第二十六話 灰色の海の血戦
合宿編も、いよいよ佳境です。
ハワードが作った異空間の広さはかなりのもので、沖合いすらも異空間の範囲内。儀式はそのインスマスの沖で行われることとなった。海の色も空の色も、全てが灰色のこの世界。沖も当然灰色。灰色の沖の上にある暗礁が、儀式の舞台だ。ハワードは小舟に乗り、暗礁に先行する。やがて到着したハワードが何かの呪文を唱えると、みるみる潮が引き始め、人間が何人も乗れるだけの岩が現れた。
「媒体が強力なおかげで、必要な生け贄の数も少ないから助かりますよ。」
本来なら千単位で集める必要がある生け贄も、媒体であるゲイルから発される強力なアザトースの力の波動のおかげで、三百人程度で済む。万々歳だ。
「さて、それでは儀式を始めましょうか。」
ハワードは儀式に必要な生け贄達を運ばせ、その周辺を大量の深きものどもと、十匹のショゴスに警備させる。ダゴン秘密教団アメリカ支部の全戦力を集めた、完璧な警備だ。正確には、これでもまだ全戦力ではないのだが。
「ふむ…」
大きな岩と言っても、さすがに三百人の生け贄が全員乗れるサイズはない。そのため、最低限の生け贄と媒体、そして儀式の立会人を除いた残りは、全員いくつも用意した小舟の上だ。その立会人の中には、メイカーも含まれていた。あの後無理を言って聞かなかったメイカーを、ハワードは儀式の立会人の一人に加えるという形で、納得させたのだ。
(彼が用心棒としてついていてくれるなら、何も問題はありませんしね)
ハワードは思いながら呪文を唱える。すると、岩の上に魔法陣が現れた。それから、立会人達に担がれて、今も眠っているゲイルを、魔術で起こす。
「ずいぶん長い間眠って頂いて申し訳ありません。ようやく、あなたが仕事をする時間が来ましたよ。」
ハワードが指示すると、立会人達がゲイルを離し、ゲイルは自力で立つ。そして、ハワードはゲイルに指示を出した。
「その魔法陣の上に立って下さい。」
魔法陣は生け贄の生命エネルギーを集めるためのもの。そこにゲイルを立たせることで媒体とし、エネルギーを増幅、宇宙に届けて星を動かす。
「最後にもう一度言っておきますが、少しでも余計な動きをすれば…」
目配せをするハワード。その視線の先には、深きものどもとショゴスに牙や剣、銃を突き付けられている生け贄達の姿が。
「…わかっている。」
「心配しなくても、この儀式の中であなたは死にます。すぐに彼らのあとを追えますから、寂しがらなくていいんですよ。」
ハワードが用意した魔法陣は、媒体が持つ力を限界を超えて引き出す。無理矢理引きずり出される力と押し寄せる力の板挟みにされたゲイルの身体は、確実に破壊されてしまうのだ。
「…」
ゲイルは、最低限の生け贄として岩の上に連れてこられている狩谷達を見た。彼はずっと眠り続けていたため、対策を何も考えていない。だから、狩谷達に全てを託すしかなかった。
(…頼むぞ)
(うん)
ゲイルは頭の中で呼び掛け、アンジェがそれをキャッチして返事する。当然彼女達は打開策を検討していたが、それにはあるタイミングを待たなければならなかった。それは、儀式の最中に訪れる。
(誰も死ななきゃいいけど…)
レスティーはそれだけを心配していた。
「では始めましょう!!我らが大いなる水神を復活させるための、崇高な儀式を!!」
ゲイルが魔法陣に入るのを確認し、声高らかに儀式の開始を宣言するハワード。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
周囲の深きものどもは歓声を上げ、
『テケリ・リ!!!テケリ・リ!!!』
ショゴス達までもがそれに呼応するかのように騒ぎ始める。
「…ふん。」
メイカーはその様子を見て、不愉快そうに鼻を鳴らした。この悪夢としか言えない光景を見てもその程度の反応しかしない辺りは、さすがといったところか。ハワードはルルイエ異本を開いて片手に持ち、もう片方の手をゲイルに向けて呪文を唱え始める。
「我らの神を封じ込めし星辰よ!!今こそ在るべき形へと戻り、我らの神を蘇らせたまえ!!」
すると、魔法陣が強い光を放ち出し、それに合わせてハワードはより一層呪文を唱える声に力を入れる。周りの深きものどもも、
『イア・イア・クトゥルフ!!』
と声を大にして叫んでいる。クトゥルフを讃える言葉を。
