第四十一話 譲れない戦い
今回は、傭兵というものを再認識する回です。
「まったく、あなたは本当に無茶をするのが好きよね。」
医療ポッドに入れられた影斗を見ながら、フィスは言った。
「…すいません」
フィスを怒らせるのが嫌なので、影斗は素直に謝る。
「ったく…ミレイヌ様が直々にお迎えに行って下さらなかったら、あなたアザトース達に殺されていたのよ?リベンジしたかったって気持ちはわかるけど、相手を選びなさい。」
「…はい」
影斗がイズマ達と一緒に帰還しなかったのは、以前アザトースとの戦いで経験した惨敗を、リベンジするためだった。結局影斗とアザトースの力の差は全く埋まっておらず、ミレイヌに救ってもらうことになったわけだが。しかし、得るものまで何もなかったわけではない。この戦いを通して影斗は、ミレイヌが持つ恐るべき力の片鱗を垣間見ることができた。ほぼ不意討ちだったとはいえ、アザトースとナイアルラトホテップを同時に相手にして吹き飛ばしたのだ。自分は全く敵わなかったというのに。どうやら、目指す力はまだまだ遠そうだ。
(だが、必ず到達する。その時にはこのヴァルハラにいる全員を嘲笑ってやるぜ)
戦いへの野心を秘めながら、影斗は再び己の力を高める期間が来たと悟る。
「まぁ、あなたが無事でよかったわ。ミレイヌ様もあなただけは失いたくないって仰られたし」
「え?アザトースに地球を破壊されると困るからじゃなかったんですか?」
影斗はあの時ミレイヌが助けに来た理由を知らされていない。てっきり、アザトース達を鎮圧するために来たものだと思っていたが、よく考えるとそれならもっと徹底的に戦うはずだ。あんな顔見せ程度の登場で済ませるはずがない。
「それもあるわ。でもね影斗、ミレイヌ様は何よりも部下を失うことに心を痛めておられるの。特にあなたは、新しいトップソルジャー候補だから。」
「オレが?」
「ええ。ヴァルハラもかなり大きくなったし、私一人でボーグソルジャー達をまとめ上げるのも、そろそろキツくなってきたのよ。最終計画発動に備えて、もっと大きくしなきゃいけないしね。だから私が新しいトップソルジャーを増やしてもらうよう進言したら、あなたが適任だって言われたの。」
これは驚いた。ミレイヌは前から部下想いな女だと思っていたが、まさか自分一人を助けるためだけに出動するとは思っていなかった。また、フィスがそのような配慮を回していたことにも驚いた。
「私も早くあなたと同じ立場で一緒に戦いたいわ。そのためには、不必要な無茶は避けること。あなただって、ミレイヌ様にご恩があるでしょ?だったら、身体は大切にしなきゃ駄目よ。わかった?」
「…はい」
「よろしい。それじゃあ私はミレイヌ様の所に戻るから、早く傷を治しなさいね。」
フィスは玉座の間に戻っていく。影斗はそれを、黙って見送っていた。トップソルジャーフィス。仲間から話を聞いただけなので詳しい事情を知っているわけではないが、彼女は元々紛争地帯の生まれで、味方からも恐れられるほどの戦闘狂だったらしい。何でも当時は、一日に一度血を見ないと気が済まなかったとか。今でこそその性格はナリを潜めているが、彼女が人間形態に戻れなくなったのは再改造を何度も繰り返した副作用だからである。そこまでの再改造をしたのは、さらなる戦いと強さを求めて。多少収まっただけで、戦闘狂という性格自体は治っていないのだ。
(他人の心配なんかしてる場合かよ)
結局のところ、今のフィスの姿は無茶が祟ったせいである。いくら他人を心配していようと、自分が悲惨な目に遭っていれば世話はない。が、フィスの生き方に共感を覚えたのは確かだし、彼女からの配慮も素直に嬉しかった。
(…見てみたかったな、トップソルジャーの人間形態)
できることなら、フィスが再改造をする前にヴァルハラに入りたかったと思う影斗だった。
*
ヘブンズエデンの中庭。
「バルザイの偃月刀!!」
覚醒したアンジェはゲイルの前に立ってバルザイの偃月刀を召喚し、正面で高速回転させる。
「コスサインシール!!」
エルダーサインブーストと同じ要領で新しい紋章を生み出したアンジェは、その紋章をゲイルに向かって飛ばす。紋章はゲイルに当たると、ゲイルの中に吸い込まれていった。ゲイルは上着を脱いで上半身をさらす。彼の胸には、先ほどアンジェが飛ばした紋章が手のひらサイズまで小さくなって、刺青のように焼き付いていた。
