第四十二話 氷点下のクリスマス
今回は、新しい邪神が登場します。
「ここか…」
アプリシィは、北極に来ていた。そして今彼が立っている一際大きな氷山。その氷山の地下には、とある恐るべき存在が封印されている。なぜアプリシィがそんな所を訪れたのか、それは数ヶ月前に起きた、とある戦いに理由がある。それは、中立となったアーサーを連れ戻そうと出向いたイズマに、ウォントとメイカーが同行した戦いだった。運悪くその戦いにはヘブンズエデンの、しかも白宮光輝が介入しており、アザトースの登場もあってイズマ達は帰還。任務は失敗に終わっている。アプリシィにとって任務に成功したか失敗したかは問題ではない。問題なのは、ウォントと光輝が戦ったということ。ウォントは光輝が確実に成長しており、遠からず自分と対等に渡り合えるようになるだろうと言っていた。それを聞いて危機感を覚えないアプリシィではない。ウォントから聞いた話とはいえ、光輝の成長速度は予想を超えていた。このままではウォントと渡り合えるどころか、ウォントを超えられてしまう。ウォントを超えたら、間違いなく光輝はウォントを殺す。憎い仇だから。しかし、アプリシィはウォントを殺されたくない。ならば、光輝がウォントを殺すより先に、自分が光輝を殺す以外解決法はない。だが、ウォントもまた光輝と戦うことに執着しており、もし自分以外の者が光輝に手を出すものなら、そいつを殺す。例え相手がアプリシィやルーラーでも、例外ではないと言っていた。しかし、このままにしておくわけにもいかない。とにかく、ウォントを守れるよう力を付けること。ウォントの死を願っているのは光輝だけでなく、鬼宝院と霊宮寺の末裔も同じ。デザイア絡みとなれば、アーサーも出張ってくるだろう。二体のメタルデビルズも、放置しておくには危険すぎる。先日デザイアとヴァルハラの精鋭を集めて結成した混合部隊を返り討ちにしたナイアルラトホテップも、無視できない相手だ。それらに対抗するには、さらなる力を手に入れるしかない。そしてこの北極の氷山の中には、彼と相性ピッタリな邪神が封印されている。かつて世界を滅ぼしかけた、極寒の帝王が。アプリシィはその力を手に入れようと企んでいる。だからこそ、今までずっと腕を磨き続けていた。相手は恐るべき力を秘めた邪神。そのまま戦っても負ける可能性があったからだ。
「…」
アプリシィは、虹色に輝く鉱石を持っている。この鉱石は石ではなく、ルーラーの力を凝縮したものだ。これを氷山にぶつければ、旧神が施した封印を破ることができる。アプリシィは怪人体に変身し、鉱石を氷山に叩きつけた。粉々に砕け散る氷山。巻き添えを食わないように、アプリシィは離れる。
しばらくして、崩れた氷山の中から、何かが現れた。
炎だ。巨大な炎の塊が、氷山の地下から浮かび上がってきた。しかし、ただの炎ではない。見たこともない、灰色の炎だ。この炎こそ、アプリシィが捜し求めていた邪神である。
「お前の力は俺がもらう。」
片手を氷剣に変えて身構えるアプリシィ。だが、邪神はアプリシィを無視して、どこかへ飛び去っていく。
「眼中にないとでも言うつもりか。だが逃がしはしない」
アプリシィは空を飛んで邪神を追いかけた。
「何がなんでも手に入れる!」
*
卒業生如月進一郎の壮絶な最期を見届けたゲイル達は、彼の遺言に従い、彼の家を訪問。進一郎が戦死したことを伝えた。その際、進一郎が言っていたこと、自ら死を望んでいたことも、全て話した。進一郎の家族は不思議とあまり悲しまず、いずれこうなるだろうと予想していたそうだ。戦いに取り憑かれてしまった進一郎は、もう自分達でも止められなかったのだという。そして、進一郎の死を伝えるために来てくれたゲイル達に感謝した。息子の死を看取ってくれてありがとうと。
それからは特に変わったこともなく、ゲイル達にも任務に挑むだけの日々が続いた。時は流れ、気付けば12月。ゲイル達は新たな任務を受注した。依頼人は、なんと皇魔とレスティー。鬼宝院グループと霊宮寺一族精鋭の忍達を使って世界中を調べていた二人は、ロシアで開催されるオークションに進化の宝珠らしきものが出品されるという情報を入手した。だがこの情報は、デザイアも入手している可能性が高い。なんとしてでもデザイアより先に進化の宝珠を確保したい二人は、ゲイル達に協力を要請したのだ。そのため、今ゲイル達はロシアにいる。
