アインソフオウル PART2
今回はゲイル達四人と、エリックの話です。
ゲイル達は今、鷹上市で任務に就いていた。任務の内容は、今日から博物館に展示されるとある品を警備するというもの。しかも、これはエドガーからの命令だ。
「これが例の展示品か。」
ゲイルはそれを見て言った。複数の警備員に厳重にガードされているのは、奇妙な円筒形の入れ物。
「これがトゥヨグの巻物なんだね。」
アンジェは展示品の名を言う。
トゥヨグの巻物とは、かつてシュブ=ニグラスに支えていた神官トゥヨグが、邪神ガタノトーアの恐怖から世界を救うために作ったという巻物だ。ガタノトーアとは、クトゥルフの息子でありゾスの三神と呼ばれる邪神三兄弟の長男である。トゥヨグはこのガタノトーアを倒すために、退魔の力を秘めた巻物を作ったのだ。しかし、ガタノトーアに支えていた神官イマシュ=モの策略によって、退魔の巻物は何の力も持たない普通の巻物とすり替えられてしまい、結果トゥヨグはガタノトーアに敗れてしまった。
「中身が見れねぇから本物かどうかは疑わしいけどな。」
狩谷は言った。展示スペースには、円筒形の入れ物しか置いてない。なぜなら、出せないからだ。神話の内容が正しければ、この巻物は10万年以上前から存在していることになる。それだけ長い時間が経てば、紙はボロボロに劣化してしまう。下手に出そうとすれば、巻物が破れてしまうのだ。
「でもあの入れ物だけは壊れずに残っていたのよね。」
調査してみたところ、入れ物は地球上に存在しない頑丈な金属でできているらしい。神話に出てきた巻物の入れ物は、地球上に存在しない金属でできているため、信憑性は高いと空子は思っていた。
で、なぜゲイル達がエドガーから警備を命じられたのかといえば、あのエドガーだからである。詳しく説明すると、クトゥルフ神話マニアのエドガーは、クトゥルフ神話に関係があり、なおかつ危険がないものをコレクションする趣味があり、展示期間が過ぎればこの巻物はエドガーが買い取ることになっているのだ。しかしそれだけでは満足できないらしく、その前にどうしても一目見たい、展示期間終了まで巻物を守って欲しいという理由で、ゲイル達に命令したのだ。
数時間後、エドガーがやってきた。
「おお…おお…!!」
なにやら感動している。
「なんと素晴らしい…これがトゥヨグの巻物か…!!」
「理事長先生、人の目がありますからあまりはしゃがないで下さい。」
その後ろから、アーサーが来た。
「アーサーさん。理事長先生の護衛ですか?」
「一応それも秘書の仕事だからね。」
アーサーはアンジェの質問に答える。エドガーはいつも一人だったので、秘書を連れて歩いている姿というのは何だか新鮮だ。
「しっかし、もうすぐ正月だってのに俺らは何やってんだかね。」
明後日はもう大晦日だ。狩谷としては年末ぐらいクトゥルフ神話と無縁な終わり方を迎えたかったところなのだが、そうもいかないらしい。エドガーが狩谷をなだめる。
「まぁそう言わないでくれたまえ。お礼は弾むし、君達が一番信用できるんだから。」
「…そういう問題じゃねぇんだけどな…もう少し雰囲気ってもんを考えて欲しかったぜ。」
「…ゲイル。」
空子はゲイルを見る。
「心配するな。むしろ逆に気が引き締まる」
ゲイルは常にアザトースの脅威にさらされている。退魔の巻物は、対アザトースについて何らかのヒントが得られるかもしれなかったので、ゲイルも少し興味があった。
(特に何か力が感じられるわけでもないが、俺にはわからないものなのかもしれないな…)
いずれにせよ、エドガーが買い取って調べてみればわかる話だ。
その時、
「おー、これが例の巻物かぁ~」
声が聞こえた。見てみると、そこには髪をオールバックにした、動きやすそうな白装束の男がいる。かなり人目を引く出で立ちだが、狩谷達との話に夢中になっていたゲイルは、男が喋るまで気付けなかった。
「じゃ、ぶっ壊すか。」
何もない空中から巨大な矛を出現させる男。こんなことをされれば、アンジェ達も気付く。
「君!何をしているんだ!!」
先に男を取り押さえに行く警備員達。だが、
「邪魔だぜ。」
男は全く構うことなく矛を振り、警備員達を一刀両断してしまった。一瞬にして惨殺死体を量産した男を見て、来客達は逃げていく。