今アンジェが描いたのはコスの印。次元の門を閉じるための印だ。コスサインシールはその印を飛ばすことによって、次元の門を封じ込める技である。なぜアンジェがそんな技をゲイルに使ったかというと、エドガーからの話が原因だからだ。彼の独自の分析によると、アデルとアザトースの間には精神を行き来させるための道のようなものができているらしい。道があるということは、門もあるということ。コスの印を使ってその門を閉じることで、アザトースの憑依を阻止できないかということだ。これが合っているかどうかはわからないし、アザトースが相手ではどの程度効くのかもわからないが、気休めくらいにはなるだろうと、アンジェはゲイルにコスサインシールを使った。
「これでいいのか?」
「うん。多分、大丈夫。」
ゲイルはアンジェに確認を取り、アンジェは元に戻りながら自信なさげに答える。仕方ない。クトゥルフ神話の中でも、アザトースについての記述は極端に少ないのだ。ましてや、あのナイアルラトホテップさえ前例がないと言っていた事象なのだから、素人の彼女らが対処法など知るはずがない。本当に、気休め程度だ。
「…」
と、ゲイルはそばで見ていた空子が顔を赤くしているのに気付く。
「どうした?」
「…早く服着なさいよ。」
「…ああ。」
ゲイルは上着を着直す。
「まぁ、今はさっきの技に頼るしかねぇよ。リミッターの件もあるし、大丈夫だろ。」
同じく付き添いで来ていた狩谷が、空子の気持ちを察してか話を戻す。
「ああ。そうだな」
ゲイルも正直、かなり不安だった。いつ大切な仲間を手にかけてしまうか、わからないのだ。気が気でない。
「アンジェ」
ゲイルはアンジェを呼んだ。
「何?」
「…いざというとき俺を戻せるのは、お前だけだ。なるべく俺のそばにいてくれ」
「!!」
この言葉に一番強く反応したのは、空子だった。アンジェではなく、空子だった。空子は自分がゲイルの発言に反応したことを悟られないよう、必死に無反応を取り繕った。
「うん、そうだね。なるべくそうする」
アンジェは了承する。
「…でも、心配といえばエリックもそうよね。」
空子は別の話題を切り出した。エリックにもゲイルと同じ処置を施そうとしたのだが、
『結構です。自分の身は自分で守れます』
と拒否された。確かにナイアルラトホテップの支配から自力で脱出したところから見ても、問題はないのだろう。しかし、それでも心配なものは心配だった。
「…心配するだけ無駄だな。あいつは他人の気持ちってもんがわからねぇやつだからよ」
狩谷の言う通りだ。エリックは自分以外のものを信じようとしない。信用できるとしたら、自分にとって有益なものだということが確定したものだけだ。そんな人間に、他人の気持ちが理解できるだろうか?無理だ。
「いずれにせよ、放っておくしかない。しつこく言えば、逆効果になる。怒らせたら何をするかわからないからな」
本当に、面倒な男だった。
「…そろそろ授業の時間だ。戻るぞ」
「あっ、待ってゲイル!」
ゲイルとアンジェは教室に戻っていく。空子は動かず、二人の姿を見ていた。
「…こんなこと言ったって何にもならねぇかもしんねぇ。けど言わせてもらう。気にすんな」
狩谷は今度こそ空子の心中を察して、言葉を掛ける。本当は何と言っていいのかわからなかったが、とにかく言わずにはいられなかったのだ。
「…別に。気にしてなんかないわよ」
嘘だ、と狩谷は思った。明らかに気にしている声色だ。やがて空子は、とつとつと話し出す。
「あたしの力じゃ、アザトースが憑依したゲイルを元に戻すことはできない。それができるのはナイアルラトホテップか、アンジェだけ。わかっているのよ。あたしには、ゲイルに何もしてあげられないんだって。」
「それを言ったら俺だって同じだ!」
「あんたはアザトースに操られたアンジェを元に戻したじゃない!」
「っ!それはメイリン先生が手を貸してくれたからで」
「メイリン先生一人じゃ無理だったわ!あんたがいたから、アンジェは元に戻せたのよ!」
「それはっ…!」
狩谷はそれ以上、言い返せなかった。涙を流しながら振り向いた空子の顔を、見てしまったから。