「危険な品とはいえ、できれば余計な騒動を起こすことなく、進化の宝珠を回収したい。」
「だから私達は、進化の宝珠を普通に買い取るわ。みんなには怪しい人間が出入りしていないか、会場の外を見張って欲しいの。」
デザイアが介入するとなれば、会場の外から襲撃して進化の宝珠を奪い取るか、オークションの客として買い取りに来るか、それとも買い取った客を襲うかだ。そこで二人は、ゲイル達に会場の外を見張ってもらい、自分達は進化の宝珠を買うことにした。こうすることで外からの襲撃を未然に防げる。買い取りの件だが、鬼宝院グループという大企業からかなりの予算を受け取っているため、資金についてはほぼ心配ない。逆にその資金全てを使いきってもなお手に入れようとする者がいれば、それはデザイアで間違いない。というのも、進化の宝珠は色こそ鮮やかだがダイヤモンドなどと比べれば宝石としての価値は低く、良くて30万円程度の値は付くが、それ以上金を掛けるほどではない。コレクションとして集めるには不足なのだ。進化の宝珠は自身の進化に使ってこそ意味がある。不思議なことに、使うためだけに存在しているかのような宝石なのである。そんな宝石を普通の人間が集めるのは非常に珍しく、高い金でも使って集めようとする者はデザイアぐらいしかない。なぜなら、普通の人間は進化の宝珠が秘めている本当の価値など知らないし、そもそもこれに出会うこと自体ない。知っているのは長きに渡ってこの宝石と関わっている者のみ。すなわち、デザイアや鬼宝院家と霊宮寺家ぐらいのものだ。
「それじゃあまた後で落合おう。」
ゲイル達は皇魔とレスティーと別れ、会場の外の見張りにつく。ちなみに、今回来たのはゲイル、アンジェ、狩谷、空子、光輝、さだめの六人だ。万全を期すためにエリックも呼びたかったが、エリックには断られた。
会場に参加した皇魔とレスティーは、進化の宝珠が紹介されるまで待つ。今回ターゲットは進化の宝珠だけなので、他の商品には見向きもしない。やがて、問題の品が運ばれてきた。
さて、ここで疑問に思うことだろう。進化の宝珠は宝石としての価値が低く、高く見積もっても30万円前後。セレブが欲しがるようなものではない。にも関わらず、なぜオークションなどという大舞台に出ることになったのか。
答えは簡単だ。オークションに出るような品物と、一つになっているから。
「それでは次の商品の紹介です!」
司会が指示を出すと、品物が運ばれてくる。運ばれてきた商品は数多くの宝石で装飾された、色鮮やかな王冠だ。その王冠についている一番小さな宝石。それが、報告にあった進化の宝珠である。
「皇魔!」
レスティーは皇魔に小声で耳打ちした。二人は、進化の宝珠に秘められたエネルギーを感じることができる。
「…うむ、本物だ。」
結果、あの進化の宝珠は本物だということがわかった。最初二人は、このオークションはデザイアが仕組んだ罠ではないかと思っていたのだ。しかし、そうではないと確認が取れた。罠だったら、進化の宝珠の偽物を用意しておくはずだ。それが本物だった。ゆえに、罠ではない。
(さて、敵はどう出るか…)
皇魔は考えながらも参加し、他の客との勝負を始めた。
*
「…」
客の中に怪しい人間がいないか、ゲイルは注意深く観察している。だが、誰も彼も普通の人間にしか見えず、不審者は誰もいない。
「ゲイル!」
そこへアンジェが合流した。
「アンジェ。」
「怪しい人とかいた?」
「いや。そっちはどうだ?」
「こっちも全然。みんな、普通にオークションを楽しみに来た人みたい。」
アンジェから見ても、怪しい人間はいなかった。
「…しかし、以前のダンスパーティーのことといえ、セレブとかそういう人間が考えることはさっぱりわからない。」
「あれは主催者が特別だっただけだと思うよ?それにあの任務がなかったら、私とゲイルが今の関係になるまでもっとかかってたはずだし。」
思えば、あのダンスパーティーが全ての始まりだった。あの任務がなければ、アンジェはゲイルと仲良くなるきっかけを作るのに、時間がかかったはずだ。
「…パーティーといえば」