「な、何だあいつ!?」
驚く狩谷は、慌てて黄の印をエルダーキングに変化させる。ゲイルもプライドソウルを出し、アンジェは身構え、空子はギガトラッシュを向けた。
「理事長!」
アーサーはダークスに変身すると、エドガーを自分の後ろに隠した。
「お前らやる気か?いいねぇ。簡単な仕事だったんで、ちょっと退屈してたんだ。俺のラグドラスのサビになってもらうぜ!」
男はラグドラスというらしい大矛を向ける。
「てめぇ一体何モンだ!?」最初に飛び掛かったのは狩谷。エルダーキングを振りかざし、ラグドラスと打ち合う。
「俺の名前は、ウーベル・アッシャー!!神官長の命令で、トゥヨグが作った巻物をぶっ壊しに来た!!」
「ぐあっ!!」
男はウーベルと名乗り、ラグドラスで狩谷を投げ飛ばした。
「うおおっ!!」
「やああっ!!」
続いてゲイルとアンジェが挑む。ウーベルは二人の猛攻を防ぎながら、圧倒していた。
「止まりなさい!!止まらないと撃つわよ!!」
警告する空子。だがウーベルは空子の警告を無視して、ゲイル達三人相手に暴れ回っている。
「止まりなさいって言ってるでしょ!?」
ギガトラッシュのような大口径の銃を撃てば、生身のウーベルは死んでしまうだろう。だから、警告だけで済ませたかった。
「撃ちたきゃ撃てよ。そのためにいるんだろ?」
だがウーベルは逆に空子を挑発した。
「…あ、そう。もう知らないわ!!お望み通りにしてあげる!!」
これにプッツンした空子は、とうとうウーベルに向かってギガトラッシュを発砲してしまった。
ギガトラッシュの弾丸は、ウーベルに片手でガードされた。しかも、貫いていない。
「なっ!?」
空子は驚いた。相手はどう見ても、生身の人間である。これを喰らっても無傷な相手もいるにはいるだろうが、それに該当する相手にはとても見えない。しかし、ウーベルは明らかに防いだ。
「お前、人間じゃないのか!?」
皇魔でもノーダメージでは済まない攻撃だというのに全くダメージを受けていないウーベルを見て、狩谷も焦っている。
「そうだな。俺はかつて人間だったモノ、ってところか。」
ウーベルは否定しない。とりあえず、人外確定だ。
「なら、手加減をする必要はないな!」
「ああ?」
「アデル、起動!!」
「バルザイの偃月刀!!」
ゲイルはアデルに変身し、アンジェも覚醒してバルザイの偃月刀を召喚。
「メシアジャケット!!」
空子はメシアジャケットを装着し、狩谷は強化魔術を発動。
「はぁっ!!」
「ぐおっ!?」
ダークスがウーベルの背後から蹴り込んだ。
「理事長は既に避難させた!ここからは、俺も加勢する!」
これで五対一。しかも本気を出している状態だ。
「へぇ、まだ力を隠し持ってやがったのか…お前の鎌、ハスターか。」
「!?」
ウーベルは狩谷のエルダーキングが、ハスターによってもたらされたものだと見抜いた。
「それだけじゃねぇ。そっちの女が持ってるブツはクトゥグアで、お前はアザトースだな?」
アンジェとアデルが使う力も、次々と言い当てていく。
「どいつもこいつも、中途半端にしか神の力を使えていねぇらしい。まぁ中途半端とはいえ、こんだけ揃われたらさすがに分が悪いが。」
「お前…魔術師か。」
アデルもアデルで、ウーベルが魔術師であると見当を付ける。クトゥルフ神話の神の名を知り、なおかつ人知を超越した力と肉体を持っているウーベルは、間違いなく魔術師のはずだ。
「俺をただの魔術師だと思ってもらっちゃ困る。俺は神官さ」
「神官?」
「おっと、喋りすぎたな。えーっと…」
ウーベルはよく観察する。
「…ま、別にいっか。もうその巻物は…」
「あなたねぇ!ブツブツ言ってないでさっさと投降しなさいよ!」
どうにも掴みどころがないウーベルの態度に苛立ちが頂点に達した空子は、ギガトラッシュの引き金に力を込めた。
「そいつは勘弁。けどぶっちゃけ面倒だし、こいつに街ごと焼き払ってもらうか!」
ウーベルはそれに構わず、ラグドラスの石突で床を突いた。しかし、何も起きない。
「…何も…起きないよ…?」
「貴様何をした!?」
辺りを見回すアンジェと、問い質すダークス。
「すぐにわかるさ。すぐにな」
ウーベルは質問に答えず、ラグドラスを振りかぶり、
「あば、よ!!」
