第二十一話 狂神乱舞
前回までのあらすじ
夏休みを間近に控えたヘブンズエデンに、ハイブリッドウォーリアー・ベルセルクこと、木林影斗が現れた。軍勢とともにヘブンズエデンを殲滅しようと挑んできた影斗に、次々と倒されていく訓練生達。ゲイルまでもが絶対絶命の窮地に立たされた時、アデルに何かが憑依し、暴走を始める。一方、ビャクオウにも何者かが憑依し、それはナイアルラトホテップと名乗った…。
ナイアルラトホテップ。這い寄る混沌、無貌の神などの肩書きを持ち、様々な姿に変身できる邪神。ビャクオウに憑依した何者かは、自分がそのナイアルラトホテップだと名乗った。
「どういうことだよオイ…何だってそんなやつがエリックに取り憑いたんだ!?」
「そのことかい?それは恐らく…」
ナイアルラトホテップは狩谷の疑問に答える。
この邪神はビャクオウに憑依する際、ビャクオウの記憶の一部を拝見し、この身体が自分を模して改造されたものだということを知った。
「ボクを基にした。それがポイントさ。つまり、ボクを基にしたことで、この身体は僕を憑依させるための器として完成していたんだ。今の人間にそんなことができるとはね…正直ボクも驚いてる。」
にわかには信じ難い話だが、信じるしかない。ビャクオウの身体は単なる改造人間としてだけでなく、ナイアルラトホテップの身体としても使うためのものになっていたのだ。これはエドガーも想像していなかったことだろう。
「ということは…」
空子は予想しながら、ベルセルクと激闘を繰り広げているアデルを見た。アンジェの言葉から、アデルにも何かが憑依しているのは間違いない。そのアデルは、クトゥルフ神話の主神、アザトースを基にして改造されている。となれば、アデルに憑依しているのが何者か、それは馬鹿でもわかるだろう。ナイアルラトホテップが、それに答える。
「あの器に憑依しているのは紛れもなくボクの主人、アザトースだ。」
聞きたくなかったその答え。だが、事実だった。アザトースの従者であるナイアルラトホテップが言うのだから、確実だ。
アザトースは、窮極の混沌の中心、神の中の神、魔王など多くの肩書きを持つ邪神で、宇宙の破壊も創造も自由自在というとんでもない力を持った、正真正銘の怪物だ。さらにタチの悪いことに、アザトースは人間でも召喚できて盲目白痴。つまり知能や理性が全くなく、呼び出したが最後、召喚した主人の命令など完全に無視して暴れ回る。そのアザトースが、アデルに憑依しているのだ。「アザトースの精神と一緒に、アザトースの力が三割ほど流れ込んでいる。それでもこの地球を塵一つ残さず、銀河系ごと消し去るには十分すぎるけどね。」
アデルはアザトースが持つ莫大な力が流れ込んできた結果、あのような禍々しい姿に変身してしまった。名付けるとするなら、アデル イビルゴッドモードだろうか。結果的にはパワーアップしたのだが、素直に喜べるパワーアップではない。いや、全く喜べない。ゲイルはアザトースに精神を乗っ取られ、暴走しているのだ。しかもナイアルラトホテップの言うことが真実だとしたら、何かのはずみで地球を消し飛ばしてしまうかもしれない。
「そんな…!!」
事態の深刻さを知って、アンジェは絶望した。自分の命も惜しいが、ゲイルがアザトースに支配されているのも嫌だった。
「あなた、ナイアルラトホテップって言ったわね?何かあの暴走を止める方法はないの!?」
メイリンは恐れることなく、ナイアルラトホテップからゲイルを止める方法を聞き出そうとする。
「ないね。可能性があるとすれば、アザトースが自分から憑依を解除するまで待つこと。それくらいだ」
返ってきた答えは、残酷なものだった。先ほども説明した通り、アザトースは白痴で気まぐれ。惑星を破壊するほどの被害を出すこともあれば、街一つを壊滅させただけで飽きて帰ってしまうこともある。今できることは、後者のような最小限の被害で帰ってくれるのを、待つことだけなのだ。
*