アンジェは呟く。
「今日、クリスマスだよね。」
「…そうだな。」
「…子供の頃ね、パパとママは毎年クリスマスパーティーをしてくれたんだよ。楽しかったなぁ…あの頃はパパもママもいつもそばにいてくれて、全然寂しくなかったもん。」
彼女は生まれた時からエンゼリオンの強い力を持ち、いつも周りから敬遠されていた。自分から仲良くしようと友人の輪の中に入っていったりはするのだが、力が強いためにうまくいかず、怪我までさせてしまった。だからアンジェは、いつも孤独だった。しかし、寂しいと思ったことはない。優しい両親がいてくれたから。自分がどれだけ支えられていたのかを明確に知ったのは、両親を失ってからだ。
「今も寂しいのか?」
ゲイルは尋ねる。彼もヘブンズエデンに来たばかりの頃は、不安と寂しさでいっぱいだった。誰にも頼ることができない世界。そこで生きることがどんなにつらいか、ゲイルにもわかる。
「ううん、今はもう寂しくないよ。だってゲイルがいてくれるから」
アンジェはみんながいてくれるからではなく、ゲイルがいてくれるからと答えた。彼女にとっては他の誰よりも、ゲイルが大切な存在だったからだ。最初ゲイルに接触したのは、自分の中に空いた穴を埋めるためだった。しかし、今はゲイルと純粋に一緒にいたいと思っている。そしてそれは、
「俺もだ。お前がいてくれたから、俺は今まで挫けずにいられた。」
ゲイルも同じだった。彼女がいなければ、ゲイルが今ほど強くなることはできなかっただろう。いや、とっくに死んでいたはずだ。守りたい。そばについて、ずっと自分を守ってくれていたアンジェを、今度は自分が守りたい。ゲイルの中には、そんな気持ちが芽生えていた。
「…不思議だね。私ゲイルのこと、本当に好きだって思ってる。」
アンジェもまた、ゲイルを心から愛し始めている。
「…妙な気分なんだが、もしかしたら俺は…」
ゲイルの中の気持ちも、また愛と呼べるものだ。ゲイルがそれを口にしようとした
その時、会場の中から轟音が響いてきた。
「何だ!?」
ゲイルは驚く。
*
ゲイル達が轟音を聞く少し前。
「…」
「!」
皇魔とレスティーは銃や剣など、数多くの武器を全方向から向けられていた。正確に言えば、来客や従業員全員から。
「まんまと引っ掛かってくれたな、鬼宝院皇魔、レスティー・エンプレス。」
舞台袖から現れたのは、コレク人間体。
「このような回りくどい罠を張ったのは貴様か、コレク。」
「そうだ。我ながらずいぶんと回りくどい手を使ったわい」
早い話が、このオークションは皇魔とレスティーを誘い出すための罠だったのだ。
「信じられない!その進化の宝珠は本物でしょ!?どうして偽物を用意しなかったの!?」
「時間稼ぎのためよ。貴様らを完全に滅ぼすには、より厳重な迎撃態勢を整える必要があった。それには少しばかり時間がかかるのでな」
オークションはスタートし、皇魔が高い買い取り金を示すまで続いた。そんなことをした理由は、迎撃態勢を整えるための時間稼ぎ。そしてそのためには、本物の進化の宝珠を用意しなければならない。偽物なら一目で見破られて、帰られるか罠であることに気付かれてしまうからだ。
「いつになく本気というわけか。」
皇魔は言った。本物の進化の宝珠を持ち出すということは時間稼ぎができる反面、奪われる可能性もあるという危険性もはらんでいる。リスクが高すぎて、普通なら考えられない手だ。それを切ってきたということは、進化の宝珠を奪われることなく、確実に二人を倒すということ。つまり、いつも以上に本気ということなのである。
「あの頃のままなら特に危機感は抱かなかったが、貴様らは少し強くなりすぎた。いい加減、本腰を入れなければと思ってな。」
皇魔とレスティーは、互いの家系の秘奥義を習得した。実はコレクは二人がそこまでやれるとは思っていなかったのだが、習得した上にコレクを含めた幹部達とも互角に戦えるほど強くなった。この事実はルーラーにさえ、明確な危機を抱かせたのである。
「強い者と戦うのはわしの性分だが、徹底的に殺れとの首領のご命令でな。名残惜しいが、貴様らには今度こそ死んでもらうぞ」
怪人体に変身するコレク。同時に、周囲の者達も着ている衣服を取った。デザイアの兵士だけでなく、ヘルポーンもいる。
