第130話:【TV放送の波紋】
昨夜は遅くまで香澄ちゃんの特訓に付き合ったせいで
部屋に戻った頃には日付が変わりそうだった。
当然、待ち構えていた千晶に「お姉さま! 無理しすぎです!」と
涙目で説教されたが、私は適当に頭を撫で回してうやむやにやり過ごしたのだった。
◇
翌朝。いつも通り朝食を終え、私は香澄ちゃんと【魔法障害物競争・決勝】に
向けた最終の打ち合わせを行っていた。
「あのね、決勝のレースだけど……スタート直後に一気に引き離して先行するか
後方で温存して最後でぶち抜くかは、香澄ちゃんに任せるよ」
「え? いいの?」
香澄ちゃんは意外そうに目を丸くした。
「てっきり、有希からどっちかに決めて指示されるのかと思ってたのに」
「実際に走るのは香澄ちゃんだしね。基本は臨機応変に、好きに動けばいいよ」
私はジュースを飲みながら続ける。
「私から言えるアドバイスがあるとすれば、『常に周囲に気を配ること』くらいかな。
見た目が弱そうな相手から集中狙いされるのは、どこの世界も一緒だからね?」
「……どこの世界のことか分からないけど、まあその通りね。
確かに予選の時も、私は最初かなり狙われてたわ」
「でしょ? でも香澄ちゃんには分身魔法もあるし
私が教えた『アレ』もあるから十分いけるはずよ。ただ――」
私は少し声のトーンを落とした。
「予選の最後に大魔法を撃ち合ってた、あの2人の選手には要注意ね。
あの2人は相当実力があるわ。ゴールするのが目的なんだから
わざわざ強敵とまともに戦って消耗してもいいことないからね」
「そうね。不要な戦闘は避ける。肝に銘じておくわ。
それじゃあ、支度して会場まで一緒に行きましょ?」
「うん、わかった。一旦部屋に戻るね」
◇
自室に戻ると、千晶はすでに完璧な身支度を整えて待っていた。
そして私が部屋に入るなり――
「お姉さまぁ……っ!!」
ガバァッ!
千晶が勢いよく私に抱き着いてきた。
「ちょっ、どうしたの千晶!?」
「うぅっ……最近、お姉さまとゆっくり交流する時間が少なくて寂しかったので……!
せ、せめてこの場だけでも、温もりを補充させてください……っ!」
「(……バッテリー充電みたいな言い方ね)」
引き剥がすのも可哀想なので、私はされるがまま、
千晶のサラサラの髪をよしよしと撫で続けた。
数分後。
「はぁ……はぁ……お姉さま、ありがとうございます。
私、また一日頑張れそうです……!」
千晶はホクホク顔で離れてくれた。
「そう? なら良かった。また時間が空いたら救護所の様子を見に行くわ。
今日は決勝で忙しいから無理そうだけど」
私が着替えながら言うと、千晶は胸を張って答えた。
「はいっ! 救護所は私にお任せください! お待ちしております!」
コンコン。
そんなやり取りをしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
出てみると、そこには香澄ちゃんと――なぜか花梨ちゃんが立っていた。
「あれ? 花梨ちゃん?」
「ふふっ!」
花梨ちゃんは私の顔を見た瞬間、顔を真っ赤にしてモジモジと身をよじらせた。
「昨日は雄一先輩とふたりきりにしていただいて
お気遣い本当にありがとうございました……! ですから今日は
私が全身全霊を懸けて有希ちゃん様の専属メイド兼お手伝いとして
尽力させていただきますッ! 有希ちゃん様のためなら火の中水の中ダンジョンの中
どこへでもお供いたしますッ!!」
相変わらずの限界オタク(熱狂的信者)っぷりである。
「そ、そう? ありがとう、助かるわ」
私は若干引き気味にお礼を言い、3人で控室へと向かった。
◇
廊下を歩いている途中、香澄ちゃんが思い出したように口を開いた。
「そういえば有希。昨日のテレビインタビュー、ちゃんと夜の番組で放映されてたわよ」
「……えっ!? うそでしょ!? 私、映ってたの!?」
私は絶望のあまり、その場で膝から崩れ落ちそうになった。
(目立ちたくないのに、全国放送のテレビに顔が出るなんて最悪の事態じゃない……!)