エネルギー波を飛ばしてきた。
「クトゥルフサンクチュアリ!!」
素早くアデルが飛び出してバリアで防いだが、もうウーベルはいなかった。
「何だよあいつ。何がしたかったんだよ?」
狩谷はウーベルの意図がわからず、首をひねっている。
「わかんないわよ。ただトゥヨグの巻物を壊しに来たとは言ってたし、あたし達は巻物を守り抜いた。あたし達の勝ちってことは間違いないんじゃない?」
ウーベルはトゥヨグの巻物を破壊しに来たと言っていた。それを妨害し、撤退にまで追い込めたのだから、空子の言う通り勝ったと言える。だが、
「本当にそうなのか?何かがおかしい気がするが…」
ダークスはウーベルが去り際に行った何かが何なのか、気になって仕方なかった。街ごと焼き払ってもらうとは、一体…。
その時、博物館の外から爆発音が聞こえてきた。
「なに!?」
驚くアンジェ。同時に、アデルのレーダーが強力なエネルギーの出現を感知した。
「何だこのエネルギーは!?突然現れた!?」
「とにかく外に出てみましょう!」
空子が言い、全員は博物館の外へ飛び出す。
「な、何だあれは!?」
ダークスは空を見上げて息を呑んだ。街の上空には、奇怪な光景がある。炎の輪が空中に浮いており、炎の輪の中には三枚のこれまた同じ炎でできた花弁があった。この奇怪な存在が街に向かって炎を放射し、攻撃しているのだ。
「バルザイの偃月刀が反応してる!」
アンジェの手にあるバルザイの偃月刀は、強い光の明滅を繰り返している。
「…もしかしてあれ、クトゥルフ神話の神じゃない?炎神だからクトゥグアかしら?」
空子はあの炎がクトゥグアではないかと予想する。と、
「いや、あれはヤマンソだよ。」
そこへエドガーがやってきた。
「理事長!!避難していなかったんですか!?」
避難させたはずのエドガーが再び現れ、ダークスは慌てる。だが、アデルはそれよりも、エドガーが今言ったことに驚いていた。
「ヤマンソ!?確かに理事長が言っていたヤマンソと特徴が一致しているが、もしそうだとしたらまずいぞ!」
ヤマンソとは、クトゥルフ神話に登場する炎の精霊である。クトゥグアに比べるとかなり小さい精霊だが、その力はクトゥグアと同等という非常に強力な存在だ。だがクトゥグアと違ってこちらは人類の滅亡を願っており、人を捕食する。残忍で危険な存在でもあるのだ。
「あの野郎まさか、あの時にヤマンソを召喚してやがったのか!?」
狩谷の脳裏を、ウーベルが行っていた動作がかすめる。そう、ウーベルはあの時、ヤマンソを召喚していたのだ。
「よりによってヤマンソを召喚するなんて、あのウーベルって人は地球を滅ぼすつもりなの!?」
空子は呆れた。いくら目的があるとはいえ、巻物一つを壊すのに邪神を召喚して街ごと焼き払うなど、正気の沙汰ではない。
「いやしかし素晴らしいねぇ!例え危険な存在とはいえ、クトゥルフ神話の邪神をこの目で見れるというのは!」
「喜んでいる場合か!!とにかく理事長は下がっていろ!!ヤマンソは俺が倒す!!」
「あっ、待ってゲイル!!私も行く!!」
状況に構わず喜んでいるエドガーにツッコミを入れたアデルは、ヤマンソを倒すべく飛翔した。アンジェもその後を追いかける。
「怖がってる場合じゃねぇよな…俺も行くぜ!!」
「アーサーさんは、ここで理事長先生達を守ってて下さい!!」
「わかった!!」
狩谷は飛行魔術を使い、空子はメシアジャケットのバーニアを使って加勢する。
「ブラックカーテンシールド!!」
ダークスは残ると、博物館の影を操って、黒いドーム状のシールドを展開し、博物館を覆った。
「俺は飛べないからな。頼んだぞみんな…!」
*
アフーム=ザーと同じく、ヤマンソも実体を持たない炎そのもの。物理的な攻撃でダメージを与えることはできない。倒すには、巨大な攻撃で消滅させるしかないのだ。
「イグニスドライブ!!ルルイエセメタリー!!」
アデルはイグニスドライブを発動し、ダゴンとヒュドラを装備。必殺技を放つ。ヤマンソはそれをかわさず、強烈な火炎放射で迎え討った。火炎放射はルルイエセメタリーを打ち破り、アデルを襲う。アデルは咄嗟にかわして事なきを得た。
「アフーム=ザーとは比べものにならないパワーだ。そう簡単にはいかないか…!!」
