アインソフオウル PART1
この長編が今作における最後の長編となります。では、お楽しみ下さい。
椅子に腰掛けている一人の男。男はモニターに映る地球を見て言った。
「どうやら、いつの間にかこの星に戻ってきていたようだな。さて、どうするか…」
今男がいる場所は宇宙だが、彼は元々地球出身だ。とある理由で、地球から離れたのである。
「…そうだ。いいことを思い付いたぞ」
男はすぐ近くの台にあった小さな鈴を掴むと、鳴らした。チリンチリン、と音が響く。数秒置いて、
ビシュンッ!ビシュンッ!ビシュンッ!ビシュンッ!ビシュンッ!
二人の男と二人の女と一人の老人が、瞬間移動してきた。
「お呼びでしょうか、神官長。」
リーダー格と思われる髪をオールバックにした男が尋ねる。
「お前達にいい知らせがある。久方ぶりに楽しめそうだぞ」
神官長と呼ばれた男はニヤリと笑った。
*
ヘブンズエデンは現在冬休み真っ盛りだ。夏休みほど長い休暇ではないが、大勢の生徒が帰省している。
しかし、帰省せずに任務に参加している者もいた。光輝とさだめだ。先日のアプリシィの一件で自分達の無力さを実感した二人は、さらに強くなるために任務に参加して腕を磨いている。今回二人が参加したのは、ルーマニアの任務。山の近くに小さな町があるのだが、突然その町から一切の連絡が途絶えてしまったらしい。調査に向かった者も戻らず、困っていたところをヘブンズエデンに依頼したのだという。
「それにしても、一体何があったんだろう?」
「わからない。でも、普通じゃないよね。」
二人は用心に用心を重ね、町から少し離れた所に転移させてもらった。もし町が敵に占拠でもされていた場合、敵の真っ只中に飛び込んでしまう。だから少し離れて、様子を見るのだ。
「ここがその町みたいだね。」
光輝は見えてきた町を見て呟く。まず二人は近くの木の陰に隠れて、敵がいないかどうかを見た。しかし、敵らしき姿は見えない。
「ここからじゃよく見えないね。もう少し中に入ってみよう」
「うん。」
二人は相談して、警戒しつつ町の中に入ることにした。
「うふふ…来た来た。獲物がまたやって来た」
どこかの建物の中。気配で町の中に侵入してきた者を感知した一人のロングヘアーの女が、怪しい声で笑う。
「今度は今までの連中より少しだけ骨がありそうだけどね。」
すぐそばにいたショートカットの女が、同じく気配を感じて笑った。
「誰が来ても同じよ。私達姉妹に勝てるのは、神官長だけ。」
「じゃあお姉ちゃん。私あいつら呼んでくるね」
「ええ。いってらっしゃい」
ロングヘアーの女は、ショートカットの女を送り出す。
「…おかしい。」
さだめは疑問を口にした。なぜなら、町には人間の気配がなかったからだ。
「もう少し中心部に近付いてみた方がいいかもしれない。」
光輝がそう言い、二人はさらに町の中へと歩みを進める。
と、二人は奇妙なものを見つけた。
「…何だ、これ…?」
「…石像…?」
二人が見つけたのは、人間の形をした石像だ。それも一つや二つではなく、たくさん。また置き方に規則性がなく、そこら中にまばらである。
「何でこんなものが…」
二人がさらに散策していると、
「知りたい?」
声が聞こえた。声がした方を見ると、そこにはショートカットの女がいる。服装は白装束の、まるで神官か何かのような出で立ちだ。
「うふふ…」
女は笑うと、どこかに歩いていった。
「何なんだ、あの人…」
「わからない。けど生存者だし、何か知ってるみたい。追いかけよう!」
さだめに言われて、光輝は二人で女を追いかけていく。
*
「…?」
荒野を歩いていたハスターは、不意に空を見上げた。時刻はまだ昼過ぎ。夜ではない。だが、ハスターの目には星が映っていた。ちなみに、月ではない。月よりは小さいが、とにかく星だ。昼間なのに、星が見えている。