「ヴァルハラのヘルポーンまで連れてくるなんて…本当に本気なのね…」
「それだけではないぞ。」
コレクが目をやると、彼のすぐそばに立っていた司会が、コレクによく似た騎士姿のエボリュータントに変身した。
「リーガー。わしの副官だ」
デザイアの幹部達は自分の副官を一人ずつ持っている。幹部と副官が同時に現れた点からも、コレクが本気だということが伺えた。
「ふん、よかろう。ならばこちらは貴様らを打ち倒し、進化の宝珠を回収する!」
皇魔は立ち上がり、
「殺れ!!」
リーガーが変身したナイトエボリュータントが号令を掛けて、兵士達は一斉に攻撃を仕掛けた。ゲイル達が聞いた轟音はこれである。皇魔とレスティーに殺到する銃弾、エネルギー弾、ミサイル。
「くっ!!」
レスティーは全速力で離脱した。しかし、これは皇魔を見捨てたわけではない。皇魔の攻撃に巻き込まれないためだ。
「うおおおおおあああああああああああ!!!!」
皇魔は咆哮する。その瞬間に殺到する攻撃全てが破壊され、近距離攻撃をしようとしていた者も、ただ近くにいただけの者も全員吹き飛んだ。皇魔はただ覇気を解放しただけだ。はっきり言って、これは攻撃とさえ言えない基本的な覇気の技法。そんな程度のものでさえ、この威力。
「この程度の雑魚で俺達の相手が勤まると思っておるのか?」
皇魔は覇氣鎧装を使いつつ、コレクを挑発する。
「降りて来い。今日この場で死ぬのは貴様の方だ」
「…ふっ…」
コレクはその挑発を聞きつつ、姿を消したレスティーも見る。レスティーもまた闇影武装を発動し、雑魚の相当にかかっていた。
「リーガー。貴様はレスティー・エンプレスをやれ」
「はっ!」
ナイトエボリュータントはコレクの指示を聞き、レスティーの撃破に移る。それを見届けたコレクは大きく跳躍し、皇魔の前に着地した。
「さあ降りて来たぞ。次はどうする?」
「知れたこと」
皇魔とコレクは、同時に互いの顔面を殴った。二人は軽く吹き飛び、コレクは杖を剣に変えて、皇魔は拳を振り上げて、激しくぶつかり合う。
*
ゲイルはアデルに変身し、アンジェと協力しながら敵を退けていた。
「まさかこのオークション自体が罠だったとはな…!」
「このままじゃまずいよ!早く空子達と合流しよう!」
通路にも客に変装していたデザイアの兵士やヘルポーンがうようよいる。舞台も品物も何もかも、全てデザイア側が用意した自作自演だったのだ。
「ゲイル!アンジェちゃん!大丈夫か!?」
「もうそこら中敵だらけよ!」
そこへ、狩谷と空子が合流してきた。
「俺達は大丈夫だ。あとは光輝達だな…」
アデルは高電圧スタンロッドを振りかざしてきたヘルポーンの首を斬り落としながら言う。
「みんな、無事!?」
「怪我とかしてない!?」
言った矢先、光輝とさだめが来た。
「よし、これで全員揃ったわね!」
「あとは中にいる皇魔くん達と合流して、ここから脱出しよう!」
空子とアンジェは、新しくできた目標を言う。オークションが罠であるとわかった以上、こんな所に長居は無用だ。早急に離脱する。
その時、
「ウオリャァァッ!!!」
「ぐおああっ!!!」
ナイトエボリュータントが壁を突き破って吹き飛ばされきた。その後から、レスティーが出てくる。
「レスティー!無事か!?」
アデルはレスティーの安否を確認した。
「私は大丈夫よ。」
「早くここから逃げよう!」
「それはできないわ。」
さだめは催促するが、レスティーは離脱を拒否した。理由を言う。
「オークションは罠だったけど、出品されていた進化の宝珠は本物だったの。それを回収しなきゃ…中で皇魔がコレクと戦ってるから、みんな加勢して!私はこいつを倒す!」
「わかった!」
アデル達はレスティーの事情を聞き、了承する。今思えば、この状況もコレクの計算だったのかもしれない。本物の進化の宝珠を出せば、二人はなにがなんでも回収しようとする。退くに退けない状況だ。
「ちぃ…まだまだ!!」
ナイトエボリュータントは立ち上がる。アデル達は中に突入しようとするが、
「!!」
アデルが何かを感知した。
「どうしたの!?」
質問するアンジェ。アデルは答えた。
「街の気温が、急激に下がっていっている!この下がり方は異常だ!」
