がざわめき出す。
「真実だって。」「副王閣下がそう仰られるなら、本当なんだろう。」「ここは大人しく従うべきだ。」「うむ、そうしよう。」
どうやら結論が出たようで、邪神達は黙った。それを待って、ネリーは話し出す。
「私にはもう、この宇宙に敵対する意思はない。だから、今度はみんなに、この宇宙を守ってもらいたいの。お願い」
「まさか、ボク達の主の言葉に逆らうなんて不忠の輩はいないよね?」
ナイアは凄みを利かせて邪神達に尋ねた。邪神達はまた、顔を見合せ話し合っている。
「どうする?」「どうするも何も、我らが総帥アザトースの言葉だぞ。」「なら、取るべき道は一つだ。」
話し合って決めた邪神達。再び、アブホースが代表する。
「あなたの言葉に従います。」
他の邪神達も各々頷いている。彼らはネリーに忠誠を誓ったのだ。
「みんな、ありがとう!」
心から礼を言うネリー。クタニドの読み通りだった。他の神は創造主であるアザトース、ネリーには逆らえない。つまりネリーさえ正気に戻すことができれば、彼女の命令一つで邪神達は旧神側へと戻るのだ。
(やはりあの傭兵達は私の希望だった。彼らに感謝せねばな…)
旧神達がどれだけの努力をしても決して叶わなかった悲願。それをやってみせたのは、ゲイル達だ。クタニドは心中、ゲイル達に感謝していた。
「では、そろそろ呼ぶとしようか。」
再び旧き印を打ち上げるクタニド。すると、また異なる怪物達が出現した。彼らは、旧支配者でも外なる神でもない。クタニドの同胞、旧神達だ。
「して、我らの敵は何ですかな?」
ツァトゥグァが訊く。ネリーは教えた。
「…私達の敵は…」
ボーグソルジャーとエボリュータントのことを聞いた旧支配者、いや、今は旧神と呼ぶべきだ。神々はネリーと、人間達に全面的に協力する。最小限の神員はヘブンズエデン周辺の敵の掃討に当たり、それ以外は世界中で暴れている敵を倒すために散っていった。
「素晴らしい!!なんて素晴らしい光景なんだ!!」
エドガーは今起きていることをずっと研究室からモニターで見ていたのだが、こらえきれなくなって外に飛び出し、叫んでいた。
「素晴らしすぎる!!こんな日が来るなんて!!」
彼はオリジナルエドガーの思考パターンや性格なども全てコピーされたアンドロイドだ。それはつまり、クトゥルフ神話マニアであるということもコピーされているということ。だからこんな状況を見て、喜ばずにはいられないのだ。
「あれが、クトゥグア…」
神々の降臨に半狂乱となりつつあった訓練生達だったが、強い精神力を持つ教師達のおかげでパニックにはならず、さらに神々が自分達の味方であることを理解し、反撃に転じていた。そんな中、メイリンは戦いながらもクトゥグアを見ていた。自分の中にも、あの炎の神の力が宿っている。何とも、感慨深い状況だ。と、
(あなた、ノルン家の人間ね?)
頭の中にクトゥグアの声が響いた。テレパシーだ。
(は、はい…クトゥグア様、ですか?)
(ええ。ノルン家の人間とまた一緒に戦う日が来るなんて、思ってもみなかったわ。今度はしっかり守るから、一緒に頑張りましょうね)
(…はい!クトゥグア様!)
