第二十二話 夏休み前の誓い
今回、ゲイルはある人物と再会します。大切な大切な、彼の誇りの一つです。
クルセイドキャッスルの一室に、折り畳みが可能なベッドや、クリアグリーンの溶液で満たされたポッドカプセル、多種多様な医療器具がたくさん用意してある場所がある。ボーグソルジャーの改造手術室だ。ここでは人間をボーグソルジャーに改造する他、さらなる再改造や、損傷したボーグソルジャーの治療なども行っている。
この部屋のポッドの一つに、一人の男が入れられていた。木林影斗である。
「手酷くやられたわね。」
影斗が収容されているポッドの前までやってきたフィスは、影斗の姿をまじまじと眺めていた。アザトースとの戦いに敗れた影斗は全身あちこちを損傷し、現在治療中である。ポッドの溶液には、金属や細胞を再生させる効果があるため、あと半日も入っていれば出られるだろう。もっとも、実戦に出るにはまだかかるが。
「…何しに来たんですか?」
影斗は不機嫌だ。ハイブリッドウォーリアーに進化してからの初陣で敗北を喫したのだから、無理もない。
「心配だから見に来たのよ。せっかく私が目かけた戦士を、そう簡単に死なせたくないもの。」
ふてくされている影斗を見て、クスリと笑ったフィス。彼女が美女なら間違いなく骨抜きにされている、そんな可愛らしい声なのだが、あいにく彼女の姿は怪物。しかも人間に戻れないときているのだから、感情移入などできるはずもない。
「あのメタルデビルズが暴走さえしなければ、あなたは確実にヘブンズエデンを落とせていた。それがわかっただけでも十分じゃない?」
「あいつが最大の障害なんでしょうが。それを倒せなけりゃ、進化しても意味がない。」
あの戦いは、影斗にとって衝撃的だった。今でも、アザトースに憑依されたアデルの奇声が、嘲笑が忘れられない。そして、それを倒せなかった自分の弱さが、悔しくてならなかった。
「…あなた、デザイアから戻ってろくに休んでもいないじゃない。あなたが負けたのは、疲れがたまっていたからよ。少し休みなさい」
「…はい」
影斗は素直に従った。勝てないとわかっているからだ。実のところ、彼はヴァルハラに入ってから、味方を巻き込む戦いはしていない。正確には一回だけそういう戦い方をしたのだが、それを見て激怒したフィスに殺されかけた。以来、影斗は大人しく従っている。
(ここにきてまた下積みか…)
こんな犯罪組織でも、上司の命令には絶対服従。ひたすら踏み台にされ、屈辱を与えられ続ける。どこに行っても、社会の縮図は変わらないものだと影斗は思った。
(だがな、オレもこのままで終わるつもりなんかねぇ)
しかし、諦めてはいなかった。彼がヴァルハラに入ったのは、もっと戦うため。誰にも負けず、利用もされずに戦い続ける力を手に入れるためだ。いつかはフィスを下し、三将軍も倒して、ミレイヌをも超える。その時こそ、何者も打ち倒す力を手に入れることになるのだ。
(まずはお前らからだ。メタルデビルズ!!)