「…嫌なやつの気配が近付いてくる。」
ハスターはその星から、自分が敵対しているとある邪神と、ほとんど同じ気配を感じた。そしてその気配が近付いてきていたことから、星が近付いてきていることを知った。
「…奴のせがれか。」
だが、あの邪神は封印されている。なら、気配の正体はその邪神の子供であると予測できた。
そこへ、
「ウオオオーン!!」
バイアクヘーが飛んできた。ハスターにとっては自分の下僕が現れた程度のことだが、そのバイアクヘーの背中から降りてきた者の姿を見て顔色が変わる。
「お久し振りです、ハスター。」
「お前は…」
*
女を追いかける光輝とさだめ。しかし、女は不思議な移動方法をしている。追い付いたと思ったら、いつの間にか距離が離れているのだ。やがて女は、町外れにある小さな工場の中に消えていった。
「光輝!」
中に入ろうとする光輝を見て、さだめは止めた。光輝はさだめが何を言おうとしているのか、わかっている。あの女は危険だから、ここは一度退くべきだと。
「…行こう。ここで退いたら、逃げられちゃうよ。」
だが、光輝は危険を承知で中に入ることを選んだ。さだめもそれに従って、一緒に入る。
「ようこそ。」
二階のキャットウォーク。そこに腰掛けていた女が、二人を見下ろしながら迎えた。先ほどのショートカットとは違い、ロングヘアーの女だ。白装束ということは同じだが。ちなみにショートカットは、ロングヘアーの隣に立っている。
「僕は白宮光輝です。ヘブンズエデンから来ました」
「桐崎さだめ。同じくヘブンズエデンの訓練生です。あなた達はこの町で起きたことについて、何かご存知ですか?」
二人は礼儀正しく名乗ってから質問する。
「私はキール・レギース。隣にいるタニア・レギースの姉です」
「私はタニア。こっちはお姉ちゃんのキールよ」
ロングヘアーはキール。ショートカットはタニアと名乗った。キールは質問に答える。
「確かに私達はこの町で何が起きたかを知っています。というより、私達がやりました。」
「「!?」」
町の人間が失踪したのは、自分達がやったのだと、キールは自白した。
「町の人達をどこにやった!?」
犯人と見るや態度を変え、光輝は怒りながら町人達の居場所を聞き出そうとする。光輝の気迫にまるで物怖じせず、むしろその反応を楽しんでいるかのように笑っていたタニアが答えた。
「さっき散々見てたじゃない。あれがこの町の人達よ」
「えっ?」
さっき散々見てた。その言葉に当てはまるのは、あの石像しかない。
「まさか…!!」
さだめの脳裏を嫌な予感がかすめる。キールが言った。
「そう、彼らには石になってもらいました。」
「に、人間が、石に!?」
光輝は驚く。どうやったのかは不明だが、町の人間は全員この二人が石に変えてしまったらしい。
「町の人達を元に戻して!」
「それはできないよ。神官長からそう命令されてるし」
さだめの要求に応えるつもりはないようだ。
「神官長?命令されてるのか?」
タニアの言葉を聞き逃さなかった光輝。
「こらタニア。」
キールはタニアを諫める。
「ごめんお姉ちゃん。でもいいでしょ?これからこの人達も石になるんだし、何も知らないままなんて可哀想すぎる。」
「…それもそうね。もうすぐこの星ごと宇宙の塵になっちゃうわけだし、少しくらいは話してあげてもいいかもしれないわ。」
「何だ!?二人とも何を言っている!?」
姉妹の意図がわからず、焦る光輝。と、キールが立ち上がった。
「私達に勝てたら教えて差し上げます。そんなことは無理でしょうけど」
「あなた達は今まで来た人達より手応えがありそうだね。少しは楽しませてよ?」
言うが早いか、二人は飛び掛かってくる。
「くっ…おおお!!!」
