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アイドルみやびはギャンブルがお好き  作者: 西織
第二章 バーチャルアイドルはポーカーフェイス
12/16

ルースな人食いフィッシュ


 NATSUというそのユーザーネームのプレイヤーは、アイコンが可愛らしいアニメ調の女の子だった。

 読み方はナツだろうか。

 ふぅん、最高手(ナッツ)、ねぇ。分かって名付けているのなら、随分と強気なネーミングだ。


 その人――便宜上、彼女と呼ぶけれど――彼女はさっきから、全てのハンドでレイズではなくコールを選択してきていた。

 確かに英知くんの言う通り、典型的なルースパッシブだ。


 それは次のゲームでも、更にその次のゲームでも続いた。このナツというプレイヤーはとにかく降りない。プリフロップではゲームへの参加率が誇張抜きで百%だ。さすがにコミュニティカードが配られるフロップでは降りることもあるが、それでもコールを掛けてゲームを続行することの方が多い。そのおかげで、私はたやすく千ドルくらいを取り戻すことが出来た。


 典型的な素人仕草である。普通だったら間違いなくフィッシュだ。

 なのに―


「もしかして、この人勝ってません?」

「もしかしなくても、それなりに勝ってるね」


 ナツの今のチップ量は、八〇〇〇ドルだった。

 このテーブルのバイインが上限五〇〇〇ドルだという話はすでにしたけれど、だとしたら彼女は、この卓で三〇〇〇ドルは勝っていることになる。

 このプレイスタイルで勝ち続けている……。


「えっと、みやびちゃん?」

「……………」


 英知くんの声掛けに答える余裕もなく、私は次のゲームに意識を向ける。

 ポジションは、私がSB(スモールブラインド)。それに対してナツのポジションはUTG(アンダーザガン)――最初にアクションを起こすポジションだった。

 UTG(アンダーザガン)のセオリーとしては、SB(スモールブラインド)BB(ビッグブラインド)でブラインドに対して、降りるかそれ以上のチップをベットするかのどちらかが推奨される。


 けれど―ナツはコールした。


「うそ、リンプまでしてくるの?」

「リン……なんですか、それ」

「正確にはリンプインって言って、どっちつかずの行動ってこと。強いハンドならレイズするべきだし、弱いハンドだったら降りるべき所で、とりあえずゲームに参加するためにチップを出しているの。仮に勝っても大きくは稼げないし、負けたらコール分のチップを失うしで、あまりメリットが無いアクションだから、初心者のうちは絶対にやらないように注意されるんだけど……」


 もちろん、他の参加者のプレイスタイルに寄ってはそれがうまく運ぶこともあるけれど、普通なら避けるアクションだ。これを毎回やるヤツは九割方素人だし、玄人にとっては良いフィッシュだ。けれど、チップ総量を見ると勝っているのが謎だ。


 私が戸惑っている間にも、ゲームは進む。

 私のスターティングハンドは♠Aと♡A。ポケットエースだ。これは強い。ホールカードとしては最強の組み合わせで、プリフロップでは考えなしにレイズしまくって良いハンドだ。当然のように、私は五〇〇ドルレイズする。


 さあ、どうだ?

 私の次のポジションであるBBは降りた。


 それに対して―


 ナツ:【コール 五〇〇ドル】


 ナツはまたしてもコールしてきた。


「…………」


 フロップ。

 三枚のコミュニティカードが開く。

 ♡10 ♢Q ♠7


 今の所、ワンペアとしては私のポケットエースが一番強い。しかし、このコミュニティカードだと、ストレートの気配があるので、ターン以降のカード次第によっては注意が必要だ。

 そんな状態でのベットアラウンド。


「……よし、ここで降ろす」


 私は一〇〇〇ドルレイズした。


「ちょ、みやびちゃん!? 賭け過ぎじゃ!」

「大丈夫。ここは強気に行っていい場面だから。それに、さすがにナツってプレイヤーも、ブラフでコールできる金額じゃないはず」


 なんでもかんでもコールしてくるプレイヤーも、一度に金額が上がりすぎると怖気づいて撤退するものだ。

 コーラー相手に戦う場合、本来なら少しずつレイズ額を上げてショーダウンまで持っていく方が多くのチップを稼げるから、私の行動は戦略としては真逆なのだけれど、今は早くこの得体のしれないプレイヤーを下ろしてしまいたかった。


 しかし――


 ナツ:【コール 一〇〇〇ドル】


「また……コール!?」


 ナツは一〇〇〇ドルを出して、勝負に乗った。

 確かに、八〇〇〇ドルのスタックを持っているナツからすれば、一〇〇〇ドルは出せない金額ではない。しかし、仮にも十万円である。それを攻めるためでなく受けるために突っ張ってくるのは、私からすると考えられない戦略だった。


