第146話:【軍人魂と内職】
「……ああぁぁ、やっちまったぁ……」
怒涛の指示出しを終え、会議室の椅子に深く腰掛けた私は
頭を抱えて激しく後悔していた。
目立たないように、面倒事は避けて生きてきたのに。
前世の軍人根性が顔を出したせいで、思いっきり最前線の司令塔になってしまった。
そんな私に、理沙先輩がポンと肩に手を置いた。
「見事な采配だったわね。急なことで大変だろうけど
しっかりやりなさい。私たちもできるだけ協力するわ」
顔を上げると、各学校の生徒会長たちも私の周りに集まっていた。
「ああ。さっきは反発して悪かった。俺たちも協力するぜ」
彼らはすでに私を『指揮官』として完全に認めてくれているようだった。
私は心の中で(あ、これもう逃げられないやつだ)と悟りつつ
皆にお礼を言ってから、一つ重要な質問を切り出した。
「ところで、今回のように外部と完全に連絡が取れない場合
大体どれくらいで外部(覚醒協会や軍)からの救援行動が始まりますか?」
横にいた職員が難しい顔で答える。
「通常、定期連絡が途絶えてから約4時間で異常と判断され
調査隊が派遣されます。その調査結果をもとに救援規模が決定されるので……早くて丸1日、あるいはそれ以上はかかるでしょう」
「1日……。でも、ゲート封鎖事件の時は
すぐに協会が突入してきましたよね?」
「あれは外から見て状況が明白で、かつ『調査する側』に危険がなかったからです。
今回はスタンピードです。調査隊自体に多大な危険が伴うため
彼らが帰還できなければさらに時間がかかります」
「なるほど、最低でも1日は自力で持ち堪えないといけないわけですね。
……それじゃあ、各校の会長さんたち」
私はニッコリと笑って手を差し出した。
「皆さんの手持ちの『魔石』、今持ってるだけ全部もらっていいですか?」
「「「えっ?」」」
戸惑いながらも、さすがは各校のトップ層である3年生たち。
全員がポケットやポーチから、質の高いC級以上の魔石を数個ずつ取り出してくれた。
「もらっていいですか? 少し別の魔道具を『今』作りたいので」
「ああ、構わないが……」
彼らが了承した瞬間、私は受け取ったC級魔石を両手に包み込み
ギュイィィィンッ! と膨大な魔力を叩き込んだ。
数秒後。私の手の中には、淡く発光する『回復の魔法石』が完成していた。
「はい、これ」
私は一番近くにいた他校の生徒会長にそれを手渡した。
「こ、これは……?」
「急造の回復魔法石です。魔力補充もできない使い捨てですけど
瀕死の重傷でも一瞬で治ります」
「はぁっ!? いいんですか!? こんな代物
俺たちがお金を出し合っても1個買えるかどうかですよ!?」
会長が震える手で魔法石を見つめる。
「緊急事態なのでお金はいりません。ただ、皆さんが生徒会長だと信じてあげるだけです。
私の期待を裏切らないようにしてくださいね?」
私はプレッシャーをかけつつ、両手で次々と魔石を錬成し
各学校の代表者に3つずつ渡していった。
「重傷者が出たら迷わず使ってください。
普通のポーションじゃ多分間に合わないことが多いと思うので」
「あ、ありがとうございます……!!」
会長たちは最高級のエリクサーでも受け取ったかのような顔で深くお礼を言い
それぞれの持ち場へと走っていった。
彼らを見送った後、私は職員の人に案内してもらい
重傷者が運び込まれている仮設の医療室へ向かった。
ベッドには3人の職員が横たわり、苦痛のうめき声を上げている。
「お願いします!」
「はい、任せてください」
私は1人ずつ丁寧に回復魔法を施していった。ちぎれかけた筋肉が繋がり
大量に出血していた傷口が嘘のように塞がっていく。
「終わりました。後は安静にさせておいてください」
驚愕する職員たちを残し、私は医療室を後にした。
部屋を出ると、ちょうど香澄ちゃんたちが駆けつけてきた。
「有希! 話は聞いたわ。私たち、どう動けばいい!?」
「千晶ちゃんは本部の医療班に入って。
適度に休憩しつつ、怪我人の治療をお願い」
「わかりました!」
千晶ちゃんは本部の場所を聞くと、すぐに走っていった。
「花梨ちゃんと香澄ちゃんは私の護衛をお願い。これから各陣営を回るから」
「わかったわ! ……有希ちゃん、常に警戒していればいい?」
流石にこの状況を理解しているらしく
花梨ちゃんは真面目な顔で聞いてくる。
「花梨ちゃんは風の精霊がいるわよね?