アフーム=ザーはクトゥグアの子。どちらが強いかといえば、間違いなくクトゥグアだ。そしてヤマンソは、そのクトゥグアと同レベルの力を持っている。従って、ヤマンソの方がアフーム=ザーより強いのだ。簡単に勝てるはずがない。
「散開して、同時に仕掛けるわよ!!」
空子は作戦を提案し、四人は散らばる。
「ルルイエセメタリー!!!」
再度ルルイエセメタリーを撃つアデル。
「プラチナアローシューティング!!!」
アンジェは一度バルザイの偃月刀をしまってからプラチナアローシューティングを放ち、
「エクストリームエクスタシー!!!」
「ハウリングシュート!!!」
狩谷と空子も必殺技を使う。しかし、ヤマンソは四方向に同時に火炎放射を出し、一斉攻撃を破った。
「ぐあっ!!」
「ああっ!!」
「がっ!!」
「きゃっ!!」
攻撃を受けて吹き飛ぶ狩谷達三人。アデルだけは炎化を駆使して火炎放射を吸収した。
「みんな!!」
ブラックカーテンシールドの内側からは、外を見ることができる。ヤマンソの強さと惨状を見て、ダークスは叫んだ。
「くそ…強すぎるぜ…!!」
「どうすればいいの!?」
致命傷は避けられたが、ヤマンソの火力には全く歯が立たない。狩谷と空子は次の作戦を考えているが、圧倒的な力の前に小手先の策は通用しない。ヤマンソがまさにそれだ。これに勝つには、相当な何かが必要になる。
「…ゲイル。」
アンジェがアデルのそばに来た。
「どうしたアンジェ?」
「…一つだけ、ヤマンソを何とかする方法があるの。」
「何!?」
アデルは驚いた。これほどまでの力の差を見せつけられても、アンジェにはまだヤマンソを撃退する作戦があるのだという。
「私の合図に合わせて、ゲイルが出せる全力で攻撃して。できる?」
「…ああ。ここまで来たら、何だってやってやる!」
「上等!」
了承したアデルに力強く頷いたアンジェは、ヤマンソに向かって飛んでいった。ヤマンソはブラックカーテンシールドに攻撃を続けている。
「なんてパワーだ…このままじゃ…なっ!?」
シールドを維持することに力を集中していたダークスは、真正面からヤマンソに突っ込んでいくアンジェを見て目を見開いた。
「お願い…!!」
アンジェはバルザイの偃月刀を召喚すると、正面で高速回転させる。そして、
「ダブルサインゲート!!!」
バルザイの偃月刀から、二つの紋章を飛ばした。紋章は巨大化してヤマンソを通り抜け、ヤマンソの背後で一つに重なる。重なった二つの紋章は黒い穴を生み出し、ヤマンソを吸い込み始めた。今アンジェが放ったのは、キシュの印とコスの印。キシュの印とは、次元の門を開く紋章である。そして、コスの印は次元の門を閉じる紋章。ダブルサインゲートはこの二つの紋章を使って別の空間への門を開き、紋章を通り抜けた相手をその空間に追放する技だ。門を開くだけならキシュの印だけで十分だが、コスの印を同時に使うことによって、相手が門から追放された瞬間に門を閉じ、帰還を封じることができる。
「エルダーサインブースト!!!」
さらに旧き印を展開するアンジェ。彼女がこれを使った理由は、アデルの技の威力を高めるため。ダブルサインゲートの吸引力に必殺技の後押しを追加することで、ヤマンソをより素早く追放するのが狙いだ。
「ゲイル!!今だよ!!」
全ての準備を整えたアンジェは合図した。
「ワールドエンドブレイカー!!!」
限界までパワーをチャージしていたアデルは、今がその時とばかりに最強の必殺技、ワールドエンドブレイカーを使う。光線は旧き印を通り抜けて巨大化し、ヤマンソを門の向こうへと押し込んでいく。そして、とうとうヤマンソは門の向こう側へ追放された。同時に、門も閉じる。
「…やった…」
アンジェは呟いた。
「やったなアンジェ。ところで、ヤマンソはどこに行ったんだ?」
「宇宙。500光年は離れた所に飛ばしたから、簡単には帰ってこられないはずだよ。」
なるほど、門の向こう側に広がっていたあの空間は、どうやら宇宙だったようだ。
「もう大丈夫みたいだな。」
ダークスはシールドを解除する。
「みんな、よくやってくれたね。」
集まってきた訓練生達をねぎらうエドガー。と、
「なるほど、そういう方法もありますわね。」
彼らをすぐそばで見ていた黒いドレス姿の女性が、頷いていた。
