第二十五話 深きものどもの陰謀
前回の続きです。
突如として姿を現したインスマス。
「でも、何でいきなり?」
先ほどまで、あそこには何もなかったはずなのだ。空子は疑問に思う。
「違う。」
しかし、アンジェだけは気付いていた。
「インスマスが現れたんじゃない。私達が、インスマスのある場所に来たの。」
「インスマスのある場所って…じゃあここは、異空間!?」
狩谷が驚いた時、
「その通りです。」
いつの間にか、一人の男がいた。しかもその男、人間ではない。タキシードを着込んではいるが、手の指の間には水かきがあり、顔はまるで魚のよう。つまり、半魚人なのだ。
「なっ!?」
全く気配を感じさせなかった半魚人に驚愕し、ゲイルはプライドソウルを出して向けた。他の者も警戒する。
「そう警戒しないで下さい。我々に敵意はありません」
慌てて両手を上げる半魚人。
「信用できるわけないじゃない!!あなた深きものどもでしょ!?」
レスティーは小太刀を抜き、半魚人の正体を言い当てた。そう、この半魚人こそ、深きものどもなのである。
「どうやらよく知っておられるようで。いかにも、私は深きものどもの一人。ハワード・ヨーゼルと申します」
あっさり正体を暴露した深きものどもは、丁寧に名乗った。
「我々はあなた方を歓迎します。立ち話もなんですし、ぜひお越し下さい。あの港町、インスマスへ。」
やはりインスマスだった。深きものども、ハワードは軽くお辞儀をすると、先に立って歩き始めた。
「…どうする?」
空子は全員に訊く。ハワードは敵意はないと言ったが、あまりにも危険すぎる。信用できるだけの要素が、全くと言っていいほどない。
「だが、ここについて何か知るには奴に従うしかない。」
ゲイルが言う通り、この異空間に一番詳しいのはハワードだ。なら、ハワードについて行く以外に知る方法はない。
「帰る方法…あるにはあるけどなぁ…」
狩谷はアンジェを見る。彼女の能力を使えば、この異空間からの脱出は容易だろう。しかし、それでは駄目だ。
「奴が行方不明事件に関係がある可能性は高い。」
100%怪しいという目でハワードの後ろ姿を見るゲイル。確かに怪しい。こんな怪しい男をこのままにしておくというのも、気が引ける。
「とにかく、俺は奴について調べるべきだと思う。」
「…ゲイルが言うなら、俺は賛成だな。」
狩谷は同意した。
「私達に何が起きたのかも知ってるみたいだし。」
「いざとなったら、ドガーン!ってやっつければいいしね。」
「私も賛成するわ。」
女性陣も二人に賛成する。だが、
「私は行きません。」
エリックだけは反対した。
「行かないって…私の力がないと帰れないと思うけど…」
「帰るなどとは一言も言っていません。私はあの半魚人に頼らず、自分一人で調べると言ったんです。あなた達はあなた達で勝手にやって下さい」
アンジェ達に言いたいことだけ言ったエリックは、どこかへ姿を消してしまう。
「…ほんっとーに協調性のないやつだよなエリックって。」
「放っておけ。あいつなら何も心配はいらない」
こんな状況になってもブレないエリックを見て呆れる狩谷に、ゲイルは心配ないと返しておく。
「…あっ。」
空子は何かに気付いて、そこに近付いた。
「あたしのギターケース。これも一緒に来てたんだ…」
ギガトラッシュのケース。どうやら、一緒に来ていたらしい。このケースにはギガトラッシュだけでなく、弾薬なども収納しているので、これが来ていたのはかなり大きなアドバンテージだ。空子はケースを拾ってギガトラッシュをしまうと、ゲイル達と一緒にハワードを追った。
少し距離を置いてから、
(…ナイアルラトホテップ、聞こえますか?もういいですよ)
エリックは心の中で、とある存在に語りかけた。
(…やっとか。待ってたよ)
相手は、かの大邪神ナイアルラトホテップ。実はメイカーとの戦闘中、エリックに語りかけてきていたのだ。
(まったく…何の用ですか?)
