ポーカーVドル・霧雨ナツ
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『今日はルースパッシブのスタイルでしばりプレイをしてみます。みんな、ポーカーを初めたら一度は言われると思う。ルースパッシブは勝てないって話。まあ、それには僕も賛成かな。やっぱり何の考えもなくゲームに参加するだけだと、チップを失うだけになるからね。でも、逆に言えば戦略さえしっかり立てていれば、ルースパッシブも十分に戦えると思うんだよね』
霧雨ナツはバーチャルアイドル――通称Vドルと呼ばれている動画配信者だ。
メインの動画はポーカーの技術講座と、リングゲームのプレイ動画だ。ポーカーというニッチなジャンルにも関わらず登録者数は五万人。動画によっては十万再生されている、中堅クラスの配信者だ。
特にどこかの事務所に所属しているというわけではなく、ソロで活動をしているようで、その活動内容は限りなく自由だ。たまにポーカー以外のカジノゲームを遊んだり、他のVドルとコラボして麻雀をしたり、あるいはコンシューマーゲームの実況をしたり――まあ、そうでもしないと、ポーカーアイドルなんていうニッチな存在が生き残れはしないのだろうけれど、その甲斐あってか、彼女はポーカーを知らないような人にも認知されるくらいには、有名になっているようだった。
ちなみに、ポーカー動画は一万再生くらいが平均だから皮肉だ。
『ポーカーのプレイスタイルについてはどれも一長一短で正解は無いけど、はっきり言えるのは、スタイルを固定化するのはまずいってことだね。本当に上手い人は、テーブルによってタイトとルースを使い分けるし、アクティブとパッシブをこまめに切り替える。初心者が負けやすいのは、この切替がうまく出来ないからで、相手のプレイイングを見て柔軟に対応するのが重要です』
霧雨ナツのポーカー解説は的確だ。
専門用語も適度に使いつつ、けれども初心者にも理解しやすいよう話を組み立てている。そして、中級者以上には実際のプレイイングでコツを分かりやすく伝えている。
では、実際の実力はと言うと、ポーカーVドルを自称するだけあって、かなりのものだった。
『プレイスタイルの固定化はだめって言ったそばから縛りプレイでルースパッシブをやるわけだけど、いくつかルールを決めます。まず、レイズアクションは一回だけオッケーで、他は全部コールをする。フォールドはフロップ以降。だから、うまくやらないと必ずブラインド分のチップは減っていくってことになりますね』
私との勝負の時にも、彼女はこの縛りプレイをしていたらしい。画面越しでは初心者仕草のリンプインとコーラーにしか見えなかったけれど、やはりあれは意図的なプレイイングだったらしい。
そして、その様子はバッチリ動画に残っていた。
『プリフロップで五〇〇ドルもレイズしてくるなんて、このミヤミヤさんってプレイヤーは強気だなぁ。よっぽどスターティングハンドが良いんですかね。まあ、SBのポジションからなら、リンプに対してスチール目的でレイズするのはおかしくはないか。僕の方は、10のポケットペア。最低限戦えるから、あとはフロップ次第だね』
そしてフロップが配られる。
『やった。10のスリーカードが出来た。これはラッキ♪ ただこのボードでのナッツはQのスリーカードなのを忘れちゃダメ。もし相手のハンドがポケットQだったら僕の手は負けるわけだからね』
耳が痛い話だ。
『――ミヤミヤさんは一〇〇〇ドルベット。これは多分、ボクを下ろしたがっているんだろうね。スターティングハンドは良かったけど、ボードとうまく絡まなかったのかな? なら、ポケットエースかポケットキングってところかもしれないね。どちらにしても、ルースパッシブとしてここで降りる必要はないから、コールをしておこう』
驚くことに、霧雨ナツはこの時点で私のハンドをある程度絞っている。
まあ、冷静に考えると、このくらい強気で来るハンドはその二つくらいだとは思うけれど、それでも見透かされているような気持ちになって居心地が悪い。
そして、四枚目で♢10が落ちてきた。
『ナッツ! 今のボードでは最高手。リバーでQが落ちてきた時だけ、フォーカードのランクで負ける可能性があるけど、他では絶対に負けないから、このままパッシブプレイを続けても僕は損をしないね。さて、ミヤミヤさんは――またしても一〇〇〇ドルレイズか。この様子だと、ポケットペア絡みのツーペアかな。こうなってくると、ルースパッシブは楽だね。相手が勝手に賭け金を釣り上げてくれるから、あとはショーダウンを待てばオッケーです』
そう、ここだ。
四枚目ですでに勝負は着いていた。