「…あたしにはできなかった。いくら声を掛けても!あたしにはアンジェを元に戻せなかったのよ!当たり前よね。自由になれなかっただけで、意識はあったんだから。あたしの声は聞こえてたんだから」
空子にできるのは、弾丸を誰よりも速く放ち、敵に命中させることだけ。アンジェのような、特殊すぎる力を持ち合わせてはいない。その特殊すぎる力がなければ、ゲイルは救えないのだ。何で自分にはこんな力しかないのかと、空子は自分で自分が恨めしくなる。
「…ヘブンズエデンに来る前、時々思ってたのよ。あたしは、生まれてきちゃいけなかったんじゃないかって。」
両親からも白い目で見られ、周囲からも疎まれていた当時の空子は、自分が生まれてきた理由、生きる意味を理解できなかった。彼女の能力も、日常生活では全くと言っていいほど役に立たない。その役立たずな能力は、ここに来てもまだ、役立たずだった。
「誰かを助けられない力なんて、持ってても意味がないじゃない!あたしも役立たずなのよ!あたしみたいな人間は、やっぱり生まれてきちゃいけなかった。あたしは…あたしは…」
続きを言おうとした時、
「馬鹿たれ!!」
空子は、狩谷に抱き締められた。
「そんなこと言うなよ。俺は、何度もお前に助けられた。ヘインズとの時だって、お前が来なきゃ殺られてたんだ。ゲイルやアンジェだって、お前に助けられてる!お前は生まれてきてよかったんだ!」
狩谷は、数え切れないほど空子に救われた。肉体的にも、精神的にも。ゲイル達だってそうだ。強敵に苦戦する彼らの突破口を、空子が開いたこともある。
「お前を必要としてるやつなら、ここにいる!俺は絶対にお前を見捨てない!」
いつしか狩谷にとって空子の存在は、ゲイルやアンジェより大切なものになっていた。だから、絶対に失いたくなかった。誰にも、渡したくなかった。あげたくなかった。
「…とはいえ…」
狩谷は空子を離す。
「決めるのはお前だ。ゲイルのこと、まだ諦めてないんだろ?」
「…あっ…う、うん…」
突然のことに放心状態になっていた空子は、己を取り戻す。
「やっぱりな。けど、お前に任せる。お前は自分が好きなやつに、好きだって気持ちを通せばいい。俺はお前を見守るだけだ」
狩谷はそれだけ言って、教室に戻っていった。
「…何よ…そんな風に言われたら…」
一人残された空子。
「…断るに断れないじゃない。」
涙は止まっていたが、顔は赤いままだった。
*
アーサーから事情を聞いたエドガーは、彼を自分の秘書として雇うことにした。周囲の人間は反対したが、エドガーにとってはその方がいろいろと対応しやすいのだという。幸いアーサーは元デザイアの幹部ということもあって秘書の仕事を経験しており、それなりに有能だった。それに自分が知る限り全ての情報を提供し、少しでも協力しようと試みている。結果、デザイアのアジト、フォビドゥーンの位置はわかった。しかし、皇魔達にとってその情報は必要なかった。もう知っているからだ。だが、知っていながら攻め込んでいない。敵が強すぎて、隙がないから。今まで鬼宝院と霊宮寺は、ルーラー達との戦いに幾度も負け続けてきたのだ。あの剛造でさえ、うかつには手が出せない。今はとにかく腕を磨いて、機を待つべきなのだ。
「理事長。」
「何だね?」
「…あの子達は大丈夫でしょうか?」
アーサーはエドガーから話を聞き、ゲイル達が大変なことに巻き込まれていると知った。そのことについて、大丈夫なのかと訊く。
「…わからないねぇ…」
エドガーにも、この先彼らがどうなるかはわからなかった。こんなことならイス人達からアザトースについて聞いておけばよかったと後悔したが、あの時の自分はこんなことになるなどとは想像もできなかったのだ。また教えてもらっていたとして、どうにかできたとも思えない。
「もう彼らに賭けるしかないよ。我ながら無責任ではあると思っているけどね…」
ゲイル達ならどうにかできると、信じるしかなかった。
(ここを乗り越えられなければ、彼女を止めることは…)
*
アザトースとナイアルラトホテップの二柱神と対決してから、一ヶ月近い時間が経った。その間アザトースがゲイルに憑依することはなく、どうやらアンジェの封印は効いているらしい。またエリックにナイアルラトホテップが乗り移ることもなかった。あの一件からナイアルラトホテップはエリックを簡単に片付けられないとわかったはずだから、万一に備えて慎重に行動しているのだろう。ちなみにヨグ=ソトースの再降臨やハスターとの再会、その他の神話生物と出会うこともなく、ゲイル達はいつも通り依頼に挑戦していた。まるで嵐の前の静けさのような、そんな不気味さを感じさせるほど、何もない。ヴァルハラやデザイアとの戦闘すらなかった。