思ったより優しかったクトゥグア。そんな神に対して快く返事をしてしまった自分を見て、やっぱり自分はクトゥグアを信仰する一族の末裔なんだと感じていた。
「先生。」
すると、声がして室岡が殴りかかってきた。しかし、狙いはメイリンではなく、メイリンの背後から襲いかかろうとしていたヘルポーンだ。ヘルポーンは室岡のブレイクミョルニル付き鉄拳を受けて頭部を粉砕され、仰向けに倒れた。
「信仰している神様が助けに来てくれて安心しているのかもしれませんが、油断しないで下さい。」
「す、すいません…」
叱られてしまった。新たな敵を求めて去っていく室岡。と、彼は唐突に振り向き、
「あなたを想っているのはクトゥグアだけじゃない。それを忘れないで」
そう言ってからまた去っていった。
「…はい!」
メイリンは敵を二丁拳銃で撃ち抜く。
「この戦いが終わったら、またデートしましょう!」
*
「ネリー…!!」
アンジェは旧神達が人間のために戦っているのを見て、ネリーがやってくれたのだと感じていた。
「まさか旧支配者が人間を守るために戦うとは…」
この事実にはミライも驚いている。
「わかったか!!世界は少しずつだが、平和へと進み続けているんだ!!あなたが余計な手出しをする必要はない!!」
「だからもうやめて!!今ならまだ間に合うから!!」
旧支配者達が旧神や人間達と和解したように、世界は平和に向かって動き続けている。だから、滅ぼす必要などない。アデルとアンジェはミライに訴える。
「…ふふふ…ははは…!!」
しかし、ミライはそんな二人を嘲笑った。
「何がおかしい!?」
「平和へと進み続けている?たったこの程度のことで?全くもって愚かしい。むしろ私にとって、この状況は好都合です。人間より遥かに強大な力を持つ神々が戦ってくれれば、より早くクロノクライシスを発動できますからね。」
「まだそんなことを…!!」
これほどまでのものを見せても、ミライの心が変わることはなかった。どうあってもクロノクライシスを発動させたいのだ。
「ゲイル、やろう。ミライさんを止めるには、もうあの装置を壊すしかない!」
アンジェはアデルの手を握る。ミライを止めるにはもう、クロノクライシスを失敗させる以外に方法がないのだ。
「…ああ。それしかないらしい」
アデルも了承し、
「「エルピスシステム起動!!コード・アインソフオウル!!」」
アインソフオウルモードに強化変身した。
「スタイルコンバート」
ミライもまたソルジャースタイルに変身する。
「邪魔はさせません。」
「行くぞ!!」
「ふっ!!」
アデルとミライは激しくぶつかり合った。
*
「パーフェクトスマッシャー!!!」
「覇道烈破!!!」
ルーラーの光線と皇魔の覇気が、互いに相殺する。だがルーラーが攻撃するより先に皇魔が動き、ルーラーを殴り飛ばした。
「ぐっ!!ハイパービルド!!!」
筋肉を膨張させてパワーを増強し、ルーラーは皇魔と組み合う。だが、
「ぬううううああああああああ!!!!」
「ごおおおお!!!!」
皇魔は組み合った状態から気合いとともに蹴りを繰り出し、ルーラーを蹴り飛ばした。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ああああああああああああああああ!!!!」
そこからノーガードで殴り合う二人。だが、ほとんど無傷な皇魔とは対照的に、ルーラーはどんどん傷付きボロボロになっていく。
(ば、馬鹿な!!こんなことが…!!)
皇魔は先ほどから、ルーラーとの戦いを優勢に進めていた。自分も最終強化を行っているというのに、皇魔はそれ以上に強くなっている。ルーラーは驚きを隠せない。
「貴様…いつの間にこんな強さを…一体何をした!?貴様も進化の宝珠を使ったのか!?」
「ただ鍛練を繰り返しただけだ。」
「鍛練だと!?進化の宝珠を使った強化より早い強化などあるはずがない!!」
「あるのだ。少なくとも、俺はそうやって強くなった。」
皇魔がここまで強くなったのには理由がある。それは、負けられない理由があるから。
「俺を信じて付いて来てくれたレスティーのため、未熟な俺を師と呼んでくれた白宮と桐崎のため、そして俺達に未来を託して死んでいった親父達のためにも!!!」
皇魔は両拳に覇気を集中し、
「俺は負けられんのだッ!!!!」
怒涛炸裂拳を繰り出した。
「ぐあああああ!!!!」
吹き飛ぶルーラー。ハイパービルドも解除されてしまった。
「ま、まだだ…まだ終わらん…!!」
満身創痍で床に這いつくばりながら、部屋の奥へとルーラーは向かう。
