第四十四話 混沌、推参
今回で、ビャクオウもパワーアップします!
「ただいまー。」
「帰ったぞネリー、ナイア。」
授業を終えて帰宅するゲイルとアンジェ。
「ああ、おかえり。」
「おかえりなさい。パパ、ママ。」
それを迎えるのは、美女と少女。
アザトースは人間の姿に退化してゲイルとアンジェの娘となり、彼らを長い間悩ませていた問題にはカタが着いた。テネリータ・プライド、通称ネリー。それが、アザトースに与えられた新しい名前だ。実はヘブンズエデンには男子寮女子寮の他に、特待生寮というものが存在している。男女を問わず、学園において優秀な成績を残した者だけが住むことを許される寮だ。エリックもここに住んでいる。ゲイルとアンジェはネリーのことを考えて、この特待生寮に同居することを決意。既に十分な功績は残していたし、エドガーも許可した。
ちなみに、エドガーと、
「私に預けるという手もあるよ?」
「「却下だ(です)。」」
というやり取りがあった。
ナイアルラトホテップは、例え人間の姿に退化してもアザトースはアザトースだ。君達だけには任せておけないという理由でヘブンズエデンに残り、この一家の執事をしている。身近な存在になったことで、ゲイル達もネリーに習ってナイアと呼ぶことにした。
「じゃあ私、ネリーをお風呂に入れてくるから。」
「頼む。俺はその後で入ろう」
「夕食は君が上がってからでいいかい?」
「ああ。」
本当に、もはや家族である。帰ってきた二人は鞄をナイアに預け、アンジェはネリーを連れて入浴。ゲイルは一足先に自室に戻ってメイリンから出された課題を始め、ナイアは夕食を準備する。
「はい、髪を洗うから目をつむってねー。」
「うん。」
「ネリーの髪の毛、ツヤツヤしてて綺麗。母親ながら羨ましいな」
アンジェはネリーの髪を洗ってやる。ネリーの髪は銀色で、お湯で濡れて光を反射し、とても綺麗だ。
「…ママの手つき、優しいから好き。」
ネリーは感情の込もっていない声で、アンジェに洗髪してもらうのは好きだと言う。アンジェはそれが何だか嬉しくて、ネリーの髪を丹念に洗ってやり、洗髪料を洗い流してから、今度は身体も洗って、先にネリーを湯船に浸からせる。自分も全身を洗ってから一緒に入り、暖まってから出た。
「はい、できた。それじゃ、行こっか。」
「うん。」
髪を拭いて身体も乾かし、二人は服を着る。ネリーの服は、アンジェが選んだものだ。それから、リビングへと向かう。
「…アンジェはここが苦手だったな…」
もらった課題は同じもの。だから、苦手な部分は互いに補うようにしている。
「ゲイル、上がったよ。」
「わかった。」
部屋に顔だけ覗かせたアンジェから聞き、ゲイルも入浴する。しばらくしてゲイルも風呂から上がり、ナイアも交えての夕食が始まる。
就寝の時は、ナイアだけ別室で、ゲイル達三人は同じ部屋だ。ナイア曰く、家族の部屋に自分一人入るのは野暮、らしい。ネリーはこうしないと夜寝られない。彼女が覚えた数少ない感情の一つ、『寂しさ』だ。
「パパとママがいてくれないと、落ち着かないの。」
「やっぱりそうだよね。私もネリーと同じくらい小さかった頃、そうだったもん。パパとママが二人ともいないと、怖くて不安で、全然寝られなかったの。」
川の字でベッドに入って横になりながら、アンジェはネリーの頭を優しく撫でてやる。
「怖い?不安?私は怖いって思ってるの?これが不安なの?」
「怖い、か…どちらかというと、不安の方が強いだろうな。俺も子供の頃はそうだった」
「…え」
ネリーの質問に答えるゲイルを見て、思わずアンジェはネリーを撫でる手を止めた。
「…何だその顔は?」
「…いや、意外だなって…ゲイルもそんな頃があったんだね…」
「失礼なやつだな。今でこそこんな身体だが、俺も人の子だぞ?それぐらいの経験はある。」
「そ、そうだね…ごめん…ゲイルはしっかりしてるから、不安とかそういうのとは無縁な子供時代を過ごしたんじゃないかなって…」
正直言って、ゲイルにも両親に甘えていた頃があったというのは、アンジェにとってかなり意外だった。
「…今でも不安に苛まれてるような俺に、そんな理想的な時代はなかったさ。」
ゲイルは、結構突っ込んだ質問でも、アンジェ相手なら普通に答えてくれるようになった。成り行きとはいえ、夫婦という関係になってしまったからだろう。まぁ、戸籍に関しては何もしていない疑似夫婦だが。
「ねぇ、パパとママのパパとママって、どんな感じだったの?」
「俺達の両親か?そうだな…普通、と言えばいいか?」
「普通?」
「そう。普通だ」
ネリーに質問されて、ゲイルは一瞬返答に困ってしまった。実際、普通としか答えられなかったからだ。ネリーはゲイルとアンジェ以外の両親を知らないので、わからないらしい。
「そういえば、俺はアンジェの両親について何も知らなかったな。理事長と知り合いだったらしいが…せっかくだから聞きたい」
「私のパパとママ?う~ん…やっぱり、普通、かな?」
「そんなわけあるか。あの理事長と知り合いだったんだから、ただ者じゃないだろう。」
「だって、パパもママも自分の仕事のことなんて、全然教えてくれなかったんだもん。でも、一つだけ言えるとしたら…」
「何だ?」
「…優しかったこと、かな…」
「…」
アンジェには、そう感じた。特に、彼女の母は優しかった。アンジェが自分の力のせいでいじめられるようになった時、言って聞かせたのだ。どんなに自分がつらい目に遭っても、決して相手を恨んではいけないと。そして、アンジェがその死に目に立ち会った時も、アンジェの母は自分を迫害してきた者達を恨むことはなかった。
「…私はもう少し、ママのいい所を受け継ぐべきだったんだろうなぁ…」
「馬鹿を言うな。お前にはお前の良さがある。いくら親子とはいえ、一緒にはならない。」
「…本当にそう思う?」
「ああ。」
「神に誓って?」
「俺は神には誓わない。俺自身が神だからな」
「…ぷっ、そうだね。」
ゲイルが言ったことがあんまりおかしくて、アンジェは吹き出してしまう。と、
「…ネリー?」
いつの間にか、ネリーが眠っていることに気付いた。
「…寝ちゃったみたい。あんまり難しい話してたから」