そんなある日のこと、ゲイルとアンジェはとある任務に参加した。任務の内容は、拠点の防衛。現在謎の敵と交戦しており、防戦一方で劣勢とのこと。
「ヴァルハラか?それともデザイアか…いずれにせよ、参加する必要があるな。」
このところゲイルは、ヴァルハラやデザイアについての状態を躍起になって探していた。なぜ奴らは突然行動を控えたのか。一体何を考えているのか。それを知るためだ。
「じゃあ、狩谷くん達も誘わないとね。」
「ああ。」
ゲイルとアンジェは狩谷と空子を誘い、任務を受けた。
任務先はアラスカの砂漠地帯。ここに一つのわりと大きな砦があり、多くの兵士達が立て籠って抵抗していた。砦を襲っていたのは、ヘルポーンだ。
「全員奮起せよ!あと少しで増援が到着する!それまで全力で踏みとどまれ!だが死ぬな!必ず生きてこの拠点を守りきるのだ!!」
隊長を勤める一人の兵士が指揮を取り、隊員達は奮起する。しかし、倒しても倒しても、ヘルポーンは押し寄せてきていた。
「隊長!砦の周辺を完全に包囲されました!」
「負傷者多数!このままでは全滅です!」
「くっ…」
状況は極めて劣勢。隊長は一つの決断をする。
「俺が出る!その間に負傷者を奥に運び込め!」
「しかし隊長!あなたが倒れれば、我が部隊の士気は極限まで低下します!」
「どうか考えを改めて下さい!ここは我々が…!」
「心配するな。俺がヘブンズエデンの卒業生だということを忘れたのか?あの程度の連中に敗れることはない!!」
「隊長!!」
部下が引き止めるのも聞かずに隊長は飛び出し、手から放たれた衝撃波でヘルポーンをなぎ払う。
「来い!!貴様らの相手は俺だ!!」
それから、近付いてくるヘルポーンを次々と殴り倒していく。
「隊長を援護しろ!!絶対に死なせるな!!」
その勇姿に士気を高めた兵士達は、反撃に転じる。
「隊長のお出ましか…やっと出てきてくれたわね。」
両肘にブレードを装備した女声のボーグソルジャーが、ようやく自分の出番が来たとばかりに前線に立つ。
「エマソン様、イカガナサイマスカ?」
そばにいたヘルポーンが質問する。
「そのまま攻撃を続けなさい。ただし、攻撃目標は砦のみよ。あの男は私が殺るわ」
「了解。攻撃続行」
ヘルポーンは了承して、任務を伝える。
「そこの隊長さん!」
ボーグソルジャー・エマソンは、単身隊長の前に立つ。
「貴様が親玉か!」
「そうよ。私はヴァルハラのボーグソルジャー、エマソン。あなたの名前を教えて下さるかしら?」
「…如月進一郎だ。」
「じゃあ進一郎さん。私と戦って下さる?」
「いいだろう。貴様を倒して活路を開く!!」
隊長は突然現れた異形の怪物に一瞬怯んだが、ヘルポーン達の隊長だとわかると戦意を高め、進一郎と名乗ってエマソンと戦う。
エマソンのブレードをかわして腹部に拳を叩き込んでいく進一郎。
「なかなかの威力ね。それにずいぶんと戦い慣れているみたい」
だが、どうもあまり効いていないようだ。
「ならば!!」
進一郎はエマソンのみぞおちに手を当て、衝撃波を放って吹き飛ばした。彼はヘブンズエデンの卒業生であり、『念力』と『身体強化』の二つのアーミースキルの持ち主だ。
「ん~のっ!!」
かなり吹き飛ばされたが、すぐに復帰するエマソン。
「今だ!!撃て!!」
「あの化け物を撃ち殺せ!!」
兵士達はその隙を逃さず、マシンガンやRPGなどをエマソン目掛けて一斉に発射する。エマソンはブレードを振り回してそれら全てを斬り払うと、
「…邪魔よ。」
両肩にそれぞれ三連装の砲門を出現させ、そこから大量のレーザーを発射して兵士達を撃ち抜いた。
「貴様!!」
「さぁ、続きを始めましょう。」
激怒する進一郎と、余裕のエマソン。
その時、
「はあああああああ!!!」
横からゲイルが飛び込んできて、エマソンにプライドソウルの一撃を浴びせた。間一髪で防御したエマソンはすぐに退く。
「お前は!?」
「遅れて申し訳ありません。ヘブンズエデンからただ今到着しました!」
「おお!!」