「終わってたまるか…この私が…こんな所で…!!」
一組織の首領とは思えない無様な姿。だが、ルーラーはあえて今の姿を、皇魔の前にさらすことにした。つかの間の優勢というものをくれてやるためだ。自分の前に立ったことに対する、せめてもの礼儀、贈り物として。
「く、くくくははははは…!!」
ルーラーは目指していた場所にたどり着き、壁の隠しスイッチを押す。開いた壁の奥にあったのは、進化の宝珠。
「それは!!」
「この私が、今まで集めてきた宝珠を融合させて作った、大宝珠だ。」
驚く皇魔にみせびらかすようにして大宝珠を手に取るルーラー。
「それを使うつもりか!!やめろ!!その宝珠は…!!」
ルーラーがパワーアップしてしまうからやめろと言ったのではない。ルーラーが大宝珠と呼称した宝珠は、皇魔が今まで見てきた宝珠と比較にならないほど強大なエネルギーを放っていた。これほどまでの力を持つ宝珠を使えば、例えルーラーといえども進化後、確実に暴走を引き起こす。
「構わん!!私の目的はお前達を、私を生んだ一族の末裔どもを滅ぼすことだ!!私怨だと笑うか!?それも良かろう!!何と言われようと私はやる!!」
ルーラーもそれは承知していた。だが、彼ももう引き下がれなかったのだ。ここで皇魔を倒すことは、私怨でしかない。そう、私怨だ。彼はこの私怨のためにデザイアを結成し、現在まで生きてきたのだ。
「負けられぬ理由を持つ者が貴様だけではないということを、今教えてやる。」
不敵に笑うルーラー。
「やめろ!!ルーラー!!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ルーラーは皇魔が止めるのも聞かず、自分の胸に進化の大宝珠を叩きつけた。
*
激闘を続けるイズマとダークス。だが、ダークスは既にかなりのダメージを受け、立っているのもやっとなほどだった。
「…よくやったと言うべきだろう。その力を、革命のために使わなかったことが残念でならんわ。」
イズマはダークスを讃えた。戦士として、己の息子として。
「だがここまでだ。首領のご意向に従わぬ以上、汝は死なねばならん!」
苦渋の決断を下し、イズマは賢者の杖をダークスに向ける。賢者の杖の先端に、高密度なエネルギーが収束していく。
「せめて最終奥義で葬ろう。さらばだ、我が愛しき息子よ…!!」
全エネルギーを賢者の杖の先端に収束して放つ超威力の光線、コスモブレイカー。それがイズマの最終奥義だ。これが直撃すれば、相手は原子までも完全に分解、消滅させられてしまう。ダークスや他の幹部であろうと確実に死ぬ。耐えられるのはルーラーだけだ。
「コォォスモブレイカァァァァァァーッッ!!!!」
そしてその殺人光線が、ダークスへと放たれた。
(今だ!!)
ダークスは待っていた。イズマが最終奥義を使ってくる、この瞬間を。横に飛んで光線をよける。
「それでかわしたと…!!」
すぐにイズマは賢者の杖をダークスがよけた方向へと動かす。だが、ダークスが飛んだ先には影があり、ダークスはシャドーテレポートを使って完全にかわしてしまった。
「往生際の悪い奴!!」
しかし、イズマも馬鹿ではない。次にダークスがどこから出てくるかは把握している。自分の背後目掛けて、タメなしのコスモブレイカーを放った。
「ぐあっ!!」
ドンピシャ。ちょうど影から出てきたダークスに、光線が命中する。しかし、命中した直後、ダークスは影となって霧散してしまう。
「何!?」
今のはシャドーコンビネーションで作った囮だったのだ。そして、
「シャドースピアー!!!」
別の影から飛び出してきたダークスが、影でできた槍をイズマに突き刺した。
「ぐおぅっ!!?」
イズマの動きが止まる。ダークスはシャドースピアーを解除し、
「うおおおおおおああああああああ!!!!」
イズマを滅茶苦茶に殴り付けた後、エネルギー弾で吹き飛ばした。
「ぐおあああっ!!!」
イズマは倒れる。
「以前あなたが指導して下さった通りです。」
ダークスはこの戦法を、かつてイズマから習っていた。戦場ではどれだけ相手の隙を突けるかが肝要となる。それに従って、この戦法を使った。
「俺の勝ちです…!!」
もうイズマは立ち上がれない。ダークスの勝利だ。
「…見事だ、アーサー。まさかここまで成長するとはな…がはっ!!」
「父上!!」
変身が解け、血を吐いたイズマ。それを抱き抱えるダークス。
「…私を父と呼んでくれるのか…」
「もちろんです!!だってあなたは…!!」
