第2話 街外れのガラクタ工房と、最初の客
第1話では理不尽な解雇から古代自律人形アリアとの出会い、そして奇跡的な再起動を描きました。
第2話では、下町の現実とロディの職人としての凄み、そして助手として動き出すアリアの連携をお届けします。
石畳を叩く蹄の音は、ロディの小さな作業場のすぐ手前でけたたましく止まった。
続いて聞こえてきたのは、金属鎧が擦れ合う耳障りな音と、男の怒鳴り声だ。
「おい、ガルバ! いるんだろ、頑固ジジイ! 宮廷警邏隊の車輌だぞ、今すぐ出てきて直せ!」
ロディは作業机の上に置いていた工具を拭き、窓の隙間から外の様子をうかがった。
通りを挟んだ向かいにある古びた鍛冶場の前で、豪奢な青銅色の軽装甲を纏った帝都警邏隊の小隊長らしき男が、苛立たしげに馬車を蹴りつけていた。
正確には馬車ではない。
馬の代わりに前頭部に魔導機関を積んだ『魔導装甲車』だ。
車輪の軸受けからシューシューと白い煙が吹き上がり、焦げ付いた油脂の臭いが風に乗って漂ってくる。
『……生体反応三、魔導熱源一。
脅威度は極小と判定』
背後から、衣擦れの音とともに平坦な声がした。
振り返ると、アリアがベッドから音もなく降り立ち、背筋を真っ直ぐに伸ばして立っていた。
ボロボロの作業着を羽織らせただけだが、透き通るような白い肌と深い藍色の瞳が、薄暗い作業場の中でそこだけ切り取られたように発光して見える。
「アリア、立って大丈夫なのか。まだ関節の慣らし運転も終わってないんだぞ」
『問題ありません。
マスター・ロディより供給された魔力循環率は九八・二パーセント。
日常活動に支障なしと判断します』
「そうかい。ならいいが……無茶はするなよ」
ロディが肩をすくめた時、向かいの鍛冶場の引き戸がガラリと開き、大柄な老人が姿を現した。
禿げ上がった頭に無数の傷痕を刻んだその男――元・帝国軍専属鍛冶師のガルバだ。
手にした大型の金槌を肩に担ぎ、眉間に深い皺を刻んで騎士を睨みつけている。
「朝っぱらから人の店の前で喚くんじゃねえよ、小僧。看板を見ろ。うちは鉄を叩く鍛冶屋だ。宮廷の小賢しい魔導機械なんぞ弄れるか」
「無礼な口を利くな! これはアルフレッド技師長が設計された最新鋭の警邏車輌だぞ! 帝都の治安維持任務の途中なんだ。少し車軸が引っかかっただけだ、叩いて曲がりを直せば済むだろうが!」
「断る。煙の匂いを嗅ぎな。金属が歪んだんじゃねえ、中の術式回路が焼き切れてやがる。下手に叩けばコアが爆発して界隈ごと吹き飛ぶぞ」
ガルバの的確な指摘に、小隊長は顔を真っ赤にして帯剣の柄に手をかけた。
「貴様、帝国軍への協力を拒否する気か!? 反逆罪で引っ立ててもいいんだぞ!」
「やれやれ……朝から威勢がいいこって」
ロディは小さく溜息をつき、作業場の引き戸を開けて外へ出た。
このままガルバと兵士が揉めて衛兵沙汰になれば、下町全体が面倒なことになる。
「おいおい、小隊長さん。朝からそんなに血圧を上げると体に毒ですよ」
ロディがのんびりとした調子で歩み寄ると、小隊長が忌々しそうに視線を向けた。
「あぁ? なんだ貴様は。薄汚い作業着を着て……引っ込んでいろ、平民が」
「ロディ……? おい、お前、研究所はどうしたんだ。こんな時間に油まみれで何してやがる」
ガルバが目を丸くしてロディを見る。
ロディは無精髭を撫でながら、人当たりのいい苦笑いを浮かべた。
「ちょっと方針の違いってやつでね、昨日でクビになりましたよ。これからはここで、しがない修理屋を開業する予定でして」
「はあ!? あの宮廷の主任をクビだと!?」
ガルバが叫ぶのを横目に、ロディは白煙を吹き上げる魔導装甲車の前へ歩み寄った。
目を細め、意識を集中する。
(――『構造解読』)
青紫色の光がロディの網膜をかすめ、装甲板を透過して内部構造を丸裸にする。
車輌の動力部に組み込まれているのは、アルフレッド好みの高出力魔石だ。
だが、その強大な魔力を車輪の回転力に変換するトランスミッションの設計が、あまりにも杜撰だった。
(……呆れたな。
冷却用の風路が装甲で完全に塞がれてやがる。
外見の見栄えを良くするために通気孔を削ったのか?