ゲイルは自分がヘブンズエデンから来た身であることを伝える。
「やはりヴァルハラ絡みだったか。俺が相手だ!」
「ふん、たった一人で何ができるの?」
エマソンが尋ねた時、砦の周辺で爆発が起きた。
「エクストリームテンペスト!!!」
狩谷がエルダーキングから風を放ってヘルポーンを吹き飛ばし、
「ギガトラッシュ!!!ライフイーター!!!」
空子が二丁銃で弾幕を張って圧倒する。
「バルザイの偃月刀!!!」
アンジェはバルザイの偃月刀を召喚して力を込め、
「ファイヤーシャインウェーブ!!!」
思い切り振り下ろす。するとバルザイの偃月刀の刃から白く光る巨大な炎が広がり、ヘルポーンを多数巻き込んだ。
「仲間がいたのね…」
「それだけじゃない。アデル、起動!!」
ゲイルはアデルに変身してみせる。
「メタルデビルズ…!!」
エマソンはアデルの姿にかなり驚いていた。
「…ここは退いた方が良さそうね。全軍撤退!!」
エマソンは号令を掛け、ヘルポーンとともに引き上げていく。進一郎達の勝利だ。砦から歓声が上がる。
「助かった。よく来てくれたな」
進一郎は例を言う。間もなくして、少し前から手配していた補給部隊と新たな増援部隊が到着し、ひとまず安全を確保した。
*
ゲイルと空子は進一郎と三人だけで、話をしている。狩谷とアンジェは魔術アイテムの力を使って、負傷者の治療にあたっていた。バルザイの偃月刀にもまた、魔術関係の回路が備わっているのだ。
「…ところで、理事長先生はどうしている?俺はヘブンズエデンの卒業生だから、気になってな。」
現在の状況と、さらなる増援を待つために翌日まで防衛する必要があるということを話した進一郎は、二人に尋ねる。久々に現役の訓練生と会ったし、エドガーも訪ねていないので、少し気になったのだ。
「元気ですよ。…よく趣味の話をして下さいます」
「いろいろ発明もして下さっています。」
「そうかそうか、相変わらずだな。」
進一郎は二人から話を聞き、エドガーが自分が在校していた時と全く変わっていないことを知って笑う。
「ところで、お前はあのエマソンと名乗っていた化け物について知っているらしいな。良ければ教えてもらえないか?」
話題を変えた進一郎。戦う以上は敵について知らなければならない。ゲイルは自分がアデルであることも含めて、包み隠さず話す。ヘブンズエデンの卒業生だから、別に問題はないだろうと判断したのだ。
「…なるほど、お前達もずいぶんと厄介な話に巻き込まれたんだな。だが、戦いというのはそういうものだ。」
進一郎はゲイル達の話を聞き、自分について語り出す。
彼は幼少の頃、銀行強盗に人質に取られたことがある。強盗犯は三人いて、そのうちの一人が進一郎を人質にしていた。だがその強盗犯はよほど焦っていたのか、進一郎の目の前で彼に突き付けていたナイフを取り落としてしまう。進一郎はそのナイフを無我夢中で拾い上げ、男を刺した。それで強盗側に隙が生じ、警官隊が突入して事件は解決。だが進一郎が刺したナイフは強盗犯の急所を貫いており、病院に搬送されるも死亡した。これが、如月進一郎が生まれて初めて行った殺人だった。未成年だったこともあってどうにか正当防衛が通り、罪には問われなかったのだが、彼を待っていたのは凄まじいまでの罪悪感だった。人を殺してしまったという意識はいつまでも心に残り、進一郎を苦しめ続けたのだ。この苦痛から解放されたい。そう思った進一郎が考えたのは、殺人に慣れることだった。人間は慣れる生き物だ。殺人を重ね続けて、慣れてしまえば、苦しまなくて済む。なら人を殺しても罪に問われることのないヘブンズエデンに行こう。進一郎はそう考えた。まともな人間ならそれがどれだけ愚かな行為かわかるはずだが、当時の進一郎は苦しみから逃れることしか頭になかった。
それから進一郎はどんな相手と戦っても殺せるよう、ひたすら力を求めた。それはもう、必死に。こうして、去年のアーミートーナメントで優勝するほど強くなったのだ。
「確かに殺しには慣れた。だが代わりに待っていたのは、虚しさだけだった。」
殺しに慣れてからも、進一郎は戦い続けた。しかし、戦えば戦うほど、進一郎の胸中には虚しさが込み上げていった。それでも戦いに勝てば、少しは虚しさが晴れる。だがその後にはさらなる虚しさが訪れ、それは戦いでしか晴らせなかった。そして虚しさを晴らすために戦い、気が付けば、もう戦いなしでは生きられなくなっていたのだ。