「…もしかして、アプリシィが!?」
アデルが感知したのは、急激な気温の低下。そんなことができるのは、アプリシィ以外にいないとさだめは告げるが、
「…違う。この気配は、アプリシィのものじゃない。もっと強くて邪悪な何かが…」
しかし、レスティーが感知した気配は、アプリシィのものではないらしい。
「作戦変更よ!みんなは街で何が起きてるのか、確かめに行って!」
「ああ!」
レスティーはナイトエボリュータントを引き付けつつ、アデル達を街へ向かわせる。
施設を出たアデル達が見たものは、雪だった。先ほどまではまだ降っていなかったはずだが。
「見て!!」
空子は空を指差す。そこには、灰色の炎が浮いていた。
「何だありゃあ!?炎が浮いてるぜ!!しかも灰色だ!!あんな炎見たことねぇ!!」
驚く狩谷。
「あれだ!!あれが周囲の気温を下げている!!」
アデルの温度計は炎から冷気が出ているのを確認し、アデルはあれが原因なのだと確信する。
「あれが気温を下げてるって…あれは炎でしょ!?炎が冷気を出すとか…」
「知るか!とにかくあれが原因なんだ!」
空子は、本来の炎と全く逆の働きをしている未知の炎の情報を聞き、アデルに聞き返す。だが、温度計に間違いはなく、視界を熱源探知モードに切り替えても、炎から出ているのは冷気だった。とりあえず視界を元に戻しておく。
「…アフーム=ザー」
唐突に、アンジェが呟いた。
「な、何…?」
アデルは聞き返した。
「あれはアフーム=ザーだよ!他に考えられない!」
アンジェが言ったアフーム=ザーとは、クトゥルフ神話に登場する邪神のことである。旧神の手によってフォーマルハウトという星に封印されたクトゥグアが、他の邪神を復活させて旧神に対抗すべく生み出した存在で、炎でありながら熱気ではなく冷気を出す。その姿は青白い光を放つ、実体のない灰色の炎だ。今彼らの目の前にある炎は、そのアフーム=ザーと酷似していた。
「アフーム=ザーって北極に封印されたはずだよな?何でそんなやつがここに…」
「何者かが封印を解いた。それ以外に考えられないだろう」
狩谷の言う通り、アフーム=ザーは紆余曲折あって北極に封印された。それがここにいるということは、誰かが封印を解いてこの街に放った以外に考えられない。アデルはそう言った。六人の見る前で、邪神アフーム=ザーは冷気を込めた炎を発射し、逃げ惑う人々を凍らせていく。
「このままじゃまずい!!あいつを止めなきゃ!!」
「行こうみんな!!」
光輝とさだめは危機感を覚え、アフーム=ザーに向かっていく。
「「バスターブリッツ!!!」」
二人はアフーム=ザーに電撃を浴びせた。しかし、二人の電撃はアフーム=ザーをすり抜けてしまう。仕方ないので直接斬るが、やはりすり抜けてしまい、逆に二人の武器の刃が凍ってしまった。
「実体がないから、物理的な攻撃は効かないんだわ!!」
空子は攻撃がすり抜けてしまう理由を理解した。そう、アフーム=ザーは炎。ゆえに実体がない。だから、いくら攻撃しても効かないのだ。
「弱点を突こうにも、アフーム=ザーの力は…」
アンジェは苦い顔をする。普通炎の弱点は水だが、アフーム=ザーの能力が冷気である以上、水をかけても凍らされてしまうため効果がない。はっきり言って、クトゥグアよりずっと厄介な相手だ。
「ならやることは一つだ!!消滅させる!!」
アデルが考案したのは、アフーム=ザーを跡形もなく完全に消滅させること。これなら属性の弱点は関係ない。
「それしかなさそうだな…!!」
狩谷もエルダーキングを構える。
「効かないけど、気を引くことくらいはできるわ!!」
空子はギガトラッシュとライフイーターの銃口をアフーム=ザーに向ける。アンジェもバルザイの偃月刀を召喚し、邪神との戦いが始まった。
*
「うおおお!!!」
ナイトエボリュータントは双剣を抜き、レスティーに斬り掛かる。レスティーはそれをかわして、ナイトエボリュータントの胴体を二回、斬りつけた。
「ぐっ!!」
「遅すぎるわ。」
レスティーは一度後退し、手裏剣無限分身の術を使う。ナイトエボリュータントは当然これをガード。その隙を突いて急接近したレスティーは、
「忍法・瞬獄殺!!!」
「ぐああああああ!!!!」