(いや、どうも君とボクの感覚はある程度リンクしてるみたいでね。今までにはなかったことなんだけど)
(…そのようですね。それで?)
(連れないねぇ。せっかくボクと自由におしゃべりできるようになったんだから、何か話したいとか思わないのかい?)
(思いません)
(…そう)
ナイアルラトホテップすらあしらうエリック。仕方ないので、ナイアルラトホテップは質問した。
(それより、ひょっとして君は今、インスマスにいるんじゃないのかい?)
(ほう、よくわかりましたね)
(君を通して、インスマス特有の魔力を感じ取ったからね。そうか…君はインスマスにいるのか…)
(いろいろと事情を知っているようですね。話してもらえませんか?)
(いいよ。特に何か支障があるわけでもないし)
あっさり承諾したナイアルラトホテップは、インスマスについて話した。
*
ハワードについてインスマスに入ったゲイル達。しかし、ゴーストタウンなので人の姿はなく、辺りはひどく廃れていた。
「殺風景な所で申し訳ありません。しかし、もうすぐ人が多くいる場所に出られますよ。」
そう言いながら、ハワードはゲイル達と一緒にとある建物に入る。その建物の最奥部。壁の前に立ったハワードは、何か呪文のような不可解な言葉を呟いた。すると、ハワードの目の前にあった壁が、地面に向かって沈んでいく。壁の中には扉があった。ハワードが扉を開けると、その先には地下へと続く階段が。
「もうすぐです。」
ハワードは念押しし、階段を降る。ゲイル達も続く。
どれぐらい長く階段を降りただろうか。壁には所々松明がかかっているため、真っ暗になるということはないが、それでも不気味だった。まるで、地獄へと続く道を歩いているかのような気分である。
「着きましたよ。」
ハワードが言った時、一行は開けた場所に出た。そこは広大な、あまりにも広大な地底湖だ。これほど広いのだから、あれだけ長い距離を歩いたわけである。と、
「ハワード様。」
真冬に着るかのようなコートを着て、フードを目深に被った男が現れ、ハワードに何かを差し出した。
「ご苦労。」
ハワードはそれを受け取る。
「それは何ですか?」
アンジェが尋ねると、ハワードが渡してきた。
「これは…本?」
彼女が受け取ったそれは、外国の文字で書かれた本だ。
「中は見ない方がいいですよ。気が狂ってしまうかもしれませんからね」
「えっ…」
アンジェはハワードから意味深な忠告を聞き、考える。読めば発狂する本。となれば、魔導書しか思い付かない。そして、深きものども関連の魔導書といえば、ルルイエ異本だ。ルルイエ異本は、人間の皮で装丁されている魔導書である。アンジェがよく見てみると、この本の表紙、紙ではない。質感もおかしい。さらによく見ることで気付いた。この表紙、乾ききってはいるが、人間の皮膚だ。
「嫌ぁっ!!」
アンジェは本を投げ捨て、ゲイルに抱きつく。
「どうした!?」
ゲイルはアンジェを受け止めながら訊いた。
「こ、この本…ルルイエ異本!!」
「何!?」
ゲイルはアンジェを庇う仕草を見せる。
「ってことはてめぇ、ダゴン秘密教団か!!」
身構える狩谷。空子はアンジェの仕草を見て少しムッとしていたが、ルルイエ異本なら仕方ないと開き直り、ギガトラッシュを取り出すために狩谷の後ろに隠れた。
「本当によくご存知ですね。」
ハワードは特に慌てた様子もなく本を拾い、パンパンとほこりを払う。
「その通り。私はダゴン秘密教団アメリカ支部支部長で、この本は魔導書、ルルイエ異本です。もっともこれは写本で、オリジナルは絶対に安全な場所に保管してありますが。」
またしてもあっさり白状したハワード。何か裏でもあるのだろうか。
「ではこちらへ。あなた方に見せたいものがあるのです。あなた方をお招きした理由についても説明致します」
ハワードは再び歩き始める。
「…やっぱり引き返した方がよかったんじゃ…」