「俺達も寝よう。もう冬休みは終わったんだから、早く勘を取り戻さないとな。」
「うん。おやすみ」
間もなくして、ゲイルとアンジェも眠りについた。
*
翌日。
「じゃあ行ってくる。」
「行ってきます。」
「ああ。行っておいで」
「行ってらっしゃい。」
今日も授業があるので出掛けていくゲイルとアンジェ。それを見送るナイアとネリー。寮にいる時はもちろんネリーの相手をしている二人だが、授業がある日など寮にいない場合はナイアにネリーの世話と家事全般を任せている。人間の執事として働いたことは何回かあるので、手慣れたものだそうだ。一方ネリーは、八歳か九歳にしか見えない容姿にも関わらず読書をして過ごすことが多い。どうやら人間に退化する際、盲目だった自分の目は治したようだ。早い時では、分厚い本を一日に三冊くらい読んだりする。しかも、内容は完璧に把握しているというハイスペックな記憶力だ。ぅゎょぅι゛ょっょぃ。
失礼。とにかく手はほとんど掛からないし、有能な執事もいるので、ゲイルもアンジェも安心して登校できた。できたのだが、実は一つだけ問題がある。それは、ここが特待生寮だということ。そしてこの特待生寮にはエリックが住んでいるということだ。だから、登校する時にエリックと遭遇する可能性が高い。
「…」
今回も、ゲイルとアンジェはエリックに遭遇していた。数秒の間互いは見合っていたが、やがてエリックの方から先に行ってしまう。
「エリック!」
ゲイルはエリックに呼び掛け、エリックは振り向く。だが、そこから掛けるべき言葉が見つからず、
「…いや、すまなかった。何でもない」
と言う。エリックは特に気にした様子もなく、また登校していった。
ヘブンズエデン。
「ようバカップル。新婚生活は慣れたか?」
狩谷がゲイルとアンジェを茶化す。
「やだなぁ。付き合ってるけど、そこまでアツアツじゃないってば!」
照れながら答えるアンジェ。
「娘がいるだけだ。婚約しているわけじゃない」
「でも、いつかはアンジェと結婚するつもりなんでしょ?」
「…」
「…いや、真面目に考えないでよ。」
空子に訊かれて、黙ってしまうゲイル。なんだかんだで彼もまた、心からアンジェを愛している。本当に結婚まで考えているのだ。
「いいなぁ…僕も子供欲しいなぁ…」
「…えっ?」
光輝はゲイルとアンジェに娘ができたことを羨ましがり、さだめを見た。
「…もう一つ先のステージに行っちゃおうか。」
「えっ?えっ?」
光輝はさだめの両肩を掴む。押し倒すつもりだ。
「ちょっ、光輝ストップ!嬉しいけどこんな所じゃだめぇ!!」
「嬉しいんだ…」
若干引きながらツッコミを入れるレスティー。
「よさんか馬鹿者。」
「ごはっ!!」
光輝の暴走は、師匠皇魔が鉄拳を脳天に叩き込んだことによって止まった。
「…ところで、ネリーの様子はどう?何か変化はあった?」
真っ赤になってうつむき両手で自分の胸を隠しているさだめと、目を回してひっくり返っている光輝を無視して、レスティーはゲイルにネリーの様子を訊いた。
「変わりない。」
「感情については?」
「…理解してはいるようだが、覚えた感情を表現できるところまではこぎつけていない。」
感情を理解することと、それを表現することは違う。ネリーは徐々に感情を覚えていってはいるのだが、覚えた感情をどう表現するかがわかっていないようだ。彼女が読書に励んでいるのも、感情表現の方法を理解するため。だが、この先いくら本を読んでも、ネリーがそれを理解することはないだろう。学ぼうと思って学べるものではないし、教えようとして教えられるものでもない。本人が気付く以外にないのだ。
「アザトースの力はとりわけ強い。狂った理知ではいつその力を暴走させるかわからんから、暴走の引き金となりうる感情を消した、か…正しい方法ではある。だがそれにしても、あの子は自分の意思というものが希薄すぎる。」
「…気長に見ていくしかないさ。ネリーはいろんな意味で、特別な子供だからな。」
そもそも、子育てなんてやったこともない。だが、ゲイルもアンジェもゆくゆくは家庭を持たなければならない身だ。それが少しばかり早くなっただけだろうと、二人は割り切ることにした。
「意思といえば…」
さだめはある方向を見る。そこにあるのは、エリックの席。しかし、今エリックはいない。ヤディス=ゴーでの一件以来、エリックは授業にも出ず、屋上でぼんやりしていることが多くなった。それで卒業できないということはないだろうし、また不必要にゲイルに絡んでくることもなくなったのだが、少し心配だ。
「エリックは危ない人だけど、こうも何もしないと逆に気掛かりっていうか…」
「あーアレだな。鬱陶しいやつほど黙ってると不気味に感じるってやつだ。俺も経験あるわ」
さだめの不安に共感する狩谷。とはいえ、気難しいエリックが相手だ。下手な接触は余計な刺激になりかねない。
「…そうだ。あいつに頼もう」
ゲイルは廊下に出る。ある人物に連絡するためだ。頭の通信回路を使う。
「はいもしもし。」
出たのはナイア。
「ナイア。すまないが、頼みを聞いてくれ。」
ゲイルはエリックの様子について話す。
「なるほど、それでボクの手を借りたいってわけだね?」
「ネリーを寝かしつけた後でいい。頼んだぞ」
「了解。」
ゲイルは通信を終わった。
*
エリックは昼過ぎになってもやはり授業には出ず、まだ屋上で空を見ながらぼんやりしていた。
「やあ。」
そこへ、一人の訪問者が。
「…ナイア。何の用ですか?」
「いや、君の様子が少し気になってね。ここ、空いてるかい?」
「…どうぞ。」
エリックは突然現れたナイアを特に拒絶もせず、かなり普通に同席することを許した。その時、エリックが見せた目を見て、ナイアは感じた。ああ、これは諦めているな、と。ゲイルと戦うことのみではない。全てだ。生きることも、本当に全て。
「…ゲイルに言っておいて下さい。あなたに余計な気遣いをされるつもりはないと」
(鋭いな…)
エリックは既に、ナイアがゲイルに言われて来たことを見抜いている。相変わらず、よく頭が回る男だ。
「それより、いいのですか?自分の主を置き去りにしてきて。」
「お嬢様なら、ちゃんと寝かせてきたから問題ないさ。それに、ボクとしても君には興味がある。」
