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世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中【連載版】  作者: ぜんだ
魔導エンジンは恋の代償で回り出す……
7/9

 そして翌朝。

 王都は大火の報せで大騒ぎになった。

 正規の奴隷市場も巻き添えを食って炎上し、一帯は更地に近い状態になってしまった。


 もっとも、人的被害はほとんど出ていない。

 配下は天井梁と壁際だけに火点を設け、通路には炎を落とさなかった。

 そして、煙幕で買い手と見張りを出口へ誘導したのだ。

 多くの命を奪い、怨恨が残るのが煩わしかったからだ。

 しかし翌朝、避難先のどこを探しても。

 ――奴隷たちの姿は見当たらなかった。

 夜陰に紛れ、私の組織が抜け目なく回収を済ませていたからである。


「襲撃者の正体は何者なのか?」

「どこかの貴族が裏で糸を引いたのでは?」

 ――そんな噂が飛び交っているものの、確たる証拠は見つからない。

 私の配下は証拠を残さぬように動くのもお手の物だ。


 ましてや被害を受けた側は、そもそも違法行為をしている闇ギルド。

 大々的に騒ぐ口もない。


 結果、王国議会では『奴隷市場の危険性』が一気に取り沙汰されることになった。

 ――こうして、「奴隷制度の廃止論」が一気に勢いづく。

 公爵家の後押しもあり、奴隷自体を全面的に禁止する法案が可決される。


 もちろん、これにより安価な労働力を失った一部の商人や貴族は悲鳴をあげる。


 私は回収した奴隷たちの一部を『裏組織のスタッフ』として正規雇用し、再教育を施す。

 彼らは感謝と忠誠を抱いてくれる者が多かった。

 組織の戦力として急速に育っていく。

 結果的に、今回の一件は私の勢力をより強化する形で落ち着く。


(とはいえ、回収した人員も多すぎて、持て余しているのも事実。この人的リソースを上手く活用したいものね……)


◇◇◇◇


 気まぐれに助け出した少女が食事と睡眠で血色を取り戻したと報告があった。

 私は執務室へ呼びつける。

 清潔なリネンのワンピースに着替えた少女が扉を開く。


「調子はどう?」


「はい……あの、もう大丈夫です」


「名前を教えて」


「……トミナ、と申します」


 声は震えているが、言葉ははっきりしている。

 細い指先がスカートの裾を握りしめる。

 薬臭かった肌からは、石鹸と干し草の匂いだけが残っている。


「出自は?」


「ある屋敷のメイドだった母が……私を産みました。父は――貴族だと母から聞いていますが、お顔は……」


「見たことがないと」


 うなずくたび、茶の髪が肩先で揺れた。


「数日前、母の部屋が襲われて……目が覚めたら、闇ギルドの檻でした」


 私は唇をわずかに歪める。


「くだらない男ね。子を作ったからにはちゃんと守りなさい。それすら出来ずに闇市へ流すのなら、闇ギルドのマスターと同じ処置を施してあげましょうか。――父の名は?」


 震えたトミナの口が開きかけた瞬間、ノックの音が聞こえる。


 扉が開き、汗ばんだ顔のジェームズ・ニットが飛び込んでくる。

 彼はいきなり床に手をついて頭を下げる。



「リリス様……弟のトーマスが、国境を越え砂漠地帯へ逃亡しました!」



 私の眉は思わず上がった。

 トミナはジェームズの横でぽかんとしている。


「砂漠……?隣国でも開発することができない『死の大地』と呼ばれているところよね。……なぜそんなところに?」


 ジェームズは乾いた声で続けた。


「どうやら弟にはメイドとの間に子どもがいたらしいのです。その子が最近、闇ギルドに攫われ身代金を要求されていたと――」


 私は瞬時に合点がいった。


(だからあの時、あの顔色だったのね。……婚外子が攫われる――って、目の前にいる子じゃない)