ギガトラッシュを取り出すことを思い留まった空子。彼女は、今さらながら後悔した。もう自分達は完全にハワードの、ダゴン秘密教団の術中にはまってしまっているとわかったからだ。
「引き返せる地点ならとっくにすぎちゃったわ。ここまで来たらもう、出口を目指して突き進むしかない。」
レスティーの言う通りだ。とにかく、今はダゴン秘密教団の真意を知ることが先決。その上で行動の方針を決めればいい。この程度の修羅場は、いくつもくぐってきた。
「…行こう。」
ゲイルは四人を背に、ハワードを追う。
「…インスマスがゴーストタウンと化してしまった理由はご存知ですか?」
ハワードはゲイルに尋ねる。
「…町そのものが一斉検挙を受けたから、か?」
そのことについては、ゲイルも知っていた。
インスマスは深きものどもの巣窟。しかし、そうと知らずに一人の青年がそこを訪れた。青年は深きものどもから襲撃を受けながらもどうにか逃れ、政府にこの事実を公表。事態を重く見た政府はインスマスの住民を一斉検挙し、結果、インスマスはゴーストタウンになってしまったのだ。これもお伽噺話ではあるが、インスマスが実在する以上は真実だろう。
「私はその事件の数少ない生き残りなのです。」
大勢の同胞が逮捕され処刑された。しかし、ダゴン秘密教団以外の者は知らなかったのだ。深きものどもの拠点は世界中に存在し、インスマスはその一角にすぎないということを。
「私は再起を誓うため、このルルイエ異本の力で異空間を作り、中にインスマスを隠しました。まぁその時に使ったのは写本ではなく、オリジナルでしたがね。」
ルルイエ異本はクトゥルフや深きものども、ルルイエについての記述がされている魔導書だ。ゲイル達もそれだけしか知らず、まさかそんな力があるとは思っていなかった。まぁ魔導書なのだし、それくらいはできるのかもしれない。
「ところが、この空間はいまいち安定しなくて、強力なエネルギー同士がぶつかると、はからずもここへの道が開いてしまうことがあるんですよ。」
「それであたし達はここに来たんだ…」
メイカーとの必殺技同士の激突。あの時に生まれた強力なエネルギーが、この異空間への道を作り、そこへ空子達を飛ばしてしまったのだった。
「あれぐらいなら、私が直さなくても自己修復するんですけどね。」
初めてハワードがゲイル達の前に現れた時、彼はまだルルイエ異本を持っていなかった。にも関わらず空間の亀裂が修復されたのは、異空間構築の魔術式に、あらかじめ自己修復の魔術式が組み込まれていたためだ。
「とまぁ雑談は置いておいて、ここから本題に入りましょう。」
ハワードはゲイル達が来た理由について一通り話し終えてから、別の話題を話す。
「どうやらあなた方はずいぶんと詳しいようだ。まさかこんなお若い歳で、我々ダゴン秘密教団を知る者がいるとは…驚きましたよ。」
「驚いてるのはこっちよ。あなた達の存在はクトゥルフ神話で語られてるけど、あんなのあくまでもお伽噺話だし、実在してるなんて…」
レスティーは率直な感想を言った。
「なるほど、あの話を…ならば、我々の目的についてもご存知ですね?」
「…ええ。」
ダゴン秘密教団の目的はルルイエを浮上させ、クトゥルフを復活させること。
「そのためには、ずれてしまった星辰を元に戻さなくてはならない。大いなるクトゥルフ様のお力ならば星を動かすなど容易いことですが、この場合それをやるのは我々。それには準備が必要でしてね…何しろ本来なら星が揃うのを待たねばならないものを、こちらから無理矢理動かすのですから。」
ルルイエが沈没した理由については諸説あるが、どうやら星辰がずれてしまったことが原因らしい。ハワードはある小屋の前に到着した。入り口は銃で武装した教団員が警護していたが、ハワードの指示を受けて下がる。小屋の中にはまた階段があって、一行はそれを降りていった。