「うっ!!」
「くぅっ!!」
狩谷と空子はうずくまり、他の生け贄達も同じような反応をしている。アンジェとレスティーはうずくまってこそいないが、顔を苦痛に歪めていた。今彼らは、生命力を根こそぎ奪われているかのような苦しみを味わっている。ハワードが吸い取っているのだ。そして吸い取られた生命力は、ハワードと深きものども、ショゴス達の魔力と融合し、ゲイルへとぶつけられる。
「ぐあああああっ!!!」
ゲイルもまた、呪文によって効力を発揮した魔法陣の力で無理矢理力を引き出され、さらにエネルギーをぶつけられることによって耐え難い激痛を受けていた。
「があああああああ!!!うあああああああ!!!」
今すぐ逃げたい。その衝動に駆られるゲイルだったが、彼は動けなかった。この魔法陣にはゲイルを逃がさないよう、ゲイルが暴走しても儀式を継続できるよう、身体の自由を奪う封印の術式も組み込まれていたのだ。そんな死にまで至る周囲の苦労(生け贄限定)もあって、エネルギーは確実に宇宙へと届けられている。
(これが魔術ですか…何度見ても、目を疑う光景ですね)
メイカーはダゴン秘密教団のこういった儀式に参加したことが、前にもあった。その時は別の組織に邪魔されて儀式が失敗したのだが、今回は大丈夫だろうと見守る。唯一の心配は、遂に発見できなかったエリックと、本当にゲイルの暴走を抑え込めるかどうかだった。この儀式はゲイルにとって、間違いなく命に関わる。ミレイヌの予想が正しければ、必ず暴走するはずだ。それさえ確認できれば、あとはどうなろうと構わない。儀式に成功してゲイルが死のうが、ルルイエが浮上してクトゥルフが復活しようが、どうでもよかった。
(いかに邪神とはいえ、我々の首領にかなうはずはありません)
もしクトゥルフが地球を破壊しようとすれば、ルーラーの手でクトゥルフを倒してもらうよう、既に手筈が整っている。
(せいぜい、短い天下を楽しんでいなさい)
メイカーは冷笑しながら、一人、何の苦痛も感じることなく儀式を見ていた。
(ただ、もしアザトースを抑えることができなかったら、私が戦わなければなりませんが…)
*
儀式は続く。幸いまだ誰も死んではいないが、限界が近い。特に、ゲイルの消耗がひどいのだ。負担が一番大きいのだから、当然である。
(くそっ!!まだか!?)
ひたすら耐え抜き、時を待つ狩谷。そして、それは訪れた。
ーーウオオオオオオオオオオオオ!!!ーー
地の底から響くような不気味な声。その声は、ゲイルの身体から聞こえてくる。
(こ、これは…!!)
事の重大性に気付き、ゲイルは声を張り上げた。
「儀式を中止しろ!!奴が…アザトースが来るッ!!」
この声こそ、アザトースの精神が降臨する前触れ。アザトースは今、ゲイルの身体に憑依しようとしているのだ。
(やはり来ましたか。これではっきりしましたね)
メイカーは確信する。アザトースはゲイルが死ぬ寸前まで追い詰められた時、ゲイルを保護するために憑依するのだと。なぜ最強の邪神であるアザトースがそんなことをするのかは不可解だが、大方の予想はついていた。アザトースは白痴の邪神。つまり、人間の赤子のような思考の持ち主だ。赤子は自分の持ち物を取り上げられることを、とても嫌がる。それと同じで、せっかく手に入れた新しい玩具を壊されたくないのだろう。正確にはゲイルではなく、ゲイルの身体を守るために現れるのだ。アザトースの来訪に気付いて警告するゲイルだったが、ハワードはそれを聞き入れない。
「儀式は続行します。あなたが暴走しても抑えられるよう、準備は万端にしてあるのですから。」
「や…め…ろ…!!」
なおも警告するゲイル。だがハワードはそれを無視し、呪文の詠唱に集中した。
「く…来る…なぁっ…!!」
何を言っても無駄と判断したゲイルは、必死にアザトースを抑え込もうとする。しかし、無駄だった。次の瞬間、彼は暗闇の中にいたのだから。ここは、以前ゲイルがアザトースに憑依される時に訪れた、彼の精神空間。そしてそこでは、アデルの姿をしたアザトースが待っていた。
「カッカッカッカッ…」
アザトースは笑う。まるでゲイルが何をしようと、自分の前では全て無駄だと言わんばかりに。
「ケーッキャキャキャキャキャキャッ!!!カァーッカッカッカッカッ!!!」
空間全体にアザトースの笑い声が響く中、ゲイルは意識を失った。