「…戦いというものは、いつでも自分が巻き込まれる形で始まる。そして時に戦いなしでは生きられない、俺のような傭兵になってしまう。お前達は傭兵だが、まだ俺のように戦いに染まりきってはいない。」
そこで一度話を切った進一郎は、自分が何を伝えたいかを言う。
「…俺のようにはなるな。」
*
「あ、ゲイル。空子」
話を終えたゲイル達は、アンジェ達と合流した。どうやら治療は終わったらしい。とりあえず、四人は見張りをすることにした。あのボーグソルジャー達がこの程度のことで諦めるとは思えない。次の襲撃に備えて、見張る必要がある。
「…ねぇゲイル、空子。何かあったの?」
アンジェは敵よりも早く、二人の様子に気付く。二人は進一郎に言われたことを話す。
「へぇ…けど、別に関係ないんじゃねぇか?俺らそんなエリックみたいにはなってねぇし。」
狩谷は言う。しかし、ゲイルの面持ちは沈痛なままだ。
「…俺にはあの人の言ったことの意味が、わかる気がする。」
「えっ?どういうこと?」
アンジェは聞き返した。
「…俺がヘブンズエデンに来たのは、ミライさんの遺志を継ぐためだ。だが…」
ゲイルはテロリストに巻き込まれ、結果ミライは死んだ。そして死んだミライの悲願を果たすために、果たせるだけの強さを得るために、ヘブンズエデンに来た。しかし、気付けばゲイルはメタルデビルズに改造され、ヴァルハラやデザイア、邪神達との死闘を余儀なくされてしまっている。
「もう後戻りできない所まで来ているんだ。もしかしたら俺は、進一郎先輩のようになってしまうかもしれない。」
ここまで来てしまえば、もう平和な日常に戻るなど不可能な話である。改造人間という兵器にされてしまった時点で、ゲイルには戦う以外の道はなくなっていたのだ。
「それだけじゃない。俺はいつしか、アザトースなんて絶対に勝てるはずのない怪物とまで戦ってしまっている。」
絶対に敵に回してはいけない相手まで敵に回した。しかも、これはゲイルの意思ではない。勝手にだ。一番最初に戦うという選択肢を選んでしまった結果だ。ゲイルは戦いというものの恐ろしさを、再度認識している。
「…言われてみりゃそうだよな。俺だって妹の仇討ちのためにヘブンズエデンに来たが、いつの間にか戦いも戦う理由も大きくなってるし。」
「あたしはただ自分の居場所が欲しかっただけ。でもそこに居続けるためには、居場所と自分を守らないといけないわ。」
「私は人間になりたかったけど、はっきり言ってどうでもよくなっちゃった。戦いが激しすぎて、それどころじゃないんだもん。」
しかし、それはゲイルだけではない。狩谷も、空子も、アンジェも、いつしか自分が定めた目標以上の戦いを強いられている。その戦いがどれだけ危険で恐ろしいものかということも、よく理解していた。
「でも、やっぱりそこから逃げ出したりしちゃ、いけないんだと思う。」
空子は言った。例えどんなに大きく危険な戦いであったとしても、目の前にある戦いから逃げてはいけないのではないかと。
「だって怖いからって逃げてたら、一生逃げ続けることになるでしょ?それじゃ何も解決しないし、前に進むなんて絶対無理。」
逃げたところで、生きている限り戦うことは少なからずある。それらの戦い全てから逃げ続ける、という生き方もあるにはあるだろう。ただし、何も解決しない。逃げるということは、戦いを放棄するということ。つまり、負けたのと同じだ。逃げなければならない戦いだってあるだろう。しかし、全ての戦いが逃げるべき戦いというわけでもない。むしろ、必ず勝たなければならない戦いがほとんどだ。勝つには、戦わなければならない。
「要するに、心を強く持ってりゃいいってことだ。」
狩谷は結論を言った。自分の心さえ強ければ、どんな戦いにも恐れずに立ち向かえるし、勝つこともできる。
「困ったら私達を頼ってくれればいいよ。一人じゃ怖くても、私達が一緒なら怖くないでしょ?」
ゲイル一人では勝てない戦いもある。だが、自分がそばにいるとアンジェが言った。例え道を外れようとも、必ず引き戻すと。
「…ああ。すまないな、本当なら悩む必要もないことを、俺は弱いからすぐぶれてしまう。」
ゲイルは礼を言いながら、同時に反省する。