「えーっと、あなたは?」
アンジェが質問する。女性は答えた。
「わたくしは、あなた方人間がシュブ=ニグラスと呼ぶ存在。今日はトゥヨグの巻物が展示されるというので見に来ましたの」
また全員が驚く。ヤマンソに続いて、今度はシュブ=ニグラスまでもが現れた。しかも、シュブ=ニグラスはヤマンソとは比べものにならないほど強い外なる神だ。ヤマンソと戦って疲弊した今のアデル達では到底勝てない。
「ご安心なさって。今日はただ観光に来ただけで、あなた方と戦うつもりはありません。」
「ほう、ナイアルラトホテップ以外の神でも、観光になんて来ることがあるんだねぇ。」
「もちろんですわ。それに、ここに展示されている巻物は、仮にもわたくしに仕えていた神官の持ち物ですもの。」
エドガーはシュブ=ニグラスと普通に会話している。アデル達はかなり意外に思っていたが、シュブ=ニグラスは人間に変身すると力だけでなく知能や理性まで人間レベルに落ちてしまうため、まぁ当然なのだろう。だがいつ真の姿に戻って襲ってくるかわからないので、アデル達は警戒を解かないでおく。
「そちらがアザトースの器と、ハスターから力を与えられた者ですのね?ナイアルラトホテップから聞き及んでおりますわ」
シュブ=ニグラスはアデルと狩谷に目を向ける。
「それは…バルザイの偃月刀ですわね?確かナイアルラトホテップの話では、別の方が持っていたはずですが。」
「…もらったの。」
「そう。」
アンジェにも視線を向けたが、シュブ=ニグラスはさほど興味はなさそうだ。クトゥグアとは何ともないし、彼女からすれば自分の主たる魔王の精神を入れる器と、かつての自分の夫の力を持つ者の方が気になるのだろう。
「わたくしはもう帰りますわ。思わぬ誤算だったとはいえ、確認も取れましたし。」
「確認?何の確認だい?」
エドガーがシュブ=ニグラスに質問する。と、シュブ=ニグラスは無言で空を指差した。全員がその方角を見る。
「…えっ?」
先ほどはヤマンソとの戦いに夢中で気付かなかったが、空子達は今ようやく気付いた。空に一つ、星が見えるのだ。月ではない。月にしては小さすぎる。
「あの星は地球に向かってきていますの。あと数日程度で激突、というところでしょうか。」
「な、何だと!?」
ダークス達はシュブ=ニグラスがさらりと言った地球の危機に驚いた。
「この危機を回避するのに足る戦力かどうか、わたくしが確認したかったのはそれですの。まぁ、これくらいだったら何とかなるでしょうね。」
「ちょ、ちょっと待てよ!!あんたは協力してくれないのか!?」
「わたくしはナイアルラトホテップのように使命を与えられているわけでもありませんし、正直もうこの地球への関心はかなり薄いですわ。どうなろうと知ったことではありません」
「じゃあ何のために来たのよ!?」
「だから、ただの観光ですわ。地球で最後に見れるものとしては、自分の信仰者の持ち物が最適かと思いまして。」
狩谷と空子の質問に淡々と答えるシュブ=ニグラス。本当に手伝うつもりはないようだ。
「本当に危なくなったら、ナイアルラトホテップか旧神が動くでしょう。面倒事は面倒好きに任せますわ」
シュブ=ニグラスはそれだけ言って、どこかに行ってしまった。
「…なんかシュブ=ニグラスって、人間に変身しても、元とあんまり変わらないんじゃねぇか?」
狩谷は呟いた。それはともかく、シュブ=ニグラスの言っていたことの真偽を確かめる必要がある。一同は情報を集めるため、ヘブンズエデンに戻った。
*
月。地球の衛星であり、命が存在しない星。エリックはビャクオウに変身し、この月を訪れていた。それは、彼が先ほど受注した任務に関係している。
依頼主はNASA国際宇宙センターで、数日前から月で奇妙なエネルギー反応を確認したから調べて欲しいとのこと。本来ならロケットを使って数日がかりで行かなければならない場所だが、ビャクオウの機動力推進力はロケットエンジンの遥か上を行くので、そんなものを用意しなくても数分でたどり着ける。だがそれなりにエネルギーを消費するので、回復を待って探索することにした。
(月に神話生物といえば…)