かつての戦友エリックと、自分に屈辱を与えたゲイル。二人のメタルデビルズを倒す。それが、影斗の当面の目標になった。
*
「それは本当かい!?」
校庭の復旧が滞りなく終わり、今後について話を聞くために理事長室を訪れたゲイル、アンジェ、狩谷、空子、エリック。アザトースとナイアルラトホテップに憑依されたことを話した時のエドガーの反応が、コレだった。あの時はどうにかアザトースを退けられたが、あれは一時しのぎでしかない。今度いつまたアザトースが憑依してくるか、わからないのだ。これを解決するには、クトゥルフ神話関係に詳しい知識を持つ者から、対処法を聞く必要がある。そういうことならナイアルラトホテップが適任なのだが、エリックが彼女を自分に憑依させるのを頑なに拒否したため、仕方なくエドガーを頼ることにしたのだ。本当なら、こういうことに関してエドガーに頼りたくはなかった。なぜなら、彼は重度のクトゥルフ神話マニア。こんな絶対に食い付きそうな話を聞いたら、何をしでかすかわからない。
「くう~!!あの時研究室にいなければ、私も駆けつけられたのに!!」
非常に残念がるエドガー。この理事長室には、学園のどこかに存在する彼専用の研究室へと繋がる隠し扉がある。どこにあるかまでは教えていないが。
「そうか、あの時検出された反応は、アザトースとナイアルラトホテップのものだったのか…」
やはり予想外の事態だったらしく、なにやらぶつくさ言っている。
「この人はホント自分の欲望に正直だよな…」
「まぁ今に始まった話じゃないけど…」
狩谷と空子は呆れていた。
「もう理事長先生!しっかりして下さい!ゲイルの一大事なんですよ!?」
怒るアンジェ。ちなみに、エリックにとって大事だとは思っていない。ナイアルラトホテップは魂も理性も知性もあるので、対話ができる。エリックが彼女を追い出そうとしていたこともあり、それほど危険ではないと思っていたのだ。
「ああすまない。アザトースの憑依を回避する方法だったね?それなら、リミッターをかけ直すのが一番確実だよ。」
アデルのリミッターには、アザトースとアデルのシンクロを妨害する働きがある。シンクロできなければ、憑依はできない。つまり、リミッターさえかけ直せば、確実にアザトースの憑依を防げるのだ。しかし、
「それでは駄目だ。」
ゲイルはそれを拒否した。理由は、リミッターによってアデルの戦闘力が落ちるからである。今でさえミレイヌに勝てないというのに、戦闘力を下げてしまったら絶対に勝てない。三将軍やデザイアの幹部にさえ苦戦している今の状況で、それは取れない方法と言えた。
「なら君の精神を鍛えて、自力でアザトースを追い出せるようになるしかない。」
「…やはりそれしかないか。」
次にエドガーが出したのは、ゲイルが予想していた答え。
「同調を防ぐ装置は作れないのですか?」
「…難しいね。何せ、君達の脳は人間のままだ。そういう精神に負担をかける装置を埋め込んだら、脳がダメージを受けるかもしれない。廃人になる可能性だってある」
エリックは気になっていたことを訊いてみたが、エドガーでも難しいらしい。リミッターが同調を防いでいるという結果さえ、偶然の産物なのだ。
「作るにしても、一度アザトースやナイアルラトホテップを憑依させる必要がある。その時万が一でも地球を破壊されたら、終わりだからね。」
ゲイルやエリックとしても、それは勘弁願いたかった。となると、やはり精神を鍛えるのが一番確実で早い。
「幸いにもアザトースは白痴で怠惰な神。そうしょっちゅう憑依するなんてことは、まずない。現に、あれから一度も憑依されてないだろう?」
「ああ。」
アザトースはかなり面倒くさがりな神であるため、アデルという玩具を手に入れても、毎日遊ぶなどということはない。気が向いたら遊ぶ、ぐらいな感覚だろう。ナイアルラトホテップはどうか知らないが、みだりに憑依してくるなんてことはないはずだ。ビャクオウという器の持ち主が、平気で反抗してくる厄介な存在だから。
「じゃあ、猶予はあるってことだよな。」
気休め程度ではあるが、鍛練を行うだけの時間はある。狩谷はそう言った。
「大丈夫だよゲイル。もし暴走したら、また私が止めるから。」
