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世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中【連載版】  作者: ぜんだ 夕里
固く閉ざされた想いは銃でこじ開けて……

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 ジェームズはここ数日、寝食も忘れて一つの課題に没頭していた。


(リリス様を嘆かせている二つの問題……その根源は『時間』だ)


 彼の思考は、すでに常人には理解しがたい領域へと達していた。

 食料が時間と共に劣化するという、この世界の普遍的な理。

 それそのものを、リリス様の敵と認定したのである。


「既存の技術では駄目だ……」


 ジェームズは工房の資料室で、古びた羊皮紙の束をめくりながら唸った。

 瓶詰めによる食品保存の技術は、古くから存在している。

 食材を加熱殺菌し、ガラス瓶に密閉する。単純だが、効果的な方法だ。

 事実、王侯貴族の間では、ジャムやピクルスといった形で広く利用される。


 しかし、その技術には致命的な欠陥があった。


「ガラス瓶は、あまりにも脆すぎる……!」


 輸送中のわずかな衝撃で、いとも簡単に割れてしまう。

 リリスの組織が誇る、王国全土を網羅する物流網。

 その上で運用するには、瓶はあまりに繊細すぎた。

 ディノから送られてくる最高級のマグロを瓶詰めに? 馬鹿げている。

 万が一、輸送中に破損すれば、貴重な食材が台無しになるだけでなく、ガラス片が混入する危険性さえある。


 桃の蜂蜜漬けにしても同じことだ。

 リリスが愛するペット、ハニーの口にガラス片が入るなど、考えただけで身の毛がよだつ。


(リリス様の嘆きを解消するためには、ガラスに代わる新たな容器と保存技術が必要不可欠だ)


 だが、その答えはジェームズ一人の頭脳ではすぐには導き出せなかった。

 彼は自らが率いる王国最高の頭脳集団の力を借りることに決めた。


「諸君!」


 工房に集められた技師たちを前に、ジェームズはいつになく真剣な面持ちで告げた。


「本日より、我々は新たな技術開発コンテストを開催する! 議題は『ガラス瓶を超越する、完璧なる食品保存技術』!この国の食の未来を切り開くのは、我々の使命である!」


 そのあまりに壮大な宣言に、技師たちは一瞬、ぽかんとした顔を見合わせた。

 しかし、ジェームズの瞳に宿る狂気じみた熱意は、すぐに彼らの職人魂に火をつけた。


「おお! 面白そうだ!」

「やってやろうじゃないか!」


 賞金として、ジェームズのポケットマネーから破格の金額が提示されたことも、彼らの士気を大いに煽った。

 こうして、工房全体を巻き込んだ、前代未聞の技術開発コンテストの火蓋が切って落とされた。



◇◇◇◇



 コンテストは熾烈を極めた。

 技師たちは、それぞれの専門知識を総動員し、奇想天外なアイデアを次々と形にしていく。


「陶器の壺を改良し、強度と密閉性を両立させました!」

「木箱の内側に、防水加工を施した革を張り巡らせるというのはどうでしょう!」

「いっそのこと、食材そのものを魔法でコーティングし、石のように硬化させてはどうか!」


 しかし、どの案も一長一短だった。

 陶器は重すぎ、木箱は長期保存に向かない。

 魔法による硬化は、どうやって元に戻すのかという根本的な問題を解決できなかった。


 時間だけがいたずらに過ぎていく。



 そんな閉塞した空気を打ち破ったのは、一人の若い技師だった。

 彼の名はピーター。

 普段は工房の隅で黙々と金属加工を担当している、口数の少ない男だ。

 その彼が、おずおずと手を挙げた。


「あの……一つ試してみたい素材があるのですが」


 ピーターが持ってきたのは、薄く延ばされたブリキと呼ばれる素材だ。

 主に安価な玩具や屋根材として使われるもので、食材の容器として注目する者など、これまで誰もいなかった。


「ブリキは、鉄の強度と錫の耐腐食性を併せ持っています。そして何より、ガラスよりも遥かに軽く、衝撃に強い。これを円筒状に加工し、蓋を半田で完全に密閉すれば、理論上は完璧な保存容器が作れるはずです」