熱の逃げ場がなくなって、伝導軸の銀合金が熱膨張を起こし、ギアに噛み込んでロックしてるだけだ)
爆発こそしないが、このまま無理に魔力を注ぎ続ければ、あと数分でメイン回路が完全に溶解する。
アルフレッドの「計算上は完璧な設計」の化けの皮が、実戦配備初日で早くも剥がれかけていた。
「小隊長さん。その車、放っておくとあと五分で完全に廃車になりますよ。修理費用は銀貨五十枚コースだ」
「な、何だと!? 適当なホラを吹くな!」
「ホラじゃありませんよ。今すぐ魔力弁を閉じて、第二排熱バルブを手動で開放しないと、過熱した潤滑油に引火します」
ロディが淡々と告げた直後、車輌の底部からボッと小さな火花が散り、異臭を放つ黒煙が噴き出した。
「うわっ!? ひ、火が出たぞ!?」
小隊長と部下の兵士たちが慌てて飛び退く。
「な、なんとかしろ! この車輌は私が実戦テストを任された預かり物なんだ! 壊したとなれば私の首が飛ぶ!」
「どうします? 直しましょうか。今なら銀貨五枚で元通りにして差し上げますよ。ただし、作業中は口出し無用で」
「五枚だと!? 足元を見やがって……! ええい、背に腹は代えられん、直せるものなら直してみろ!」
契約成立だ。
ロディは作業着の袖をまくり、作業場の入り口に向かって声をかけた。
「アリア、工具箱から三番の六角レンチと、冷却用の中和剤を持ってきてくれ」
作業場の扉が音もなく開き、アリアが姿を現した。
彼女の両手には、重さ十キロを超える真鍮製の大型工具箱が、まるで羽毛のように軽々と抱えられていた。
「ッ……!?」
兵士たちとガルバが、息を呑んでアリアを凝視した。
泥を拭き取ったばかりの彼女の美貌は、下町の風景にはあまりにも不釣り合いで、神聖さすら漂わせていたからだ。
だが、アリアは周囲の視線など意に介さず、迷いのない足取りでロディの傍らへ歩み寄ると、工具箱を静かに差し出した。
『指示された器材を搬送完了。
マスター、作業支援体制に移行します』
「助かる。冷却弁の固定ピンを抜くから、お前は外装のボルトを四本同時に外してくれ」
『了解。
トルク調整、実行』
アリアは細い指先をボルトに添えると、工具も使わずに素手でミリ単位の精密さをもって金属ボルトを次々と緩めていく。
その流れるような手際に、ガルバが目を見開いた。
(なんだあの小娘は……!?
素手で焼き付いた軍用ボルトを回しやがったぞ!?
)
「よし、開いたな」
ロディは露出した動力部にレンチを差し込み、熱膨張で歪んだ伝導軸の隙間に冷却中和剤を一滴垂らした。
ジュッ、と激しい蒸気が立ち上る。
金属が収縮する一瞬の隙を見逃さず、ロディは手首のスナップを利かせてレンチを叩いた。
カキン!