「チクショウ…!!!」
ベルセルクは、目の前のアデル、否、アザトースに向けて悪態をついた。
「何なんだよお前は!!」
対するアザトースは、
「キッキッキッ…カッカックァックァッ…」
奇怪な声で笑っているだけ。今まで散々攻撃を叩き込んでやったはずだが、アザトースは全くこたえていない。溢れ出るアザトースの力が、アデルの装甲を強化しているのだ。
「カッ!!」
アザトースが動いた。イグニスドライブの五十倍か、六十倍以上もの速度を出して、ベルセルクに急接近する。
「チッ!!」
ベルセルクはそれに合わせて後退しながら、ベルセルクボムでアザトースを攻撃した。ベルセルクの攻撃は非常に正確で、発射したエネルギー弾は全て命中する。しかし、アザトースはガードすらせず、当たっても構わず突き進み、ベルセルクとの距離を詰めていく。とうとう追いつかれた。
「イィィィィ…」
さらに距離を詰めたアザトースは、
「ハァァァァァァァァァァ!!!」
「ぐあっ!!」
上段蹴りでベルセルクを蹴り飛ばす。
「んのっ…!!」
しかし、ベルセルクはその勢いを生かして回転しながら距離を取り、
「舐めんな!!!」
石突から鎖を飛ばして、アザトースを呪縛した。
「ギッ!?」
アザトースの動きが止まる。
「もらった!!」
ベルセルクはその隙を逃さず、アームズベルセルクで斬り掛かった。
「カァァァァ…」
だが、突然アザトースが消えてなくなり、ベルセルクの攻撃は空振りする。
「何!?」
抜け出せる隙は与えていない。にも関わらず抜け出した。どういうことかわからず驚くベルセルク。次の瞬間、
「ゲッハァァァァ!!!」
「ごあっ!!」
背後にいたアザトースから、肘鉄を喰らう。
「…てめぇぇぇぇ!!!」
完全に頭にきたベルセルクは、再度ベルセルクボムで攻撃。と、アザトースは先ほどやってみせたように、姿を消した。消すと同時に、別の場所に現れる。そちらにも攻撃するが、また消えて、また現れた。
「てめぇ…瞬間移動が使えるのか!!」
ベルセルクは、なぜアザトースが自分の鎖から抜け出せたのかを理解する。アザトースは瞬間移動が使えるのだ。
(だったら…)
アザトースが攻撃する瞬間に合わせて、最大級の技を叩き込む。これなら、瞬間移動で回避する隙を与えることはない。ベルセルクはアームズベルセルクにパワーを集中させ、備える。
「ハッハァァァァァ!!!」
勢いに乗っているアザトースは、一度大きく離れ、そこから急速に接近してプライドソウルで攻撃してきた。
「ストライクカッティング!!!」
アザトースの心臓目掛けて、全力の刺突を繰り出すベルセルク。
「グッ!?」
アザトースはそれをかわせず、しかし刃はその装甲を貫通できず、吹き飛ばす程度で終わらせてしまう。
「ギギッ!!」
仰向けに倒れたアザトースは、手を使わずに勢いよく起き上がった。そこへ、ベルセルクは次の攻撃を叩き込む。
「ベルセルクストライカー!!!」
エネルギーを込めた右足飛び蹴りだ。
「ガバッ!!」
顔面に喰らって再び仰向けに吹き飛ぶアザトース。続いて、ベルセルクは次の技を放つ体勢に入った。アームズベルセルクを両手で持ち、エネルギーを込める。ここまでは、ストライクカッティングと同じ。しかし、斬る技ではなく、撃つ技。アームズベルセルクから光線を放つ技なのだ。
「オーバーキラーシュート!!!!」
再度起き上がったアザトースに、この最大の必殺技をぶち当てるベルセルク。アザトースの姿は閃光に呑み込まれ、見えなくなった。
「どうだ!!」
もうもうと立ち込める砂煙の彼方に、アザトースの姿を確認しようとする。
「……カッカッカッカッカッ…」
アザトースは無傷だった。
「ケケケケケケ!!ゲギャギャギャギャ!!アバババババババ!!!イィィッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!!」
牙だらけの口をむき出しにし、奇怪な声で狂ったように笑い続けている。