 視線をトミナへ移す。

 彼女は戸惑いながらも、ジェームズと同じ青の瞳でこちらを見返した。


「……あなたの父親、誰だか分かったわ」


 トミナが震えながら頷くと、ジェームズは深く頭を垂れた。


「弟は、闇市での一部始終を見て……もしリリス様が真実を知れば、自分もギルドマスターのように奴隷として売り飛ばされると思ったようです。

『領地を開き、経済圏を築く野望を果たすまでは奴隷に堕ちるわけにいかない』と……それで砂漠へ」


 たしかに……

 たった今、トミナに『闇ギルドマスターと同じ処置を施す』などと言った気がする。

 私は少し気まずく感じる。


 ジェームズは額を床につけ、両拳を震わせた。


「姪を――トミナを、お返しいただけませんか。私は伯爵家のすべてを賭け、あなたのために働きます!」


 差し出された封蝋の手紙を開く。

 それはトミナ宛てに、必死に言葉を連ねたトーマスの筆跡だった。



『トミナ。生きていてくれてありがとう。

 君を奪われたあの夜、僕は君の父親を名乗る資格はないと思った。

 君に辛い思いをさせたこと、謝罪の言葉もない。

 そして、こうして君の前に立てない僕を許してほしい。


 せめて、今後君が困らないように、手土産を持って戻る。

 王都へ莫大な利益を運び込めるだけの交易路と資源を掴んで、必ず迎えに行く。

 それまで伯父ジェームズの庇護を受けてほしい。


  ――不出来な父より』



 読み終えた私は静かに溜息をついた。


(これではまるで、私が親子を引き離した悪役みたいじゃないの……!)


「立ちなさい、ジェームズ。トミナを預けるわ。ただし――」


 私は机を指で叩き、低く言い渡した。


「弟の分も含め、あなたは私に償いを続けるの。私が持て余している人員で商売を興しなさい。失敗すれば伯爵家ごと地図から消えると覚悟して」


 私は机に指を置き、静かに告げた。

 ジェームズは呼吸を整え、鞄から厚手の図面を広げてみせる。

 描かれた魔導歯車が、灯火に鈍く光った。


「数年前、王立工房で却下された試作機です。魔鉱石を動力に、二十人がかりの荷車を一基で曳く――途方もない機械だと笑われました」


 彼は図面を押さえたまま、姪へ一瞥を送り、拳を握る。


「けれど今なら分かります。鎖で人を縛るより、歯車に魔力を流す方が安く速い。資金と人材さえあれば、この装置で重労働を代替できる。もし成功すれば、奴隷という仕組み自体が採算を失うはずです」