「そうそう。あたしも協力するし」
「俺もやるぜ!何ができるかわからねぇが…」
アンジェも、空子も、狩谷も、協力するつもりでいる。だが、
(できることなら、巻き込みたくないな…)
友を自分のせいで死の危機にさらすのを、ゲイルは嫌がっていた。
「…」
エリックはそんな風景を、じっと見ている。
「君も不安かい?」
エドガーが声をかけた。
「…馬鹿な。ナイアルラトホテップが言っていたことについて、少し考えていただけですよ。」
「何か言っていたのかい?」
否定するエリック。エドガーも深くは言及せず、素直にエリックが聞いた言葉について質問した。
「ゲイルの身体を通して、既にアザトースの力が宇宙中に伝播している。それに触発された邪神や怪物達が、我々の前に現れるだろうと。先日始末した星の精も、これが原因で地球に現れたのだと思います。」
「んん~ぞくぞくするねぇ~。やはりクトゥルフ神話の神々は実在していたか…しかもそれがこの地球に出てきてくれるとは、願ってもない話だよ。」
本当はとんでもない話なのだが、やはりというか何というか、エドガーは全く物怖じしていない。というより、むしろ喜んでいる。クトゥルフ神話の邪神やクリーチャーには、惑星を破壊できるなど強力で凶悪な存在が、わんさといるのだ。何割かは異空間や宇宙、海底や地底など様々な場所に封印されているため、全てというわけではないが、そんなのが大勢押し寄せてくる。こんな話を聞かされたら、普通は発狂ものだ。
「ああ、どんな邪神が来るのか今から楽しみだよ。」
「まったくあなたは…」
エリックはエドガーのクトゥルフ好きにうんざりし、
「…またナイアルラトホテップを憑依させないかい?今すぐに。」
「嫌です。絶対に」
頼みを拒否した。
*
それからアザトースやナイアルラトホテップが憑依してくることはなく、月日は流れ、とうとう一学期の終わり、終業式が終わった。
「それじゃあみんな、宿題は忘れないように。」
担任のメイリンが、一学期最後のホームルームを行う。
「それから絶対に死なないように。誰一人欠けず、全員で二学期を迎えましょう!いいわね?じゃあ私の話はおしまい!」
傭兵の生活はいつも命懸け。それは夏休みでも冬休みでも、盆でも正月でも変わらない。その命懸けの生活を生き抜き、再び全員で集うこと。それがメイリンの、室岡の、ヘブンズエデンの教師全員の願いだった。
「起立!」
学級委員が言うと全員が席を立ち、
「礼!」
頭を下げ、
『ありがとうございました!!』
ここまで自分達を生き永らえさせてくれた先生に、大声で礼を告げる。
「じゃあねさだめさん。暇だったら遊びに行くから」
「うん。いつでも待ってるよ」
別れる光輝とさだめ。
「さーてと、修行に励みますか!」
「俺はしばらく家を留守にする。何かあったら親父に連絡しろ」
「オッケー♪」
各々の目的を果たそうとする皇魔とレスティー。
「…フッ…」
ただ去っていくエリック。思惑入り乱れる長期の休暇へと、それぞれが向かう。
「やっぱり、実家には帰らないの?」
アンジェはゲイルに尋ねた。
「ああ。こんな身体で会うわけにはいかないし、いつ暴走するかわからないんだ。親父やお袋を危険に巻き込みたくない」
ゲイルは結局、ヘブンズエデンに残ることにしたようだ。そもそも、両親には自分がヘブンズエデンに通っていることを伝えていない。伝えたら、まず間違いなく反対される。反対されて、無理矢理辞めさせられるだろう。だから、絶対に教えない。卒業するまで、ゲイルはそのスタンスを貫くつもりだった。そのためには、実家に戻るなどのバレる要因となる行為を取らない。だから、帰らない。そりゃあゲイルも年頃だから、親のことは心配だ。しかし、今自分は危険な組織を相手にしている身である。心配させたくない。自分さえ帰らなければ、父と母を危険に近付けることもない。両親を大切に想っているからこそ、ゲイルは帰らないのだ。帰れないと言った方が、表現としては正しいのかもしれないが。
「…じゃあ私も残る。」
「お前は帰った方がいいんじゃないか?家族はいなくても、帰るべき場所はあるだろう?」
「そんな所ないよ。待っててくれる人がいないんじゃ、帰る意味なんてないし。」