「ば、バケモンかよてめぇは…!!」
そのあまりにもおぞましく異様な光景に、自分の力が全く通じないという事実にたじろぎ、ベルセルクは後退りしてしまっている。何かの間違いだと思っていたが、間違いではなかった。アザトースが持つ強大な力を前に本能的な危機を感じ、恐怖していたのだ。
「ハガッ!!」
今度はこちらの番とばかりに、アザトースがプライドソウルを投げ捨てて飛び掛かってくる。反応が遅れたベルセルクは、アザトースに両肩を掴まれてしまった。
「ゴァァァァァァ!!!」
掴んだまま、口を開くアザトース。口の中から、強力な光線が吐き出される。吐くと同時に手を離し、ベルセルクを吹き飛ばした。
「こんの…!!」
既に力の差は明白。しかし、それでもベルセルクは挑まずにいられなかった。認めたくなかったのだ。さらなる戦いを求めてボーグソルジャーに改造してもらい、さらに強力なハイブリッドウォーリアーにまでなったというのに、こんなわけのわからない相手に圧倒されている。それだけは、どうしても認めたくなかった。
*
アザトースとベルセルクが繰り広げる激闘は、サーチャーを通じてクルセイドキャッスルにも中継されていた。
「なんと…これは…」
ネイゼンさえ目を見張る強さを見せるアザトース。
「…やはり、こうなりましたか。」
映像を見ながら、ミレイヌは呟いた。
「これが、確かめたいこと、ですか?」
ゴーザが尋ねる。
「ええ。彼がああなる可能性は、以前私が手合わせした時にありました。」
ミレイヌもまた、アザトースの声を聞いていた者の一人。ただ、あれがアザトースだとはまだわからなかったし、本当に暴走するかどうかも曖昧だった。
「もしもあの時アデルをもう一歩追い詰めていたら、私はアレの相手をするはめになっていたということです。」
まだまだ運は尽きていない。ミレイヌは、そう結論付けた。
「さて…マヴァル、木林影斗を回収して下さい。あのままでは死んでしまいますからね」
「かしこまりました。」
「…私も行きます。トップソルジャーの勤めですから」
マヴァルとフィスは、ベルセルクの回収に向かった。
「…しかし、どう致しますか?あの暴走…簡単には治まりそうにありませんが…」
ネイゼンはアデルの暴走に対して、どんな手を打つか訊く。
「…しばらくは様子見ですね。万が一の時には、私が鎮圧に出ます。」
「…」
ミレイヌが自ら自身の出撃を決意するほどの相手。アデルの暴走がどれだけ危険かを、ゴーザは無言のまま再認識したのだった。
*
「あっちの彼もずいぶんと頑張るねぇ。まぁ、アザトースが手加減してるからだろうけど。」
「手加減!?あれで手加減だと!?」
室岡はナイアルラトホテップの言ったことが信じられなかった。アザトースの戦いぶりは、ベルセルクのそれが可愛く見えるほど壮絶で、激しい。だが、これだけの戦いをしていながら、まだ手加減なのだと、ナイアルラトホテップは言ったのだ。
「そうさ。アザトースは今、『自分の精神を憑依させる器』という新しい遊び道具を手に入れて喜んでる。そこにちょうどいい感じの遊び相手がいた…それをすぐに壊してしまわないよう、手加減して遊んでるんだ。」
「…遊んでるのかよ、あれで。」
アザトースの仕草を見ると、喜んでいるように見えるし、遊んでいるようにも見える。ただ、遊びと言うにはあまりにも凄まじく、また残酷な光景だと、狩谷は思った。
「…さて、それじゃあそろそろ始めようか。」
「えっ!?何をするつもり!?」
いきなり何かするつもりになったナイアルラトホテップを見て、これ以上厄介な事態にされては困ると身構えるメイリン。
「何って…決まってるだろ?アザトースの相手になりに行くのさ。」
ところが、ナイアルラトホテップは意表を突く返答をした。
「ゲイルを助けてくれるの!?」
「他の意味に聞こえたかい?」
何とかしてくれるというのだ。アンジェは希望を持つ。