袂を別ちはした。だが、それでもイズマから受けた恩を忘れたことは片時もない。
「息子か…くくくっ…存外に悪くないものだ…私がお前に言えるのは一つだけ…生きろ…」
イズマがかつて見た、ダークスの生への執着。それを忘れて欲しくない。だから、そう言った。
「生き抜くのだ…我が息子、アーサー…」
言って、息絶えた。
「…はい、父上。あなたの分まで、必ず…!!」
ダークスは何が何でも必ず生き抜くと、死した父親に誓った。
「アーサーさん!!」
そこへ、光輝達が来た。
「大丈夫ですか!?今私の気で…」
レスティーがダークスを気遣う。
「いや、俺のことはいい。それより、首領の間はこのすぐ先だ。行こう!」
「この先にルーラーが…」
さだめが呟いた時だった。
「ぐおああっ!!」
目の前の扉を突き破って、皇魔が吹き飛ばされてきたのは。
「皇魔さん!!」
「「皇魔!!」」
「大丈夫か!?」
皇魔のそばに駆け寄る四人。
「ちぃ…油断したわ!!」
皇魔はどうにか立ち上がる。その直後、
「どうした皇魔?貴様はこんなに弱かったか?くくく…」
皇魔が吹き飛ばされてきた扉の向こうから、四本の腕と角、四枚の翼を持つ、皇魔の二倍はあるのではないかと思える巨大な怪物がゆっくりと姿を現した。
「今の声…まさかルーラー!?」
光輝は声から、怪物の正体がルーラーであると察することができた。逆に、声以外にルーラーとしての面影が全くない。かろうじて残っている面影は、全身が黄金の色であるくらいか。
「どうしてこんな変わり果てた姿に!?」
あまりの変わりようにアーサーも驚きを隠せない。
「奴の胸を見ろ。」
皇魔はルーラーの胸を指差した。ルーラーの胸の中心には、額のものと同じ、真紅のオーブがある。
「大宝珠とかいう進化の宝珠を使ったのだ。あれほど強大なエネルギーを取り込めば確実に暴走すると思っていたが、完全に制御しおった…!!」
「大宝珠を!?」
今のルーラーの姿は、進化の大宝珠を使って進化した姿なのである。あらゆるものを滅ぼせる最強の力が欲しいと願ったルーラーは、もはや魔人を超え、魔王としか呼べないような姿になってしまった。
「言ったはずだ。負けられぬ理由があるのは、貴様だけではないと。これで貴様らとミレイヌを始末すれば、全宇宙は私の物だ!!」
今のルーラーの力は、もはや全盛期のアザトースをも上回る。しかも、ルーラーの私怨と欲望は、そんな恐ろしい力さえも完璧に制御しているのだ。
「させん!!貴様は今、この場で俺が倒す!!」
「ちょっと皇魔!俺達が、でしょ?」
「僕達もお手伝いします!!」
「うん!!」
「…すまん。」
ルーラーと皇魔の最終決戦に、レスティー、光輝、さだめは加勢する。
「…父上。せっかくのあなたとの誓い、早々に破ることになるかもしれません。ですが、俺は戦います!」
ルーラーの力は、見ているだけでも強大なものとわかる。だがそれでも、戦わなければならない。そう悟ったダークスもまた、ルーラーに挑んだ。
「かぁっ!!!」
「ウオオッ!!!」
殴り合う皇魔とルーラー。しかしルーラーは全くと言っていいほどダメージを受けず、逆に皇魔の鎧にヒビが入っていく。
「たああっ!!!」
レスティーもまた紫電狼牙や鉄大砲など強力な忍法の応酬を繰り返すが、どうも効いていないようだ。
「貴様らなど、もはや私の敵ではないわ!!」
ルーラーは四本の腕から衝撃波と光線を放ち、二人を吹き飛ばす。
「はああああ!!!」
「やぁっ!!!」
同時に斬り掛かる光輝とさだめ。しかしルーラーは防御もせず、ただ受けた。
「貴様らはなぜここにいる?鬼宝院でも霊宮寺でもない貴様らなど場違いだ!!消えろ!!」
「何とでも言え!!」
「それでも私達は、お前と戦う!!」
「…そうか。消えるより消される方が望みだというのなら、叶えてやろう。進化の宝珠が使った者を、望んだ姿へと変えるように!!」
ルーラーは両腕に軽く力を込めるだけで、光輝とさだめを弾き飛ばす。
「はああっ!!!」
間髪入れずに飛び込んで拳を放つダークス。ルーラーはそれを片方の手で掴んで止めた。すぐもう片方の腕で殴り掛かるダークスだが、それも止められてしまう。その後、ルーラーはすぐ近くに転がっているイズマの遺体を発見した。
「…死んだかイズマ。私が誰よりも信頼した男…それを貴様は殺した!!息子である貴様がだ!!ここまで私を裏切った男は貴様が初めてだよアーサー!!覚悟はできているのだろうな!?」
ルーラーは憎悪の言霊を吐く。彼にとって一番の仲間、最高の戦友。それを殺された痛みはどれほど深かったことか。