ゲイルを中心とした闇の柱が上がり、ゲイルはアデル イビルゴッドモードへと直接変身する。
「ハァァァァァ…」
アデルは口をだらしなく開いて口をなめ回し、ハワードを見た。
「これが暴走ですか…しかし、想定内です。」
ハワードはアデルの足元を見る。魔法陣はまだ残っていた。いくら暴走しようと、それが残っていれば十分。
「降臨して早々申し訳ありませんが、あなたには退場してもらいますよ。お呼びじゃないんで!!」
ハワードは呪文を唱える。すると魔法陣から無数の光線が飛び出し、鎖に変化してアデルの全身に絡み付いた。これが、封印術式の第二段階である。第一段階は魔力で動きを封じるだけだが、第二段階は魔力の鎖で拘束し、さらに動きを封じる。続いてハワードは、アザトース退散の呪文を唱え始めた。アザトースの召喚と退散は、準備と魔力さえ揃っていれば誰でもできる。ハワードもこの事態を想定して呪文を修得した。魔法陣にはアザトース退散の術式も組み込んである。これで確実にアザトースは退散…
「ガァァァァァァァァァァァ!!!!」
しなかった。呪文を詠唱し終えてもアザトースは退散せず、鎖を引きちぎり、魔法陣を踏みつけたのだ。魔法陣を描いた岩は砕け、同時に魔法陣も消える。儀式は失敗した。
「ば、馬鹿な!?呪文も術式も完璧なはず…なのになぜ!?」
取り乱すハワード。その彼を守るように、変身したメイカーが立つ。
「ここは私が抑えます。あなたは生け贄達を逃がさないように…」
「…はっ!」
ここで、ハワードは我に返る。アザトースの退散が失敗した理由は不明だが、今はそれより今後のこと。儀式が失敗したことは過去に何度もあったし、失敗してもまた行えばいい。とにかく次の儀式に備えて、生け贄を確保すること。幸い狩谷達からは武器を奪ってあるし、抵抗されることもない。新しい媒体のアテもある。まず混乱しているメンバー達を統率して、それから…
「ぐあっ!!」「がああっ!!」「ぎゃっ!!」「うぎぃっ!!」
数人の深きものどもが、一人の深きものどもによって斬り伏せられた。深きものどもの手に握られているのは、自動拳銃式のガンブレード。
「まったく世話の焼ける連中です。」
深きものどもの輪郭が一瞬歪み、本来の姿、ビャクオウの形を形成する。
「エリック!!」
アンジェは彼を呼んだ。エリックはビャクオウに変身し、さらに深きものどもの一人に化けることで、儀式の阻止を狙っていたのだ。もっとも、彼が介入するより早く儀式は失敗してしまったが。
「あなたは…!!」
「挨拶代わりです。」
ビャクオウは驚くメイカーではなく、ハワードに向けて発砲した。
「チィッ…!!」
ハワードの盾となり、バリアを展開するメイカー。
「アンジェ!!今よ!!」
「うん!!」
空子の指示を受けて、アンジェは瞬間移動を発動。アザトース、ビャクオウ、狩谷、空子、レスティー、そして生け贄達を、全員浜辺へと転移させる。
「プラチナアローシューティング!!!」
浜辺に着いたアンジェは、早々にプラチナアローシューティングをアザトースに向けて放った。
これが、アンジェ達の作戦である。
少しでも人質を救うような真似をすれば、人質は皆殺しにされてしまう。そんな状況で一番人質を救出し、儀式を阻止するには、意図しない予想外な大混乱が、すなわちゲイルの暴走が必要だった。アザトースなら人質がいようが何があろうが関係なく大暴れするし、ハワード達ダゴン秘密教団も対処に困る。ここで問題となるのはハワードがアザトース退散の呪文を知っているかどうかだったが、以前彼女達はエドガーから聞かされていた。準備が必要になる召喚や退散の魔術は、ちょっとしたきっかけですぐ失敗してしまうと。だからこそ、魔術のエキスパートであるナイアルラトホテップがこの手を使わなかったのだ。人間には絶対に到達不可能なまでの腕利き魔術師である彼女なら、準備なしでもアザトース退散の呪文は使えるだろう。しかし、それをしなかったということは、失敗するかもしれない可能性があったからだ。彼女もアザトースの精神だけが降臨する状況は、前例がないことだと言っていた。だから、普通の退散呪文は効かないのだ。ハワードはそれを知らずに唱えた結果失敗し、アザトースを退散させられなかった。あとはアザトースの降臨とゲイルの暴走、儀式の失敗を待って混乱に乗じ、アザトースが本格的に暴れ出す前に瞬間移動で離脱。プラチナアローシューティングで、アザトースを退散させる。一度に異空間から脱出せず浜辺に移動した理由は、これだけの人数を抱えて次元移動をするのが、アンジェの体力的に無理だったからである。そのため、中継点を用意する必要があった。それが、この浜辺だ。