 瞳に宿った決意は、恐れではなく確信の色だった。


「姪が二度と枷に触れぬよう――そして、私自身の誇りのためにも、奴隷制度を必要としない世界を作ります。その実証を、必ず商売で示してみせましょう」


 私は図面を一瞥し、口端をわずかに上げた。


「……面白いわ。始めなさい」


 私はトミナに歩み寄り、しゃがんで目線を合わせた。


「これからジェームズを頼りなさい。そして、幸せになること。……初めに言った通りよ。私の言葉に背いた瞬間、鎖より重い闇に沈むことになるわ」


 脅しと救済を一息で告げる声。

 トミナは小さく笑った。


「はい、リリス様。助けてくださって……ありがとうございました」


 礼を言う少女の笑顔はわずかに震えていたが、確かに希望を映していた。



◇◇◇◇



 それからわずか数か月――。

 奴隷制度の廃止は王都のあらゆる現場から労働力を奪い、一時は深刻な人手不足が叫ばれた。


 だがニット伯爵家がすべての資産を『魔導エンジン』の開発へ注ぎ込む。

 魔鉱石を炉心にくべれば、魔力と歯車が嚙み合い自走する画期的な装置。

 この動力を農機具や工場へ組み込むと、重労働の大半を機械が肩代わりした。

 そして、慢性的だった人手不足は驚くほど短期間で解消された。


 当初は「機械が奪う仕事で失業者が溢れる」と危惧された。

 しかし、そもそも空いていた職の穴が大きかったため再配置は想像以上に円滑。

 加えて、法律により『安価な奴隷労働』が根絶されたことで賃金は上昇。

 所得が膨らんだ市民はこぞって消費に回り、王都は空前の好景気へと転じていく。



 後の歴史家たちは、奴隷制度の廃止が「王国史上最大級の経済的恩恵」をもたらしたと試算する。

 けれど、その追い風を陰で操った『悪役令嬢』――リリス・ヴォルテクスの名は、公的な年代記のどこにも記されていない。



 ニット家は領地に巨大な工場を設立。

 多くの人員が『公爵家』から派遣され、どんどんエンジンを生産。


 その結果、領地全体が工業都市へと成長しつつあった。

 かつてトーマスが描いていた『経済圏の拡大』という野望。

 だが、皮肉にも本人がいなくなった今、順調に進んでいく。



 ──もしジェームズの『魔導エンジン』が生まれなかったなら。

 奴隷市場は名を替え、主を替え、いくつもの闇に潜り込んで生き残っていただろう。

 だが彼が築いた巨大工場は、機械化による飛躍的な効率と新たな雇用を生み出した。

『労働力=鎖につないだ人間』という前提を、根本から無用にしてしまった。


 かつて奴隷が自由を得る唯一の道は、血を流す蜂起――『革命』と相場が決まっていた。

 ところが『魔導エンジン』は、反乱の火を一度も掲げることなく。

 同じだけの社会転覆を成し遂げてしまったのである。


【鎖を断ち切ったのは剣ではなく歯車だった――】


 後世の歴史家は、その静かな大変革に敬意を込め。



 ジェームズの一連の改革を『魔導革命』と呼ぶことになる。



 ジェームズの成功は、後ろ盾として資金を投じていたリリスの懐へも、そっくりそのまま利益となって返ってきた。

 さらに工場で鍛えられた一流の技術者たちが、裏のコネを辿ってリリスの組織に流入し始める。

 その結果、彼女の物流網は誰より早く『魔導エンジン』の恩恵を取り込んだ。

 拠点ごとの輸送効率は雪崩を打つように向上した。


「リリス様の先見の明はとどまるところを知りません!」


 配下たちは口を揃えて賛辞を捧げる。

 しかし、当の本人は帳簿を閉じて小さく嘆息する。


 ――この事業運をほんの少しでいい、男運に回せたらどんなに楽だろう。


 ある日、活気に満ちた工場視察から戻る途中で、リリスはふと独りごちた。


「ジェームズも……なかなかいい男じゃないかしら」


 けれど彼は愛妻家であり二児の父。

 制御卓の前で汗を拭いながら歯車の回転に目を輝かせる姿を、リリスは何とも複雑な思いで見つめるしかない。


 歯車が噛み合うたび、組織はさらに潤う。

 なのにリリスの胸の隙間だけが、相変わらず埋まらないままだ。




 ──そして、忘れてはならないのがトーマス・ニットの顛末である。


 長い歳月を経たある日、王都に信じがたい報せが飛び込んだ。

 隣国との狭間で『死の大地』と恐れられる無補給の砂漠。

 これを貫き、鉄のレールが一本の帯のように伸びてくる。

 その上を轟音とともに滑り込んだのは、魔鉱石炉と『魔導エンジン』を心臓部に据えた世界初の長大車両――魔導列車であった。


 列車の展望車デッキに立っていたのは。

 かつて王都を後にした若き野心家、トーマス・ニット。

 彼は砂漠を横断する鉄路を敷設した。

 そして、隣国の良質な鉱産物や香辛料を王国へ直結させる大動脈を開通させたのだ。


 新交易路がもたらした経済効果は凄まじかった。

 王国財務局は「魔導革命」に続く『第二の黄金期』と公式に記録している。


 無謀と称された旅路を生きて戻った彼に、冒険者ギルドは最大級の敬意を込めて『帰還者』の称号を授与。

 彼は、裏社会の大物を激怒させて国を出た。

 しかし、帰郷の際に差し出した莫大な献上品で相手を丸ごと懐柔してみせた。

 このエピソードから、裏社会の大物からも土産で許されて帰ってきた『帰還者』とも語り継がれる。



 以来、『帰還者』のトーマスは全国の冒険者たちの羨望を集める伝説的存在となる。



 ――その後、列車駅のプラットフォームで成長した娘と再会し、

 頭が上がらず尻に敷かれる……などといった微笑ましい後日談も語り草になる。

 が、その真偽は定かではない――

魔導エンジンは恋の代償で回り出す…… 完

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