「無論です。しかし、それでも俺はあなたを倒します!!俺にも、守らなければいけないものができたから!!」
だが、その痛みを感じているのは、息子であるダークスも同じなのだ。息子である自分の手で父を殺さなければならなかったのだから、ルーラー以上に悲しいのかもしれない。しかし、これはもうダークスが、アーサーが自分で選んだ道だ。ならば、もう前に進むしかない。自分で願った道を信じて、突き進むしかないのだ。
「戯れ言を!!!」
「ぐあっ!!!」
ルーラーは残った二本の腕で同時に拳を放ち、殴った瞬間にダークスを掴む手を離すことで、ダークスを吹き飛ばした。その後も次々と挑むが、五人は返り討ちに遭う。
「五人もいてその程度か!!私はまだ、本気にすらなってはいないぞ!!」
恐るべき強さを発揮するルーラー。限界を超えたような強さを身に付けている皇魔達でさえ、全く手が付けられない。
その時だった。
「何だ、これは!?」
一人の男が現れた。
「む?アプリシィ?」
ルーラーは顔を向けて、男の名を呼んだ。
「その声は、首領!?その姿は一体…」
アプリシィは驚く。彼でさえルーラーのこんな姿を見るのは初めてなのだから、無理もない。
「どういうことだ?生きていたのか?他の幹部はどうした?」
ルーラーは光輝がここにいるにも関わらずアプリシィが生きていることを疑問に思い、アプリシィに尋ねる。
「…俺を残して全滅しました。」
アプリシィは仕方なく答えた。
「ウォントも死んだのか?」
「…はい」
「ウォントが死んだのになぜお前が生きている?」
「それは…」
アプリシィは言い淀む。それには光輝が答えた。
「僕がウォントを殺したからだ!僕が頼まれたからだ!アプリシィを頼むって!」
「何?アプリシィ。お前敵に情けを掛けられたのか?誇りあるデザイアの幹部だというのに?」
「…」
アプリシィは答えない。その様子に、ルーラーは鼻を鳴らした。
「…まあいい。お前にチャンスをやろう。この男を殺せ」
「!?」
ルーラーはアプリシィに、光輝を殺すよう命じた。
「何を驚いている?お前はこの者どもを私の前に通した。つまり、私に処刑されるべき重大な失敗を犯したのだ。それを帳消しにするチャンスを与えようと言っているのだぞ?それに、お前はウォントをこの男に殺されたのだろう?憎くてたまらんのだろう?一度失敗したお前でも簡単に殺せるように弱らせておいた。私に殺されたくないなら、ウォントの仇を取りたいのなら、この男を、白宮光輝を殺せ。」
「光輝!!」
ウォントの発言を聞いて助けに入ろうとするさだめ。
「うるさい!!」
「ああっ!!」
だがルーラーから衝撃波を食らって倒れる。
「貴様!!」
「ふん!!」
「がっ!!」
挑み掛かった皇魔も、顔面に裏拳を受けてひっくり返ってしまった。
「邪魔者は寝ておれ。さぁアプリシィ!白宮光輝を殺すのだ!」
「…」
ルーラーに促されてアプリシィは黙ったまま変身し、片手を氷剣に変えてゆっくりと光輝に近付く。そして氷剣を振り上げた。
「やめてぇぇぇ!!!」
さだめの叫びが木霊する。アプリシィは振り上げた氷剣で、光輝を脳天から…
「…ふん!!!」
「ぐおあっ!!」
叩き斬らずに、ルーラーを斬った。
「光輝!!」
さだめはようやく立ち上がり、光輝を支えて立たせる。
「アプリシィ!!貴様…何をする!?」
激怒するルーラー。
「アプリシィ…僕を…助けてくれたのか…?」
光輝も訊いた。
「…俺は…お前を恨まない。」
「えっ…?」
アプリシィが呟いた言葉に、光輝は耳を疑う。
「俺は、兄さんを殺したお前を許したくない。でも兄さんは、お前を恨むなと言っていた。お前を生かしていたくないが、兄さんとの約束を破るのはもっと嫌だ。だから俺は、お前を恨まない。」
「アプリシィ…!!」
アプリシィにとって、光輝は何よりも許せない存在だ。しかし、それを知ってなお、アプリシィは復讐という道ではなく、兄との誓いを守るという道を選んだ。憎しみの連鎖を断ち切ったのだ。兄を敬愛するがゆえに。
(やっぱり、敵わないな…)
光輝は思った。何と大きな兄弟なのだろうと。
「ふん、兄弟揃って役に立たん者どもだ。やはりあの時、ウォントもろとも殺しておくべきだったか。」
「!?どういう意味ですか!?」
ルーラーはアプリシィに対して毒づき、アプリシィはルーラーの言った言葉が理解できず尋ねる。
「五年前、あの任務を終えた後、ウォントは貴様を連れてデザイアから離反しようと企んだのだ。アーサーと同じようにな」
「ウォントが!?」