必殺の忍法を決めて、ナイトエボリュータントを倒した。
「コレクの副官のわりにはずいぶん弱いわね。ま、所詮副官ってところかしら」
以前のレスティーなら、副官相手にも苦戦していた。だが、今はもう雑魚同然にあしらえる。レスティーはコレクとタイマンを張っている皇魔を救うべく、会場内へ戻った。
「奥義・岩山破砕!!!」
「ぐうっ!!」
皇魔は奥義を使ってコレクを殴り飛ばす。
「ここまでやるようになっておったか…」
予想以上に強くなっていた皇魔の姿に、コレクは焦っている。そこへ、レスティーが戻ってきた。
「皇魔!」
「遅かったな。もう片付くぞ」
皇魔は余裕そうだ。
「リーガーが負けたか…」
レスティーが戻ってきたのを見て、副官が敗れたことを確信したコレクは決意した。
「かくなる上は…!!」
皇魔とレスティーに背後を見せないように跳躍したコレクが着地したのは、ステージの上。そこには、進化の宝珠で装飾された王冠がある。コレクはそれを掴み取ると粉々に握り潰し、進化の宝珠を取り外す。
「首領から許可は得ておる。」
コレクの目的は、この進化の宝珠を使ってさらに自分を進化させること。このまま戦っても負けるだけだが、一段階進化してから戦えば負けることはない。
「貴様!!」
「駄目!!」
「ぬうんっ!!!」
皇魔とレスティーが止めるのも効かず、進化の宝珠を自分の胸に叩きつけるコレク。進化の宝珠はエネルギーに分解されて、コレクに吸収される。だが、姿は変わっていない。
「…こんな小さな欠片では、肉体を進化させるまではこぎつけんか…だが、貴様らには十分だろう。」
残念ながらコレクは力しか進化させられなかった。しかし、それでも超スピードで接近し、レスティーを殴り飛ばすには十分すぎるほどだ。
「がっ!!」
「レスティー!!」
「どこを見ておる!!」
コレクは剣を双剣に変化させる。
「砂刃撃!!!」
「怒涛炸裂拳!!!」
連続で繰り出される斬撃と拳がぶつかった。
*
アフーム=ザーと激闘を繰り広げるアデル達。
「ルルイエセメタリー!!!」
アデルはダゴンとヒュドラからエネルギー弾を発射する。アフーム=ザーは彼らの意図がわかっているようで、攻撃を回避していた。それから、狩谷に炎を浴びせる。
「喰らうか!!」
狩谷は風を発生させて炎を吹き飛ばした。炎は風を受ければ勢いを増すが、吹き付ける炎なら普通に吹き飛ばせる。
「ほらほら、こっちよ!!」
空子は二つの銃から弾幕を浴びせて、アフーム=ザーの注意を引く。と、空子は気付いた。アフーム=ザーはかなり大きいので、空子の弾幕をかわしきれずに喰らっている。そしてほんの少しずつだが、攻撃を喰らう度にアフーム=ザーは小さくなっているのだ。空子は、自分の攻撃がアフーム=ザーの炎を削り取っているからだと理解した。物理攻撃は効かないように見えるが、実は炎を削れるような攻撃なら通用するのだ。
「みんな!!できるだけ大きな攻撃を使って!!そうすればアフーム=ザーを削り潰せるわ!!」
「「了解!!」」
光輝とさだめは疑似進化し、より大きな電撃を放つ。
「エルダーサインブースト!!」
アンジェは旧き印を出現させてからバルザイの偃月刀を収納し、
「プラチナアローシューティング!!!」
三倍に強化された光の矢を射る。
「イグニスドライブ!!」
アデルはイグニスドライブを起動、
「ワールドエンドブレイカー!!!」
ワールドエンドブレイカーを撃つ。広範囲に影響がある攻撃を立て続けに使われたアフーム=ザーは、それらをかわしきれずにどんどん炎の身体を削ぎ落とされていく。
「何だ、大したことねぇぜ!!」
狩谷は安堵する。最初アフーム=ザーの力を見た時はどうしようもないと思ったが、案外簡単な方法で追い詰めることができていた。
「よし、とどめは俺が!!」
エクストリームエクスタシーを放とうとする狩谷。もうアフーム=ザーは、これ一発で倒せるほど小さくなっていた。
だが、
「よくやってくれたな。」
そこで今までずっと隠れていたアプリシィが飛び出してきた。
「あいつは!!」
「アプリシィ!!」
驚く光輝とさだめ。
「お前達のおかげでアフーム=ザーを弱らせる手間が省けた。今ならやれそうだ」
アプリシィは小さくなったアフーム=ザーの中へと飛び込む。即座に凄まじい冷気が襲ってくるが、アプリシィには効かない。