 結果的に、ポットの総額は三一二五ドルという大勝負になった。


 四枚目(ターン)は、♢10。

 ボード上でワンペアが完成した。


 ♡10 ♢Q ♠7 ♢10


 これで―ストレートの可能性はほぼ潰れた。


 仮にどれかのカードとペアが出来ていても、こちらはAの10のツーペアなので確実に勝てる。

 相手に勝ち目があるとすれば、ポケットペアが入っていて、なおかつそれがコミュニティカードと絡んだスリーカードの場合だろう。


「……ポケットペア、あるかな?」


 絶対に無いとは言い切れない。

 最初に十万のレイズにコールしてきたからには、少なからずスターティングハンドで勝ち目があったはずだ。それがワンペアで、なおかつボードと絡んでさらにハンドが伸びたから、一〇〇〇ドルのレイズにもコールを返せたのではないか?


「…………」


 私は自然とこめかみを指で叩いていた。

 考える。

 次はどう出るべきかを考えて、横に英知くんが居るのも忘れて考え込む。


 もし相手のハンドが自分より上の可能性があるのなら、痛手を被る前に引くべきだ。どんなに相手が素人仕草をしていても、ビギナーズラックは存在する。プレイング次第でラッキーパンチを躱せるのがポーカーのゲーム性だ。少しでも可能性があるのなら、リスクを犯す必要はない。


 けれど――同時に、相手の手札を見てみたいという欲求もある。


 ナツというプレイヤーは、このテーブルで勝ち越しているのだ。ただのバカヅキの可能性はあるけれど、その理由を知りたかった。


「ただのコーラーなのか、それとも意図的なプレイングなのか」


 それを探るためにはゲームを進める必要がある。

 ならば、どこまでなら出せるか?


 現在の私のスタックは三五〇〇ドル。この中から、いくらまでなら出せるかを考える。すでに賭け終えたチップについては考慮せず、今の自分にとって、どこまでリスクを取れるか考えてみる。

 まだボードと絡まないポケットエース。

 オッズには合わないけど、賭けられるとしたら――


「よし、もう一〇〇〇ドル!」


 もし相手がブラフなら、これ以上コールするのはためらうはずだ。逆に、ここから相手がリレイズしてきたら――その時は降りる。


 けれど、確信があった。

 おそらくこの相手は、リレイズではなくコールしてくるはずだ。


 ナツ:【コール 一〇〇〇ドル】


 その読みどおり、相手はコールしてきた。

 これで、ポットは五一二五ドル。最初に持ち込んだ金額とほぼ同じ額がポットに入ることとなった。これを二人で取り合う形になる。


 そして、運命の五枚目(リバー)

 開かれたのは――♣Aだった。


 ボード: ♡10 ♢Q ♠7 ♢10 ♣A


「よっし! フルハウス!」


 思わず大きな声を出してガッツポーズをしてしまう。でも、これは仕方ないだろう。なにせフルハウスなのだ。このハンドはまず負けない。


 私はすぐに一〇〇〇ドルをベットした。

 こうなったら総チップの半分を割っても問題はない。十分に『賭ける』価値があるし、ほぼ勝ちが確定している。ここで弱気になる理由はないので、どんどん強気で押すべきだ。


 ナツはどうせまたコールだろう。これが最後のベッティングラウンドなので、ここでコールされたらあとはショーダウンしかない。駆け引きの時間は終わり、純粋なカードの強さで勝負が決まる。


 もしブラフで勝ちたいのなら、そうなる前に勝負がつくように駆け引きするべきだったのだ。それが出来なかった時点で、ナツの負けである。


 そう、私は安心しきっていた。


 まさか相手が、ここに来て()()()()()()()()()()()()()()()()とは思わなかったのだ。



 ナツ:【オールイン】



 全額を賭けてきた。


「……………………えっ?」


 ナツの方が私よりスタックが多いので、厳密には差額は返却されるのだけれど―ナツは全額を賭けても良いと言ってきたのだ。


 まず、私は予想外のことに頭が真っ白になった。

 続けて――困惑。

 そして最後に、怒りが湧いてきた。


「押せば降りるとでも思っているのか、こいつ!」


 ブラフだとしたら、あまりにお粗末だ。

 テキサスホールデムでは、相手の手札を読みつつ、自分の手札を強く見せるシナリオが必要だ。レイズやコールと言ったアクションは、そのシナリオを相手に伝えるために行うための手段だ。闇雲に、最後のカードで逆転したとでも言いたげなオールインをした所で、説得力なんて欠片もない。


 大方、五枚目がエースだったので、それに乗っかって自分のハンドを強く見せたいのだろうけれど、あいにくこちらは元々ポケットエースだ。そのブラフに引っかかるほど甘くない。