アンジェは、自分の家族を亡くしている。帰っても、迎えてくれる者は誰もいない。そんな家に帰ったところで、両親を失った悲しみが込み上げてきて苦しいだけだ。悲しい記憶を思い出すくらいなら、ヘブンズエデンにいたい。ゲイルの側にいたい。それが、アンジェの思いだった。
「…なら好きにしろ。元々俺がどうこう言える問題じゃないしな」
「ありがと。」
これはアンジェ自身が決めることだ。そのアンジェが残ると決めたのだから、他者がそれ以上言う資格はない。
「おーい!行くぞー!」
狩谷が教室の出口から二人を呼んだ。狩谷と空子は、明日実家に帰る。そのため、今日はフリー。家族への手土産も買いたいそうで、ゲイルとアンジェはそれに付き合う約束をしていた。
「うん!今行く!行こ、ゲイル。」
「ああ。」
二人は狩谷達の買い物に同行すべく、教室から出る。
(家族がいるというのは、嬉しくもあるが、悲しくもあるな…)
ゲイルはそう思った。
*
商店街。
「で、二人はどうするの?ただ任務に参加して腕を磨くっていうのも、味気ないし暇でしょ?」
空子はゲイルとアンジェに、休暇中の予定を訊いた。
「俺は合宿に参加しようと思う。」
合宿とは、夏休みや冬休みなどの長期休暇期間中に行われる、参加者自由の強化合宿のことだ。夏休みの場合は二週間、冬休みの場合は五日間である。ゲイルはそれに参加するつもりだ。
「じゃあ私も参加する。」
アンジェも参加の意思表明をした。
「合宿かぁ…先輩達に聞いただけだからわかんねーけど、かなり厳しいらしいぜ?本当にやるのか?」
狩谷が聞いた情報では、毎回毎回怪我人が続出し、ひどい時では死者も出るらしい。二人が死ぬとは思っていないが、後遺症が残った者や、傭兵として再起不能になった者もいるそうなので心配だ。
「だがこの合宿をやり遂げた者は、ほとんどが世界中で大きな功績を打ち立てている。やってみる価値はあるんだ」
リスクも大きいが、見返りも大きい。アザトースという強敵に対抗するために、またいずれ必ず再び戦うことになるミレイヌを相手にした時に備えて、ゲイルは少しでも多く手を打っておきたかった。
「私も負けてられないし、何もしないまま死にたくなんかないから。」
アンジェもすっかりそのつもりだ。
「ふーん…二人ともちゃんと考えてるんだ…」
空子はゲイルとアンジェの考えを聞いて思う。よく考えたら、ゲイルはいつアザトースに憑依されるかわからず、それを止められるのはアンジェだけ。自分には、何もできない。自分が入り込む余地など、ない。
(無理…かな…)
自分は無力。だから、ゲイルの側にはいられない。ずっと彼を想い続けてきた空子だが、本当にゲイルのことを想っているのなら、彼を救えるアンジェに全てを任せて身を引くのも必要か。と、思い始めている。
(そっちの方が、ゲイルにとっても幸せよね。だって、ゲイルの意識は…)
既にアンジェしか見えていないことを、空子は知っていた。
(…)
狩谷は一人苦しんでいる空子を、黙って見ている。
(ったく…)
それから、ゲイルを見た。
(罪な奴だよ。お前は)
二人の美少女に恋され、美少女達の心を苦しめる。そんな魅力を持つゲイルに、狩谷は友でありながら嫉妬していた。
(俺だって…)
実は狩谷は、空子が好きだ。友人としてではなく、恋人として。彼自身もそれに気付いたのは、ごく最近。次第にゲイルとの距離を縮めていくアンジェを見て、焦りを感じている空子。彼女の恋する姿に、いつの間にか自分も恋していた。だが、空子はゲイルしか見ていない。きっと、自分に振り向いてくれることはないだろう。なら、空子の恋を精一杯応援したかった。なのにこの始末。
(…ゲイルの馬鹿野郎…なんで気付いてやれねぇんだよ…)
恋愛未経験者だから仕方ない、とわかってはいた。しかし、煮え切らない気持ちは変わらない。
「…っ!」
と、ゲイルが何かに気付いて足を止めた。
「ゲイル?」
アンジェも足を止めて、ゲイルを見る。何かを見ているようだ。
「…?」
「えっ?」
狩谷と空子は、ゲイルの視線を辿る。その先には、キョロキョロと辺りを見回す女性がいた。三十代後半といったところだろうか。すると、女性も四人に気付く。その瞬間に、