「物好きですね、あなたも。まぁ、あなたはそれが楽しいんでしょうけど。」
「まぁね。それより…」
エリックからの皮肉を受け止めながら、ナイアは本題に入る。
「君さ、最近元気ないよね?っていうか、生きようという意思すら感じられない。彼に負けたことがそんなにショックだったのかい?」
「…ええ。唯一勝っていると思っていた美しさでも、私は負けた。あのアインソフオウルモードを見た瞬間に、私とゲイルの差は完全に格付けされてしまったんです。」
「…確かに、君がアレに勝てるとは思えないねぇ。このボクでさえ、相当苦労したんだ。結果は引き分けみたいなものだけど」
エリックでは、引き分けに持ち込むことさえ不可能だろう。もはや、そこまで差が開いてしまった。ゲイルに挑むことは、ある種の生き甲斐だった。しかし、絶対に無理と言えるほど明確に力量差をつけられてしまった今、その生き甲斐もまた消えてしまったのだ。これでは気力をなくしても仕方ない。
「まぁ仕方ないさ。彼らには、譲れないものがある。アレはその結果。でなきゃそもそもヘブンズエデンなんて変人の巣窟には…」
と、ナイアは思い付いた。
「そういえば、君はどうしてヘブンズエデンに来たの?」
こんな人生にはぐれたような連中のたまり場に来るなら、それ相応の理由があるはず。ゲイル達と交流する中で、ナイアはそれを知った。だから、話題をこの理由を聞き出すことに変えることで、エリックの気分転換を狙ったのだ。今の全てに諦めてしまっているエリックなら、必ず乗ってくれるだろう。
「…あなたになら話しても構わないでしょう。理解できるかどうかは別ですが」
案の定、エリックは話に乗ってくれた。
*
それは、今から六年ほど前の話である。まだ髪が黒く、肌が肌色だったエリックは装甲車に乗せられていた。アフリカに傭兵として派遣されているのである。世界中のあらゆる場所に送り出されていたエリックにとって、それはもう慣れた感覚。
(いつまで続くんだ。こんな地獄みたいな毎日が)
こう疑問に思うことも、慣れていた。ああ、また自分はこんなことを考えている、と。少年兵として、戦うためだけの存在として生まれた自分が生きられる場所など、戦場以外のどこにもないなんて、わかっているはずなのに。兵士は道具だ。使い捨ての道具だ。社会的に高い地位を持つ人間の駒だ。いくらでも代えがきく駒だ。そして自分は、その兵士だ。世界の最底辺で、踏まれながら生きている人間なんだ。だから今まで、ずっと道具として扱いを受けてきた。人間として扱われたのは、兵士に育て上げられるまでの間だけ。それ以降はずっと駒扱い。殴られ蹴られ、銃で手足を撃ち抜かれた。ナイフで動脈を切られた。それでも何とか助かった。生き続けることができた。けど、その運の強さはいつまで続くかわからない。明日死ぬかもしれない。一秒後には自分の命は終わっているかもしれない。そんな恐怖と緊張の中で戦ってきた。死にたくない。生きたい。だが、いくらそう思っても、自分は傭兵だ。傭兵は戦場に送り込まれる。戦場には死が溢れている。今度も自分は、恐怖が溢れる戦場に送り込まれるのだ。
そう思っていた。彼女に出会うまでは。
「みんな、よく来てくれたね!私はみんなを心から歓迎するよ!」
自分を迎えた彼女の態度に、エリックは呆気に取られた。今まで自分を迎えた者は、まず罵声を飛ばしてきたものなのだが、そんなものとは全く違う労いの言葉。歓迎の言葉。エリックを迎えたのは、生まれて初めて味わった本当の暖かさだった。
彼女の名は、ビアンカ・モーゼル。エリックが派遣された対テロ特殊組織、『サンライズ』の隊長の一人だ。ビアンカはフレンドリーな態度で、エリックと一緒に派遣されてきた兵士達に一人一人、握手していた。そして、エリックの番。
「君がエリックね。活躍はよく聞いてるよ」
手を出すビアンカ。一方エリックは、手を出さない。ビアンカみたいな人間に出会ったのは初めてで、どうしたらいいかわからないのだ。
「握手だよ!握手!」
ビアンカは無理矢理エリックに握手させた。
「どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「え?い、いえ…」
「もう…後で私の部屋に来て。いろいろ話したそうだから」
「は、はい…」
戸惑うエリックの態度に業を煮やしたビアンカは、個人的に話をするためにエリックに後で自室に来てもらうように言う。さすがにここではまずい。
ビアンカの自室。
「改めまして、ビアンカ・モーゼルです。まだ子供なのに、ウチの事情に付き合わせたりしてごめんね。」
「い、いえ…」
「困ったことがあったら何でも言って。私が何とかするから」
ここまで親身になって接してくる人間を見たのは、初めてだった。ビアンカは出会った兵士全てに、心を込めて接しているそうだ。だから、エリックにもそうするのだという。道具でしかない自分達になぜそこまでするのか、エリックは訊いてみた。
「だって、君達は兵士だもの。」
「…そ、それだけですか…?」
「それだけだよ。私が君達と仲良くする理由としては、それで十分。」
仲良く。そんなこと、考えたこともなかった。
「…私は兵士ですよ?兵士は道具です。道具と馴れ合うなど、おかしなことだとは思わないのですか?」
それは、エリックが教え込まれてきた常識。事実、ビアンカのもとに来るまで彼と仲良くなろうなどとした上司や同僚は、一人もいなかった。だが、ビアンカはこう言った。
「…君が何をどう吹き込まれて育ったのかは知らないけど、私にとって兵士は道具なんかじゃない。血の通った人間であり、信頼できる仲間。少なくとも、私はそう思ってるよ。っていうか、兵士ならなおさら仲良くしなきゃ。」
「な、なぜ?」
「兵士って強く見えるけど、本当は誰よりも心が弱いの。だから、普通の人間よりも気遣ってあげないと。」
信じられなかった。兵士を人間扱いし、仲間と呼び、繊細に気遣う人間が存在するなど。それから、ビアンカはエリックを抱き締めた。
「可哀想に…まだ小さいのに、相当苦しい戦いを経験してきたんだね。」
「や、やめて下さい!」
エリックは慌てて離れた。ビアンカがやってくることが初めてなことばかりで、戸惑ってしまったのだ。と、