ビャクオウの脳裏に真っ先に浮かんだ神話生物は、ムーンビーストだった。ムーンビーストとはナイアルラトホテップが使役している神話生物で、拷問が大好きという悪趣味な怪物だ。まぁ月は月でもドリームランドの月に住んでいるので、今回はないだろう。
(…探索してみればわかりますか)
ちょうどエネルギーは回復した。ビャクオウはレーダーが捉えている謎のエネルギー反応の源を探して、月面を警戒しながら歩く。と、
「!」
ビャクオウは大きな穴を見つけた。エネルギー反応はその奥からしている。
「…ふん。」
ビャクオウは迷うことなく歩を進め、穴の中にゆっくりと降りていった。しばらく降りると、洞窟のような場所に出る。今度は洞窟探索だ。それからまたしばらく歩くと、開けた場所に出た。
「!!」
ビャクオウは開けた場所に入りかけて、素早く引っ込む。空洞の中心には巨大な光る魔法陣があり、その目の前に何者かがうずくまっているのだ。白装束を着ているがこちらに背を向けているため、どんな姿をしているのかはわからない。すると、
「…警戒せずとも良い。わかっておるから入ってくるのだ」
何者かはしわがれた老人の声を発して、ビャクオウを呼んだ。どうやらもうバレているらしい。ビャクオウは観念して空洞に入る。それと同時に、何者かが立ち上がってこちらを向いた。やはり、老人である。だが、相手がただ者ではないということはわかった。なぜなら、ここは月。空気がない。そんな場所に生身で生存している老人など、どう考えてもただ者ではないだろう。いや、人間ではあり得ない。
「まさかここに来れる者がおるとはのう。少し驚いたわい」
「…あなたはここで、何をしていたのですか?」
ビャクオウは老人に尋ねる。
「見てわからんか?まぁ、おぬしは魔術など知らんだろうし、見てもわからんわな。すまんすまん」
「余計な話をするつもりはありません。あなたが何者で、ここで何をしていたのか。それだけ答えなさい」
「せっかちなやつじゃのう。まぁ良いわ。ワシの名はドルマ。ドルマ=アポリーク。命令を受けてここで召喚の儀式を行っておった」
老人はドルマと名乗り、飄々とした態度で答えた。
「召喚?何を?」
「多くの命を生み出した神じゃよ。ただあまりに力が強くてな、手順を踏んだ儀式を行わねばならんし、召喚自体にも時間が掛かる。その上こちらからの呼び掛けを無視することもあるというわがままなやつじゃ」
「…なぜそんな神を召喚しようとしているのですか?」
「命令されたからに決まっておろう。でなければ、こんなやつを呼び出したりはせん。」
「どうやらあなたより上の人間が存在するようですね。とりあえず、あなたを連行させてもらいます。あなたの上を引きずり出すためにも」
とにかく、今は神の召喚を阻止することが先決だ。ドルマの話が正しければ、相当厄介な相手らしい。それからドルマを地球に連れていき、ドルマを操っている人物について吐いてもらうのが一番だろう。
「悪いがそうはいかん。できる限り地球を混乱させることが、神官長からの命令なのじゃからな!」
ドルマは手からエネルギー弾を連続で出して攻撃してきた。ビャクオウはそれに合わせてホワイトスイーパーを撃ち、エネルギー弾を相殺する。
「既に儀式は完了した。あとは奴が出てくるのを待つのみよ」
ドルマが言った瞬間、
「…オオオオ…」
どこからともなく、低い声が響いてきた。
「ふん、ようやく来たか。待ちわびたぞ」
ドルマが鼻を鳴らす。と、魔法陣に変化が現れた。魔法陣の中から、怪物が出てきたのだ。かろうじて顔というものがついているとわかる灰色の怪物が、魔法陣の中から身を乗り出している。乗り出した身体から灰色の粘液が流れ落ち、プールのような水溜まりを作った。
「遅いぞアブホース。いつまでわしを待たせる気じゃ!」
「アブホース!?」
ドルマ曰く、この怪物はアブホースというらしい。ビャクオウはその名前に反応した。