「僕の使命は、旧神達に封印された邪神達を復活させること。この星はそのために利用できるから、まだ壊されちゃ困るんだ。」
そもそもナイアルラトホテップは、アザトースの力を感知して憑依してきた。アザトースがひとたび地球に現れるとなれば、どれだけの惨事となるかは明白だからである。地球を破壊されるわけにはいかないので、こうして現れたのだ。
「この際ゲイルが助かるなら何でもいいわ!手伝えることがあったら言って!」
「手伝えることなんてないよ。」
「…えっ?」
空子に向けて、ナイアルラトホテップは冷酷に言った。
「さっきも言ったように、あの暴走を止めるにはアザトースを自分から離れさせるしかない。そして遊び相手を欲しがっている状況となれば、飽きて憑依を解除するまで遊び相手になる。それが一番手っ取り早い方法だよ」
ナイアルラトホテップの言う方法は、気まぐれな魔王を退散させる方法としては、正しいのかもしれない。が、狩谷は異を唱える。
「お前魔術の専門家でもあるんだろ!?アザトースを退散させる呪文とか知らないのかよ!?」
「知ってることは知ってるけど、この状況でそれが効くかはわからない。何しろアザトースの精神が誰かに憑依するなんて、前例がないことだからね。そんな一か八かの賭けをするくらいなら、確実性のある方法を選ぶよ。」
どうやら本当にそれしかないようだ。
「でも三割程度の力とはいえ、あのアザトースが相手なんだ。ボクも本気でかかる必要がある。最悪の場合、今アザトースが使ってる器は壊れるかも。」
「ちょっと待って!!じゃあ、ゲイルは死ぬかもしれないってこと!?」
「仕方ないよ。地球が破壊されるよりはずっとマシさ」
ナイアルラトホテップは、メイリンに向けて無慈悲な言葉を返した。結局のところ、ナイアルラトホテップは邪神。邪な神と書いて、邪神だ。人間など、他の邪神達を復活させるための駒としか見てはいない。駒の命がいくら消えようと、盤さえ無事ならそれでいいのだ。
「…あの遊び相手も限界らしいし、ボクはもう行くよ。じゃあね」
「あっ…!」
アンジェが止める間もなく、ナイアルラトホテップはアザトースを止めに行ってしまった。
「…どうしようもねぇのか…!!」
狩谷は己の無力さ悔やむ。今ここに、アザトースの相手ができる実力者はいない。いや、この地球上に存在しない。彼にはもう、ゲイルが死なずに済むよう祈ることしかできないのだ。
*
「ガァッ!!!」
「くっ!!」
アザトースが繰り出したのは、アクセラレーションパンチ。信じられないほど威力が強化されたそれを、ベルセルクは回避する。右肩をかすったその拳。
「ぐぅっ!?」
しかし、かすっただけでもベルセルクの右肩はダメージでショートし、空振った拳からはエネルギーがほとばしり、直線400m以内にある物全てを塵に変えた。
「アアッ!!」
かわされてもなお、アザトースの攻撃は終わらない。今度はアクセラレーションキックを上段蹴りで放つ。
「うおお!?」
今度は完璧にかわしたが、凄まじい蹴圧に煽られ、仰向けに吹き飛ぶ。アザトースの足から放たれたエネルギーは、空を撃ち抜いた。
「ハァッ…ハァッ…!!」
違いすぎる力の差。
「ケカカカカカ…」
優位すぎる立場からベルセルクを追い詰めるアザトース。だが次の瞬間、
「とうっ!!」
「ギャガッ!!」
アザトースは割り込んできたナイアルラトホテップの飛び蹴りを喰らい吹き飛んだ。
「逃げるなら今だよ。殺されないうちにさっさと逃げたら?」
「!!てめぇ…エリックじゃねぇな!?」
「その通り。ボクはナイアルラトホテップで、あっちはアザトース。今はお互いに身体を借りてる状態」
「何だと…」
ベルセルクはヘブンズエデンの卒業生なので、クトゥルフ神話には詳しい。アザトースもナイアルラトホテップも、知っている。
「…それが何だってんだ?」
アデルがいきなり強くなった理由はわかった。だが、ベルセルクには退く理由がない。今までの戦いからも、自分は間違いなくアザトースに舐められている。舐められたまま引き下がることは、できなかった。
