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【書籍・コミカライズ】世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中  作者: ぜんだ 夕里
魔導エンジンは恋の代償で回り出す……

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 そして翌朝。

 王都は大火の報せで大騒ぎになった。

 正規の奴隷市場も巻き添えを食って炎上し、一帯は更地に近い状態になってしまった。


 もっとも、人的被害はほとんど出ていない。

 配下は天井梁と壁際だけに火点を設け、通路には炎を落とさなかった。そして、煙幕等で買い手と見張りを出口へ誘導したのだ。

 多くの命を奪い、怨恨が残るのが煩わしかったから。


 ――しかし翌朝、避難先のどこを探しても奴隷たちの姿は見当たらない。

 夜陰に紛れ、私の組織が抜け目なく回収を済ませていたからである。


「襲撃者の正体は何者なのか?」

「どこかの貴族が裏で糸を引いたのでは?」

 そんな噂が飛び交っているものの、確たる証拠は見つからない。私の配下は証拠を残さぬように動くのもお手の物だ。

 ましてや被害を受けた側は、そもそも違法行為をしている闇ギルド。大々的に騒ぐ口もない。

 結果、王国議会では『奴隷市場の危険性』が一気に取り沙汰されることになった。


 こうして「奴隷制度の廃止論」が一気に勢いづく。

 ヴォルテクス公爵家の後押しもあり、奴隷自体を全面的に禁止する法案が可決される。


 もちろん、これにより安価な労働力を失った一部の商人や貴族は悲鳴をあげる。


 私は回収した奴隷たちの一部を『裏組織のスタッフ』として正規雇用し、再教育を施す。

 彼らは感謝と忠誠を抱いてくれる者が多く、組織の戦力として急速に育っていく。結果的に、今回の一件は私の勢力をより強化する形で落ち着く。


 ――とはいえ、回収した人員も多すぎて、持て余しているのも事実。この人的リソースを上手く活用したいものね……。


◇◇◇◇


 気まぐれに助け出した少女が食事と睡眠で血色を取り戻したと報告があった。

 私は執務室へ呼んだ。清潔なワンピースに着替えた少女が扉を開く。


「調子はどう?」

「はい……もう大丈夫です」

「名前を教えて」


「……トミナ、と申します」


 声は震えているが言葉ははっきりしている。

 細い指先がスカートの裾を握りしめる。

 ドブ水の臭気を吸っていた肌からは、石鹸と干し草の匂いだけが残っている。


「出自は?」

「ある屋敷のメイドだった母が私を産みました。父は――貴族だと母から聞いていますが、お顔は……」

「見たことがないと」


 うなずくたび、琥珀色の髪が肩先で揺れた。


「数日前、母の部屋が襲われて……目が覚めたら、闇ギルドの檻でした」


 私は目を細めた。


「メイドに産ませた子供を闇ギルドに攫われるなんて、くだらない男ね。闇ギルドの元締めと同じ処置を施してあげましょうか。――父の名は?」


 震えたトミナの口が開きかけた瞬間、ノックの音が聞こえる。

 そして返事を待たずに扉が開き、汗ばんだ顔のジェームズ・ニットが飛び込んできた。彼はいきなり床に手をついて頭を下げる。