「…行くぞ。」
ゲイルがきびすを返し、歩き始めた。逃げているようにも見える。
「えっ?どうしたの?」
尋ねるアンジェ。
「待って!!ゲイル!!」
あの女性が、人混みをかき分けて追いかけてきた。
「何をしている?行くぞ!」
ゲイルは狩谷達を一瞥し、それでいてさっさと行こうとしている。
「でも今お前のこと…!」
「行くぞ!!」
「どうしたのゲイル!?」
呼び止めようとする狩谷。ゲイルの反応に戸惑う空子。そうこうしているうちに女性は追いつき、
「ゲイルッ!!」
ゲイルを後ろから抱き締めた。ゲイルは静かに、女性を呼ぶ。
「…お袋」
女性はゲイルの母、エリン・プライドだった。
*
四人はエリンに連れられ、近くの喫茶店に来ていた。
「ミハイルに連絡したから、もう少し待っててね。」
「…親父も来ていたのか…」
どういうわけか、ゲイルの両親がこの鷹上市に来ていたようだ。しばらくして、
「やあ、お待たせ。」
一人の、エリンと同じくらいの年齢の男性が来た。彼がゲイルの父、ミハイル・プライドだ。
「ゲイル。この人達が?」
「…俺の両親だ。」
アンジェの質問に答えるゲイル。
「あなた達は、ゲイルのお友達かしら?」
「いつも息子が世話になってるね。」
「い、いえ!」
「と、とんでもないです!」
「むしろ俺達の方が世話になってるっていうか!」
アンジェ、空子、狩谷の三人は慌てて取り繕う。エリンとミハイルはそんな三人を見て笑みを浮かべ、それからゲイルに視線を写した。
「学校はどうだ?友達ができてるくらいだから、そんなにつらくなさそうだな。」
「…ああ。うまくやっている」
ゲイルは自分がヘブンズエデンに通っていることを悟られないよう、必死に考えながらミハイルに返答する。
しかし、
「あなたが無事でよかったわ。何せあのヘブンズエデンだものね」
エリンの口から、一番知られたくない言葉が飛び出した。バレていたのだ。ゲイルがヘブンズエデンの訓練生だということが。
「…知っていたのか。根回しは完璧にしたつもりだったが…」
「そりゃわかるさ。お前の親だからな」
嘘の連絡先を用意し、学園側の協力まで得て偽装したのだが、どうやら二人にはお見通しだったらしい。
「ゲイルのパパとママ!ゲイルを辞めさせたりしないで!」
もしバレたらどうなるかを既に聞いていたアンジェは、ゲイルを中退させないために頼み込む。
「俺達からも頼みます!」
「ゲイルをこのまま、ヘブンズエデンにいさせてあげて下さい!」
狩谷と空子も頭を下げた。
「いや、私達は別にゲイルを中退させるために来たわけじゃないんだ。」
「ただ、ちょっと我が子の顔が見たくなっただけなのよ。」
とりあえずゲイルの在学は確定し、三人は安心する。ミハイルとエリンは、真剣な顔をしてゲイルを見た。
「お前は責任感の強い子だ。ミライさんのことでいつも悩んでいたろう?あの人は自分のせいで死んだと。」
「それでわかったのよ。あなたがミライさんの遺志を継ぐためにヘブンズエデンに入学することも、私達に反対されるだろうと思って嘘をつくことも、卒業するまで家に帰らないつもりでいるのも。」
本当に、全部お見通しだった。やはり、親だからだろう。子がいくら騙そうとしても、親にはすぐ見抜かれてしまう。子を想えば想うほど、親の目は鋭くなる。どんなに完璧に偽装しようとしても、簡単にバレてしまう。全て、親が子を想っているからこそだった。
「…お前が決めたことなら、私達に止める権利はない。お前の気持ちは、十分にわかっているつもりだ。」
「でも、こういう休みの時くらいは、家に帰ってこない?あなたもかなり疲れているんでしょう?」
「…親父…お袋…」
二人は親として、子であるゲイルの、心の支えになりたかった。だから、今回の夏休みくらいは、一日だけでもいいから帰ってきて欲しかった。そういう意味も込めて、この街を訪ねてきたのだ。
「…」
疲れていない、と言えば、それは嘘になる。曲げまいとしていた固い決意は揺らぎ、今すぐにでも帰りたかった。自分を暖かく迎え入れてくれる父と母の胸に、甘えたかった。
(…できない…)
しかし、それはできない。
(できないんだ…それだけは…!!)