「そんな理由でオレに引き下がれってのか!!」
「そうだよ。」
「ふざけんな!!」
「ふざけてなんかいない。第一君、今殺されかかってたじゃないか。君じゃアザトースには絶対に勝てない」
「…!!」
絶対に勝てない。その言葉が、ベルセルクの背に重くのし掛かる。
「その邪神の言う通りだ。」
そこへ、マヴァルとフィスが転移してきた。
「マヴァル様!!トップソルジャー!!」
「貴様は十分戦った。これで理解しただろう?ヘブンズエデンがどれだけ堅牢な要塞か。」
「まだやれます!!やらせて下さい!!」
食い下がるベルセルク。そんな彼を、
「いい加減にしなさい。」
フィスは虫けらでも見るような目で見下しながら言った。
「ト、トップソルジャー…!!」
「私はあなたの力をかなり高く買ってるけど、あなたのそういうところ、大嫌いよ。ここで死にたい?」
フィスの言葉は、とてつもなく衝撃的だった。ベルセルクは完全に戦意を喪失する。
「…そういうわけだ。失礼するぞ」
「どうぞご勝手に。」
ベルセルクを連れて帰還する二人。ナイアルラトホテップはヴァルハラになど興味がないので、普通に帰らせた。というより、今は他のことに興味を持っている場合ではない。
「カァァァァァァ…」
アザトースをどうするかだ。とりあえず、説得してみる。無駄だとわかってはいるが、戦わないにこしたことはない。
「アザトース、私です。ナイアルラトホテップです。今あなたにこの地球を破壊されると、私はあなたから課された使命を果たせなくなります。ここはどうか退いて頂けませんか?」
「…~~…」
ナイアルラトホテップの説得に、アザトースは人間には発音できない言語で返答する。答えは、NOだ。アザトースはまだまだ遊び足りないと言っている。
「やっぱりか…困ったご主人様だよまったく。」
とはいえ、これはもうわかっていたこと。ここは当初の予定通り、戦うことにする。ナイアルラトホテップが憑依するビャクオウを中心に、闇の柱が上がった。ただし、こちらは白い闇である。ビャクオウもアデルと同じく禍々しい姿、イビルゴッドモードに変身した。
「はっ!!」
ナイアルラトホテップは高速で接近し、ホワイトスイーパーでアザトースを斬る。
「ガッ!!」
アザトースは多少のけ反ったが、
「…ガァッ!!」
「おっと!」
拳で反撃する。ナイアルラトホテップはバックステップでかわし、片手を前に向けた。
「はっ!!」
すると、腕が無数に分裂し、さらに分裂した腕が鋭い槍に変化して伸びていく。
「ギャウッ!!」
大量の槍に全身を突かれ、アザトースは飛んでいく。しかし、その身体には傷一つない。
「ギャルルルゥゥ…」
アザトースが手をかざすと、投げ捨てたプライドソウルが飛んできて、アザトースの手に収まった。
「ギャアラッ!!!」
イタカウイングを展開して突っ込む。
「ふっ…」
腕を戻し、それを正面から受け止めるナイアルラトホテップ。
*
「なんて戦いだ…」
室岡は呟く。アザトースとナイアルラトホテップの戦いは、それはもうすごかった。ナイアルラトホテップがホワイトスイーパーから放つ弾は通常の何倍にも強化され、一発撃つだけで大型のクレーターを作る。アザトースがプライドソウルから放つ斬撃は衝撃の刃を出し、離れた場所にある物まで斬り刻む。互いが繰り出す体術のパワーもスピードも、常軌を逸していた。人間技ではない、まさしく神技の数々。しかし、アンジェと空子は心配していた。もしナイアルラトホテップの言った通り、アデルの身体が完全に破壊されてしまえば、ゲイルは死んでしまう。絶対に、嫌だった。戦況は、ナイアルラトホテップの方が優勢。だが、決して喜べない。
「ゲイル…」
次第にボロボロになっていくアデルのボディ。それを見て耐えられなくなったアンジェは、
「ゲイル!!」
遂に飛び出した。
「アンジェ!?」