10がボードに二枚出た時点で、最高手のフォーカードを意識しても良さそうなものだけど、ポケットエースを手札に持っていた私は、目がくらんでそこまで想像が及ばなかった。
霧雨ナツはコールだけをしていればよかったのだ。なぜなら、この時の私はアグレッシブにレイズをしているので、勝手に賭け金が上がっていく。もしここでナツがレイズアクションをしていたら、さすがの私もフォーカードの存在を考えただろう。
そして、五枚目で♣Aが落ちてくる。
『ミヤミヤさんのアクションが早い。これは♣Aが絡んでハンドが伸びたんだろうね。でも、ここでハンドが伸びたとしても、ポケットエース持ちでフルハウスか、JK持ちの10~Aストレートしかない。このボードでは僕の勝ちは揺るがないから、あとはどうアクションするかにかかっているね。それじゃあ、ここで一回きりのレイズアクション! オールインです。こちらはナッツだから、絶対に損をしないので行くと決めた時には大きく出ます』
こうして、私は負けた。
霧雨ナツはギャンブルなどしていない。最初から最後まで、徹底して理詰めで勝負していた。フォーカードが揃ったのは確かに運がいいけれども、勝ち筋までのアクションは論理的だった。
『思った以上に大勝ちしちゃったけど、ルースパッシブでこういう勝ち方をするコツは、ボード上で見えるナッツを常に意識することと、バンクロール管理をしっかりすることかな。パッシブプレイの利点は、相手の油断を誘いやすいことです。こちらがナッツを持っていても油断してくれるから、ポットが大きくなりやすいんだよね。ただし、こちらも引き際を弁えないと痛手を被るから要注意。フォールドのタイミングをプリフロップに置くかフロップ以降に置くかの違いだね。フォールドのタイミングさえしっかりと見極めれば、ルースパッシブプレイでも十分に戦えます。まあ、そのためには、十分なスタックが必要になるんだけどね』
ぺろりと、霧雨ナツはいたずらっぽく舌を出してみせる。そんなモーションまでつけているなんて、最近の2Dアバターは性能がいい。
『それでは、今日の配信はここまでです。みなさんありがとうございました。初めての方は、チャンネル登録よろしくね!』
以上、種明かし。
正直凹んだ。そりゃもう、落ち込んだ。
英知くんの前で良い格好しようとして、気持ちいいくらい綺麗に負けたのだ。恥ずかしすぎて穴にこもりたい。勝利を確信したオールイン合戦で負けたのだ。ポーカー経験者ならしばらく落ち込む気持ちも分かってくれると思う。
その気持ちを整理するためにも、私は霧雨ナツの動画を一つ一つチェックしていた。
「ちょっと、みゃー姉! 今日自主練しないの?」
ちょうどレッスンが終わった所だった。夏恋ちゃんの質問に、私は気のない返事をする。
「んー、また今度」
「今度って、じゃあなんでレッスン室にいるのよ」
帰る時間がもったいないからです。
私はレッスン休憩中に途中で止めていた霧雨ナツの動画を再生し始める。イヤホンを片耳につけて、タブレット片手にレッスンの片付けをしながら画面を見続ける。
内容はマニアック対策だった。ポーカープレイヤーの中でも、豪快に何度もレイズを仕掛けてくるスタイルをマニアックと言う。その対策は、バンクロール管理の観点から見ても非常に重要だ。すでに既知の内容も多いけれど、復習も兼ねて霧雨ナツの考えを吸収していく。
夏恋ちゃんは私を誘うのを諦めたのか、一人でレッスン室を使ってダンスを始めていた。
そうかと思うと、もうひとりのユニットメンバーが意外なことを口にした。
「ミヤ姉さん。それって、霧雨ナツ?」
「知ってるの? 手毬ちゃん」
アイドルユニット、ライアーコインの3人目のメンバー。倉橋手毬ちゃん。長身のクールな子なんだけど、どこかぼんやりしているのんびり屋さん。十七歳で一番年下なので、私と夏恋ちゃんはすごくこの子を可愛がっている。
そばにしゃがみこんだ手毬ちゃんは、私の手元のタブレットを覗き込んでうなずく。
「うん。妹がVドル好きだから一緒に見るんだ。ポーカーは難しいけど、他のゲーム実況は楽しいって言ってるよ。わたしはポーカーも面白いと思うけど」
「そっか、やっぱり有名なんだね、霧雨ナツ」
「ナッちゃんのこと、ミヤ姉さんも好きなの?」
「好きっていうか、興味があるというか」
「じゃあ、ポーカーが好きなの?」
「…………」
大好きです。
と、思わず言いそうになって口ごもる。一応、闇カジノ通いとギャンブルが好きなことは、社長と英知くん以外には秘密なのだ。
でも、オンラインポーカーは違法じゃないし?(※2026年現在はその限りではありません)
自分にウソを付くのは良くないし?