できれば『音』に集中して、周囲の警戒をお願いして」
「了解です!」
「私は、近づいてきた人の警戒ね?」と香澄ちゃん。
「そう。これから各陣営に『簡易医療テント』を作りに行くわ。行くよ!」
私たちは会場の地下や周辺エリアを走り回った。
私は歩きながら両手で『結界の魔石』と『回復の魔石』を次々と量産していく。
(前世では歩兵だったけど、今世は歩く軍事工場だな私……)
などと現実逃避しつつ、各陣営に到着しては簡易医療テントを設営し
防衛メンバーに魔法陣の恩恵と使用方法を説明して回った。
そして、最後のテントの設営を終えた時――。
ゾクッ。
(……ん?)
遠くの物陰から、じっとこちらを観察するような『視線』を感じた。
魔力眼を向けるが、そこには誰もいない。ただの気のせいか?
……いや、今はそれどころじゃない。時間がないのだ。
「有希、この後はどうするの?」
視線をスルーして本部へ向かって歩き出す私に、香澄ちゃんが尋ねてきた。
「本部に司令所を作って、それぞれの配置を地図に書き込んで
状況把握のシステムを完成させる。それと並行して
全防衛ラインに『全体バフ』をかけるための準備をするわ」
「……いくら有希でも、流石にそれは無理じゃない!?」
香澄ちゃんがドン引きした顔でツッコミを入れてくる。
「まあ、やってみるだけよ。さっきの作戦会議の時は『やる』
なんて一言も言ってないしね。できたらラッキーくらいで」
会話しながら本部へ向かう道中
一般の生徒や観客たちがスムーズに避難している様子が見えた
。誘導がしっかり機能していることに一安心する。
……だが、本部に到着すると、いきなりくだらないトラブルが発生していた。
「だから! 俺たちの方が前衛に向いてるって言ってんだろ!」
「はぁ!? お前らの貧弱な魔法じゃ足手まといになるだけだろ!」
極限の不安からか、他校の男子生徒同士が『どちらの学校がすごいか』
という実に下らない理由で胸ぐらを掴み合い、一触即発の喧嘩を始めていた
。周囲の生徒たちもオロオロするばかりで止められない。
「…………」
私は無言で彼らの間に割って入り、冷たい声で言い放った。
「なら、今すぐここで決着を付けなさいよ」
「「……えっ?」」
「どちらがすごいか、ここで殺し合って証明すればいいじゃないですか」
私がニコッと笑って殺気を放つと、喧嘩していた生徒たちはヒッ
と悲鳴を上げて固まった。周囲の生徒たちも驚愕で目をひん剥いている。
「敵はすぐそこまで来てるんですよ? 時間がないんだから
さっさと武器を取ってやりなさい? 死ななければ、終わった後に私が治してあげるから」
「い、いや……あの……」
「やらないなら、さっさと本部と避難民の案内作業に戻りなさい!!
暇を持て余してるならスクワットでもしてろ!!」
「「ひぃぃぃッ! すみませんッ!!」」
一瞬で鎮圧完了である。
「ほら、他の人たちもボーッとしない! やることやって!」
指示を飛ばすと、全員が弾かれたように作業に戻っていった。
「地図を貸して」
私は本部のデスクに広げられた周辺地図を受け取り
各校の配置や防衛ラインの書き込みを急ピッチで進めていく。
そこへ、油まみれになった巧兄さんが駆け込んできた。
「有希ちゃん! トランシーバーできたよ! あと、これ魔鉄の買い取りの明細書ね!」
「トランシーバーだけ受け取るわ。明細書(請求書)は防衛戦が終わってからね」
「ええっ!? これめちゃくちゃ高額なんだけど! 踏み倒さないよね!?」
「他の生徒会長にはもう配った?」
明細書を完全にスルーして聞くと
巧兄さんは泣きそうな顔で「みんなに渡してきたよ……」と頷いた。
よし。
私はトランシーバーのスイッチを入れ、通信テストを開始した。
『こちら本部。今から読み上げる学校は応答せよ。……第1防衛ライン、○○高校』
『こちら○○高校、配置完了してます!』
『第2防衛ライン、△△学園』
『△△学園、いつでもいけます!』
1つ1つ、名指しで全防衛ラインの配置と状況確認を行っていく。
そして、最後の学校の確認が終わった、まさにその瞬間だった。
『――ッ! 本部!! 敵が来ました!! 巨大な群れです!!』
トランシーバーから、悲痛な叫び声が響き渡った。
私は大きく息を吸い込み、全チャンネルに向けて言い放った。
『了解。――これより、全ライン同時に防衛戦を開始します! 死守せよ!!』
こうして、生き残りを賭けた地獄の死闘の火蓋が切って落とされたのだった。