「何とかうまくいったわね。」
安堵するレスティー。だが、
「グゥゥオォォォォォォォォォ!!!」
プラチナアローシューティングを喰らったにも関わらず、アザトースはまだ退散していない。
「もう一発!!」
再度プラチナアローシューティングを射るアンジェ。
「ガァァァァァァァァァァァァ!!!!」
だが、アザトースはまだ退散しない。
「な、何だ!?今回はずいぶんしつこいな!!」
慌てる狩谷。アザトースが退散しない理由は、以前と状況が違うからだ。前はナイアルラトテップがアザトースを痛めつけてくれていたが、今回のアザトースはほぼノーダメージ。全快状態のアザトースを、そう簡単に退散させられるわけがない。
「まだまだ…!!」
さらにもう一発射るが、まだ帰らない。
「しつこい…!!」
もう一度矢をつがえようとするアンジェ。が、
「…ううっ…!!」
「アンジェちゃん!!」
力を使い果たして倒れてしまった。助け起こすレスティー。瞬間移動は、アンジェにとってかなり体力を使う能力であり、彼女一人程度なら何百回使っても疲れはしないが、数百人以上と一緒に移動するとなればそうはいかない。だから中継点を作り、そこで二~三分休憩しなければならなかったのだ。それを休憩もなしでこれだけ力を使えば、倒れもする。その時、
「仕方ないね…」
ビャクオウが女性の声を発してアザトースに接近し、アザトース顔に手を置いた。
「……」
何かの呪文を唱えるビャクオウ。アザトースは苦悶の絶叫を上げている。数秒後、
「ぐぅっ!!」
アザトースはゲイルに戻り、倒れた。
「ゲイル!!」
「大丈夫か!?」
駆け寄ってゲイルを起こす狩谷と空子。
「あの後すぐに組み上げたアザトースの精神を退散させる呪文。初めて使ったけど、うまくいったみたいだね。」
ビャクオウは女性の、ナイアルラトホテップの声で言った。
「あんまりボクに手間を掛けさせないでくれよ。」
ナイアルラトホテップは憑依を解除し、身体をエリックに返す。
「余計な真似を…」
ビャクオウは舌打ちした。
「だが、助かった。」
ゲイルは立ち上がり、レスティーが支えているアンジェを受け取った。
「ゲイル…よかった…」
この作戦の問題点は三つ。一つ目は、ゲイルが暴走するまで人質が全員持つかどうか。こちらはかなり運任せだったが、誰も死んでいない。二つ目は、どれだけダゴン秘密教団とメイカーを引き付けられるか。これはビャクオウが現れて気を引いてくれたおかげで、クリア。最後は、ゲイルを元に戻せるか。結果的にこれが一番危なかったが、これも解決した。アンジェはゲイルが元に戻ってくれて安心する。後は彼女の回復を待って、人質を異空間から脱出させるだけだ。と、
「おい!!あれを見ろ!!」
人質の一人が、海を指差して叫んだ。ハワードを先頭にダゴン秘密教団とメイカーが、こちらに向かってきている。
「…時間がないね。」
再び悪夢が迫り来る光景を見て悲鳴を上げる人質達を見たアンジェは、ゲイルの腕を離れる。この後はアンジェが人質を通常空間に帰し、それ以外の者達がダゴン秘密教団を殲滅するという流れだ。あんな危険な連中を野放しにしておくわけにはいかないし、奴らを倒さなければ根本的な解決にはならない。
「もういいのか?」
「うん。早くしないと、せっかく助けた人達を巻き込んじゃう。」
人質をより安全確実に逃がすために、アンジェも同行する。もっとも、体力の都合上すぐに戻ってはこれないが。
「…急がずに休んでから来い。それまでに俺が片付けておく」
ゲイルは、来なくていい、とは言わなかった。ゲイル達がここから脱出するために必要だし、それよりゲイル自身が来て欲しかったからだ。
「わかった。気を付けてね」
アンジェはそう言い残すと瞬間移動を使い、人質達を全員異空間から離脱させた。しかし、これはただの瞬間移動ではない。別の空間、世界へと移動する、次元移動だ。
「さて、そろそろですね。」