メイリンは慌てる。今戦いに巻き込まれれば、いくらアンジェでも死ぬ。
「もう見てられない!!」
空子も飛び出した。
「空子!!よせ!!戻ってこい!!」
狩谷は空子を呼び止める。彼女は身体能力でも肉体の頑丈さでも、アンジェより遥かに劣っているのだ。死ぬ可能性はさらに高い。しかし、空子はそれに構わない。そして二人は戦いに割って入り、アデルに抱きついた。
「ゲイルやめて!!もういいんだよ!!もう終わったから、これ以上戦わなくていいの!!だから元に戻って!!」
「こんなのあなたじゃない!!こんなのゲイルじゃないわ!!こんな悲しすぎる姿…見せないでよ!!」
必死に訴えかける二人。
「馬鹿だなぁ。そんなことしたって、アザトースの憑依が解けるわけないじゃないか。」
ナイアルラトホテップはそんな乙女達の姿を嘲笑った。彼女が知るアザトースの力はあまりにも圧倒的で、人間ごときが敵う相手ではない。それは精神力とて同じこと。人間の精神力ではアザトースの、神の精神力には勝てない。
そう思っていた。
その時だった。
「…アン…ジェ…くう…こ…」
アデルが言葉を発したのだ。人間がわかる言葉を、ゲイルの声で。
「ゲイル!?ゲイルなの!?」
起こった奇跡に感激し、尋ねるアンジェ。だが、
「ガァァッ!!」
アデルは二人を突き飛ばした。
「「きゃあっ!!」」
倒れる二人。が、それだけだ。アデルは苦しむような動作をしながら、二人には襲い掛かろうとしない。
「アザトースを…抑えた…?」
ナイアルラトホテップは驚いている。本来人間なら、見ただけで破滅するアザトース。とっくの昔にゲイルの精神と人格は消えているはずなのだ。にも関わらずそれらは残り、しかもアザトースを抑えている。信じられない光景だった。
「ウ…グゥ…!!」
アデルはプライドソウルを落とし、右手で自分の胸の中心を指差す。
「えっ?」
「何なの!?何を伝えたいの!?」
意図がわからず困惑するアンジェと空子。
(アンジェ!!)
その時、アンジェの頭の中にゲイルが語りかけてきた。
(ゲイル!?)
(アンジェ!!聞こえるか!?)
(うん!!聞こえるよ!!)
(ここだ!!ここを、撃て!!お前の矢で、ここを撃つんだ…!!)
ゲイルは、自分が指差している胸の中心を、プラチナアローシューティングで撃てと言ってきている。
「わかった!!」
アンジェはアークスを弓に変化させ、自分の全ての力を込めた光の矢を、つがえた。
「…」
空子はアンジェの両手に触れる。
「空子?」
「あたしも一緒に撃つわ。あそこを撃つんでしょ?」
空子にゲイルのテレパシーは届かなかったが、このタイミングでプラチナアローシューティングを使うのだから、どうすればいいのかはわかった。
「こうすれば、あたしの狙撃が適用される。絶対に外すことはない!!」
「…ありがとう!!」
二人は力を合わせて、弓を引き絞る。自分の意図を伝えたゲイルは、アザトースを抑え込みながら、両手を広げた。
「プラチナ…!!」
アンジェがさらに弓を引き絞り、
「アロー…!!」
空子が意識を集中させ、
「「シューティング!!!」」
二人で同時に撃つ!!
「グゥッ!?」
二人が恋人を救うために放った光の矢は狂うことなく目標に突き刺さり、
「ガッ…ギッ…ギャアアアアアアアアアアア!!!!!」
アザトースは苦悶の絶叫を上げた。
光に包まれ、アデルはゲイルへと戻り、気絶して倒れる。
「ゲイル!!」
「ゲイルッ!!」
二人は駆け寄り、ゲイルを助け起こした。
「ゲイル!!ゲイルしっかりして!!」
「バカ!!死んだりなんかしたら承知しないんだから!!」
必死にゲイルを揺さぶる。少しして…、
「…アンジェ…空子…?」
ゲイルは目を覚ました。
「俺は…生きているのか?…俺は…俺のままか…?」
「ッ!!ゲイルゥゥゥゥゥゥ!!」
「よかった…本当によかった…心配したんだからぁぁっ!!」
ゲイルに抱きついて泣き喚く二人の少女。愛しい彼は帰ってきた。彼女達が連れ戻したのだ!!