それをやってしまったら気が緩んで、きっと自分は改造人間になったと打ち明けてしまう。心が折れて、戦うことを放棄してしまう。それだけは、絶対にできなかった。
「…俺は…」
言わなければならない。俺は帰れないと。
「……俺は……」
二人はゲイルの答えを待っている。だから、今すぐ答えなければならない。
「俺は…!!」
そして、答えようとした時、
遠くで爆発が起きた。
「何だ!?」
立ち上がる狩谷。また爆発が起きた。今度はさっきより近い。たった二度とはいえ、爆発は爆発。あっという間に店内はパニックとなり、客も店員もこぞって逃げ出す。
「ゲイル!逃げよう!」
一緒に逃げるように言い聞かせるミハイル。だが、
「二人は先に逃げてくれ。」
逃げるわけにはいかなかった。
「俺は行かなきゃいけない。」
彼には、この事態を解決できる力があるのだから。
*
ミハイルとエリンを逃がして、現場に駆けつけるゲイル達四人。
「出てきやがったぜ!データにあったメタルデビルズの変身者だ!」
「案外早かったな。もう少しかかるかと思ったが」
待ち受けていたのは、大剣持った怪物と、双剣を持った怪物。そして、二人の怪物が従える鎧兜の暴漢達だった。
「あれは…!!」
空子は怪物達の額に輝く、赤いオーブに気付く。怪物の正体は、ビッグソードエボリュータントと、ツインソードエボリュータントだった。
「ルーラー様からの命令だ。お前には死んでもらうぜ!」
「ついでだ。そこの三人も片付けるとしよう」
二人のエボリュータントの号令で、デザイアの兵士達が襲い掛かってくる。
「アデル、起動。」
ゲイルはアデルに変身すると、兵士達には目もくれず、プライドソウルでビッグソードエボリュータントとツインソードエボリュータントに斬り掛かった。二人はそれをかわして、挟み撃ちとなる形で攻撃してきた。
「真っ先に頭を潰しに来たか…わかってるな!」
「だが、一人で飛び込んでくるには無謀だぞ!」
軍団と戦う上で最も有効なのは、まず指揮官を潰すこと。指揮官が消えれば指示を出す者がいなくなり、連携が取れずに総崩れとなる。まれに指揮官がいなくなっても戦えている連中がいるが、それは本当にまれなケース。普通はない。そう思ったからこそ、アデルは指揮官であるビッグソードエボリュータントとツインソードエボリュータントを倒しに掛かったのだ。
しかし、これは罠だった。
「ちっ…!!」
アデルの援護に駆けつけようとする狩谷だが、
「おっと待ちな!」
「せっかく隊長達がお楽しみ中なんだ。邪魔するのは野暮ってもんだぜ!」
兵士が妨害してくる。アンジェの場合も同様で、しかも兵士達は空子を集中して狙っていた。
(私達を分断するつもりなんだ!!)