光輝も羅刹刃を抜刀し、負けじと飛び掛かった。
「…!?」
その瞬間に、さだめは気付く。キールとタニア。二人の間に、何かが見えた。
「光輝!!刀を振って!!」
「っ!?」
言われるまま羅刹刃を振る光輝。瞬間、ギィィンッ!!と金属音が聞こえた。
「何だ!?」
何かが刀身に触れている。光輝は目をこらしてよく見た。糸だ。ものすごく細い糸が、羅刹刃の刀身を止めているのだ。
「糸!?くっ!!」
光輝は羅刹刃をさらに押し込み、反動を利用して飛び退き、着地した。
「光輝!!大丈夫!?」
「うん、さだめさんのおかげで助かった。でも、何なんだ?今、糸みたいなものが…」
キールとタニアも着地する。
「へぇ、見えたんだ。目がいいね」
タニアは皮肉を混ぜたようにさだめを褒めた。よく見てみると、キールは左手をタニアに、タニアは右手をキールに向けており、その間に五本の細い糸が張ってある。
「これが私達の殺線舞踏。魔力で構成した糸を操り、舞うように敵を倒す。面白いでしょう?」
キールは自分達の技について説明した。要するに、あの糸は魔力で作られたピアノ線のようなもので、それを操る技らしい。かなりの切れ味があるようで、羅刹刃でも切断できなかった。もしさだめが気付かなかったら、光輝はバラバラにされていただろう。
「…これは全力で掛からないとまずいね。想像以上に危険な連中だ」
「うん。絶対に勝って、町の人達を戻してもらおう!」
さだめもヴォルテクスを出して、戦闘体勢に入る。
「うふふ、行くわよタニア。」
「うん、キールお姉ちゃん。」
キールとタニアは互いを繋ぐ糸を切り離し、反対の手からも糸を出してそれぞれ振り回してくる。光輝とさだめは咄嗟に武器を振って弾いた。あの糸は魔力で構成されているだけあって長さは自由自在らしく、少し離れているにも関わらず二人に届いた。
(加えて、この糸の細さ…!!)
次々に繰り出される攻撃を防いで、かわす光輝。糸はよく目をこらさないと見えないほど細い。
「はっ!!」
しかもかなり切れ味が鋭い。今キールが放った糸の一撃は、光輝の背後にあった壁を切断して破壊してしまった。見えない攻撃というのは非常に厄介なものだが、見えない斬糸は動きも不規則なのでより恐怖を煽る。
「このぉっ!!」
さだめはトールスマッシュを放った。
「おっと。」
タニアは斬糸を使って雷を切り裂き、無効化する。
「光輝。このままじゃキリがなさそうだよ」
謎の姉妹は二人の予想以上に強い。このまま普通に戦っても、勝つのは難しそうだ。
「よし!」
光輝は了承し、二人で疑似進化する。
「雰囲気が変わったね。本気になったってことかな?」
「タニア。そろそろいいんじゃない?」
「え~?せっかく面白くなってきたのに?」
「これだけやればもう十分よ。」
「…仕方ないか。神官長の命令だし」
姉妹は何か話をしている。やがて、タニアが言った。
「悪いけど私達、これから次の町に行ってそこの人達も石にしなくちゃいけないの。だからあなた達との相手はおしまい!」
「な、何だと!?」
「そんなことさせない!!」
二人は姉妹を逃がさないように、飛び掛かろうとする。
「心配なさらないで下さい。新しい相手はちゃんと残していきます」
と、キールは両手を組んで祈り始めた。間もなくして、姉妹と光輝達の間に魔法陣が現れる。そして魔法陣から光の柱が立ち上ぼり、光が魔法陣もろとも消えた時、魔法陣があった場所には人間ほどものサイズがある、巨大な蜘蛛がいた。顔が人間の女性の顔をしている、不気味な人面蜘蛛だ。
「またお主らか。言ったはずだぞ?わらわには仕事があるゆえ、あまり頻繁に呼び出さぬようにと。」
人面蜘蛛は姉妹に向かって言葉を発した。キールは頭を下げる。
「これは失礼しました、アトラック=ナチャ様。新しい生け贄が用意できましたので、お呼びした次第でございます。」