「受けてやろうじゃないの、オールイン!」


 喉元の熱を吐き出すように宣言する。

 カッと頭に上った血液が、熱量とともに私の背中を力強く押した。手持ちのチップを全て突き出して、私はナツからの宣戦布告を受け取った。



 ()()()

       ()()()



「あ、」


 ――ティルトという言葉がある。


 正常な判断ができない状態。感情に駆られた状態。頭に血が上った状態。色々な言い方はあるけれど、それはギャンブルにおいて最も避けるべき状態だ。ことポーカーでは、マインドスポーツとしての側面から見て、このティルトにならないことが最も重要とされている。


 感情的にプレイするのは、間違いなく悪手だ。


「――ぅ、あ」


 負ける。

 直感的にそう思ったのは、すでにオールインの選択をし終えた後だった。


 クリックした瞬間、指先から脳髄にかけて、悪寒が電流のように駆け抜けた。

 直前までは熱く煮えたぎっていた血流が急激に冷えていくのを感じる。決定的な見落とし。絶対的有利な状況に疑いすら抱かなかった自分が、あまりにも滑稽だった。


 ああ、確かにフルハウスは強力なハンドだ。

 けれども、最強ではない。


 どんなに低い確率でも、0%でないのなら起きうる。そんな確率論の基礎も、感情的になってしまうと見落としてしまうのが人間だ。



 ミヤミヤ:【♠A  ♡A】

 ナツ  :【♠10  ♣10】


 ♠10 ♣10 ♡10 ♢10

 フォー・オブ・ア・カインド

 WINNER ナツ



「…………………」



 目を丸くする。

 口が半開きになっているのも気づかず、呆けたように画面を見つめていた。


「み、みやびちゃん?」


 心配そうに英知くんが声をかけてくれるけれど、それに答える余裕は今の私には無かった。

 画面上でナツの総チップが増え、私のチップが減って0になるのが見える。次のゲームが始まる前に、チップの補充をするかを尋ねるアイコンが出現する。けれども、私はそれに反応することが出来ず、呆然とするしかなかった。


 フォーカード。

 出現率は約0.168%。


 夏恋ちゃん風に言えば、ガチャの限定SSRよりも低い確率だ。一回の試行回数ではまず出ない。

 運が悪かった。

 こちらのフルハウスも強力だったので、ここで勝負に出るのは仕方がない。そう慰めることはできるだろう。でも、最後のオールインに関しては、言い訳できないミスがあった。


 勝負が決まったのは四枚目(ターン)の時だ。

 あの時点で、ナツはフォーカードを完成させていた。

 そのボードで最高のハンドを、ポーカー用語で『ナッツ』と言う。コミュニティカードでカードを共有する以上、相手の手札が何であろうと、絶対に勝てる組み合わせというのが存在する。例えば先程のボードの場合、フォーカードがそれだ。


 私はそれに気づかず、五枚目でフルハウスが出来たことに無邪気に喜んで、まんまとナツの誘いに乗ってしまったのだ。


「完敗、だわ」


 それ以外に言いようがない負け方だった。

 六〇〇〇ドル。およそ六十万円の負け。


 一般的には大金だけど、それ以上に、完全に心理戦で負けたのが堪える。

 これがもし、賭け金があと一桁違う勝負だったら、私も少しは慎重になったかもしれない。


 でも、最後のオールインは多分避けられなかった。


 ポケットエースでフルハウス。しかも相手からオールインを仕掛けてきた。そのゲームメイクを自分の手柄だと勘違いしただろう。それが全てナツの手のひらの上だと気づかずに。

 そう、偶然なんかじゃない。

 これは、明らかにナツに誘われた負け方だった。


「あ、どこかで見たことあると思ったら。このナツって言うプレイヤー、やっぱりそうだ」

「どしたの、英知くん」


 完全に憔悴しきった私は、英知くんのつぶやきに気怠げに尋ねる。

 それに対して、彼はスマホの画面を向けてきた。


「このアイコンの女の子、見覚えがあったんですよ。やっぱり間違いじゃなかったです。この子、バーチャルアイドルの霧雨(きりさめ)ナツですよ」

「バーチャルアイドル?」


 えっと、確かネット上でアバター越しにアイドル活動をしている人だっけ。リアルアイドルとしては、あまり活動上での関わりがないので詳しくは知らないけれど。


 件の霧雨ナツというアイドルは、アニメ調のデザインの2Dキャラクターだった。オレンジ色の長い髪を頭の高い所で二つ結びにしている、可愛らしい女の子だった。学生服のような赤い制服を着ていて、あちこちにトランプのスートをモチーフにした飾りを付けている。


 バーチャルアイドル、霧雨ナツ。

 それは、オンラインポーカーの動画配信者という、特殊なアイドルだった。



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