これにはダークスも驚いた。まさか自分より先にウォントが離反しようとしていたとは思わなかった。
「それに気付いた私は奴より早く行動を起こし、警告したのだ。もしデザイアを裏切れば、アプリシィを殺すとな。」
ウォントは白宮夫妻を殺したことに、これ以上ないほどの罪悪感を覚えていた。だからアプリシィを連れてデザイアを離反し、光輝に全てを話して謝罪しようとしていたのだ。
「脅迫していいように利用していたというのですか!?俺を盾にして!!」
「そうだ。たかがゴミを二人殺した程度のことで、奴はつまらん感情を抱いた。己がどのような立場にいるのかもわきまえずにな!」
「許さない…よくも兄さんの気持ちを、俺達兄弟を利用したな!!」
激怒したアプリシィは、ルーラーに向けて超越零度の吹雪を放った。
「俺はもう、あなたを敬いはしない!!」
しかし、
「せっかく拾ってやったというのに、その命を無駄に散らすとはな。本当に哀れな男だ」
ルーラーの身体には氷一つ付かなかった。ルーラーの自分以下の相手の特殊能力を一切受け付けないという能力が、吹雪を無効化したのだ。よく見れば、先ほど氷剣に斬りつけられたにも関わらず、ノーダメージだ。レスティーの忍法が効かなかったのも、このためだとわかる。
「黙れ!!!」
それでも攻撃を仕掛けるアプリシィ。
「「アプリシィ!!」」
光輝とさだめはアプリシィに加勢する。
「…こんなことを言うのは筋違いだけど、本当にごめん。」
「あなたも被害者なんだよね。なら私達も一緒に戦う!!」
「お前達…」
アプリシィはずっと、倒すべき相手だと思っていた。だが、彼は結局ウォントを繋ぎ止めるために利用されていただけだったのだ。
「首領!こればかりは許せませんよ!!」
ダークスはアンダーヘルニードルで攻撃した。だが、ルーラーに触れた瞬間に影の刺は砕けてしまう。ダメージが入った様子もない。
「どうすれば奴を倒せるの!?」
レスティーは焦った。自分達の能力は効かず、地力でも負けている。これでは勝てない。
「唯一方法があるとすれば…」
皇魔はルーラーの胸と額にあるオーブを見た。実はこのオーブ、エボリュータントの力の源でもあり、急所でもある。ここを破壊できれば、簡単に倒すことができるのだ。しかし、オーブはエボリュータントの力が集中する箇所。それもルーラーのオーブとなれば、力の量も桁外れだ。オーブから吹き出すエネルギーが一種のバリアの役目を果たし、攻撃を寄せ付けないのである。実際先ほどアプリシィが放った吹雪はオーブをそれ、ダークスのアンダーヘルニードルは届いてさえいなかった。ルーラーを倒すには、ルーラーを超えるエネルギーの攻撃で、オーブを破壊するしかない。しかしルーラーに能力は効かないので、エネルギーの流れを遮断して物理でオーブを破壊する。その方法に限られてしまった。
「オーブのエネルギーの流れを遮断するには、あの技を使うしかあるまい。」
覇神滅拳。かつて皇魔の父、剛造が編み出した技。この技ならオーブのエネルギーを吹き飛ばし、バリアを消し去ると同時に拳を叩き込んで破壊できる。しかし、この技を使うにはルーラーのエネルギーを消し飛ばせるだけの覇気が必要なのだ。父から覇気を託された皇魔でさえ、今のルーラーのパワーを消し去れるほどの覇気はない。
しかしその時、
「…皇魔、後は頼んだわよ。」
レスティーが皇魔の背後に回り込み、両手を当てたのだ。レスティーの両手から、力が流れ込んでくる。
そう、父が見せたあの技、魂力継承と同質の力が。
「レスティー!?」
「振り向かないで!!ルーラーだけを見て!!絶対に私を見ちゃだめ!!」
驚いて振り返ろうとした皇魔だが、レスティーに制される。他の者達はルーラーとの戦いに夢中になっているので、気付いていない。
「…何をやっているのだレスティー!!なぜ魂力継承を!?」
使えば100%死ぬ、次代に全てを託すための最終奥義。レスティーは今、それを皇魔に使っている。
「簡単なことよ。皇魔の覇気が足りないから、私の気で補ってるの。剛造様の覇気に比べたら力も量も全然足りないけど、ルーラーを倒すには十分なはず。」
「だが最終奥義まで使うことは!!」
「今言ったでしょ?全然足りないから、私の命もあげてるの。」
覇気と気ではパワーも量も全く違う。だが、皇魔の足りない覇気を補えるのは、気を使った戦いに秀でているレスティーのみ。だから、足りない分を己の命で補おうというのだ。
「…霊宮寺の娘として生まれた時から、こうなることは決まっていたわ。でも私は、皇魔に使って死にたかった。望みが叶って、すごく幸せ。」