硬質な金属音が響き、噛み合っていたギアが正しい位置へと滑り戻る。
ロディの作業はそれだけで終わらなかった。
彼は即座に手持ちの小型ヤスリを取り出すと、装甲板の裏側にある魔力排気ラインの角を、迷いのない手つきで削り始めた。
「お、おい! 勝手に宮廷の機材を削るな!」
「削らなきゃまた十分後に止まりますよ。ここの排熱設計は机上の空論だ。外装の返しを二ミリ削って空気の通り道を広げてやる。……ほら、これでよし」
ロディが削りカスを息で吹き飛ばし、アリアに合図を送る。
「アリア、装甲を戻してくれ。均等締めだ」
『了解。
固定完了まで――三、二、一。
完了しました』
作業開始から、わずか三分。
ロディは立ち上がり、作業着の埃を払った。
「小隊長さん、魔力セルを再起動してみてください」
小隊長は半信半疑のまま運転席によじ登り、起動レバーを恐る恐る引き倒した。
――フォン……。
先ほどまでの耳障りな唸り声と振動が嘘のように消え去り、澄んだ低いハミング音とともに、魔導装甲車が滑らかに駆動を開始した。
排気口からは無色透明の澄んだ熱気だけが静かに排出されている。
「な……!? 振動が完全に消えている……!? 研究所から引き渡された直後よりも、エンジンの回りが軽いぞ……!?」
小隊長は目を見張り、運転席の計器を何度も叩いた。
針は安定した緑色の領域を指し示し、微動だにしていない。
「当たり前ですよ。歪んだラインをバイパスして、熱の抜け道を正しく作ってやったんですから。……さて、代金の銀貨五枚を」
ロディが平然と手を差し出すと、小隊長は慌てて革袋から銀貨を取り出し、ロディの掌に叩きつけるように握らせた。
「き、貴様……一体何者だ? ただの修理屋の腕ではないぞ」
「昨日まで宮廷で、そのポンコツの尻拭いをさせられていたロディ・コールマンですよ。次からはもう少し冷却に気を使って走らせてくださいね」
ロディの名を聞いた瞬間、小隊長はハッと息を呑んだ。
現場の兵士たちの間では、「第三修理班のロディ主任に頼めば、どんな欠陥兵器も前線で動くようになる」という噂が密かに囁かれていたからだ。
「貴様が、あの……!? し、失礼した!」
小隊長はバツが悪そうに敬礼すると、逃げるように装甲車を発進させ、砂煙を上げて去っていった。
車輌の走りは、驚くほど軽快だった。
◇
「……おいおい、ロディ」
通りの静寂を取り戻したところで、ガルバが呆れたように頭を掻きながら歩み寄ってきた。
「相変わらずの手際の良さだが……一体どうなってやがる。研究所の主任を辞めて、こんな吹き溜まりで何をする気だ?」
「言ったでしょう。ここで自分の工房を開くんですよ。宮廷の出世争いにも、机上の空論にも付き合いきれなくなってね」
ロディは受け取った銀貨を作業着のポケットに放り込み、ガルバに向き直った。
「それよりガルバさん、この界隈でいい空き家を知りませんか? ここは狭すぎて、大型の魔導具を置くスペースがないんです」
「空き家なら、うちの裏手に昔の倉庫が余ってるが……それより、そっちの嬢ちゃんは誰だ? 人間じゃねえな」
ガルバの鋭い眼光がアリアに向けられた。
長年、鉄と魔導具を打ち続けてきた老職人の目は誤魔化せない。
『個体識別名:アリア。
マスター・ロディの専属補佐ユニットです』
アリアは表情を変えずに会釈した。
ロディは苦笑しながら、アリアの肩を軽く叩いた。
「研究所のゴミ捨て場から拾ってきた古代の人形ですよ。回路が死にかけてたんで、昨晩徹夜で直したんです」
「……拾ってきた古代人形を、一晩で直しただと? 相変わらず頭のおかしい腕前してやがる」
ガルバは深いため息をついた後、ニヤリと口元を歪めた。
「いいだろう。裏の倉庫、格安で貸してやる。ただし条件があるぞ。うちの若い連中にも、お前のそのイカれた修繕技術を少しは見せてやってくれ」
「ええ、道具の面倒を見るくらいなら喜んで」
ロディが手を差し出すと、ガルバはその硬く節くれだった手で強く握り返した。
その時――。
アリアがふいにロディの作業着の裾をキュッと引いた。
『マスター。
先ほどの車輌から採取した残存魔力データの解析を完了しました』
「ん? どうしたアリア」
『微弱ですが、通常の魔石には存在しない不規則な高周波振動を検知。
……この波形は、古代大戦期に使用された「結晶体兵器」の劣化模倣品である可能性が七三パーセントです』
アリアの瞳に、淡い警告の赤光が一瞬だけ明滅した。
ロディの表情から、職人の穏やかな笑みが消えた。
(……アルフレッドの奴、ただの出力過剰じゃないな。
一体何を動力部に組み込んでやがる……?
)
宮廷が推し進める「最新鋭」の裏に潜む不穏な影。
四十路の修繕士の新しい日常は、静かに、だが確実に動き始めていた。
お読みいただきありがとうございました!
下町の頑固親父ガルバとの再会、そしてアリアとの見事な連係プレーによる即席修理でした。
宮廷が隠す「新型兵器の真実」の片鱗も見え始めています。
次回:『第3話 ガラクタ通りの小さな看板と、商会の少女』
工房の拠点を確保したロディのもとに、今度は商売の匂いを嗅ぎつけた少女がやってきます。お楽しみに!