「中でも三つの要素が欠かせません。一つは、ルルイエ異本。この場合写本とオリジナルどちらでも可能です。そして二つ目は、あなた方にお見せしたかったもの。」
二つ目の要素を言いかけたところで、扉が現れる。
「これです。」
ハワードは扉を開けた。
扉の先にあったのは、大きな鉄格子がはめてある広い牢獄。その中には、何人もの人間が閉じ込められていた。それも十人や二十人ではなく、三百人以上。そこにいた者の大半が、マサチューセッツ州で捜索願が出されていた、行方不明者達だ。そしてその周辺を、剣や槍を持った多数の深きものどもが守っている。
「こ、これは!?」
驚くゲイル。ハワードは笑いながら教えた。
「二つ目の要素は、星をも動かしうる強力なエネルギー。我々は宇宙で最も強力なエネルギーである、人間の生命力を選びました。つまり、生け贄です。これだけの人数を集めるのは大変でしたよ?アメリカ中を駆け回ったんですから」
「やっぱりお前らが犯人だったのか!!」
事件の真相を知って激怒した狩谷はダークハンターを組み立てる。
「おっと。私に危害を加えれば儀式を行うよりも早く、生け贄の命が失われることになりますよ?」
ハワードは慌てることなく、指を鳴らした。すると…、
「テケリ・リ…テケリ・リ…」
鉄格子の向こう側から、奇妙な声が聞こえてくる。同時に、囚われている人々の悲鳴も聞こえてきた。ゲイル達が見てみると、全身にいくつもの口や目のついた巨大な粘液状の怪物が何体もいて、身体から触手を伸ばし、さらにその触手を槍のような形状に変化させて人々に突きつけていた。
「あれは…ショゴス!?」
レスティーが言ったショゴスとは、かつて人類より先に地球を支配していたという古代種族、古のものが生み出した、『テケリ・リ』という独特な鳴き声を出す奴隷生物だ。様々な器官を生み出す変身能力と凄まじい生命力を持つが、脳を生み出しておらず、前述の能力で脳を生み出した結果、知性を手に入れて古のものに反逆した。最終的にショゴス達は地底深くに封印されたが、古のものは同時期にクトゥルフと地球の覇権を懸けた戦争を繰り広げており、この時ショゴス達から受けた壊滅的な打撃が要因となって敗北、滅亡した。
「ショゴスは魔術やテレパシーで操ることができましてね、我々は何体かを封印から解放して使役しているんです。おまけにかなりの強さですから、こういう状況では便利なんですよね。」
ハワードは、どちらが有利な立場にいるかを見せつけるように言った。
「それから三つ目の要素ですが…これがあなた方をお招きした理由でもあるんです。三つ目は、生け贄の生命エネルギーを宇宙に届けるための媒体。そこで我々はあなたに目を付けました」
言いながらハワードは、ゲイルを指差す。
「邪神アザトースの精神を憑依させるための器。存在そのものが強力な魔術媒体となるあなたです!」
「っ!?なぜそれを知っている!?」
ゲイルは驚いた。彼の肉体にアザトースの精神が憑依するということは、ヘブンズエデンの関係者以外知らないはずである。
「情報源はヴァルハラです。我々はミレイヌ様とも同盟関係を結んでいましてね…あ、そうそう、デザイアと共闘したこともありますよ。」
自分達が戦っている、巨大な二つの犯罪組織。ダゴン秘密教団は、それらとも少なからぬ繋がりがあった。
「なぜミレイヌがそんなことを!?」
「理由は我々にもわかりません。ただし、あなたの身体にアザトースの精神が憑依するということ。それによってあなたが暴走するということも、彼女はご存知ですよ。」
ゲイル達はミレイヌがベルセルクとの戦いを、音声付きで監視していたということを知らない。無論それはダゴン秘密教団もだが、教団側としてはゲイルの情報を聞ければ、あとはもう十分だった。
「本当はナイアルラトホテップの器であるエリック殿も手に入れられれば万全だったのですが、どうやら逃げられてしまったようですね。まぁ、私としてはどちらか片方だけでも手に入れば、それでいいです。」