「あっ…」
エリックは今さら気付いた。ビアンカは真っ白な軍服を着用しており、ビアンカが抱き締めてきたことでエリックの身体の泥が付いてしまったのだ。
「服が…」
「えっ?ああ、気にしない気にしない!この仕事してればよくあることだし。」
エリックはここで、また疑問に思ったことを訊いてみた。なぜあなたは、そんな綺麗な軍服を着ているのですかと。
「好きだからだよ。」
また簡単な理由である。
「…いくら好きだからとはいえ、戦場では不向きなのでは…?」
再び尋ねるエリック。
「確かにね。でも、ただ好きだから着てるわけじゃないよ。」
「どういう意味ですか?」
「白は本当の強さと真の勝利を意味する色。そして、平和の色。いつか平和っていう勝利を勝ち取れるよう、この服を着てるの。」
「ですが、その色が汚れてしまっては…」
「服は汚れても洗えばいい。心さえ白いままなら、何も問題はないの。この服は自分の決意を強く保つためのものでもあるんだから」
呆れた女だった。そんな思想論で何とかなるなら、世界はとっくに平和になっている。自分のような存在は生まれていない。
だが、エリックはなぜか彼女を嫌いにはならなかった。否、かつて出会ったどの上司よりも信頼できた。会って間もない関係だが、彼女と一緒に戦えるなら怖くないと思えたのだ。
だが、エリックがビアンカの下にいられたのは、僅かな間だった。
あるテロリストグループから、人質百名を救出するという任務に就かされたエリック。その任務には、ビアンカが同行した。二人が所属する部隊の目的は、敵の陽動。彼らがテロリストの目を引いているうちに、別動隊が人質を解放するという作戦だ。
だが、相手は予想以上に強敵だった。陽動部隊に所属していた者は次々と倒され、気付けば残ったのはエリックとビアンカの二人だけ。だが、エリックは負ける気がしなかった。そばでビアンカが一緒に戦ってくれていたからだ。それに、例え死ぬことになったとしても、彼女の部下として死ねるなら本望。しかし、その時ビアンカの無線に連絡が入った。テロリストの規模は予想以上に大きく、人質救出はかなり難航しているとのこと。そこで、
「エリック。ここは私が引き受けるから、君は人質救出の援護に回って。」
エリックを行かせることにした。
「何を言うんですか!!あなた一人になったら、死んでしまいます!!」
今はエリックとビアンカの二人がいるから食い止められているようなものだ。どちらか片方だけでも離れれば、この均衡はあっという間に崩れる。
「私だってサンライズの隊長だよ?そうそう甘く見ないで。君一人いないからって、こんな連中に負けたりするほど弱くない。」
「ですが!!」
「いいから行って!!私の命より、たくさんの命を救うことの方が大事だよ!!」
ビアンカはエリックを突き飛ばし、敵の部隊に向かって突撃する。
「隊長!!」
エリックは、ビアンカの命令を無理矢理はね除けて一緒に戦うこともできた。だが、たった一人の命よりも大勢の命を救うことの方が大切だということは、よくわかっている。
「くっ!!」
だから、断腸の思いでエリックは人質の解放に向かった。
「…それでいいよ。」
ビアンカの言葉を背に受けながら。
エリックが回ったことで、人質救出は成功した。事を済ませた後、すぐにビアンカを救おうと戻ってきたのだが、
「…っ!!」
見たのは、ビアンカの死体だった。白かった軍服は血で真っ赤に染まり、完全に息絶えている。
彼の髪と肌が白く染まったのは、その死体を見た瞬間からだった。
「以来、私はずっと考えているんです。あの時私が選んだ選択肢は、本当に正しかったのかと。」
ビアンカとともに戦い人質を見殺しにするか、人質を救ってビアンカを死なせるか。どっちが正しかったのか、エリックにはわからない。
それから時は流れ、エリックはキャスリン王女の王国に雇われた。
「最初王女を見た時、私はこれ以上ないほど驚きました。王女は隊長と瓜二つだったのです」
言葉遣いが違うというところを除けば、容姿も白が好きだという点も、全てがビアンカそのものだった。キャスリンは最初エリックを見た時、とても綺麗だと言ってくれた。エリックはそれがとても嬉しかった。彼はビアンカの死後、自分の身体を染め上げた白を誇りに思っていたのだ。ビアンカの魂が自分に受け継がれたような気がしたから。意を決して、エリックは自分が経験したことを話し、自分の選択は正解だったのか、間違いだったのか、それを訊いた。
『…わかりません。ですがあそこに…ヘブンズエデンに行けば答えが見つかるかもしれません。』
国の王女に、兵士間の問題がわかるはずはない。だが、同じ兵士ならその答えを教えてくれるかもしれない。そう思って、キャスリンはエリックにヘブンズエデンへ行くことを勧めたのだ。つまり、キャスリンとの出会いがヘブンズエデンに来るきっかけとなったのである。
「しかし、私は未だに答えを見つけられずにいます。もしかしたら、この答えは永遠に出ないのかもしれませんね。」
同じ兵士にも出せない以上、それ以外の者に見つけられるはずがない。だが、それでも、
「…一応訊いてみましょうか。ナイア、あなたは私がしたことは正しかったと思いますか?それとも間違いだったと思いますか?」
やれるだけのことはやる。目の前にいる神に訊いてみた。
「間違いだね。」
即答だ。少し驚いたが、エリックはやっぱり、と思った。あの時ビアンカを守れなかったことが、ずっと彼の未練になっているからだ。彼女を救う道を選んでいれば、こうはならなかったろう。
だが、ナイアの返答はまだ終わっていなかった。
「かといって、上司を助ける道を選んだところで、それも正解だったとは言えないね。」
なんと、どちらを選んでも間違いだったと言うのだ。ならどうすればよかったのか、とエリックは訊く。
「どっちも助ければよかったんだよ。」
「…だから、それができない状況だったと」
「なんでできないって決めつけるのさ?頭のよく切れる君なら、やりようはいくらでもあったはずだよ?もっともっと万全に準備して挑めば、そんなバカみたいな選択は迫られなかったはずだ。」