「アトラック=ナチャ!?」
光輝は驚く。アトラック=ナチャとは、クトゥルフ神話に登場する旧支配者の一角である。現実世界と夢の世界、ドリームランドの間に存在する深い谷に封印されており、そこで巣を作る作業を延々と続けている。巣が完成すると世界が滅ぶそうだ。
「な、何で旧支配者がここに!?」
さだめも驚いている。
「今度の生け贄は人間の子供か。子供を食うのは久しぶりじゃのう」
アトラック=ナチャは光輝とさだめを見て舌舐めずりをした。と、光輝はアトラック=ナチャの発言に違和感を覚える。
「…今度?」
アトラック=ナチャは今度の生け贄と言った。話の流れからして、最近生け贄を食ったのは間違いない。そういえば、と光輝は思い出す。この町には何人もの人間が調査に来た。町の人間の状態についてはレギース姉妹から聞いたが、調査員の安否については聞いていない。
「まさか…!!」
光輝の頭の中を嫌な予想がよぎる。
「気付いたみたいだね。今までこの町をたくさんの人が調べに来たんだけど、全員アトラック=ナチャ様の生け贄になってもらったよ。」
タニアが簡潔に説明した。予想通りだった。調査員は全員、この旧支配者に食われてしまったのだ。
「それじゃ、行くわよタニア。」
「うん、お姉ちゃん。」
自分達の後ろの壁を、手から出した衝撃波で破壊するキール。
「待て!!お前達は何者なんだ!?」
アトラック=ナチャが間にいるせいで逃走を阻止できない光輝は、代わりに姉妹が何者なのか訊く。
「私達はかつてこの星で生まれ、今はもうこの星を必要としていない者よ。」
「じゃあね。」
姉妹は逃げていってしまった。
「ほほほ。さて、早速食らってやろうかの。ほほほ…」
アトラック=ナチャは笑いながら凄まじい速度で走ってきた。
「くっ…!!」
「ううっ!!」
二人は左右に飛び退いてかわす。瞬間、
「そらっ!!」
アトラック=ナチャはさだめに尻を向け、糸を噴射した。
「きゃあっ!!」
「さだめさん!!」
不意討ちに対応しきれなかったさだめは糸に吹き飛ばされ、壁に張り付けられてしまう。
「お前の方がうまそうじゃ。後でゆっくり味わってやりたいから、そこで待っておれ。」
「貴様っ!!」
光輝は激怒して斬り掛かったが、アトラック=ナチャの前足の一本に受け止められる。
「うわっ!!」
即座に襲ってくる二本目の前足。光輝はそれをかわし、
「ブルーライジング!!!」
自分を強化して斬撃の嵐を浴びせる。だが、アトラック=ナチャは後ろの四本足で身体を支えながら上体を反らし、前の四本足で超高速の刺突を連続で繰り出してきた。アトラック=ナチャの足は鋼よりも硬く、一本一本が槍のように鋭い。まともに受けてしまえば、致命傷間違いなしだ。
「ほう、人間にしてはなかなか速いな。じゃがまだまだ!!」
刺突の速度を上げるアトラック=ナチャ。闇影武装を発動したレスティーにも匹敵する速度だ。光輝も途中からさばくので精一杯になり、それでもさばききれずに傷を負っていく。
「光輝!!くぅぅ…この糸、ネバネバして取れない…!!」
さだめは糸から抜け出そうともがくが、糸は非常に強い粘着性を持っており、全く離れない。とてつもなく頑丈で、切ろうとしても切れない。
「ゴールドライジング!!!」
自分を強化して引きちぎろうとしても、先ほどより少し糸が伸びるだけで、引きちぎるには至らない。
「このままじゃ光輝が…」
この糸の呪縛から自力で脱出するのは無理だと考えたさだめは、どうにかして今自分がいる場所からでもアトラック=ナチャを攻撃し、光輝を助ける方法はないかと考える。と、さだめは気付いた。今自分は、壁に接している。その壁は地面に接しており、地面にはアトラック=ナチャがいる。
(これだ!!)