「…紗理奈…!!」
「ふふふ…本名で呼んでくれるんだ。嬉しい…本当に嬉しい…」
レスティーの声色に、疲労が見え始めた。彼女の命が尽きる時が、近いのだ。しかし、レスティーは幸せだった。己の命を、愛する者のために使えるのだから。
「皇魔。私が倒れたら、振り返らずに、ルーラーを倒して。ルーラーを倒してから、私を見て。」
「…わかった。」
「…約束よ…約束…した…か…ら……ね………」
声は途切れ途切れになり始め、そして聞こえなくなった時、レスティーは倒れた。自分の命の全てを皇魔に託し、死んだのだ。
*
「!?」
同時刻。デザイアやヴァルハラと戦っていた照姫は、妙な胸騒ぎを覚えた。
「紗理奈!?」
*
「お、皇魔さん!?レスティーさんが…一体どうしたんですか!?」
光輝はようやくレスティーの状態に気付いた。
「…死んだ。」
「!?」
驚く光輝。
「死んだ…?…それってどういう!!」
「言うな桐崎!!」
「!!」
「…言うな…」
さだめは皇魔を問い詰めようとしたが、皇魔が言ったことでわかった。レスティーの決意が。
「全員聞け!!俺は今からルーラーを倒す!!奴の足止めをしてくれ!!」
皇魔は全員に号令をかけ、両拳に覇気を集中する。レスティーがくれた命に、さらに自分の命を合わせて、覇気を高める。
「私を倒すだと?死ぬのは貴様だ!!」
ルーラーは四本の腕全てから、皇魔に向けて光線を放つ。
「っ!!」
だがそこにアプリシィが割り込み、両手から吹雪を放つ。吹雪はルーラーの光線を凍らせていく。
「ぬっ!!」
「おおおおお!!!」
皇魔は駆け出した。
「俺も行く!!」
ダークスも走る。
「光輝。」
「うん。」
光輝とさだめは互いに目配せし、それだけで互いの意思を伝え合い、また走った。
「ぬおおおおお!!!」
エネルギー弾を乱射するルーラー。しかし、そのエネルギー弾は全てアプリシィが凍らせる。アプリシィの能力はルーラーには効かないが、ルーラーの攻撃には効くのだ。
「ならば!!!貴様の頭を叩き潰してくれるわ!!!!」
それなら直接殴り潰す。そう結論したルーラーは、右下と左下の拳を放つ。
「おおっ!!」
「うううっ!!」
しかし、ダークスが右下の、アプリシィが左下の腕にそれぞれ組み付き、外させる。
「まだだ!!」
しかし、まだ右上と左上の拳が残っている。ルーラーは残った二つの拳を繰り出した。
その瞬間、
ドシュッ!!!ドシュッ!!!
光輝とさだめの二人が飛び出し、拳が二人の腹を貫通した。二人の武器が、落ちて音を立てる。
「白宮!!桐崎!!」
「僕達には、アーサーさんや、アプリシィみたいなパワーがないんで、身体、張らせてもらいました…!!」
二人にはダークスやアプリシィのようなパワーがないので、自分達の身体を盾にして皇魔を守ったのだ。
「白宮光輝!!」
「ごめん、アプリシィ。」
「皇魔…勝って…!!」
「ぬぅっ!!」
二人は血を吐きながらルーラーを引き寄せ、バランスを崩されたルーラーは倒れ込む。
「白宮…桐崎…」
あの傷ではもう助からない。彼らもまた、レスティーと同じように命を散らしたのだ。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
自分のために尽くしてくれた者達。その恩義に報いるため、皇魔は叫び、拳を振るう。
「覇神滅拳!!!!」
狙うは胸部のオーブ。右拳が触れる瞬間に、覇気を爆発させる。それによってエネルギーが吹き飛び、オーブから流れ出るエネルギーが一瞬止まる。一瞬あれば十分だ。その一瞬のうちに皇魔は拳を叩き込み、胸部のオーブは砕け散る。
「ぐあっ!!」
「おおおおおあああああああ!!!」
まだだ。もう一ヵ所、額のオーブが残っている。ルーラーはまだ四本の腕全てを押さえ込まれ、体勢も崩れたままで反撃できない。皇魔は額のオーブのエネルギーも同じように吹き飛ばし、拳を叩き込んで破壊した。
「がっ!!ぐがぁぁぁぁ!!!」
オーブがあった場所には穴が空き、穴からは大量のエネルギーが吹き出す。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
ルーラーの体内に残留していたエネルギーが、暴走を引き起こしているのだ。アプリシィとダークスは離れ、光輝とさだめも残された最後の力を振り絞って腕を引き抜き、離れて息絶える。
そして、
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
ルーラーは発光しながら大爆発を引き起こした。