アブホースとは、クトゥルフ神話に登場する邪神である。ドリームランドの地下から行ける洞窟の中に住んでおり、灰色の粘液でできたプールから不定形の上半身が伸び上がっているという姿をしている。そのプールからは絶えずアブホースの落とし子という怪物が生まれ続け、アブホースは同じくプールから触手をのばして落とし子を再吸収する作業を繰り返しているそうだ。そして重要なのは、このアブホースは外なる神だということ。ナイアルラトホテップやアザトースほど強いわけではないが、少なくともクトゥルフやハスターよりは強い。アブホースを召喚する方法はなく、また召喚に応じることもあり得ないため、普通なら戦うことにはならないのだが、アブホースは今、ビャクオウの目の前に、ドルマの手で召喚されている。恐らく、ドルマが独力でアブホースを召喚する方法を生み出したのだろう。ならば召喚に時間や手順がいるという話も頷ける。
「うるさいぞ。僕は人間がやることに干渉しないと言ったはずだ。今回はお前が面白いことがあると言っていたから、興味があって来ただけだ。」
召喚されて早々文句を言うアブホース。アブホースには知性があり、テレパシーで会話するらしいが、口頭でも会話できるようだ。
「面白いことなら用意してある。ほれ、目の前におるあやつが、お前の遊び相手になってくれるそうじゃ。」
「遊び相手?お前は僕をアザトースと勘違いしているんじゃないのか?確かに名前は似ているが、僕はあいつのようにいつも遊び相手を欲しているわけじゃない。」
「そう言うな。それから、ここは地球の月じゃ。あの奇妙な奴を片付けたら、今度は地球を破壊しろ。わしは一足先に失礼させてもらう。巻き添えはごめんじゃからの」
「おい」
アブホースが呼び止める間もなく、ドルマは自分の足元に新しい魔法陣を出現させると、魔法陣とともに消えてしまった。
「オオオ…」「ウウウ…」「ンンン…」
アブホースの身体から生まれる、異形の怪物達。アブホースは自分の身体から触手を出すと、それらを掴んで取り込んだ。
「…まったく面倒な…だが、せっかく呼び出されたのに何もせず帰るのもしゃくだ。言われたことはやってから帰る」
どうやらアブホースにさっさと帰るという選択肢はないらしく、ビャクオウと戦う、地球を破壊するという目的を果たす意思を見せた。
「面倒な置き土産を…!!」
置いてきぼりを喰らったビャクオウだが、アブホースを野放しにしておくわけにもいかない。だが、外なる神であるアブホースを倒す方法などあるのか…
(やれやれ、久しぶりに面倒なことになってるね)
ビャクオウがアブホースの処理について考えていると、ナイアルラトホテップがテレパシーで語りかけてきた。実に数ヵ月ぶりである。
(ナイアルラトホテップ…)
(説明しなくていいよ?全部見聞きしてたから。それより、大変なことになっちゃったね。手を貸そうか?)
同じ外なる神であるナイアルラトホテップは、アブホースがどれだけ危険な存在か熟知している。人間がアブホースを召喚するというのも、予想外だった。だから、ビャクオウに助力すると言うのだ。しかし、
(助力なら無用です。私にとってはあなたに頼ることの方が数倍恐ろしいので)
ビャクオウは助力を拒否した。あれだけのことがあったというのに、簡単にナイアルラトホテップを信用するはずはない。
(…わかったよ。ただし、危なくなったら無理にでも交代するからね)
何を言っても無駄ないつものビャクオウだとわかったナイアルラトホテップは、一旦引いて様子を見ることにした。
(そんな時は来ませんよ)
ビャクオウはアブホースと戦いを始める。アブホースが神話通りの神なのだとしたら、絶対に触ってはいけない。もし触ってしまうと、その箇所が壊死してしまうからだ。金属とはいえ、触ったらどうなるかわからない。だから戦法は遠距離から射撃し、決して直接攻撃しないように戦う。
「っ!!」
ビャクオウはホワイトスイーパーからエネルギー弾を発射して攻撃する。エネルギー弾はアブホースの身体に次々に着弾し、炸裂していく。まとが大きいので、外すことはまずない。だが、
「何だそれは?攻撃のつもりか?」
アブホースには全く効いていなかった。当然ビャクオウも、外なる神にこの程度の攻撃でダメージを与えられるとは思っていない。
「ならば…!!」
ビャクオウはホワイトスイーパーの銃身を展開し、アブホースに向ける。
「ギャラクティックエンドブレイカー!!!」
放たれたのは必殺の光線。しかし、
「むうっ!?」
やはりダメージを与えるには至っておらず、少し怯ませるのが限界だった。
「今のは少し驚いたぞ…ん?おっと。」
アブホースは自分の身体から生まれた落とし子を触手で吸収する。
(今!!)