 その、あまりに斬新な発想。

 ジェームズの目に、光が宿った。


「……やれるのか、ピーター君!」

「はい! 私の金属加工技術があれば、試作品はすぐにでも!」


 その日から、ジェームズとピーターの、二人三脚での開発が始まった。

 工房の片隅で、夜を徹して試行錯誤が繰り返される。

 ブリキの板を寸分の狂いなく円筒状に曲げ、継ぎ目を寸分の隙間なく半田で塞ぐ。

 食材を詰め、加熱殺菌した後、最後に蓋を溶接する。


 失敗の連続だった。

 わずかな隙間から空気が入り込み、中身が腐敗してしまう。

 加熱の温度を間違え、ブリキが変色してしまう。


 だが、二人は諦めなかった。

 リリスの嘆きを解消するという、ただ一つの目的のために。


 そして、開発開始から一週間後の早朝。

 工房に二人の男の歓喜の雄叫びが響き渡った。


「できた……! ついに、できたぞ、ピーター君!」

「……はい! 」


 目の前には、銀色に輝くブリキの容器。

 中には琥珀色をした桃の蜂蜜漬け。

 完璧な密閉。完璧な保存状態。


 ジェームズとピーターは、油と汗にまみれた顔のまま、固く抱き合った。

 その目には、熱い涙が光っていた。

 それは二人の技師の静かな情熱が結実した、奇跡の瞬間だった。


◇◇◇◇


 ジェームズとピーターは、完成したばかりのブリキ容器――『缶詰』を手に、意気揚々とリリスの屋敷へと向かった。

 その足取りは、まるで凱旋将軍のように誇らしげだった。


 執務室に通された二人。

 ジェームズが恭しく、その銀色の容器を差し出した。


「リリス様! 先日、リリス様がお嘆きであった食料保存の問題、我々が解決いたしました!」


 リリスは、山積みの書類からふと顔を上げ、不思議そうにその容器を手に取った。

 ひんやりとした金属の感触。ずっしりとした重み。


「これは……?」

「『缶詰』と名付けました! ガラス瓶よりも遥かに頑丈で、長期の保存と輸送を可能にする、画期的な発明品でございます!」


 ジェームズは、開発の経緯と缶詰の利点を、熱っぽく語り始めた。

 リリスは彼の説明に静かに耳を傾けていたが、その内容を理解するにつれて、彼女の瞳は驚きと、そして純粋な感嘆の色に変わっていった。


「……素晴らしいわ、ジェームズ。ピーターも、よくやったわね」


 リリスは、心からの笑みを浮かべた。

 その、滅多に見せることのない、少女のような無邪気な笑顔。


「私の些細な愚痴からこれほどのものを生み出すなんて。あなたたちの才能には本当に驚かされるわ。素晴らしい発明よ!」


 その言葉はジェームズとピーターにとって最高の栄誉だった。

 これまでの苦労が、全て報われた瞬間だった。

 二人の胸は、達成感と幸福感で満たされる。


 大喜びのリリスは、楽しそうに缶詰をくるくると回し、様々な角度から眺めている。

 そして、ふと、その動きを止めた。


 彼女は、小首をかしげ、純粋な好奇心に満ちた瞳で、二人に問いかけた。


「それでジェームズ。この素晴らしい発明品、どうやって開けるのかしら?」


 その、あまりにも根本的な一言。

 ジェームズとピーターの顔から、サッと血の気が引いた。


 二人の脳裏に、開発中の光景がフラッシュバックする。

 ブリキを加工し、食材を詰め、そして、蓋を半田で『完全に』密閉する。

 そう、彼らは『完璧に保存すること』に、その能力の全てを注ぎ込んでいた。

 その結果、どうやって開けるかという重要な工程を、綺麗さっぱり忘れていたのである。


 リリスの無邪気な問いかけが、静まり返った執務室に虚しく響く。

 歓喜の頂点から、一瞬にして絶望の底へと突き落とされた二人の男。

 その顔は、面白いほどに真っ青だった。

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― 新着の感想 ―
缶詰!まさか、銃でこじ開ける??実物の缶詰も缶切りが出来るまで長い時間が掛かったとか…。斧でガーン!とか?w今度は皆で缶切りを作り出す?wにしても、狂気の暴走が非常食を作り出すとはwまだ開けられないか…
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