バカみたいな選択と言われてエリックは怒りかけたが、冷静になってよく考えてみる。今思ってみれば、まだまだ準備の余地はあった。戦い方もあったし、どちらも助けられたかもしれない。
「頭は冷えたかい?つまり、君は作る必要のない選択肢を勝手に作って、自分を追い詰めてただけなんだ。」
確かにそうかもしれない。
「っていうかさ、君は自己満足でゲイルの命を狙ってただけだよね?そんなことをして、君の上司が喜ぶと思うかい?彼は今でも君を目標にし続けてるってのにさ。」
ナイアに言われて、また考える。ビアンカは、心さえ白いままならいいと言っていた。なのにエリックの心は、ゲイルへの恨みでどす黒く染まってしまっていた。見た目ではエリックの方が白いが、心が白いのはゲイルの方だ。エリックは実力だけを重視していたが、一番大事な心で、最初から負けてしまっていたのだ。これでは勝てないのも、実力が離れてしまうのも頷ける。
「ホント人間ってどうでもいいことで悩むよね。ボクなんかもっとすごいことで悩んでるのにさ」
「…は?」
這い寄る混沌にも悩みがあるということが信じられず、エリックは耳を疑った。
「…どう見ても悩みがあるようには見えませんが…」
「全く、君の目は節穴か曇りきってるのか…まぁ君が自分の過去を教えてくれたわけだし、特別にボクの悩みを教えてあげようかな。」
「結構です。」
「遠慮するなよ。」
エリックは断ろうとしたが、ナイアは無理矢理聞かせようとしてくる。仕方ないので聞くことにした。
「ボクの主人アザトースは人間となり、人間に育てられることを選んだ。これが何を意味しているかわかるかい?」
「…いいえ。」
「ボクの存在が不要になるってことだよ。ボクだけじゃなく、ヨグ=ソトースやシュブ=ニグラスもね。」
ナイアを初めとする三柱の神は、アザトースの意思を代行する存在として創られた。しかし、家族というかけがえのないものができた今、もう彼らは必要ないのだ。
「お嬢様はいずれ完全に力を取り戻す。そうなれば、封印された神々の復活は容易になる。もうボクが飛び回る必要はないんだ」
封印された神々の復活は、ナイアがアザトースから与えられた最も重大な使命。が、いずれナイアなしでそれは成し遂げられるようになる。つまり、ナイアが生まれた意味がなくなるのだ。そもそも、今のアザトースがそれを望んでいるかすら定かではない。だから今はまだ支えている身だが、本当は自分は必要ないと思われているのではないかと恐れているのだ。
「あなたはアザトースの従者として生まれたのでしょう?なら従者として支えればいいじゃないですか。」
「自分を幸せにしてくれる両親がいるのに、今さら従者なんて欲しいと思うかい?」
エリックは返答に困った。従者が欲しいなんて思ったことはないし、まして従者になったこともない。
「ボクはどうしたらいいんだろう?君はどう思う?」
そう尋ねるナイアの顔は、いつになく真剣だった。彼女は生まれた時から常にアザトースに頼られ、アザトースのために働いていた。だから、アザトースに必要とされなくなったことがないのだ。
と、エリックはナイアの右目から、涙が頬を伝って流れていくのを見た。ナイアは眼鏡を外すと、片手で涙を拭う。
「…あなたでも泣くことがあるんですね。」
「そりゃ泣くさ。ボクも混沌だからね。混沌は全てを内包するもの。真実も、虚構も、完全も、不完全も、強さも…」
そこでナイアは言い淀み、
「強さも…」
同じ言葉をもう一度繰り返す。
「…弱さも?」
エリックが強さの対極となる言葉を紡ぐ。ナイアは無言で頷いた。エリックはナイアに言う。
「直接確かめてみれば良いのでは?」
「えっ?」
「自分が本当に必要とされていないかどうか、本人に直接訊いて確かめてみれば良いんですよ。」
考えてもみない方法だった。神でありながらアザトースをさらに神格化しているナイアにとっては、恐れ多くてできなかったことだ。
「でも…」
しかし、それは今でも変わらない。アザトースはナイアより遥かに力の劣る存在となってしまったが、そんなこと訊くのが怖いのだ。もし本当に必要ないと言われてしまったらと思うと…
「人間にはもっと図太いことができるくせに、主人にはできないんですね。」
「…」
ナイアは答えられない。エリックからすればそれこそバカな悩みだが、ナイアにとっては大真面目だ。
「人間の魂なんて厄介の種だね。ボクも君のことを笑えないや…」
クトゥルフ神話の邪神の中で、唯一人間の魂を与えられたナイアルラトホテップ。だが、彼女からすればこんなものは不要だった。これさえなければ、他の神のように気ままに暴れられたのに。
「どうやら、私とあなたは似た者同士なようですね。」
オリジナルのナイアルラトホテップと、その模造品のメタルデビルズ。似た者同士と言えば、確かにそうかもしれない。
「さて、私はもう行きます。」
「行くってどこへ?」
「授業ですよ。一応学生ですし、傷心期間もいい加減終わらせないといけませんしね。」
どうやらナイアとの会話の中で何かが吹っ切れたらしいエリックは、授業を受けるところまで精神が回復したようだ。
「どうぞご自由に。」
エリックは歩いて教室に、ナイアは転移魔術で寮に帰った。
寮に着いたナイア。まず、寝室を確認する。ネリーはまだ眠っていた。
「…お嬢様。」
ネリーに近付いたナイアは、優しく語りかけながらネリーの顔を撫でる。こうして見てみると、彼女の正体がおぞましい邪神であるということは想像できない。
と、
「!」
電話が鳴った。少しでも電話の音を少なくするため瞬間移動で電話の所へ行き、受話器を取る。
「はいもしもし。」
「ああ、ナイアかい?私だよ。」
「エドガー博士。」
電話の相手はエドガーだった。
「ちょっと大事な用件があるんだ。今すぐ来てもらえないかい?」
「いいよ。じゃあすぐ行く」
ナイアは受話器を置くと、もう一度転移魔術を使ってヘブンズエデンに戻った。
*
放課後。
いつものように帰路につくゲイル達四人。今回はネリーのために、書店に寄る。
「しかし、あの年代で本を欲しがるなんてなぁ…」
「やっぱりネリーちゃんは特別よね。」
狩谷と空子はネリーが本を好むということに驚いている。ちなみに、ネリーはマンガも小説も、どんな本でも読む。
