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世界を裏で牛耳る 『悪役令嬢』──恋愛だけは迷走中  作者: ぜんだ 夕里
禁断の果実は、国境を越えて愛を囁く

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 山脈の麓に立つ古びた領主の館。

 その重厚な扉はノックなく部下たちの手によって破壊された。


 私が一歩館の中へと足を踏み入れた瞬間、鼻腔を刺したのは血の香り。


 広間の床には一人の男が倒れていた。

 この地の領主だ。

 その口元からは一筋の血が流れ、手には空になった毒薬の小瓶が握られている。

 私が到着したその瞬間に自らの命を絶ったのだろう。


 ――ウィリアムの息がかかっていた、というわけね……。


 ただの協力者ではない。

 恐怖や金で支配されただけならばこうも潔く自らの命を断つことはない。

 これは、心酔にも近い忠誠の証。私はここにはいない好敵手の人心掌握術に感心すると同時に、苛立ちに似た感情を覚えた。


 感傷に浸っている暇はない。

 死体には目もくれず私は次の行動へと移る。


「領主の死は、まだ外部に漏らさないこと。館を完全に封鎖して全ての書類を押収しなさい。ウィリアムとの繋がりを示すどんな些細な証拠も見逃さないこと」


「はっ!」


 私の真の目的はこの地の奥に広がる毒の畑。

 私は部隊を率いて直ちにその場所へと向かった。



 山道を抜けた先に広がっていたのは地味な光景だった。

 毒々しい花が咲き乱れているわけでも、異様な瘴気が漂っているわけでもない。ただ背の低いありふれた雑草のような植物が広大な土地を埋め尽くしている。


 そのあまりに平凡な風景が逆にこの『魔薬』の持つ悪質さを際立たせていた。


 日常に、静かに、深く潜り込む毒。


 私の指示で王都から輸送させた最新式の『魔導耕運機』が数台、その威容を誇示するように待機していた。その一台にはこの事態を聞きつけて駆け付けたジェームズの姿もあった。


「リリス様、あの恐ろしい薬効を持つ植物が王国領内に……」

「ええ。だからこそ根絶やしにするのよ。一晩でね」


 畑で働かされていた領民たちは何を作っているのかも理解しておらず、突然現れた武装集団と巨大な機械に鍬を手に抵抗しようとする。


「何をする! この畑は領主様から我々に任されたものだ!」


 私は彼らを冷たく見下ろした。


「あなたたちの領主は急な病で倒れられたわ。そして、その遺言でこの土地の全権は本日付で私に移譲された。あなたたちはただちにこの土地から避難なさい。これは新たな領主としての最初の命令よ」


 嘘と真実を巧妙に織り交ぜた有無を言わさぬ恫喝。

 私の背後に控える精鋭の部下たちの無言の圧力。


 領民たちはなす術もなくその場から立ち退いていった。

 もちろん領地の所有権移譲に関する正式な手続きなど一切済んでいないが、そんなものは後からどうとでもなる。

 私がそうすると決めれば、法も事実も後からついてくる。


 住民の避難が完了したのを確認するとジェームズに声をかける。


「ジェームズ、準備はいいわね」

「いつでも大丈夫です。リリス様」


「それでは始めましょう」


 魔導エンジンが咆哮を上げて巨大な回転刃が大地をえぐり始める。


 一晩にして毒の畑は跡形もなく更地へと変えられた。


 そして夜が明ける頃には、色とりどりの花の種が植えられた。

 破壊の跡地に新たな命を無理やり芽吹かせた。


 この花畑が数年後には王国有数の避暑地として、新たな観光資源となる。

 そして私の懐をさらに潤わせることになるのだが、それはまた、別の話。



 王国を蝕むはずだった魔薬の大量生産計画は、その芽が出る前にこうして完全に潰え去ったのだった。



◇◇◇◇



 翌日、私は一枚の便箋に向かってペンを走らせる。

 その相手はウィリアム・マセリン。

 その文面は我ながら奇妙なものになった。


『ウィリアム・マセリン侯爵へ


 あなたと過ごした数ヶ月は今思い出しても胸が躍るほどに楽しく有意義な時間でした。

 あなたの経営手腕も知略の深さも、私がこれまで出会ったどの男よりも優れ、そして理想的です。

 きっと私はあなたのことをビジネスパートナーとして、そして一人の男性として心から慕っていたのだと思います。


 けれど、あなたの掲げる思想だけは私の信条と決して相容れることはありません。

 あなたが肯定する、破滅さえも許容する自由。

 それは私が築き上げてきた秩序と安定を根底から否定するものです。


 だから、ウィリアム。

 私はこれから私の全てを懸けて、あなたを叩き潰しに行きます。

 あなたの事業もあなたの理想も、あなたの存在そのものも、完膚なきまでに破滅させる。

 それがあなたに対する私なりの最大限の敬意です。


 リリス・ヴォルテクス』


◇◇◇◇


 後日。

 見事な花畑へと姿を変えたその場所で、私は優雅にティーカップを傾けていた。

 私の目の前には隣国から届いた一通の手紙が広がっていた。


『愛しきリリス・ヴォルテクス様


 君からの手紙、君らしい情熱的な恋文として喜んで拝読させてもらったよ。


 僕も君を慕っている。

 君の圧倒的な支配力も全てを管理下に置こうとする傲慢さも。

 そして、その底知れない器も、僕の心を捉えて離さない。


 王都での滞在は君のおかげで退屈とは無縁で極上の時間だった。


 だからこそ、君に理解してほしかった。僕の目指す真の自由な世界を。

 君ほどの女性なら、きっと分かち合えると信じていた。


 だから今回はあえて、多くの痕跡を残して国を去ってしまった。

 我ながら甘いことをしたと思うよ。

 君と共に歩みたいと、心の底から願ってしまったのだから。


 だがそれも叶わぬ夢と知った。

 ならば、仕方がない。


 リリス、これからは僕も本気で君と、君が愛するその王国を破滅させに行く。

 君が秩序の化身なら、僕は混沌の王となろう。

 この世界を舞台にどちらの理想が上か決着をつけようじゃないか。


 ウィリアム・マセリン』


 恋文と宣戦布告。

 私たちは互いを認め、慕い合いながら、しかしお互いに破滅させ合うことを誓ったのだ。


 私は読み終えた手紙をそっと畳む。

 そして傍らに置いていた『魔薬関係者リスト』に再び視線を落とした。


「……これで全ての芽を摘めたわけではないでしょうね」


 私は花畑の向こう、隣国へと続く空を見つめる。


「あなたと、あなたが生み出したこの『魔薬』を完全に排除すること。それが今後一生をかけた、私の課題になるのかもしれないわね……」


 そう呟きながら、私はティーカップを口に運ぶ。


 しかし、その胸の奥にある感情に、私は気づいてしまった。



 ――確かな高揚感。



 ウィリアムと事業の未来について語り合った、あの夜のように。

 世界を盤上に見立てた二人だけの危険で甘美なチェス。



 これが後に『魔薬王』と呼ばれるウィリアム・マセリンと、『悪役令嬢』リリス・ヴォルテクスの恋と戦争の始まりだった。



禁断の果実は、国境を越えて愛を囁く 完

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― 新着の感想 ―
普通の恋愛は不可能…。経済はまたも黒字! もしも相手とわかり合ってたら、ここまで惚れあえなかったんじゃあ?お互いの理想が、決定的に対立したからこその、ここまでの高揚感、恋が出来るんじゃあ…。つまり、ど…
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