幸い、アトラック=ナチャがさだめの考えに気付いた様子はない。
「エレクトリックバイト!!!」
さだめは壁に向かって全力の電撃を流す。彼女の足は地面から離れているが、こうすることによって電撃は地面に流れる。あとは流した電撃を操り、目標にぶつけるだけ。
「ぎゃあああああああああああああ!!!!」
自分が出せる全ての力を込めた電撃を受けたアトラック=ナチャは、甲高い絶叫を上げた。
「今だ!!」
勝機を見た光輝は羅刹刃に電撃を込め、アトラック=ナチャを斬りつける。
「サンダーブレイクブレード!!!」
「ぐぎぇぇぇぇぇぇ!!!」
ダメージを受けたアトラック=ナチャは後退した。
「さだめさん!!」
それを見計らってから光輝はさだめのもとへ行き、羅刹刃で糸を断ち切って救出する。
「大丈夫!?」
「うん。まだネバネバが残っててちょっと気持ち悪いけど」
「おのれ…ガキどもが…」
まだ窮地を脱したわけではない。アトラック=ナチャは、まだ倒れていないのだ。
「こうなったら、貴様らの魂を砕いてから食ってやる。」
アトラック=ナチャは憎しみに満ちた目で二人を睨みながら、呪文を唱え始める。間もなくして、二人を頭痛が襲った。
「ぐああああっ!!!頭がっ!!!」
「うああああっ…!!!」
あまりの痛みに崩れ落ちてしまう二人。精神攻撃系の魔術だ。このままアトラック=ナチャに魔術を使わせていると、二人は精神を破壊されてしまう。かといって妨害しようにも、そんな余裕がない。
「終わりじゃ!!」
最後の一節を唱えようとするアトラック=ナチャ。その時、
「ウオオオーンッ!!」
壁を破壊してバイアクヘーが飛び込み、体当たりでアトラック=ナチャを吹き飛ばした。
「ぬおおおっ!!」
呪文が完全に中断されたことで、二人の頭痛が止まる。慌てて立ち上がった二人。しかし、その直後、破壊された壁から入ってきた人物に目を奪われる。
その人物は、真っ黒なサングラスとローブを着用した老人だった。
「お、お前は!!」
アトラック=ナチャはこの老人を知っているようで、かなり慌てている。老人はそれを全く気にせず、ローブの中から一冊の本を取り出す。老人が本を開くと、文字が光ってアトラック=ナチャの足元に魔法陣が出現し、さらに鎖が伸びてきてアトラック=ナチャを拘束。魔法陣の中へと引きずり込んでいく。
「き、貴様…!!」
アトラック=ナチャは抵抗するが、鎖の方が強い。
「…帰れ。そして己の仕事に戻るがいい」
「ぐ…おおおおおお…!!!」
老人が言うと鎖の力がさらに強まり、魔法陣はアトラック=ナチャを完全に引きずり込んで消滅した。
「…大丈夫かね?かなり危なかったようだが。」
老人に声を掛けられて、二人は我に返る。
「…あっ、はい…」
「待ちたまえ。」
老人は本のページをめくると光輝に手を向けた。先ほどと同じように本の文字が光り、老人の手からも光が出て、光が光輝の傷を癒していく。
「すごい…あなたは?」
さだめはその光景に目を奪われながらも、老人が誰なのか聞き出そうとする。
「私の名は、ラバン・シュリュズベリィ。この町の人間を救いに来たんだが、どうやら遅かったらしい。」
「「ラバン・シュリュズベリィ!?」」
二人はまた驚く。ラバン・シュリュズベリィとはクトゥルフ神話に登場する有名な教授で、ダゴン秘密教団などの怪異と日々戦う邪神ハンターでもある。それが実在して目の前にいるなど、もはや奇跡の域だろう。
「今この星に危機が迫っている。私はそれを解決するため、旧神達から君達にも接触するよう言われているのだ。」
「驚いた…旧神まで実在してるなんて…」
「教授。あなたは知っているんですか?この町を襲ったのが何者なのか。」
さだめは質問する。シュリュズベリィはちょうど光輝の傷を治し終え、本を閉じた。
「知っている。だが、とにかくここを離れるのが先決だろう。」