エリックのことについても知っていた。
「おっと。少し喋りすぎましたかね?あなた方が死んでしまうことを思うと、何も知らずに死ぬのがあまりにも不憫に思いまして…つい話してしまいましたよ。」
「甘く見られたものね。あたし達はヘブンズエデンの訓練生よ?大人しくやられるわけないじゃない!!」
ハワードが会話に夢中になっている間にギガトラッシュを取り出していた空子は、その銃口をハワードに向ける。
「今すぐあの人達を解放しなさい!!さもないと、あなたの頭が吹き飛ぶことになるわよ!!あたしは狙った相手に必ず弾を命中させられるから!!」
「…やれやれ、どうやらあなた方は、まだ状況が飲み込めていないらしいですね。まぁ、いいでしょう。撃ってみなさい」
ハワードは全く怯まず、どころか逆に空子を挑発した。
「あなた正気!?自分に何が向けられてるかわかってるの!?」
「あなたこそ、私が今持っているものが何かわからないんですか?クトゥルフ様の強大な力の一部が込められた魔導書なのですよ?その程度の兵器の攻撃など、簡単に止められます。」
「魔術の使用には呪文の詠唱が必要だ。お前が呪文を唱えるより速く、空子の攻撃はお前を殺すぞ。」
ゲイルは指摘する。
「その通り。しかし、それはあまり魔術に精通していない者が使った場合に限られます。」
ハワードは、人間と深きものどもの混血児だ。しかし、いずれ教団において活躍するため、深きものどもになる前から魔術の修行を積んでおり、よほど強力で大がかりな魔術でもない限りは、無詠唱で魔術が使えるようになっていた。
「加えて、ルルイエ異本には私の魔術を何倍にも強化する力があります。これさえあれば、例え銃弾一発くらいしか止められないような弱い防御魔術でも、数十発に及ぶミサイルを同時に止められるようになる。」
「そんなはったりが、あたしに通じると思う?」
「信じる信じないはあなた次第ですが、もしその対戦車ライフルを私に使ったら、ショゴス達が生け贄を殺すことになります。少し手間はかかりますが、生け贄ならまた集めればいい。そこの媒体さえ無事なら、ね。」
「…くっ…!!」
空子はギガトラッシュの銃口を降ろした。ハワードの言葉の真偽を確かめるのは簡単だが、そのためにはリスクが大きすぎる。もし本当だったら、ハワードを倒すのはとても難しいことだからだ。何せ、相手は様々な奇跡を引き起こす魔術の使い手。どんな手を用意しているかわかったものではないし、人質も危ない。
「賢明な判断です。おい」
『はっ!』
ハワードが命じると、牢を警備していた深きものどもが全員集まってきて、ゲイル達を拘束した。
「儀式は明日執り行います。それまであなた方の身柄を拘束させてもらいますよ」
「待て!儀式に一番必要な存在は俺だろう!?こいつらを巻き込むな!!」
「そうはいきません。仮にも教団の秘密を知ってしまったのですから、生かして返すなど馬鹿げています。彼らは常人よりずっと強い生命エネルギーをお持ちのようですし、全員儀式の生け贄になって頂きますよ。」
「貴様…敵意がないと言ったのは嘘だったのか!!」
「はい、嘘です。だって、そうでも言わないと来てくれなかったでしょう?」
全く悪びれた様子もなくハワード。彼がゲイルの顔に手をかざすと、ゲイルは気を失ってしまう。
「ゲイル!!」
「眠ってもらっただけです。何を引き金に暴走するかわかりませんから、儀式の直前まで扱いに注意しなくては。」
ゲイルが死んでしまったと思い、声を出すアンジェ。しかし、ハワードは睡眠の魔術を使ってゲイルを眠らせただけだった。ゲイルに暴走してもらっては、間違いなくインスマスは壊滅する。それを考慮してである。
「では、あなた方には別の牢獄に行ってもらいましょう。わかっているとは思いますが、余計な真似をすると生け贄が死にますよ。」