「俺のものになれ!!アフーム=ザー!!」
アフーム=ザーがさらに小さくなっていく。アプリシィの中に吸い込まれているのだ。そして、アフーム=ザーは完全にアプリシィに取り込まれた。
「やっと手に入れたぞ。お前達を殺せる力を!!」
アプリシィは光輝とさだめに向かって、アフーム=ザーが使っていたものと同じ炎を飛ばす。
「うわっ!!」
「あっ!!」
二人はかわすが、かわした先にあった建物が凍った。
「や、野郎、アフーム=ザーの力を吸収しやがった!!」
狩谷は信じ難い光景に狼狽している。いくら炎とはいえ、冷気をもたらすアフーム=ザーとアプリシィは確かに相性がいい。先ほどの言動からして、北極に封印されていたアフーム=ザーを復活させたのはアプリシィだろう。そして、逃げたアフーム=ザーがアデル達と戦っているのを目撃し、自分が取り込めるほど弱るまで待っていたのだ。
「鬼宝院と霊宮寺はいないか…ならメタルデビルズ!奴らの次に面倒なお前から先に殺す!!」
アプリシィは標的をアデルに定めた。炎と吹雪を広範囲に放出して、アデルを追い詰める。
「ちっ!!」
アデルは炎を駆使して攻撃をかわし、拳にエネルギーを込める。相手がアプリシィなので、込めるエネルギーには炎の属性を付け、拳は燃え上がった。
「ククク…」
アプリシィも左手に炎と吹雪を集中する。
「アクセラレーションパンチ!!!」
「アイスエイジフィンガー!!!」
ぶつかったのは超高熱の拳と、極低温の掌底。
「ぐおおあああああああああああ!!!!」
負けたのはアデル。高熱のエネルギーは一瞬で吹き飛び、拳だけでなく腕、肩まで完全に凍ってしまった。さらにアデルの変身が解け、ゲイルに戻ってしまう。
「「ゲイルッ!!」」
「ま、マジかよ!?」
ゲイルがあっさり負けたことに驚き焦るアンジェ、空子、狩谷。
「…むっ!?」
皇魔達を追い詰めていたコレクは、アプリシィの気配が出現したこと、それが恐ろしく大きく膨れ上がったことに気付く。
「…この勝負預けるぞ。」
不穏な予感を覚えたコレクは、アプリシィのもとへ向かう。
「待て!!」
皇魔とレスティーはコレクを追いかけた。
「よくもゲイルを!!」
アンジェはアークスを剣に変化させてアプリシィに斬りかかったが、アプリシィは未だに冷気が残ったままの手でアンジェの首を掴み、氷付けにした。エンゼリオンの環境適応能力が追い付かない、超極低温の冷気だ。
「このっ!!」
空子も怒りのまま射撃する。アプリシィは氷像と化したアンジェを放り投げると、空子に向けて炎を放射した。空子の弾幕は全て凍って地面に落ち、銃も、エイボンブックも、空子自身も凍ってその場に縫い付けられる。メシアジャケットのおかげで氷像化は避けられたが、指一本動かせない。
「空子!!」
「お前もだ!!」
今度は炎を吹雪のおまけ付きで狩谷にも向ける。狩谷は風で防いでいるが、アプリシィは力を強めていっているので、いつまでもつかわからない。
「やめろぉぉっ!!」
仲間が次々にやられていく姿を見て耐えられなくなった光輝は、羅刹刃でアプリシィを斬りつけた。
「うるさい!!」
アプリシィは狩谷への攻撃をやめて、光輝を蹴り飛ばす。
「光輝!!」
さだめは光輝を受け止めた。
「兄さんからはああ言われたが、俺はお前を殺す。さぁ、死ね!!」
アプリシィは両手から炎を出して、二人を攻撃した。
「やらせねぇ!!」
すかさず狩谷が飛び出し、風で炎を阻む。しかし、気温の低下まで防ぐことはできない。
「く…そぉ…!!」
狩谷の身体は、少しずつだが凍り始めている。光輝達もだ。
「くっ!!」
光輝はさだめを連れて離脱する。
「逃がすか!!」
狩谷は眼中にないのか、アプリシィはその瞬間に炎を逃げた二人に向けた。二人を助けようとするが、体力が尽きてしまい倒れる狩谷。光輝は羅刹刃に自分が出せる全ての雷を載せて、炎を受ける。羅刹刃の刃は少しずつ凍っていく。
「光輝!!」
さだめは光輝の手に自分の手を添えて、雷を発して加勢するが、凍る速度が少し弱まっただけで、止まらない。光輝はなんとかさだめだけでも守りたいと強く祈った。
(父さん…母さん…僕に…さだめさんを守る力を…!!)