「う…がぁ…」
しかし、ルーラーは人間の姿に戻っただけである。とはいえ、もう戦う力は残されていない。死を待つのみの身体だ。
「なぜだ…なぜ…私は負けた…」
力の差は厳然で、圧倒的だったはず。なのになぜ負けてしまったのか、ルーラーは理解できないでいた。皇魔は覇氣鎧装を解き、理由を教えてやる。
「簡単だ。貴様と俺達では、背負っている想いの大きさが違う。」
「想い…だと…」
「よく考えてみろ。貴様にも、背負うべき想いがあったのではないのか?」
そう言われて、ルーラーは考えた。自分が背負うべき想いとは何だったのか。
「…兄上…」
ルーラーは遠い昔を思い出す。
『闘弍。お前の体質では、闘界覇神拳を学ぶことはできんだろう。だが、鬼宝院に生まれた者として、やらねばならんことがある。』
ある日、闘弍は拳壱から言われ、聞き返した。
『あるのですか?私がやらなければならないことが。私にも、できることが。』
『ああ。』
拳壱は教えた。
『それは、人の想いを背負うことだ。』
『想いを、背負う?』
『そうだ。我々は武術のみならず、様々な期待を寄せられている。それらの想いを背負うことが、名家である我々がやらねばならぬこと。』
『…私にはできません。兄上は才能に溢れているから、そんなことができるのです。私に寄せられている期待など、あるはずが…』
『何を言う。俺が誰よりも、お前に期待を寄せている。』
『兄上が?』
『…俺はな、お前が闘界覇神拳を学べなくてよかったと思っているんだ。あれは戦の技…使い続ければ、いずれ必ずむごたらしい最期を迎えることになる。だがお前なら、戦の技を使うことはない。俺はお前に、戦いとは無縁な、平和な世で生きてもらいたいんだ。それが、俺の期待なんだよ…』
兄からそんな期待を寄せられていたというのは、全く気付かなかった。闘弍は答えられず、黙って考え込んでしまった。
「私は、その想いを背負うことができなかった。ただ力ばかりを求めて、逃げ出したのだ。」
ルーラーは少しずつ、自分が本当にやるべきだったことを思い出していく。
「虚弱体質など、治す必要はなかった。私はただ兄上の望んだ通り、平和に生きればよかったのだ。闘界覇神拳は、戦の技。使い続ければ、必ずむごたらしい最期を迎える。兄上の死期を早めてしまったのは、私だった…」
そしてルーラーは気付く。
「愚かなのは、私だったのだ。私のせいで、無駄な争いを千年以上も…」
そう、愚かなのは皇魔達ではなく、ルーラーだった。力など、いくら求めた所で、待つのは戦いと苦痛、そして死のみ。
「そうか…そうだったのか…鬼宝院の末裔よ、私の部下達よ、すまなかった。」
ルーラーは謝る。皇魔達に、自分の部下達に。そして、
「兄上、申し訳ありませんでした。今、そちらへ、逝きます…。」
今は亡き大切な兄に。ルーラーは目を閉じ、逝った。
「…」
皇魔は振り向き、約束通りにレスティーを見た。
「…!!」
息を飲んだ。レスティーの死に顔が、あまりにも美しかったから。
(なんと…)
苦痛など欠片もない、安らかな笑顔だったから。
(なんという顔をして死ぬのだ!お前は…!!)
紗理奈は、本当に幸せだったのだ。皇魔はそれを、ようやく知った。よく見ると、光輝とさだめも安らかな顔をして死んでいる。
(白宮、桐崎、紗理奈。俺達は、勝ったぞ…)
皇魔は心の中で、親愛なる仲間達に勝利を告げた。
「…これでデザイアも終わりか…」
アプリシィは変身を解き、静かに言った。ダークスもアーサーに戻る。
「仕方ないさ。デザイアは終わらなければならなかったんだ。こんな組織は、必ず消えなければならなかった。でも、俺達だけじゃそれはできなかったんだ。彼らのおかげだよ」
言ってアーサーは、皇魔を見る。
「ありがとう…っ!!」
そしてアーサーは気付いた。
「どうしたアーサー…!?」
アプリシィも気付く。アーサーは震える声で言った。
「お、皇魔…き…君まで…!!」
皇魔は、立ったまま死んでいたのだ。覇神滅拳を放つ時、自分の命を全て使いきってしまったのである。闘界覇神拳を使い続ければ、必ずむごたらしい最期を迎える。だがルーラーが言ったむごたらしさなど欠片もなく、皇魔のその死に顔はレスティー達と同じように、非常に穏やかであった。
こうして、デザイアは壊滅した。
訓練生達の、尊き犠牲によって…。
皇魔達の犠牲により、デザイアは滅んだ。だが、まだ倒すべき敵は残っている。世界の消滅を防ぐため、ヴァルハラを倒すのだ!!
次回、『ぶつかり合う想い』。
お楽しみに!!