「そ、そうですね…」
「では行こう。君達の仲間にも、今起こっていることを伝えねば。少し狭いが、我慢してくれたまえ」
シュリュズベリィはバイアクヘーを呼び戻して背中に乗ると、光輝とさだめも一緒に乗せた。
「そうだ。君達に黄金の蜂蜜酒の魔術を使っておかなければ」
シュリュズベリィは再び本を開き、呪文を唱えた。彼が持っている本は、見ての通りただの本ではない。彼自身の手によって書き著された魔導書、セラエノ断章だ。そしてこの本には、黄金の蜂蜜酒と呼ばれる特別な蜂蜜酒の製法が書かれている。黄金の蜂蜜酒とは、知覚を高めて、飲んだ者をあらゆる影響から保護する薬のような蜂蜜酒のことだ。これを飲みさえすれば、例え普通なら人体が耐えられないような速度で移動しても、地球から宇宙に飛び出しても、全く問題なく活動できる。またこれと同じ効果を持つ呪文も、セラエノ断章には記されている。今回シュリュズベリィが蜂蜜酒を飲ませず呪文の方を使った理由は、単純に光輝達が未成年だからだ。
「教授は僕達のこと、知ってるんですね。」
光輝は自分の身体が暖かい力に守られていく感触を感じながら、シュリュズベリィに訊く。
「旧神達から聞いた。どうやら彼らは、君達に期待しているらしい。」
「期待?」
「ああ。しかし、それはヘブンズエデンに着いてから話そう。」
すると、バイアクヘー達の腰にある器官が作動を始める。これはフーンという磁場を操る器官で、バイアクヘーはこれを使って光の400倍の速度でワープできるのだ。シュリュズベリィはハスターから借り受けたバイアクヘーを移動手段に利用しているため、黄金の蜂蜜酒が欠かせない。というわけで、シュリュズベリィも蜂蜜酒を飲む。
「さあ行くぞ。なに、向こうまではあっという間だ。」
三人は、ヘブンズエデンにワープした。
*
光輝達がレギース姉妹に出くわしていた頃、皇魔とレスティーはインドに修行に来ていた。今は休憩の意味も込めて、町に買い物に来ている。ここで食料などを買ったら、修行の再開だ。と、
「ねぇ皇魔。あれ…」
レスティーが何かに気付いた。彼女が見る先には、この町で一番高い建物がある。その建物の屋上に、上半身半裸の屈強な男性が立っていた。
「…?」
「あんな所で何してるのかしら?」
二人はただ呆然と佇んでいる男を見ていた。しばらく時間が立つと、男はズボンのポケットから石を取り出した。
「「ッ!!」」
その石を視界に捉えた瞬間、皇魔とレスティーを言い知れない恐怖が襲った。スピードで上回るレスティーが、皇魔より先に動き出す。一瞬で男の背後にたどり着いたレスティーは男の首に腕を回し、小太刀を突き付けた。
「あなた、今その石で何をしようとしていたの?」
「知りたいか?」
「ぐっ!?」
男はレスティーのみぞおちに肘を入れ、怯ませる。その隙に脱出した男はレスティーから離れ、石を高く掲げた。
「なら存分に味わえ。」
石が輝き始める。
「くっ!!」
レスティーは咄嗟に手裏剣を投げつけ、男の手から石を弾き飛ばした。同時に、石から町に向けて光が照射される。レスティーが弾き飛ばしたおかげで光は町全体には届かず、一部を照らした程度で済んだ。だが、光に照らされた範囲にいた人間は、なんと全員石になってしまった。
「なっ!?」
レスティーは驚いている。
「何だあの石は!?」
皇魔もだ。あと少しレスティーが石を弾き飛ばすのが遅かったら、二人もまとめて石にされていただろう。
「ふん、勘のいいやつだ。」
男が石に向かって手を伸ばすと、石は念力でも働いているかのように男の手に戻った。それから、町に目を向ける。今の騒ぎを見ていた町人達はパニックになり、町から逃げ始めていた。
「邪魔をしてくれたな。高くつくぞ…!」
男はレスティーを殴る。レスティーは両腕を交差させてガードするが、吹き飛ばされて落ちてしまう。もちろん転落死などというドジを踏むレスティーではなく、きちんと着地する。