次元移動を確認すると呟くビャクオウ。すると、もう一人ビャクオウが現れた。そのビャクオウはダークハンターとギターケース(ギガトラッシュ入り)を抱えており、それらを狩谷と空子に渡してから消える。ビャクオウがデビルズエイリアスを使って生み出した分身で、二人の武器を取りに行かせていたのだ。
「気が利くなぁエリック!!ここから取りに戻らなきゃなんねーかと思ってたところだぜ!!」
「助かったわ。ありがと」
「足手纏いになられては困りますからね。自分の身は自分で守りなさい」
礼を言う二人に、ビャクオウは素っ気なく返した。
間もなくして、ダゴン秘密教団の狂信者達が上陸してくる。武装した深きものども達と、無数のショゴスが五人を包囲し、背中のブースターを吹かせて飛ぶメイカーが空中から二丁マシンガンで一同を狙い、船に乗ったままのハワードが、怒りもあらわに告げる。
「やってくれましたね。まさかようやく達成されかけていた我々の悲願を、あなた方のような子供がぶち壊すとは…」
ハワードがルルイエ異本を開き、開いたページに手をかざすと、光る魔法陣が出現した。そしてその魔法陣から何かが現れ、それを掴み取って引き抜く。それは、細身の長剣だった。
「いろいろと見誤りが過ぎたようです。我々はあなた方を殺し、今度はそちらの媒体を使わせてもらいましょう。我々の全戦力を、とくと味わいなさい。」
長剣でビャクオウを差してから、今度は長剣を真上に向け、とある存在を呼ぶ。
「来たれ!!大いなるクトゥルフに支えし、二柱の神!!父なるダゴンよ!!母なるヒュドラよ!!」
それに応えるかのように、海上に巨大な二体の深きものどもが、上半身を現した。いや、これは深きものどもではない。深きものどものさらに上に君臨するクトゥルフの眷属、ダゴンとヒュドラだ。ハワードは神と言ったが、正確には神ではなく、長い歳月を経て巨大に成長した深きものどもである。とはいっても、強大な力の持ち主ということに変わりはないが。
「本気というわけか…」
ゲイルが知る限り、ダゴンとヒュドラは深きものどもの支配者。よほどのことがない限り呼びはしない。それを呼んだということは、敵が本気だということだ。
「下らない…全員まとめて私が倒してさしあげましょう。」
早速戦おうとするビャクオウだが、ゲイルはプライドソウルを出してビャクオウを制す。
「…何の真似です?」
「お前が奴らを全滅させるつもりでいることに、異を唱えるつもりはない。だが、あの男だけは俺に殺らせろ。でかい借りがあるんでな」
大勢の人間を化け物の生け贄にしようとし、仲間達を危険な目に遭わせ、あまつさえ警告を無視してこの星そのものを破壊しかけた男、ハワード。ゲイルは彼に対し、怒りと殺意を燃やしていた。
「…いいでしょう。なら、私はあの神々を狩ることとします。」
ゲイルに貸しを作っておくのも悪くはないと思ったビャクオウはあっさり折れ、標的をダゴンとヒュドラに変更する。
「私はメイカーの相手をするわ。あいつは許せないから」
レスティーもまた、メイカーに対して殺意を抱いており、相手をメイカーに定めた。
「フフフ…」
不敵に笑うメイカーを見て、レスティーの中の殺意はさらに大きなものとなる。
「じゃ、俺達は雑魚の掃除でもするか。」
「かなりの大掃除になりそうね。」
消去法で、残った雑魚どもの相手を選んだ狩谷と空子。こうして、誰が誰と戦うかは決まった。
「全員、かかれ!!」
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
ハワードの指示で一斉に雪崩れ込む狂信者達。彼らの目は血走っており、怒り狂っているのがよくわかる。
『テケリ・リ!!テケリ・リ!!』
一緒になって仕掛けてくるショゴス達。
「アデル、起動!!」
遂に、悪夢に終止符を打つ時が来た。
*
「皆さん、とにかく逃げて下さい!後は私と、私の仲間が何とかしますから!」
「ああ、そうさせてもらうよ!」
「いろいろありがとうね!」
外の世界に逃げたアンジェは、連れて来た人々を逃がす。生け贄にされていた人々は散り散りに逃げていき、最後には一人もいなくなった。
「早く戻らないと…」
すぐ次元移動で異空間に戻ろうとするアンジェだったが、
「うぅっ!!」
次元移動が使えず、倒れてしまう。瞬間移動と次元移動の外見上の違いは、次元移動の場合移動する対象が光ること。これぐらいしかない。だが、瞬間移動よりも次元移動の方が、遥かに体力の消耗が激しいのだ。