アンジェは敵の意図に気付く。エボリュータントの言動からも、今回連中の狙いはアデルだ。一対一なら、幹部クラスが相手でない限りほぼ負けない強さのアデルだが、複数で挑まれるとキツい。加えて、ビッグソードエボリュータントもツインソードエボリュータントも、それなりに強い部類の敵だ。
「くぅっ!!」
アデルは少しずつ圧され始めてきている。
「ゲイル!!」
「このぉぉ!!どきなさいよ!!」
アンジェと空子は一刻も早く加勢に行くべく、懸命に応戦していたが、デザイアは今回のアデル撃破についてかなり念入りに準備をしていたらしく、倒しても倒しても兵士の数が減らない。この兵士を全滅させないと、アデルの所まで行けないのだ。しかも接近戦における戦闘力がほとんどない空子ばかりを狙ってくるので守りを優先してしまい、その分時間もかかる。
「このままじゃゲイルが…!!」
焦る狩谷。その時、
「ゲイル!!」
声が聞こえた。思わず振り向いてしまうアデル。そこにいたのは、ミハイルとエリンだった。
「えっ!?」
「逃げたんじゃなかったのか!?」
驚く空子と狩谷。どうやらミハイルとエリンは、アデルの正体がゲイルだとわかっているようだ。
「ゲイル!!頑張れ!!」
「頑張って!!そんな奴らの好きにさせちゃ駄目よ!!」
異形へと変貌したゲイルを見ても全く怯まず、二人は声援を送っていた。
「…くっ!!」
負けられない。そんな気持ちが芽生えたアデルは、本気を出す。
「イグニスドライブ!!」
イグニスドライブを発動し、チャウグナルファングを装備。パワーとスピード、手数を増したアデルは、これまでの劣勢が嘘だったかのように、エボリュータントを圧倒。
「クソォォッ!!」
「死ねぇぇっ!!」
予想以上の強さを発揮したアデルを前に、二体のエボリュータントはそれぞれの武器にエネルギーを込めて突っ込む。
「ブラッディファング!!!」
アデルは必殺技で、ビッグソードエボリュータントとツインソードエボリュータントを武器ごと両断した。
「ぐわああああああああ!!!!」
「があああああああああ!!!!」
爆発する二体。
「そ、そんな!!」
「た、隊長!!」
「撤退だ!!退却するぞーっ!!」
アデルの目論見通りに軍団の連携は総崩れとなり、兵士達は撤退していった。
「…」
アデルは戦いが終わっても変身を解くことはなく、ただ、ミハイルとエリンを見つめていた。やがて、エリンが尋ねる。
「その身体、普通じゃないのね?」
「!!」
ビクッ!と反応してしまうアデル。絶対にしてはいけない反応だったのに、なぜかしてしまった。やはり、相手が親だからだろうか。
「…ヘブンズエデンに通っていること以外で、お前が何か隠し事をしているのは、なんとなくわかっていた。全部、何も隠さずに話してくれないか?お前の親として、知っておきたいんだ。」
「…」
本当に、何もかもお見通しだった。これ以上隠すことは、無理らしい。どうして自分はこんな勘のいい両親を持ってしまったのか、そう思いながら観念したアデルは変身を解除し、全てを話した。
「…そうか。それが、お前が隠していたことの全てなのか。」
「…本当は教えたくなんかなかった。もし知られたら、二人を悲しませると思ったから…俺はもう…人間には戻れないんだ。」
ゲイルはもう、メタルデビルズ・アデルとして生きるしか道が残されていない。そんな姿になった自分を、両親にだけは見られたくなかった。
「…馬鹿ね。」
だが、そうと知りながら、二人はゲイルを抱き締めた。
「えっ…」
ゲイルは二人の行動の意味がわからず、気の抜けたような声を出す。
「どんな姿になっても、あなたが私達の息子だということは変わらないわ。」
「何も気を使わなくていいんだ。親子なんだから、どんなに辛いことでも話してくれればいい。私達は絶対に、お前を受け入れる。」
「…母さん…父さん…」
エリンとミハイルの深い愛は、改造人間となったゲイルをも受け入れた。親から抱擁を受けていた息子は、自分がどれだけ浅はかだったかを知る。知って、詫びた。