「レスティー!!」
そこへ、皇魔が駆けつけてきた。男も腕組みをして降りてくる。重力を無視するかのように。
「仲間がいたか。だが何人いようと同じこと…少し憂さ晴らしをさせてもらう!」
男は襲い掛かってきた。レスティーは二本目の小太刀を抜き、皇魔は拳に覇気を込めて迎え討つ。男は皇魔の右ストレートと左フックをそれぞれ両拳で止め、レスティーの斬撃を身体で受ける。
「カッ!!!」
しかしダメージはなく、男が吼えると衝撃波が発生し、二人は吹き飛ばされた。
「これは…覇気か!?」
「否!!俺の気合いだ!!」
皇魔は男と殴り合う。
「皇魔!!」
レスティーが背後から手裏剣を投げつけるが、男は皇魔に気合いの衝撃波をぶつけて軽く飛ばし、手裏剣を蹴り飛ばした。
「うろちょろと!!」
男はレスティーに拳と蹴りを放ち、レスティーは受け流すが、
「鬱陶しいぞ!!!」
「うあっ!!」
男が口から発した衝撃波を受けて、吹き飛ぶ。
「覇道烈破!!」
皇魔は男に向けて覇気を放ち、
「光王掌!!!」
男も手から光線を出した。互いの力は拮抗する。
「砕滅轟波!!!」
「光王双掌!!!」
それを打開するため、上位の技を出す二人。力はせめぎ合い、大爆発を起こす。
「少しはやるらしいな。だがここまで町人が散ってしまった以上、もうこの町に用はない。憂さ晴らしも十分できた。次の町に行かせてもらう」
「行かせると思うか?貴様はここで終わりだ!!」
「二度とあんなことができないように叩きのめしてから、しっかり事情を聞かせてもらうわよ!!」
町を離れようとする男と、それを阻止しようとする二人。
「貴様らほどの強者に何もせず帰るというのも無礼か。なら、置き土産をさせてもらおう。ふん!!」
男は地面を殴りつけた。すると、男の背後に巨大な魔法陣が発生し、そこから光の柱とともに巨大な怪物が現れたではないか。ヒキガエルのような頭とコウモリのような羽、ナマケモノのような体躯と獣毛を持つ怪物だ。
「こ、これってまさか…」
「…理事長から聞いた特徴と一致している。こやつは…ツァトゥグァ…!!」
二人は怪物の姿を見て畏怖する。ツァトゥグァはクトゥルフ神話に登場する邪神の一角だ。非常に強大な力と豊富な知識を持っている。ただ、非常に怠惰な神でもあるので…、
「ZZZ…ZZZ…グォ~…グォ~…ZZZ…」
寝ていることがほとんどだ。今も寝ている。
「…起きろ。」
「ほぐぅっ!!」
男に腹を殴られて、ツァトゥグァはようやく起きた。
「何をする貴様~!!せっかく気持ちよく寝ているところを起こしおって!!」
そして、寝起きが非常に悪い。
「悪かったな。お前のために生け贄を用意してあるから、それで帳消しにしろ。」
「生け贄…ふん、許してやろう。」
ツァトゥグァは男を許した。
「俺の名はディノクス・ボーゲル。もしお前達がツァトゥグァを相手に生き残れるようなら、また会おう。」
男はディノクスと名乗ってから、姿を消した。
「ちっ…厄介な相手を残していきおって…!!」
「とにかく、ツァトゥグァを倒さないと!!」
「闘界覇神拳奥義・覇氣鎧装!!!」
「忍法・闇影武装!!!」
相手が神なら小細工は通じない。自分達に出せる全力を出さなければ、絶対に勝てない。二人は奥義を発動して、ツァトゥグァに立ち向かう。
「ふははっ!!来ぉい!!」
ツァトゥグァは拳を振りかざす。皇魔はそれに合わせて拳を繰り出す。ツァトゥグァの拳を弾き返すことには成功したが、代わりに皇魔の腕の鎧が砕け散ってしまった。
「な、何!?」
予想以上のとんでもないパワーだ。
「手裏剣無限分身の術!!!」
大量の手裏剣を投げるレスティー。だが、手裏剣は一本も刺さらず、逆にツァトゥグァは自分の体毛を無数の針として飛ばしてきた。
「くっ!!」