「早く…早く…」
無理にでも次元移動を使おうとするが、使えない。全身から力が抜けて、立ち上がることさえできない。
(動けない…ゲイル…みんな…)
自分が恋した人を、仲間達を救おうと必死になるも、結局何もできず、アンジェは意識を手放した。
*
「おおっ!!」
プライドソウルを振りかざし、ハワードへと斬りかかるアデル。
「ふっ…」
ハワードはそれを軽くバックステップでかわし、さらにもう一度後ろへ跳ぶ。空中で大きく回転し、海の上、すなわち水面に着地するハワード。いや、よく見ると水面に、人一人が乗れる大きさの魔法陣が浮いている。これが足場としての役目を果たしているのだ。続いてルルイエ異本を掲げるハワード。すると、ハワードの周囲に無数の光球が現れた。ルルイエ異本の力で増幅され、圧縮されたハワードの魔力の塊、魔力弾だ。
「ハァッ!!」
ハワードは長剣をアデルに向けて振る。その動作に合わせて、空中に静止していた魔力弾が、銃弾をも凌駕する速度でアデルに飛んでいく。
「くっ…!!」
アデルは魔力弾の嵐をかわし、最低限の魔力弾をプライドソウルで叩き落とす。しかし、魔力弾の威力は思いのほか強力で、足場となっている船の周囲に着弾した時の衝撃波が、船を粉々にしてしまった。仕方なくイタカウイングを起動したアデルは、空中を飛び回って魔力弾をかわす。
「こいつも喰らえ!!」
長剣を振り上げるハワード。刃から巨大な魔力の斬撃が飛んでいき、アデルは紙一重で回避する。
「ちょこまかと…ならこれはどうだ!!」
深きものどもとしての獰猛な本性を表し始めたハワードは、次の魔術を行使する。今度はハワードの周囲の海水が生き物のように蠢き、何本もの水柱となってアデルに襲い掛かった。アデルは武器をチャウグナルファングに持ち換え、次々とさばいていく。しかし、水柱に紛れて新たな魔力弾が飛んできた。かわしきれない。
「クトゥグアドライブ!!!」
アデルはクトゥグアドライブを発動し、炎化して魔力弾を受け流した。瞬時に炎化を解除し、
「ハスタードライブ!!!」
ハスタードライブを発動。水柱を掻い潜ってハワードに接近し、斬りかかる。
「ふん!!」
ハワードは自分に身体能力強化の魔術をかけ、パワーを増強して受け止めた。
「キシャアアアアアアアアア!!!」
咆哮を上げながら両腕を振り回してくるダゴン。ビャクオウはそれをかわして発砲するが、ダゴンは巨大でかつ頑丈。なかなかダメージが通らない。そうこうしている間に、
「オオオオオオ!!!」
ヒュドラが攻撃してくる。
「ちっ!」
ビャクオウは攻撃をかわして撃つが、ヒュドラもまたあまり効いていない。
「ならば!!」
ヒュドラの巨腕をくぐり抜け、その胴体を斬りつける。
「む!!」
銃撃が駄目なら斬撃でと思ったが、こちらもそれほど効果はなかった。後退するビャクオウ。と、彼は見た。ダゴンとヒュドラが口を開け、その口の中が光っているのを。
ダゴンとヒュドラは口から光線を出し、ビャクオウを吹き飛ばした。
手裏剣を投げつけるレスティーと、それをマシンガンで撃ち落とすメイカー。
「私の目的は、実はもう既に果たされています。だから、ここにいる必要はない。」
撃ち落とすだけに飽き足らず、メイカーはレスティーを銃撃する。
「くっ!!」
持ち前のスピードで避けていくレスティー。
「にも関わらず、なぜ私がこの場に留まり、あなたと戦っているか、わかりますか?」
「私を始末したいからでしょう!?」
「正解です。」
問いかけに答えてもらったメイカーは、新しい兵器として両手にガトリングガンを、両足にミサイルランチャーを装備した。
「だからさっさと始末されて下さい。」
装備した兵器の照準全てをレスティーに合わせ、メイカーは発射する。
「あんたを始末したいのは!!」
ガトリングの銃弾をかわし、ミサイルをクナイで破壊して、レスティーはメイカーに近付き、
「私だって同じなのよッ!!」
小太刀で斬りつける。しかし、
「なら、もう少し強い攻撃をすることです。」
メイカーはバリアで小太刀を防ぎ、動きが止まったレスティーにガトリングを撃つ。
「ならお望み通りにしてあげるわ!!」
レスティーはかわして距離を取り、
(ここは浜辺!!なら地の利を活かす!!)