「……ま、待って。でも、どうせなら
『自校のチームをボロクソに貶す、性悪で冷酷な女』として
印象悪く映ってたわよね? それなら
みんな私に関わりたくなくなって、逆に平和になるはずだし……!」
藁にもすがる思いで尋ねる私に、香澄ちゃんは呆れたように溜息をついた。
「……そんなこと微塵もなかったわよ。
『自校の現実を直視し、選手のために熱心に分析する、性格まで良い完璧な美少女サポーター』
としてバッチリ放映されてたわ」
「えぇ……っ! なんでそうなるのよ!?」
私は完全に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「私、開会式でTV局の記者たちにがっつり喧嘩売ったのよ!?
マスコミから見たら絶対ムカつく生意気な女だから
絶対に悪意ある編集で悪役にされると思ってたのに!」
「そんなことより、テレビ局は『視聴率』を優先したんでしょ」
香澄ちゃんが冷静に分析する。
「例えあなたが以前記者たちに喧嘩を売っていたとしても
見た目が抜群に良くて、受け答えが丁寧で礼儀正しい映像が撮れたなら……
テレビ局側は私怨を捨ててでも『性格の良い美少女』として
有効活用するに決まってるじゃない」
「そ、そんなぁ……これじゃあまた変な注目を集めちゃうじゃない……」
私がどん底まで落ち込んでいると、花梨ちゃんが荒い鼻息とともにカットインしてきた。
「落ち込む必要なんて、とんでもないですッ!!」
「ひっ!?」
「昨日のテレビの有希ちゃん様、本当に、本っっっ当に素晴らしかったです!!
画面越しでも伝わる圧倒的なオーラ! 謙虚で熱心な姿勢!
ネットのSNSでも『あの天使みたいなサポーターは誰だ!?』って
大バズりしてたんですよ!? 私、有希ちゃん様の魅力を世界がやっと
理解し始めたのだと思うと、嬉しくて嬉しくて夜も眠れませんでした!!
録画は永久保存版にして家宝にしますッ!!」
「えっ……SNSで大バズり……?(白目)」
目立たない平穏な学園生活という私のささやかな夢が、また一つ音を立てて崩れ去っていく。
私は完全にげんなりしながら、重い足取りで控室のドアを開けた。
◇
「おせーぞ」
控室に入ると、そこにはすでに翔先輩がドカッとソファに座って待機していた。
「おう、香澄。今日の決勝のマップはこれだとよ」
翔先輩はそう言って、数枚の資料をバサッとテーブルに投げ出した。
「えっ……?」
香澄ちゃんが資料を手に取り、目を丸くする。
「翔先輩、これどうやって手に入れたんですか!?
決勝のマップ構成なんて、事前には完全非公開のはずですよね!?」
「まあ、裏の『コネ』ってやつよ」
翔先輩はニヤリと笑った。
「サポートの腕ってのはな、こういう裏情報を事前に
手に入れられるかどうかで今後の評価が決まるんだよ」
「へぇ、真面目に仕事してるのね、翔先輩。でも『今後』って言いましたけど
私……翔先輩を手放す気なんて一切ないですよ?」
私がジト目で睨むと、翔先輩は慌てて手を振った。
「ば、馬鹿野郎! ただの例えってやつだよ! 俺だって今のこの生活
けっこう気に入ってるんだよ。お前は可愛い妹の命の恩人でもあるしな」
「わかってるならいいわ」
私が満足して頷くと、その間に資料を読み込んでいた香澄ちゃんが険しい顔を上げた。
「……ねえ先輩。今回は、前回みたいな事故なんてないですよね?」
昨日の予選での事故を警戒しているらしい。
「ああ、運営側もあの一件でピリピリしてて
入念にチェックしたから絶対に大丈夫だと言ってたぜ」
「運営が信用できるかは分かりませんが……全力を尽くすしかないですね」
「それとな、最後のボスエリアがかなり厄介な構造になってる。
敵の攻撃パターン、資料でしっかり頭に叩き込んでおけよ。
あとの作戦だが、俺は『先行逃げ切り』がいいと思うぜ」
「先行ですか?」
私が首を傾げると、翔先輩はマップを指差しながら解説を始めた。
「ああ。先行してトップを走れば、敵選手からの魔法攻撃は『後方』からしか来ない。
つまり、前方はコースのトラップ回避のみに集中し
後方は防御魔法での対処のみに専念できる。もし中団にいたら
前後からの攻撃とトラップの両方に対処しなきゃならねえ。
そんなめんどくせえ状況になるよりは、はるかにマシだろ?」
「なるほど……理にかなってるわね」
さすがは場数を踏んでいる翔先輩の分析だ。
「おい有希、お前もしっかり作戦とマップを学んでおいた方がいいぞ」
「はいはい、分かりましたよーだ」
私は翔先輩の的確なアドバイスに感心しつつ、来るべき『決勝』の開始時間を静かに待つのだった。