「ホントよ!こんなによくぶれる人なんて初めて見たわ!…まぁあたし達とは抱えてる闇の大きさが違いすぎるし、仕方ないんだけどね…」
ふとしたことで地球を滅ぼしかねない闇を宿してしまったゲイル。本来なら全てに絶望して発狂してもおかしくないというのに、彼はこの程度で済んでいる。空子から見れば、ゲイルは十分強かった。
「ぶれたっていいよ。私なんてヘブンズエデンに来るまでは、ずっとぶれっぱなしだったし。まぁ何かあっても…」
アンジェはゲイルの右腕に抱きつく。
「私がいるから大丈夫♪」
「お、おい!」
ゲイルの顔が一気に赤くなる。
「…」
空子がそれを見ていると、
「おっと手が滑った!」
「きゃっ!」
狩谷が後ろから、わざとらしく背中を押した。空子はバランスを崩し、ゲイルの左腕に抱きつく。
「おい狩谷!」
「狩谷!」
「へへへ~」
ゲイルと空子にダブルで怒られても、狩谷は平気だ。
その時、
「敵襲ー!!敵襲ー!!」
兵士の一人が叫んだ。空子が見てみると、遠くからヘルポーン達がやってきている。戦車や軍用ヘリも見えた。その先頭には一台の戦車があり、その上にエマソンが仁王立ちしている。
「さっき以上の戦力を連れて来たわ。攻撃開始!!」
エマソンの号令でヘルポーン達は一斉に攻撃を始め、砦を包囲するように進軍してくる。
「敵か!!」
進一郎が飛び出してきた。
「隊長!!」
「お前達は雑魚どもを迎撃しろ。俺は指揮官を叩く!!」
「俺も行きます!!」
「頼む!!」
兵士達に指示を出した進一郎は敵陣に突っ込んでいき、
「アデル、起動!!」
ゲイルもアデルに変身する。
「聞いての通りだ。俺は先輩を援護する!雑魚は任せたぞ!」
「ああ!」
「ええ!」
「うん!」
狩谷達は了承し、アデルは進一郎を追って飛び出す。
「ダゴン!!ヒュドラ!!」
途中でダゴンとヒュドラを出し、進一郎を援護しながらエマソンのもとまでたどり着く。
「来たわね。でもメタルデビルズ、あなたに用はないの。だから相手を用意してあげたわ!」
エマソンが手を上げると、三体のボーグソルジャーが飛び出してくる。アデルはその三体に、見覚えがあった。
「ダースだと!?」
そう、現れたボーグソルジャーは三体ともダースだった。
「ボーグソルジャーのデータを元に、アンドロイドとして再生させた戦士、リバイバルソルジャー。そのダース版よ。あなたはこのダースに相当苦戦したそうじゃない?いくらアンドロイドとはいえ、三体が相手ならどうかしら?」
「くっ…」
「やれ!!」
エマソンの号令で、ダース達が襲ってくる。
「あなたには私の相手をしてもらうわよ、進一郎さん?」
「望むところだ!!」
エマソンと進一郎は一対一で戦う。
*
「ロックンロールハリケーン!!!」
狩谷は空からバルカンやミサイルで攻撃してくるヘリに風をぶつけ、ミサイルや弾幕を打ち破り、気流を乱して墜落させる。狩谷のアーミースキルなら、空中にいる相手を一方的に撃破できるのだ。
「ハウリングシュート!!!」
空子はギガトラッシュを使い、戦車を撃ち抜く。対戦車ライフル+レールガンだ。撃破できない戦車はない。
「シャイニングフェザーストーム!!!」
アンジェは遠距離から攻撃してくるヘルポーンをシャイニングフェザーストームで、近距離戦を仕掛けてくるヘルポーンを剣に変化させたアークスとバルザイの偃月刀で倒していく。ヘルポーン自体が弱いので、いくら数が多くても対処できる。
「ふん!!」
アデルは武器をチャウグナルファングに替えて、ダース達に接近戦を挑む。リミッターをかなり外した状態だが、やはりダースは強く、しかも三人がかりな上に遠距離攻撃が効かないので少し苦戦する。
「はあああああ!!!」
「おおおおおお!!!」
激しい接戦を演じる進一郎とエマソン。だが、進一郎の攻撃はエマソンにほとんど効いておらず、逆にエマソンの攻撃は一撃一撃が必殺レベルなので、防戦に徹してしまう。
「これまでね。あんまり楽しくなかったわ」
エマソンのブレードが進一郎を襲う。
「舐めるな!!」
だが間一髪、進一郎は念力を使ってエマソンの身体を急上昇させ、攻撃を外させた。そのまま天高く持ち上げ、高速で地面に叩きつける。
「こ…の…!!」
これにはかなりのダメージを受けたようで、エマソンはすぐには立ち上がってこない。
(仕留め損ねた!!)