「忍法・大津波の術!!」
忍法を使った。大津波の術は手から出した気を水に変化させて津波を起こすという術だが、実はもう1つパターンがある。それは、近くにある水を操って津波を起こすというパターンだ。メイカーの背後には海があり、海水が巨大な津波となってメイカーに襲い掛かる。だがメイカーは慌てず、右腕をガトリングからプラズマキャノンに変化させて、津波を撃った。プラズマキャノンの破壊力で、津波は砕け散る。
「それが、何か?」
メイカーは余裕でレスティーを見た。
「ロックンロールハリケーン!!!」
ダークハンターを振りかざして嵐を起こし、深きものどもを吹き飛ばす狩谷。
「怯むな!!撃て撃て撃てーっ!!!」
インスマス面が指揮を執り、銃で武装した狂信者が狩谷を撃つ。狩谷は自分の前でダークハンターを回転させて銃弾を防ぎ、
「はぁっ!!」
ある程度防いだところで突撃。銃弾を掻い潜り、
「でやっ!!だぁっ!!おらっ!!はぁぁっ!!」
数回ダークハンターを振る。その刃に斬られた狂信者は、全て真っ二つになった。
「くそっ!!行けショゴス!!」
「「「テケリ・リ!テケリ・リ!」」」
一人の狂信者の指示を受けて、三体のショゴスが向かってくる。
「エクストリームテンペスト!!!」
怯えることなく竜巻を放つ狩谷。ショゴス達は真空波に粉微塵に切り刻まれ、竜巻で吹き飛ぶ。だが、
「テケリ・リ…テケリ・リ…」
斬り飛ばしたはずのショゴスの破片は動きを止めておらず、一つに集まって巨大なショゴスとなった。
「やっぱ効かねぇか…!!」
ショゴスは不定形な液体生物であり、凄まじい生命力と再生能力を持っている。液体であるがゆえに物理的な攻撃は一切通用せず、再生能力のせいでバラバラにしてもすぐ復活してしまう。
「だが、諦めるわけにはいかねぇよな!!」
槍を持って挑んできた狂信者を槍ごと斬り裂き、狩谷は融合ショゴスを斬りつけた。しかし、斬りつけた部分はすぐ再生し、何度斬っても治ってしまう。その時、
「狩谷!!下がって!!」
空子の声が聞こえた。
「くっ!!」
飛び退く狩谷。その瞬間を見計らって、空子が何かを投げる。空子が投げたものはそのままショゴスの身体に埋まり、爆発した。爆発して粉々になったショゴスの身体は燃えており、さらに爆発に巻き込まれた狂信者達も、炎に包まれて悲鳴を上げている。
「焼夷手榴弾か!!」
狩谷は空子が何を投げたのか気付く。空子が投げたのは、炎によって広範囲の敵を焼き払う、焼夷手榴弾だ。しかもヘブンズエデン製なので、威力も半端ではない。
「ボーグソルジャーやエボリュータントには効果が薄いから今まで使わなかったんだけど、支給されたものは何でももらっておくものね。」
ヘブンズエデン製とはいえ、手榴弾程度の殺傷力では有効打にならないため、空子は今まで使っていなかった。しかし、深きものどもやショゴスが相手なら、十分な威力を発揮する。特に焼夷手榴弾なら、物理攻撃で倒せないショゴスを焼き殺せるのだ。
「デゲリッ…リッ…」
「しつこいわ!!」
また一つになろうとするショゴスに、再度焼夷手榴弾を投げる空子。一発では焼き切れなかったショゴスだが、二発目の炎を喰らい、今度こそ絶命した。また、再び周囲の狂信者を巻き込んだので、敵の数も減る。
「おい、焼夷手榴弾はあと何発だ?」
狩谷は訊く。
「今二発使ったから、あと四発よ。」
本当は一ダース持ってきたかった空子だが、さすがにそこまでたくさんケースに入らなかったので、半ダース入れてきた。そして、残りはあと四発。ショゴスの数は十体で、今三体倒したから七体だ。
「足りねぇな…」
四発で七体。どう考えても足りない。深きものどもやインスマス面なら、狩谷一人で殲滅できるのだが…。
「狩谷、さっきみたいに、ショゴスを一体にまとめて。」
「…それしかなさそうだ。」
二人は作戦を決めた。
*
メイカーと戦い続けるレスティー。現在メイカーはガトリングとプラズマキャノン、ミサイルランチャーを消し、代わりに高周波ソードとビームソードを装備している。だが次の瞬間、メイカーは突然左肩にロケットランチャーを装備し、撃った。しかし、弾が見えない上に撃った方向も見当違いだ。
(ステルスミサイル?どこを狙って…)
ミサイルは見えないが、照準からどこに向かって撃ったのかを知ることはできる。そして、レスティーは知った。ステルスミサイルの先には、狩谷と空子がいる。見えないから気付いていない。
(間に合え!!)