「俺達も最初は驚いたが、もう慣れた。」
「本が好きだっていうのはいいことだしね。」
楽しそうに話をするゲイルとアンジェ。狩谷と空子はあの戦いの後から交際を始めたのだが、ゲイルとアンジェほど今の関係を楽しんでいるわけではない。やはり、養女とはいえ子供がいるのといないのとではここまで違うのだろうか。
そう思っていると、凄まじい轟音が聞こえた。
「何だ!?」
狩谷が驚いて振り返ると、そこには多数のヘルポーンと、五体の巨大なロボットがいた。
「あのロボットの形状は…!!」
ゲイルは、ゲイル達はロボットの姿に見覚えがある。夏休みに戦った、ビッグデュエルだ。だが、右肩にキャノン砲が装備され、マシンガンを持っていたり、外装が少々異なっている。
「ビッグクルセイド。ビッグデュエルを解析して生み出した、ヴァルハラの新戦力だ。長らくかかったが、ようやく形になってな。」
それを説明したのは、物陰から現れた影斗だった。
「木林影斗!!」
「久しぶりだなお前ら。ちったぁ腕上げたか?」
身構える空子。影斗はニヤニヤと笑いながら言う。
「落ち着け空子。奴とは俺とアンジェが戦う。お前と狩谷は、あのビッグクルセイドとかいうロボットを潰せ!」
「わかった!」
「おう!」
狩谷と空子は互いに戦闘体勢を整え、ビッグクルセイドに向かっていく。影斗はそれを止めるでもなく、
「スタイルコンバート」
ベルセルクに変身した。
「アデル、起動」
ゲイルもアデルに変身し、アンジェも覚醒する。
「本当にたった二人でオレと戦うのか?」
「ああ。あの時の俺達とは違うぞ!!」
アデルとアンジェは正面からベルセルクに挑む。振り回されるアームズベルセルクをかわすアンジェと、プライドソウルで受け止めるアデル。そのまま打ち合い、互角の勝負を展開する。
「へぇ、言うだけのことはあるらしいな。」
しかし、再改造を受けたアデルでさえ、ベルセルクは仕留めきれない。アンジェも同じだ。
「モタモタしてていいのか?あいつら、苦戦してるぜ?」
ベルセルクが親指で差す。その方向には、ビッグクルセイドをうまく破壊できずに苦戦する狩谷と空子。
「オラァッ!!」
それに気を取られた隙に二人を攻撃するベルセルク。その時、
「パパ?ママ?」
なんとネリーが出てきた。戦いの音に驚いて飛び起きたネリーは、様子を見に来たのだ。
「ネリー!!危ない!!逃げろ!!」
ネリーに逃げるよう言うアデル。ベルセルクはネリーに顔を向ける。
「何だぁ?オレはガキが嫌いでな。見てるとぶち殺したくなるんだよ」
「!?やめてっ!!」
止めに入ったアンジェを拳で払いのけ、
「オレの視界から消えやがれ!!!」
ベルセルクボムでネリーを攻撃した。ネリーはかわすこともせず、ベルセルクボムを受けて大爆発が起きる。
「ネリー!!貴様ァァッ!!!」
アデルは怒ってイグニスドライブを使い、ベルセルクにがむしゃらに攻撃を仕掛ける。
「あのガキはそんなに大切だったのか?ハッ!だったらしっかり管理しとけよ!!」
再改造を受け、イグニスドライブすら発動したアデルとも互角に渡り合うベルセルク。どうやら今まで本気ではなかったようだ。
「ネリー!!」
アンジェはネリーの安否を確認するため、爆発があった場所に駆け寄る。
そこでアンジェは、信じられないものを目にした。
ネリーは無事だったのだ。ベルセルクボムの直撃をもらったはずなのに、全く揺らぐこともなく佇み、その肌には傷一つない。ネリー自体にダメージはないのだが、
「…ママからもらった服が…」
服がボロボロになっていた。
「ネ、ネリー…?」
語りかけるアンジェを無視して、ネリーはアデルと戦うベルセルクを睨み付ける。今まで感情を映したことのない彼女の顔だが、その目はすわっている。それは、怒りの感情の表現。そして、ネリーが消えた。と思った時はアデルとベルセルクの間に割り込んでおり、
「がはっ…!!!」
ベルセルクのみぞおちにアッパーを喰らわせて天高く殴り飛ばした。
「なっ!?」
驚くアデルを無視して、再びネリーの姿が消える。今の一撃で成層圏をぶち抜いて宇宙まで達したベルセルクだが、今度はネリーに背後からかかと落としを喰らい、地面に叩きつけられて巨大なクレーターを作る。先ほどと同じように超高速で移動したネリーは、倒れているベルセルクの頭を掴んで持ち上げ、殴りつけて200mほど吹き飛ばす。
「こ、こんなに強かったのか…お前は…!!」
アデルはその様を見ながら驚いている。ネリーは元アザトース。クトゥルフ神話最強の神だ。人間の少女に退化することで能力は九千垓分の一以下に落ちてしまったが、惑星の十個や二十個は簡単に破壊できる。宇宙に出てもへっちゃらだ。加えて、ナイアはネリーに魔術や戦闘の指南までしている。ネリーが本来の力を取り戻した時、それを制御するためだ。ぅゎょぅι゛ょっょぃ。
「…謝って。」
ネリーは立ち上がったベルセルクに言った。
「悪いことをしたら謝るって、パパとママに習ったの。だから、あなたも私に謝って。」
それは、至極当然のこと。だが、ベルセルクは目の前にいる少女の姿をした圧倒的な存在に、そんなことを言えなかった。認めたくなかったのだ。自分がこんなわけのわからない存在に一方的にやられているなど。
「何なんだよ…てめぇは一体何なんだよ!!!」
怒りと焦りに任せてアームズベルセルクを振るう。それを魔力弾で迎え討とうとするネリー。
しかし、その直前にビャクオウが割って入り、ベルセルクを斬った。
「ぐあっ!!」
奇襲を受けてよろめいたベルセルクと、乱入者を前にして魔力弾発射をやめるネリー。
「…あなたは戦ってはいけません。」
ビャクオウはネリーに諭すように言った。
「えっ…」
「あなたの両親は、あなたに争いとは無縁な平和な世界で、幸福になってもらうことを願っています。それなのに、あなたが戦っている姿を見たらどう思うと思いますか?」
「…あ…」
ネリーは完全に怒りで我を忘れていた。そんな彼女のもとへ、アデルとアンジェが駆け寄ってくる。
「ネリー!!」
「大丈夫!?怪我はない!?」
「…うん」
「…その子は任せます。私は木林影斗を!!」
ビャクオウは単身、ベルセルクと戦う。