また、さだめも強く祈った。
(誰でもいい!!誰でもいいから助けて!!私に、光輝を守らせて!!)
その時だった。
二人は突然手が熱くなるのを感じた。見てみると、二人の両手の甲に、旧き印が現れている。旧き印は強い光を放ち、アプリシィが放つアフーム=ザーの炎を消滅させた。
「何だと!?ならもう一度…!!」
再度炎を放とうとするアプリシィだが、
「アプリシィ!!」
そこへコレクが来た。
「ここは退くぞ。」
「なぜだ!俺達は優勢だぞ!」
「よく見ろ。本当にそう見えるのか?」
「何!?」
言われて、よく見る。すると、氷像になっているアンジェからバルザイの偃月刀が出現し、クトゥグアの炎を発してアンジェを元に戻した。同様にエルダーキングが脈動し、それに従って狩谷の体力が回復。立ち上がった。それから、
「ぐっ…」
ゲイルが凍り付いていない方の手でプライドソウルを持って、アプリシィ達に向けている。
「…わかった。」
そんな状況を見たアプリシィは了承し、コレクとともに離脱した。
「無事かお前達!!」
そこへ、ようやく皇魔達が到着した。ゲイル達は今起こった出来事を伝える。その間に、アンジェが凍ってしまっているゲイルや空子、街の人々をバルザイの偃月刀で解凍していく。皇魔達もまた、コレクのことを伝えた。
「まさか、アフーム=ザーとはな…」
「アプリシィに似た気配の正体はそいつだったのね。」
皇魔とレスティーは驚愕している。コレクの相手をしていて手が離せなかったとはいえ、そんな激闘があったとは知らなかった。
「それにしても、あれは一体…」
光輝とさだめは自分達の手の甲を見た。あの旧き印は、もう消えてしまっている。だが、恐らく幻覚ではない。旧き印には、邪な力を払う力がある。アフーム=ザーの不浄な冷炎を払う効果もあるだろう。なぜそれが二人の手の甲に現れたのかは定かではないが。
「しっかし、エルダーキングにこんな力があるなんてな。」
「私のバルザイの偃月刀も…」
狩谷とアンジェは、互いに自分が持つ魔術アイテムを見る。持ち主が危機に陥ると、自動で生命維持活動に入る。そんな機能があるとは思わなかった。
「不思議よね。あたしも何かないかしら?そうしたら、ゲイル達の力になれるのに…」
空子は魔術アイテムの不思議な力を目の当たりにして、自分にはそれがないことを悔しく思う。
「…」
ゲイルは沈痛な面持ちをしている。
「ゲイル?」
アンジェが話し掛けた。
「…全く敵わなかった。俺は奴に、手も足も出ずに負けた…」
今までならきっと勝てたはずの相手。だが、アプリシィはアフーム=ザーの力を吸収することで、コレクは進化の宝珠を使うことによって、全く敵わないほど強くなった。パワーアップしているのは、自分達だけではないということを実感する。
「もっと強くならないとな…」
ヴァルハラも、デサイアも、邪神も、まだまだ倒すには強すぎる相手。もっともっと強くなる必要があると、ゲイルは痛感するのだった。
*
「アプリシィ。」
ウォントはアプリシィの部屋を訪ねた。
「兄さん!」
笑顔で迎えるアプリシィ。
「聞いてよ。やっと手に入れたんだ、邪神アフーム=ザーの力を!」
アプリシィは自分の指先に炎を灯し、消してみせる。
「やったじゃねぇか。けど、その力で白宮光輝は殺すなよ?あいつは俺が殺らなきゃならないんだからな。」
「うん!」
アプリシィは子供のような笑顔で答えた。
*
「…」
クタニドは地球の映像を見ている。そして呟いた。
「まさか旧神の因子を持つ人間が、まだこの時代にいたとは…」
*
広大な宇宙のどこか。一人の男が椅子に座って、空中に浮かぶモニターを見ていた。
「地球か、懐かしい星だ。」
激動を続ける世界は、傭兵達に休む時間を与えてはくれない。新たなる戦いは、もう目の前に迫っていた。
極寒の帝王アフーム=ザー登場!そして退場!なんか最近デサイアの回ばっかり書いてる気がするなぁ…まぁ最初はヴァルハラばっかりだったし…。
それはそうと、また長編が始まります。お楽しみに!