アブホースはその特性上、隙が生まれやすい。落とし子を取り込んでいる間に、攻撃ができる。ビャクオウはデビルズエイリアスを使って三人に分身し、再び攻撃しようとした。だが、ビャクオウは気付く。アブホースの触手は落とし子を取り込む道具としてだけでなく、武器としても機能すると。
「むんっ!?」
無数の触手がアブホースの身体から生まれ、二人の分身を貫き、叩き、破壊した。触手はなおも執拗に残った本体を追いかけ、本体はそれをかわす。
「かぁっ!!!」
そして逃げ場がなくなったところで、アブホースは口から巨大な光線を吐いた。
「ぐあああああ!!!」
ビャクオウは閃光に呑まれる。アブホースの光線はビャクオウを消滅させても止まらず、岩壁を貫通し、月面をぶち抜いて宇宙の闇の中へ消えていく。
「…はぁ…はぁ…」
だが、ビャクオウは消滅していなかった。消滅したのは偽者で、本体はイリュージョンナイトメアでごまかしつつ、偽者を生み出して入れ替わっていたのだ。
「ほう…お前は相手を幻惑する力を使うのか。この僕まで惑わすとは、相当な出力だ。」
アブホースは自分を欺いてみせたビャクオウに、賞賛の言葉を送る。
(なんとかかわせたが、どうする?パワーも手数も相手の方が上。何か弱点はないのか!?)
必死に対策を考案するビャクオウ。と、
(困ってるみたいだね)
またナイアルラトホテップが話し掛けてきた。
(あなたの助力はいらないと言ったはずだ!しつこいですよ!)
(まぁまぁそう怒らないで。確かに助力はしないよ?でもアブホース攻略のヒントくらいはあげようかなぁって)
(ヒント?)
(アブホースの足元をよく見てごらん。まぁ足はないんだけど)
ナイアルラトホテップに言われて、ビャクオウはアブホースの足元、粘液のプールを見た。
(あれは…魔法陣がまだ消えていない…?)
アブホースを召喚している魔法陣。それがまだ、消えていない。
(アブホースの全長は君が思っているよりずっと大きい。こんな狭い空間じゃ、アブホースをまるごと召喚することはできないんだよ)
つまり、今見えているのはアブホースの一部。自分の住み処から召喚の魔法陣を介して、戦闘に使える部分だけを出している状態なのだ。
(はっきり言うけど、君の全火力を使ってもアブホースを消滅させることは絶対に不可能だ。でも、押し返すことはできるかもね?)
ビャクオウの力でもアブホースは倒せない。しかし、アブホースを自分の住み処に帰すことができれば、ビャクオウの勝ちだ。全てのエネルギーを使ってアブホースを魔法陣の向こう側へと押し返し、戻ってこられないよう魔法陣を破壊する。かつてヨグ=ソトースが現れた時と、同じ対処法だ。今回はビャクオウだけしかいないので出力に不安が残るが、やるしかない。
「はあああああああ!!!」
ビャクオウは百人に分身し、一斉にギャラクティックエンドブレイカーを放った。
「ぐぅ…!?」
ダメージはないが、アブホースは抵抗している。なかなか魔法陣の向こうに押し返せない。
「くっ…!!」
ビャクオウの心にも、焦りが生じる。失敗すれば間違いなく死。
(だが、私は負けられない!!)
あの男を殺すまで。自分がずっと悩んできた答えを見つけるまで。
「おおおおおおああああああああああああああああああ!!!!」
自分の全てをアブホースにぶつけ続けるビャクオウ。そして…
NASAではこの日、月面にて大規模な爆発を観測したという。
旧支配者ヤマンソと、外なる神アブホース。恐るべき邪神達を召喚した謎の神官達の目的は、一体何なのか?
次回は仲間達の合流と、敵の解説です。お楽しみに!