「…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
ネリーは無表情なままだが、目からボロボロと涙を流して二人に謝り続けている。
「お前が無事ならいい。」
「でも、ママからもらった服が…」
「服ならまだいっぱいあるし、また同じのをいくらでも買ってあげる。でも、あなたに代えはないの。だからここはパパとママに任せて、隠れてて。ね?」
「…うん。」
ネリーは二人に説得されて、物陰に隠れる。
「本気を出すぞ、アンジェ!!」
「うん!!」
「「エルピスシステム起動!!コード・アインソフオウル!!!」」
二人はエルピスシステムを起動し、アインソフオウルモードとなる。
「ぐうっ…!!」
ビャクオウはやはり、ベルセルクに圧倒されていた。
「エリック!!手を貸すぞ!!」
「手を出さないで下さい!!」
アデルはビャクオウを助けようとするが、ビャクオウはそれを拒否する。
「へぇ、それがお前達の新しい力か!!」
ベルセルクはヴァルハラのスパイによって、アインソフオウルモードの存在を知っている。ヤディス=ゴー戦の決め手となった力と戦えることを知って精神を高揚させるベルセルクだが、
「勘違いしないで下さい。あなたの相手は私です!!」
ビャクオウが打ち合う。
「私なら心配ありません!!あっちのゴミどもを助けにでも行ったらどうですか!!」
「無茶をするなエリック!!」
『ゲイル!!狩谷くん達も危なそうだよ!!』
「くっ…俺達が雑魚を全滅させるまで、死ぬなよ!!」
仕方なく狩谷達を助けに行くアデル。
「お前じゃオレには勝てねぇよ!!」
「がっ!!」
ベルセルクはビャクオウの腹を蹴り飛ばして転倒させる。
「う…おおおおおおおおおおおお!!!」
ビャクオウは転倒したまま、ベルセルクに連続で射撃する。
(…認めましょう。ゲイル、あなたは間違いなく最強の傭兵です)
だから、もう命を狙うことはしない。しかし、それでもビャクオウは、エリックは戦いたかった。理由は、勝ちたいから。ビアンカの死を目の当たりにして以来、彼の中から死への恐怖は消えた。逆に、敗北への恐怖が生まれた。負けてしまえば、自分が今まで得たものが、生きてきた意味が、ビアンカから受け継いだ魂が、全て消えてしまうような気がしたから。
「だから私は負けない!!せめてあなただけは私一人の手で倒す!!!」
ひたすら撃ち続けるビャクオウ。
「だったら教えてやるよ。本当の敗北は、死だってことをなぁ!!」
ベルセルクは射撃を受けながら突撃し、アームズベルセルクを振りかぶった。
(…ああ、終わった…)
死を覚悟し、勝利を諦めるビャクオウ。
しかし、
「諦めるのはまだ早いんじゃないかなぁ?」
ナイアが割り込み、ベルセルクを蹴り飛ばした。
「ぐわっ!!」
吹き飛ぶベルセルク。
「ナイア!!どうしてここに!!」
「話は後だ。」
ナイアがビャクオウに向かって片手をかざすと、二人をバリアが包む。
「今から君に再改造を施す。」
*
話は少し前に遡る。エドガーに呼び出されたナイアは、ビャクオウの再改造について話を聞かされた。
「なぜボクを呼ぶ必要があるんだい?アデルにやったような再改造をすればいいだろう?」
「そう思ったんだが、ビャクオウは君を基にしたメタルデビルズだ。もう少しひねりのある再改造をしたくてね」
「…なるほど。」
「それで、ぜひともオリジナルのナイアルラトホテップである君からアイディアをもらいたいんだが…」
「いいよ。まず、再改造の構想を聞かせてくれ。」
エドガーは言われるまま、再改造の構想を聞かせる。
「それでパワーアップの肝となるのがこれだ。アーサー」
「はい。」
アーサーはエドガーに言われて、あるものを持ってきた。それは、ホワイトスイーパーをそのまま黒く塗り潰したかのような、黒いガンブレードだった。
「ブラックインフィニティー。これは中にシルバーキーシステムという機能が内蔵されている。異なる空間からビャクオウへ、無限にエネルギーを供給するシステムだ。」
「ほう、すごいじゃないか。」
「ただ、シルバーキーシステムと、ビャクオウの動力、トラペゾヘドロンが同調しないと、バランスが崩れて本来の力が発揮できないんだ。」
「で、そのためのファクターを探している、と?」
「ああ。」
今のままでは、うまく同調できないそうだ。ナイアは考える。
「トラペゾヘドロン、か…その動力に、本物の輝くトラペゾヘドロンを融合させる、というのはどうだい?」
「ふむ…面白い構想だが、本物の輝くトラペゾヘドロンがない。」
「それならここにある。」
言うが早いかナイアの手の上に黒い箱が出現する。箱の中には、ほぼ球形の黒い結晶体が、いくつもの柱に支えられて中央に固定されていた。
「なんと!君が持っていたのか!」
エドガーは驚く。この箱と結晶体。二つ揃って、輝くトラペゾヘドロンなのである。輝くトラペゾヘドロンとは、ナイアの化身の一つである闇をさまようものを召喚するための魔術アイテムだ。
それからビャクオウの改造設計図にも目を通し、ナイアはここに来た。
「今からこれを、君の心臓に融合させる。痛みはないから安心してくれ」
ナイアは輝くトラペゾヘドロンを見せながら言う。不浄な黒。前なら、絶対に嫌だった。だが、
「わかりました。やって下さい」
ビャクオウは逆に依頼した。ナイアは呪文を詠唱しながら、輝くトラペゾヘドロンをビャクオウの胸へと押し付けていく。輝くトラペゾヘドロンはそのまま、ビャクオウの胸の中に飲み込まれていった。ビャクオウのトラペゾヘドロンと融合しているのだ。
「させるかぁっ!!」
ビャクオウとナイアを攻撃しようとするベルセルクだが、ビッグクルセイドを全滅させたアデルがそれを阻む。
「よし、融合完了だ。あとはプログラムを…」
二つのトラペゾヘドロンは融合し、真のトラペゾヘドロン、トゥルートラペゾヘドロンとなった。あとはそれを完璧に使いこなせるよう、プログラムをインストールするだけ。
「よし、終わったよ。」
これで、ビャクオウの再改造は終わった。アデルは数時間かかったのだが、ナイアの技術力はエドガーを遥かに凌駕している。ましてや、二つのトラペゾヘドロンを融合させて使い物になるようにするだけの作業だ。あとは、ビャクオウの身体が勝手に最適化してくれる。