「リリス様……弟のトーマスが、国境を越え砂漠地帯へ逃亡しました!」



 思わず眉が上がる。

 トミナがきょとんとした顔でジェームズを見ている。


「砂漠……?隣国でも開発することができない『死の大地』と呼ばれているところよね。……なぜそんなところに?」


 ジェームズは乾いた声で続けた。


「どうやら弟にはメイドとの間に子どもがいたらしいのです。その子が最近、闇ギルドに攫われ身代金を要求されていたと――」


 私は瞬時に合点がいった。


 ――だからあの時、あの顔色だったのね。婚外子が攫われる……って目の前にいる子じゃない。


 視線をトミナへ移す。

 彼女は戸惑いながらも、ジェームズと同じ青の瞳でこちらを見返した。


「……あなたの父親、誰だか分かったわ」


 トミナが震えながら頷くと、ジェームズは深く頭を垂れた。


「弟は、闇市での一部始終を見て……もしリリス様が真実を知れば、自分も闇ギルドの元締めのように奴隷として売り飛ばされると思ったようです。

『領地を開き、経済圏を築く野望を果たすまでは奴隷に堕ちるわけにいかない』と……それで砂漠へ」


 たしかに……。

 たった今、トミナに『闇ギルドの元締めと同じ処置を施す』などと言った気がする。

 ……それは、つまりこの子の父親を奴隷にするという意味になるわね。

 私は思わずトミナから目を逸らした。


 ジェームズは額を床につけ、両拳を震わせた。


「姪を――トミナを、お返しいただけませんか。私は伯爵家のすべてを賭け、あなたのために働きます!」


 差し出された手紙を開く。

 それはトミナ宛てに、必死に言葉を連ねたトーマスの筆跡だった。


『トミナ。生きていてくれてありがとう。


 君を奪われたあの夜、僕は自分が許せなかった。野心ばかりを語っていた男が、たった一人の娘すら守れないのだから。

 君が檻の中で怯えていた時間を、僕は一生かけても返せない。

 その上、こうして手紙でしか伝えられない僕を、許してくれとは言えない。


 ただ、覚えていてほしい。君の父親は逃げたのではなく、迎えに行くのだと。


 せめて、今後君が困らないように、手土産を持って戻る。

 王都へ莫大な利益を運び込めるだけの交易路と資源を掴んで、必ず迎えに行く。

 それまで伯父ジェームズの庇護を受けてほしい。


  不出来な父より』



 読み終えた私は静かに溜息をついた。


 ――これではまるで、私が親子を引き離した悪役みたいじゃないの……!


「立ちなさい、ジェームズ。トミナを預けるわ。ただし――」


 私は机を指で叩き、低く言い渡した。


「弟の分も含め、あなたは私に償いを続けるの。私が持て余している人員で商売を興しなさい。それなりの成果は見せてもらうわよ」


 ジェームズは一つ息を吐き、鞄から厚手の図面を広げた。

 紙面に描かれた歯車の精密さに、思わず目が留まった。


「数年前、王立工房に持ち込んで笑われた試作機です。魔鉱石を動力に、二十人がかりの荷車を一基で曳く」


 ジェームズの視線がトミナへ移り、その拳が静かに握られた。


「けれど今なら、完成させられる理由があります。鎖で人を縛るより、歯車に魔力を流す方が安く速い。この装置が実現すれば、奴隷という仕組みそのものを採算割れに追い込めるのです」