レスティーは全速力で駆け出す。破壊する暇はなく、ミサイルに背中を向けて二人の盾となった。
「あああああっ!!!」
ミサイルの炸裂を受けて倒れるレスティー。二人は一瞬何が起きたかわからず、少し遅れて自分達がメイカーから攻撃されたこと、レスティーが盾になってくれたことに気付く。
「レスティーちゃん!!」
「大丈夫!?ごめんなさい…あたし達のために…」
駆け寄る二人。その時二人はさらに気付いた。今のメイカーの攻撃で、レスティーの背中の服が破れてしまい、レスティーの背中が見えたのだ。彼女の背中には、とても大きな火傷がある。
「レスティーちゃん!!背中が!!」
が、狩谷は冷静になってみてわかった。この火傷、もう治っている。要するに、これは今の攻撃で負ったものではなく、ずっと前についた傷痕なのだ。
「…大丈夫よ。この傷は、もう十年も前についた傷だから。」
服は破れたが、レスティーはダメージを負っておらず、普通に立ち上がった。
「おやおや、ずいぶん懐かしいですね。それは私が十年前につけた傷じゃないですか」
「「!?」」
狩谷と空子は驚く。レスティーの背中の傷痕は十年前についたもので、それはメイカーがつけたのだという。
「どういうこと!?」
困惑する空子に、レスティーは語った。
「…メイカーは、私と皇魔が初めて戦ったテザイアなの。」
まだ未熟だった二人はメイカーと戦い、殺されかけた。その戦いでレスティーは皇魔を庇って、この傷を受けたのだ。
「あの時は鬼宝院皇魔が予想外な力を発揮したために退きましたが、今回彼はいませんよ?」
「黙れ!!」
レスティーは怒り、メイカーに挑む。
「個人的な因縁って、そういう意味だったんだ…」
一族の因縁ではなく、本当にレスティー個人の恨み。だから彼女はメイカーの撃破に固執していたのだと、空子は知る。
「…俺達が手出しできることじゃねぇ。あいつに任せるしかねぇよ」
「…うん。」
狩谷は空子を説得し、二人は戦いに戻った。
「そらそら!もっともっと傷を増やしてあげましょう!!」
「ああああ!!」
冷静さを欠いたレスティーは、兵器を再びガトリングに変えたメイカーから、近距離射撃を受ける。
「ううっ!!」
レスティーは倒れた。彼女の服には通常の防砲服を超える防御力があるのだが、ガトリングを近距離から喰らえばダメージはある。
「あなたが死んだら彼は悲しむでしょうねぇ…まぁ、私は悲しみませんが。」
右手の兵器化を解除し、再度高周波ソードを装備してレスティーに迫るメイカー。彼女の首をはねるつもりだ。
(…皇魔…)
レスティーの脳裏には、十年前の光景が思い起こされていた。
『紗理奈!!紗理奈しっかりしろ!!』
幼い少年の声が、耳に響く。
『紗理奈ぁーーーっ!!!!』
あまりにも悲痛な声。
(私は…)
そして思い出す。
(私は…!!)
あの日の誓いを。
レスティーを中心に発生した膨大な気が、メイカーを吹き飛ばす。
「ぐっ!!」
たまらず距離を取るメイカー。渦巻く気はやがて収束し、一人の姿を映す。
そこにいたのは、仮面を着けて忍装束を着込んだレスティー。
「これはまさか…」
メイカーはこれが何かを知っていた。レスティーは静かに告げる。
「忍法」
霊宮寺家に伝わる、秘伝の技の名を。
「闇影武装」
遂に目覚めた闇影武装!!そして、いよいよ決着!!
次回、『インスマスの最期』
合宿編、完結!!