ならばもう一度と念力を使おうとする。しかし、それよりも速くエマソンが上半身を上げ、レーザー砲を出現させて進一郎の両足を撃ち抜いた。
「がっ…あっ…!!」
そのダメージが、進一郎の行動を鈍らせてしまう。復帰したエマソンは、ブレードで進一郎を左肩から斬りつけた。
「進一郎先輩!!くっ!!」
状況に気付いたアデルは、
「イグニスドライブ!!!ブラッディファング!!!」
イグニスドライブを起動して必殺技を発動し、一撃でダースを全滅させた。
「おおおおおおおおお!!!」
そのままエマソンに向かって突撃する。
「チィッ!!」
仕方なくエマソンは進一郎を捨てて、ブレードでアデルと斬り結ぶ。だが、スピードとパワーを強化したアデルは、エマソンをあっという間に追い詰める。
「それだけの力を持ちながら、なぜ弱い人間なんかのために戦っている!?なぜ思う存分戦いを、虐殺を楽しもうとしない!?どうしてヴァルハラに逆らうの!?」
「俺をお前達と一緒にするな!!この快楽殺人者どもめ!!」
アデルはエマソンの問いをバッサリと切り捨て、アクセラレーションキックを当てて吹き飛ばす。
「俺は戦いを楽しむためにここにいるんじゃない!!」
次に、チャウグナルファングでエマソンの右のブレードを叩き折る。
「俺は果たすべき誓いがあるから!!守るべきものがあるから!!」
そのまま左のブレードも折り砕き、
「ここにいるんだ!!」
武器をしまってアクセラレーションパンチを叩き込んだ。
「ぐっ…!!」
ダメージは受けたが、まだ倒れないエマソン。アデルは武器をプライドソウルに替える。
「こ…の…クソガキがぁぁぁぁぁ!!!」
エマソンは両肩のレーザー砲を向ける。しかし、
「うっ!?」
何かがエマソンの頬に当たった。見ると、倒したはずの進一郎が、拳銃をこちらに向けている。
「貴様ァァァァァァァァァ!!!」
「ぐあああ!!!」
怒りに我を忘れていたエマソンは、レーザー砲で進一郎を攻撃してしまう。その選択ミスを見逃さなかったアデルは、
「エンドオブソウル!!!」
必殺の一撃でエマソンを斬った。
「ぐお…あ…!!」
爆発して絶命するエマソン。
「進一郎先輩!!」
アデルは進一郎を救うべく駆け寄る。出血も損傷もひどいが、死んではいない。まだ助かりそうだ。
「待っていて下さい!!今…!!」
だが、
「…もう…いい…死なせて…くれ…」
進一郎は、救われることを拒んだ。
「なぜ!?あなたはまだ助かる!!」
「いいんだ…俺は…お前が言った通り…快楽殺人者…生きていない方が…いい…」
「それは…!!」
進一郎はアデルがエマソンに言ったことを覚えていた。そしてそれを、自分にも当てはめていた。
「それに…わかったんだ…お前達は…絶対に…俺のようには…ならない…それがわかっただけで…十分だ…」
「進一郎先輩!!」
進一郎の目はどんどん虚ろになっていく。そして、
「…俺には…少し…歳の離れた…弟がいる…もし会うことがあったら…伝えてくれ…絶対に…俺の生き方を…追うな…と…」
アデルに遺言を託し、進一郎は逝った。
「ゲイル!!」
そこに、ヘルポーンを全滅させたアンジェ達が来る。アンジェは進一郎の死体を見るなり、息を飲んだ。
「し、進一郎先輩が…!!」
「そんな…!!」
狩谷と空子も愕然としている。そんな中、アデルだけが変身を解除しながら立ち上がった。
「…悲しむな。俺達は傭兵だ。いつかは必ずこうなる」
そう、傭兵として戦い続ければ、必ず仲間の死を見ることになる。
「俺達にできるのは、この人の遺志を継いで生きることだけだ。」
ゲイルは進一郎の亡骸に向かって敬礼する。アンジェ達も、それに習って敬礼した。
進一郎は身をもって教えてくれたのだ。戦いに溺れた者が、どういう末路を迎えるのか。だが、それを恐れてはならない。生きている限り、戦い続けなければならないのだから。生きている者は全て、死を迎えるまで戦いという海原を泳ぎ続けなければならないのだ。
*
「…エマソンが敗れたようです。」
マヴァルは状況を告げた。
「エマソンが…あの子はトップソルジャー候補だったのに…」
フィスは残念がっている。影斗も確かにトップソルジャー候補だが、他にも候補はいる。そのうちの一人が消えてしまったのだ。
「嘆いている暇はありません。次の作戦を」
ミレイヌは冷酷とも言える命令を、将軍達に下す。倒れた仲間の遺志を継いでいるのは、ゲイル達だけではないのだ。
ゲイルとミレイヌ。譲れない想いを秘める二人の戦い。彼らの戦いは、一体どうなってしまうのか…。
傭兵の恐ろしさを再認識させるつもりが、戦いそのものの恐ろしさを再認識させてしまった不思議。まぁ、今のところ絶望しか見えないっていうのは確かですけどね。
次回、新たな旧支配者登場!?少し趣向を変えてみようと思います。お楽しみに!