 瞳には決意が宿っている。

 私に言われる前から、この図面を持ってきていたのだ。


 ――最初からこれを売り込むつもりだったわけね。


「姪が二度と枷に触れぬように。そして私自身の誇りのためにも、必ずやこの商売で奴隷制度を必要としない世界を作ってみせましょう」


 ……正直、私にはこの図面が描いている機械の仕組みはわからない。

 けれど、燃料をくべるだけで二十人分の力を出す装置が完成するならば持て余している人員の使い道として悪くない。


 何より――この男の目。

 命を賭けて何かを成し遂げようとする人間の目を、私は知っている。


「……面白いわ。やってみなさい」


 私はトミナに歩み寄り、しゃがんで目線を合わせた。


「これからジェームズを頼りなさい。そして、伯父にべったり甘えること。……初めに言った通りよ。私の言葉に背いた瞬間、鎖より重い闇に沈むことになるわ」


 脅しと救済を一息で告げる声。

 トミナは小さく笑った。


「はい、リリス様。助けてくださって……ありがとうございました」


 その目がうっすらと潤んでいた。



◇◇◇◇



 それからわずか数か月――。

 奴隷制度の廃止は王都のあらゆる現場から労働力を奪い、一時は深刻な人手不足が叫ばれた。


 だがニット伯爵家がすべての資産を『魔導エンジン』の開発へ注ぎ込む。

 魔鉱石を炉心にくべれば、魔力と歯車が嚙み合い自走する画期的な装置。

 この動力を農機具や工場へ組み込むと重労働の大半を機械が肩代わりし、慢性的だった人手不足は驚くほど短期間で解消された。


 当初は「機械が奪う仕事で失業者が溢れる」と危惧された。

 しかし、そもそも空いていた職の穴が大きかったため再配置は想像以上に円滑だった。加えて、法律により『安価な奴隷労働』が根絶されたことで賃金は上昇する。

 所得が膨らんだ市民はこぞって消費に回り、王都は空前の好景気へと転じていく。



 後の歴史家たちは、奴隷制度の廃止が「王国史上最大級の経済的恩恵」をもたらしたと試算する。

 けれど、その追い風を陰で操った『悪役令嬢』――リリス・ヴォルテクスの名は、公的な年代記のどこにも記されていない。



 ニット家は領地に巨大な工場を設立。

 多くの人員が『公爵家』から派遣され、どんどんエンジンを生産していった。

 その結果、領地全体が工業都市へと成長しつつあった。

 かつてトーマスが描いていた『経済圏の拡大』という野望が、皮肉にも本人がいなくなった今、順調に進んでいく。



 ──もしジェームズの『魔導エンジン』が生まれなかったなら。

 奴隷市場は名を替え、主を替え、いくつもの闇に潜り込んで生き残っていただろう。

 だが彼が築いた巨大工場は、機械化による飛躍的な効率と新たな雇用を生み出した。

『労働力とは鎖につないだ人間のことだ』という前提を、根本から無用にしてしまった。


 かつて奴隷が自由を得る唯一の道は、血を流す蜂起――『革命』と相場が決まっていた。

 ところが『魔導エンジン』は、反乱の火を一度も掲げることなく。

 同じだけの社会転覆を成し遂げてしまったのである。


 鎖を断ち切ったのは剣ではなく歯車だった――。


 後世の歴史家は、その静かな大変革に敬意を込め。



 ジェームズの一連の改革を『魔導革命』と呼ぶことになる。



 ジェームズの成功は後ろ盾として資金を投じていたリリスの懐へも、そっくりそのまま利益となって返ってきた。

 さらに工場で鍛えられた一流の技術者たちが、裏のコネを辿ってリリスの組織に流入し始める。

 その結果、彼女の物流網は誰より早く『魔導エンジン』の恩恵を取り込み、拠点ごとの輸送効率は雪崩を打つように向上した。


「リリス様の先見の明はとどまるところを知りません!」


 配下たちは口を揃えて賛辞を捧げる。

 しかし、当の本人は帳簿を閉じて小さく嘆息する。


 ――この事業運をほんの少しでいい、男運に回せたらどんなに楽だろう。


 ある日、活気に満ちた工場視察から戻る途中で、リリスはふと独りごちた。


「ジェームズも……なかなかいい男じゃないかしら」


 けれど彼は愛妻家であり二児の父だった。

 制御卓の前で汗を拭いながら歯車の回転に目を輝かせる姿を、リリスは何とも複雑な思いで見つめるしかない。


 歯車が噛み合うたび、組織はさらに潤う。

 なのにリリスの胸の隙間だけが、相変わらず埋まらないままだ。




 ──そして、忘れてはならないのがトーマス・ニットの顛末である。


 魔導革命が王国の風景を変え、人々がもう奴隷の時代を忘れかけた頃。王都に信じがたい報せが飛び込んだ。

 隣国との狭間で『死の大地』と恐れられる無補給の砂漠を貫き、鉄のレールが一本の帯のように伸びてくる。その上を轟音とともに滑り込んだのは、魔鉱石炉と『魔導エンジン』を心臓部に据えた長大車両――魔導列車であった。


 列車の展望車デッキに立っていたのは――かつて王都を後にした若き野心家、トーマス・ニット。

 彼は砂漠を横断する鉄路を敷設し、隣国の良質な鉱産物や香辛料を王国へ直結させる大動脈を開通させたのだ。


 新交易路がもたらした経済効果は凄まじかった。

 王国財務局は「魔導革命」に続く『第二の黄金期』と公式に記録している。


 無謀と称された旅路を生きて戻った彼に、冒険者ギルドは最大級の敬意を込めて『帰還者』の称号を授与した。

 彼は裏社会の大物を激怒させて国を出たが、帰郷の際に莫大な献上品で丸ごと懐柔してみせた。このエピソードも含めて『帰還者』の称号はいっそう重みを増すことになる。



 以来、『帰還者』のトーマスは全国の冒険者たちの羨望を集める伝説的な存在だ。



 ――その後、列車駅のプラットフォームで成長した娘と再会し、頭が上がらず尻に敷かれる……などといった微笑ましい後日談も語り草になる。

 が、その真偽は定かではない――。

魔導エンジンは恋の代償で回り出す…… 完

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― 新着の感想 ―
言葉遊びが面白い。解釈が合ってるかわからないけど 帰還者(機関車)トーマス
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