ハワードは念押ししておき、深きものども達に命じてアンジェ達を別の牢獄に連れて行かせた。
*
「そういうわけで、ここから先は我々にお任せしてもらいたいのです。」
教団員は、メイカーに説明した。ちなみにこの教団員、まだ完全に深きものどもにはなりきっていない。すなわち、インスマス面だ。
「なるほど…」
以前共闘した時に、ダゴン秘密教団の目的は聞いたし、それがどれだけ重要かもよく知っている。まさしく、彼らの全てを懸けた儀式と言えるだろう。だが、
「しかし、私もこのまま黙って引き上げるわけにはいきません。」
メイカーは聞き入れなかった。
「第一、最初に目を付けていたのは私です。あなた方はそれを横取りした…これでは私が何のために副首領から派遣されたかわかりませんし、メタルデビルズが暴走した時の抑止力も必要です。」
そもそも、メイカーはアデルの暴走について調べるために来たのだ。このままダゴン秘密教団に任せたのでは、せっかくマサチューセッツ州まで来たのに意味がない。
「しかし、これは我々にとって神聖な…」
「あなたでは話になりません。ここの支部のトップを呼びなさい」
「ですから今…!」
メイカーは四の五の言う教団員に、自分の兵器を向けた。ちなみに、まだメイカーは変身を解除していない。つまり、フル装備中のままなのだ。
「灰にされたくなかったら従うことです。」
「…わかりました。」
教団員はハワードに連絡を入れる。その最中、メイカーは教団員に兵器を向けながら思った。
(この私から逃げ切れるとは思わないことです。何せ私は、元殺し屋ですから)
*
(どうやら、ずいぶん厄介なことに巻き込まれてしまったようですね)
ナイアルラトホテップは前に教団員に変身してダゴン秘密教団に潜入したことがあるため、教団についてかなり詳しく知っている。エリックはナイアルラトホテップからの情報で、深きものどもが自分を狙っていることを知った。
(なるべくなら、ボクの監督外で邪神を復活させるのは避けて欲しいんだけどなぁ…)
クトゥルフ神話に登場する邪神達。もし彼らが復活したら、まず最初にやることは地球の破壊だ。自分を捕らえ、封印の眠りにつかせたこの星ほど、忌々しいものはないだろう。しかし、それをされてしまうと、まだ復活していない他の邪神が巻き込まれて死んでしまう。
(特にクトゥルフは気分屋だからねぇ…復活させるのは最後にしたかったんだ)
(それで、私にクトゥルフの復活を阻止して欲しい、と?)
(ああ。こっちにもいろいろと段取りがあるから、それを好き勝手にいじくり回されちゃ困る。例えそれが、邪神の復活だとしてもね)
邪神の復活はナイアルラトホテップにとって最も重要な、何よりも優先すべき使命。だが、物事には順序というものがある。ナイアルラトホテップはもう順序を決めてあるので、それを狂わせることはどうしても避けたかったのだ。
(やれやれ…まぁ、邪神に借りを作っておくのも、悪くないかもしれませんね。わかりました、お引き受けします)
エリックはナイアルラトホテップからの依頼を聞き入れる。
(助かったよ。さて、そろそろダゴン秘密教団が彼らを手に入れている頃かな?)
エリックから状況を聞き、あらかたの予想をつける。
(儀式は恐らく、明日執り行われるだろう。よろしく頼むよ)
ナイアルラトホテップはテレパシーのリンクを切った。
(明日、ですか…では、それまで身を潜めておく必要がありますね)
「ビャクオウ、始動。」
エリックはビャクオウに変身すると、姿を消した。
クトゥルフが復活するか否か、地球の命運を懸けた戦いが始まる。
勝負は、明日。
海が荒れ、おぞましい咆哮が響き、力と力がぶつかり合う!!大いなる邪神クトゥルフは復活してしまうのか!?傭兵達は、そして地球の運命は!?
次回、『灰色の海の血戦』!!
お楽しみに!!