レスティーは空中を蹴って回避し、
「忍法・紫電狼牙の術!!!炎鬼童の術!!!」
「砕滅轟波!!!」
皇魔と協力して必殺技を放つ。しかし、
「ゴァァァァァァァァァァァァ!!!!」
ツァトゥグァは口から巨大な光線を吐いて、全ての攻撃を打ち破った。
「あああっ!!!」
「ぐあっ!!!」
その余波が二人を襲う。
「ゲババババ!!もうおしまいか!!弱すぎるぞお前達!!」
ツァトゥグァは余裕たっぷりで笑っている。
「なんという強さだ!!これが旧支配者か…!!」
「勝てない…!!」
ナイアルラトホテップほどではないが、ツァトゥグァも強かった。あの時は防戦に回っていたから持ちこたえられたのであって、今回は倒すつもりで戦っている。そのせいでもあるのだろうが、二人は追い詰められていた。
「死ねぇっ!!」
再び拳を振り下ろすツァトゥグァ。
だが、その豪腕は突如として現れたハスターに片手で止められた。
「お前は!!」
「ハスター!?」
皇魔とレスティーは驚く。
「久しぶりだな。」
ハスターは顔も見せず、ツァトゥグァを見たまま素っ気なく言った。
「むっ!?お前はハスター!!封印されていたんじゃなかったのか!?まあいい。そこにいるのは俺の生け贄だ。だからどけ!」
「そうはいかん。こいつらを助けるよう教授に頼まれているんでな」
「教授~?…シュリュズベリィ!奴も動いているのか!?」
「そうだ。」
「うぬぬ~っ!!そうだとしてもだ!!その生け贄は渡してもらうぞ!!」
ツァトゥグァはもう片方の拳で、皇魔達を攻撃しようとする。
「そうはいかんと言っている。」
しかし、ハスターも残っている手を振った。瞬間、ツァトゥグァの周囲にかまいたちが発生し、ツァトゥグァの全身を切り刻んだ。
「うげげ~っ!!」
ツァトゥグァはダメージを受けて下がる。
「ち、調子に乗るな!!お前ごとき、俺の敵ではないわ~!!」
ツァトゥグァは怒って光線を吐いた。対するハスターは自分の片手に黄色い剣を出現させ、光線を斬り裂き、もう一度振った。その一振りによって突風が生まれ、またツァトゥグァを切り刻む。
「すごい…」
レスティーは感嘆していた。これが、神々の戦い。メタルデビルズのような偽神とは違う、本物の神々の闘争。
「お、お前いつの間にこんなに強くなった!?一体何をしたんだ!?」
「お前に教える必要はない。それよりどうする?まだやるか?」
ハスターはもう片方の手にも剣を出現させる。
「うぐぐぐ…もういい!!」
ツァトゥグァが怒ると、彼の目の前に魔法陣が現れた。
「帰る!!帰って寝る!!ふて寝してやるわ!!」
ツァトゥグァは魔法陣の中へと消えていき、魔法陣も消滅する。
「…ふん。雑魚が」
ハスターも剣を消した。今のハスターの力はナイアルラトホテップによって数倍以上に高められているので、ツァトゥグァが相手でも雑魚のようにあしらえる。
「お前達、大丈夫か?」
「え?あ、ええ。助かったわ」
「強いな。さすがは神といったところか」
「世辞はいい。それより、お前達に話さなければならないことがある。」
ハスターは自分がシュリュズベリィに言われて来たことを語る。
「このことを、お前達の仲間にも知らせなければならない。今すぐヘブンズエデンに行くぞ。場所はシュリュズベリィから聞いている。俺の肩に手を置け」
ハスターは二人に自分の肩に触れるよう言った。それに従う皇魔とレスティー。
「…行くぞ。」
ハスターが短く言うと三人の周りに竜巻が発生し、竜巻が消えた時、三人は消えていた。
おばあさんなアトラック=ナチャ、世紀末なツァトゥグァ。いかがだったでしょうか?
人々が石化する現象。現れた謎の敵。その敵達が神官長と呼ぶ男。全てを知るシュリュズベリィとハスター。二人が説明する前に、ゲイル達四人とエリックのエピソードを語ろうと思います。
では、また次回。