「その……ポーカーは、カジノ喫茶とか違法じゃないオンラインカジノで遊んで面白くってね。詳しい動画があるって聞いたから、見ているんだよ」
嘘にならない範囲で誤魔化した。
すると、手毬ちゃんが尊敬したような表情で目を輝かせた。
「さすがミヤ姉さん。大人……」
「大人じゃなくても、ポーカーくらいできるって」
「でも、オンラインはお金賭けるから、年齢制限あるって聞いた」
「あー、うん。確かにそうだね」
如何に海外にサーバーが置いてあると言っても、海外の法律は適用されるので、基本的にカジノは十八禁だ。場合によっては、二十歳や二十三歳以上など、その国の法律によって違ったりする。私は二十四だからまず気にしなくていいけれど、未成年の手毬ちゃんは難しい。
まあ、普段から日本で違法のカジノに行っておいて、オンラインだけ気にするのはどうなんだって話だけど、それはそれ、これはこれ。
私だって好きで法を犯しているわけじゃない。好きなことが法を犯しているだけなのだ。
「手毬ちゃんは、ポーカーに興味あるの?」
「うん。ナツちゃんの動画、面白いから」
お、これは思ったより好印象。
だとしたら、さすがに闇カジノはなしだけど、ポーカールームだったら連れてってあげてもいいかな。
ポーカーはマインドスポーツだから、度胸とか計算能力とか色々鍛えられるし。向き不向きはあるけど、経験しておいて損はない。それに私も遊び相手が増えるのは嬉しいし。
私がそんな算段を立てていると、手毬ちゃんがふわふわとした声で話を続けていた。
「びっくりするようなお金が動くし、ちゃんとゲームとして戦術があるのがすごい。理詰めで勝てるのなら、勉強したら勝てるようになるんだよね。ねえ、ミヤ姉さん。ポーカーって、強くなったら本当にあんなに稼げるの?」
「止めておいた方が良いよ」
ピシャリと。
私は冷ややかな声で言った。その様子に、手毬ちゃんは目を丸くして息を呑む。
思わず強い言葉が出てしまった。私は取り繕うように苦笑いを浮かべて、言い訳がましく言った。
「稼ぐって考え方だったら、本業を頑張りなさい。アイドルの仕事増やした方が、ずっと稼げるし安全だよ。ポーカーで稼ぐことなんて考えたら、絶対に痛い目見るから」
「……そう、なの?」
「ポーカーはマインドスポーツだから、確かに勉強をして実力をつければ勝てるようになると思う。でも、やっぱりポーカーはギャンブルだよ。普通の競技はお金を失うことはないけど、ポーカーは失うことだってある。お金を賭けてそれを奪い合うってのは、勝ち負け以上に生々しい感情のやり取りをすることになるよ。そこを誤魔化していたら絶対に後悔するから、覚えておいて」
カジノでやるリングゲームはもちろんのこと、大会などのトーナメント戦でも、取り合うのは互いが持ち寄った参加費である。
ポーカーの本質は心理戦であると同時にマネーゲームだ。現金を奪い合うという事実から目をそらしてはいけない。
お金を増やす手段として、ギャンブルを当てにするべきじゃない。ギャンブルはお金を奪い合うものだ。奪うと同時に奪われることがある。
私はそのことを、伯父から口酸っぱく言い含められた。
「ギャンブルをすること自体は否定しないけど、それでお金を稼ごうとするのはダメ。純粋にポーカーをやってみたいなら、今度アミューズメントカジノにつれてってあげるから」
「う、うん。分かった」
頷きながらしょんぼりとしてしまった手毬ちゃんを、私は慰めるように頭を撫でてあげる。彼女は私より三センチほど背が高いので、なんとなく気分がいい。あー、背の高い女の子の頭を撫でるの快感だわ。なんだか、大型犬を撫でてる気分になる。
ついでに私は、耳元でささやくように言った。
「見返りを求めてお金を賭けることに慣れると、夏恋ちゃんみたいなガチャ廃になるからね。気をつけないとダメだよ。そうでなくても、仕事のタイアップのパチンコで、ギャンブルにハマるダメな大人はいっぱい見てきているでしょ?」
「う、うん。そうだね。分かった。気をつける」
可愛らしくグッと両手を握って、手毬ちゃんは力強く頷いて見せた。可愛い。
「こら、聞こえてるわよ! 長女と末っ子!」
自主練中の夏恋ちゃんが大口を開けて文句を言ってきた。可愛い。
そんな感じの、我がユニットの日常だった。
※※※
霧雨ナツ。
ソロ活動勢のバーチャルアイドル。
コラボ配信なども積極的に行っているが、基本的にオンラインでの活動のみで、どんな依頼であってもリアルで誰かと会おうとしない、本当の意味で仮想のアイドル。
私は彼女に負けた。
だからこそ―もう一度勝負がしたいと思った。
『拝啓 霧雨ナツ様
突然のメールを失礼します。動画を楽しんで視聴させていただいています。霧雨様のポーカーへの造詣の深さにはいつも感服している次第です。
さて。不躾で恐縮ですが、本題に入らせていただきます。霧雨様の動画の中で、他の配信者とコラボしてゲームを行っているものがありますが、バーチャルアイドルの間でのプレイ人口の少ないためか、ポーカーのコラボ配信はあまり無いように存じております。これは非常にもったいないと思うのです。
そこで、コラボの依頼なのですが、わたくしと生配信でポーカー勝負をしませんか?
わたくしは配信者としては素人なので、期待に添えるだけの再生数を保証することは出来ませんが、霧雨ナツ様の動画のレパートリーの中に、ポーカーのコラボ配信という枠を作るきっかけになれればと思い、提案させていただきました。
どうかご一考いただけると幸いです。敬具』
返信は数日と経たず来た。
答えは、了承。
そんなわけで――アイドル一ノ瀬みやび、裏でVドルデビューとなった。