「君の理事長から贈り物だ。使い方はわかるよね?」
「はい。」
ナイアからブラックインフィニティーを受け取るビャクオウ。使い方は、先ほどプログラムをインストールされた時にわかった。
「シルバーキーシステム始動!!コード・ケイオス!!!」
コードを入力する。
アデルのアインソフオウルモードは純白。だが、ビャクオウの身体はそれと対照的に漆黒に染まり、血のような赤い線が所々に刻まれている。
ケイオスモード。ビャクオウは今この瞬間、純白の掃除屋から真の混沌の使者となったのだ。
「さあ、行っておいで!!」
ナイアがバリアを解くと同時に飛び出すビャクオウ。狙うはもちろん、ベルセルク。アデルとの間に割って入り、ブラックインフィニティーの斬撃でダメージを与える。
「エリック!!その姿は…!!」
「心配を掛けさせましたね。ですが、もう勝敗は決しました。」
アデルの代わりに、ベルセルクの相手となるビャクオウ。
「エリック…てめぇごときがオレに勝てると思ってんのか?」
ベルセルクがビャクオウを睨み付けた時、残っていたヘルポーンが狩谷と空子を無視して一斉に襲ってきた。ビャクオウは腕を交差させながら二丁のガンブレードを乱射し、複数のヘルポーンを撃破。接近戦を挑んでくるヘルポーンは、斬撃と体術で華麗に倒していく。ガン・カタだ。
「こんな雑魚で、私を始末できるとお思いですか?」
「…舐めんな!!」
ヘルポーンを全滅させたビャクオウに、ベルセルクが斬りかかる。だが、ビャクオウの姿は消えてしまい、空ぶる。
「なっ!?」
そして気付いた時、ベルセルクは数百ものビャクオウに周囲を、空中からも、包囲されていた。
「バカが!!その能力はオレには効かねぇって何度も…」
ベルセルクには看破のアーミースキルがあり、ビャクオウのデビルズエイリアスの弱点は本体がダメージを受けること。看破で本体を見抜き、攻撃すればいい。そう思っていた。だが、ベルセルクは本物のビャクオウを見抜けなかった。これが、ケイオスモードの能力。全ての特殊能力はその精度を増し、決して本体を見破ることはできない。デビルズエイリアスにおいては、分身を生み出せる数が二千になる。また、アインソフオウルモードと同様に、無限に供給されるエネルギーを使った自身の強化も可能だ。
「真の混沌。その奥を見ることなんて不可能なのさ」
ナイアが不敵に笑いながらベルセルクを見下す。
「行きますよ、木林影斗!!」
一斉に射撃を開始するビャクオウ達。
「ぐおおおおおおおおおお…!!!」
もはやただの蹂躙。ベルセルクは防御することしかできない。やがてビャクオウは元通り一人に戻り、ホワイトスイーパーとブラックインフィニティーを合体させる。
「これで…終わりです!!」
砲身が展開する。ベルセルクも、アームズベルセルクにエネルギーを集中。
そして、
「ギャラクティックエンドジェノサイダー!!!!」
「オーバーキラーシュート!!!!」
二人は同時に攻撃した。二本の超極太ビームがぶつかるが、ビャクオウの新技、ギャラクティックエンドジェノサイダーの大きさは、オーバーキラーシュートの四倍以上。当然敵うはずもなく、
「ぐあああああああああああああああ!!!!!」
ベルセルクはあっさり押し負け、呑み込まれた。しかし、ビャクオウの攻撃はまだ終わらない。展開された砲身を元に戻し、合体砲の刃にエネルギーを込める。やがて姿を見せたベルセルクに向かって飛んでいき、
「エンドオブファントム!!!!」
斬撃を放った。
だが、必殺の斬撃がヒットする直前に、ベルセルクが消える。何者かが飛び込み、ベルセルクを連れ去ったのだ。ビャクオウはその方向を見る。そこにいたのは、ベルセルクをくわえているフィスだった。
「…今すぐあなた達を殺したいところだけど、さすがに形勢不利ね。見逃してあげるわ」
フィスはベルセルクを連れて転移し、危機は去った。
*
「パパ、ママ。」
変身を解いたゲイルとアンジェに、ネリーが駆け寄ってくる。二人はネリーを優しく受け止め、抱き締めた。
「…ナイア。」
「えっ?」
同じく変身を解いたエリックが、ナイアにあのことを訊くよう促す。
「…お嬢様。」
ナイアは必死に平静を装いつつ、ネリーに尋ねる。
「…なに?」
「…私は、あなたに必要とされているのでしょうか?これからも、あなたの従者でいても、いいのでしょうか…?」
すると、ネリーはパパとママから離れ、今度はナイアに抱きついた。
「ナイアは、私のわがままに付き合ってくれたんだよね。その記憶は残ってるの。ごめんなさい。でも、あなたはこれからもずっと私の従者だよ。それは永遠に変わらない」
ナイアがそばにいることを、ネリーは許した。いや、望んでいた。彼女が残した最低限の記憶の中には、ナイアにこれ以上ないくらいのわがままを言ってしまった記憶も残っていたのだ。そして、ナイアが自分にとって一番信頼できる従者だということも。
「…ありがとうございます。」
ナイアはネリーを抱き締めながら、礼を言った。その光景を見届けて、エリックは去っていく。
「エリック!」
ナイアはそれを呼び止め、エリックも足を止める。
「…ありがとう。君のおかげだ」
「…別に。どうということはありませんよ」
エリックは背を向けたまま、再び歩き出した。
「どうしたのかしら?」
「なんかあったのか?」
空子と狩谷が、ゲイルとアンジェに訊く。
「さあな。だが、いつもの調子に戻ったというところだろう。」
「パワーアップもできたし、一件落着だね。」
ゲイルとアンジェは、エリックの様子を見て言う。
(…礼を言うのはこちらの方ですよ、ナイア)
エリックは心中、ナイアに感謝していた。もし彼女が自分に声をかけてくれなければ、永遠に立ち直ることはなかっただろう。彼女が教えてくれたのだ。力ではなく、心で勝つことの方が大事だということを。
エリックの中で、何かが変わった。
いや~、ゲイルとアンジェの子育てやらビャクオウのパワーアップやら書いてたら、また長くなっちゃった…そろそろラスボス戦も近いので、仲間達の最終パワーアップに向けて話を進めていきたいと思います。
では、また次回!