「…黙っててごめん。俺は二人の息子でよかった」
*
「…ふん。」
ゲイル達との戦いに敗れた兵士達をモニター越しに見て、ルーラーは鼻を鳴らした。
「やはり無理でしたか…」
一緒にモニターを見ていたイズマは、ルーラーと同じように落胆する。
今回二人は、ミレイヌから情報を聞いて兵士を派遣した。無論、アデルの暴走のことである。暴走したアデルはハイブリッドウォーリアーすら凌駕した力を発揮し、レーダーに地球を銀河系ごと破壊しかねないほどのパワーを感知させたという。それに興味を持ったルーラーは、アデルが何を引き金に暴走するか調べるために、兵士を差し向けたのだ。万が一暴走して地球が破壊されても、フォビドゥーンは進化の宝珠をエネルギー源にして展開する強力なバリアに守られているので、全く問題ない。問題は、どうすればアデルが暴走するかだ。
「ミレイヌ殿の予想では、アデルを追い詰めると起きるらしいが…」
ミレイヌの見解では、追い詰める。それも死ぬ寸前まで追い詰めると暴走を引き起こすそうなのだが、
「この程度追い詰めたぐらいでは暴走せんか。追い詰めた内にも入らんといった感じだが」
今回の派遣では軽く苦戦した程度だったので、暴走は起きなかった。
「思ったよりやるようだ。次の手を考えなくてはならんな」
アデルの暴走の件は、是非ともデータを取って対策を立てたい。
「アザトースが相手となれば、いかに私でも勝利を納めるのは容易くない。」
「無論、既に次策は考じてあります。しかし、これを行うには時を待つ必要がありますので、しばし…」
「了解した。期待しているぞ」
「は。」
イズマは下がる。
「メタルデビルズ・アデル…場合によっては、鬼宝院の因縁より厄介やもしれぬな。」
ルーラーは進化の宝珠を、自分の切り札を眺めながら呟いた。
*
ミハイルとエリンは、ただゲイルに会うためだけに、ここへ来た。会えばすぐ帰る予定で、ゲイルさえ良ければ、ゲイルも連れて帰るつもりだったのだが、
「俺にはやらなければならないことがある。それをやり遂げるまで、俺は帰れないんだ。」
結局、ゲイルは実家に帰らないことにした。
「…さっきも言ったように、お前が決めたことなら、私達に止める権利はない。」
ミハイルは帰還を無理強いしない。子が進むべき道を自分で選ばせてやることも、親の勤めだとわかっていたからだ。
「でも、辛かったらいつでも帰ってきなさいね?私達は、あなたの味方だから。」
エリンはゲイルが帰ってくるのを、いつでも待っていると伝えた。
「…ありがとう。」
帰りの新幹線のドア越しに、ゲイルは礼を言う。
「元気でな。必ず、生きて帰ってくるんだぞ!」
「あなたが楽しそうで安心したわ。お友達を大切にね」
「…ああ!」
力強く返事をするゲイル。ドアは閉まり、新幹線は発車した。ゲイルは遠ざかっていく車窓に手を振り、ひとまずの別れを告げる。
「…優しいパパとママだったね。」
アンジェは羨望の眼差しで新幹線を見送りながら、ゲイルに言った。
「…ああ。俺の誇りだ」
絶対に守りたい。また一つ、負けられない理由ができた。
「…なんか、俺マジで帰りたくなったな。」
狩谷は明日来る帰りの飛行機のことを思い、両親の顔を思い出した。
「あたしも、少しは親孝行しようかな?」
あんまり帰りたくなかった空子だが、ゲイル達プライド一家のやり取りを見て、気が変わる。
強化合宿まであと少し。ゲイルは二週間でできる限り、自分を鍛えることを誓うのだった。
今回登場したのはゲイルの父、ミハイル・プライドと、母、エリン・プライドでした。
ゲイルがヘブンズエデンの訓練生であることも、メタルデビルズ・アデルであることも、全て受け入れる。抱擁力のある、理想の両親です。今回の話を見て、少しでも家族を想ったり、親孝行したくなったりして下さったら、幸いですね。
次回はヘブンズエデン強化合宿前、ゲイルとアンジェ以外のキャラの、家庭事情などを描く予定となっています。
では!