*
「まさか無理矢理アザトースの憑依を解除するとはね…君は本当に人間かい?」
ナイアルラトホテップは、呆れ果てていた。神の中の神であるアザトースの精神力を打ち負かし、憑依を強制解除するなど、もはや人間ができることではない。
「俺一人の力では無理だった。」
ゲイルは自分が戻ってこられた理由を語る。ナイアルラトホテップがアザトースを痛めつけてくれたおかげで、アザトースの精神にほころびが生まれた。
「俺の目には、闇の中に光が差し込んだイメージとして現れたこのほころび。これをさらに広げるためには、光が必要だと思ったんだ。」
そこにちょうどアンジェがいてくれたおかげで、アンジェの最強技、プラチナアローシューティングの光を当てて、ほころびを広げることができた。これによってアザトースの精神力が極限まで弱まり、追い返すことができたのだ。
「しっかしお前が無事でよかったぜ!一時はどうなることかと…」
「心配をかけさせたな狩谷。すまない」
「…でも、少し妙なんだよね。」
「妙?」
「何が妙なんだ?」
メイリンと室岡が訊く。
「なぜアザトースの力の全てが流れ込まず、三割程度しかなかったのか。まるで何かがアザトースの力をせき止めていたみたいだ」
「…それはリミッターのおかげだろうな。」
ゲイルはなぜ今までアザトースが自分に憑依しなかったかを悟る。アデルに掛けられたリミッターは、アデルの力を制御するための拘束具としてだけでなく、アザトースとの同調を妨げる役目も果たしていたのだ。それが解除されてきたため、アザトースとの同調率が上がり、結果、憑依されてしまったのである。
「俺の中の最後のリミッター。そのおかげで救われたな」
「…じゃあ、そのリミッターは一生外さない方がいいよ。もし外したら、アザトースは間違いなく君の身体を乗っ取る。そうなったら君の精神と人格は消滅し、身体は完全にアザトースの人形になる。二度と元には戻らない」
「…肝に命じておこう。」
最後のリミッターは絶対に外さない。ゲイルはそう誓った。
「まぁ、それでも今までと同じ生活は送れないと思うことだよ。」
「どういうこと?」
気になる発言に、空子は疑問を抱く。ナイアルラトホテップは答えた。
「彼の身体を通して、アザトースの力の波動が宇宙中に伝わっている。これに感応した数多の邪神や怪物達が、君達の前に現れるだろう。いや、もしかしたらもう経験があるんじゃないかな?」
経験は、ある。先日現れた星の精。あれは、リミッターの全解が近付いたゲイルから放たれる、アザトースの力に惹かれて地球に現れたのだ。しかし、
「何が来ようと俺は負けない。必ず切り抜けて、アンジェ達を守ってみせる。」
普通なら心が折れていそうなものを、ゲイルの心は折れなかった。
「私も負けない!ゲイルは私が守る!」
「あたしだって!」
「邪神が何だ!んなもんより、ロリコンの方が三百倍怖ぇぜ!」
「生徒も守れないで、教師なんてできないわ。」
「俺達にも義務がある。」
アンジェ達も恐れていない。
「…まぁせいぜい頑張ればいいさ。」
ナイアルラトホテップは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「そろそろ僕は自分の身体に戻らせてもらうよ。この身体の持ち主、エリックが出ていけってうるさいからね。」
「ってエリックも意識あったのかよ!?」
狩谷はツッコミを入れる。
「本当にここの生徒はどうなってるんだい?アザトースと戦ってる時も話し掛けてきて、本当に危なかったんだから。」
「それはこっちの台詞なんだけど…」
何気にエリックの規格外なところを教えてきたナイアルラトホテップに、空子はもうこいつやだとばかりにため息を吐いた。
「縁があったらまた会おう。じゃあね」
とうとうナイアルラトホテップも憑依を解除する。ナイアルラトホテップの精神が抜けたビャクオウは変身を解き、エリックに戻った。狩谷は尋ねる。
「…邪神に憑依された感想は?」
「最悪です。」
エリックはおもいっきり不機嫌そうな顔で即答した。ちなみに、ヘルポーンの大部隊は、既に殲滅されていたという。
*
アフリカ。
荒野の真ん中にあった岩に腰掛けていた眼鏡の女性、ナイアルラトホテップの目に光が戻る。
「さて、これからまた面倒になるな…」
岩の上に立つナイアルラトホテップ。一迅の風が吹くと同時に、彼女の姿は煙のように消えた。
新たなる強敵ベルセルク。そして、アザトースとナイアルラトホテップ。しかし、この激闘はこれから始まる邪神達との戦いの序章にすぎません。
次回、いよいよヘブンズエデンは夏休みに突入します。そして、ゲイルが再会する人物とは?お楽しみに!




