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首都機能が完全に停止した、静寂の朝。
私の執務室に、慌ただしい報告が舞い込んだ。
ゴーストタウンと化した王都の大通り。
そこを、一台の馬車がこちらへ向かって猛スピードで進んでくる、と。
馬車には王家の紋章。
御者は半狂乱で鞭をしならせているらしい。
その報告から、いくらも経たないうちに。
王都の外れに佇む我がヴォルテクス公爵家の屋敷に、その馬車は甲高い音を立てて滑り込んだ。
「ヴォルテクス公爵令嬢……いえ、リリス様!」
王の執事が転がるように馬車から降り立ち、主君のために扉を開ける。
中から現れた国王は、青ざめていた。
彼は小走りで玄関を駆け抜け、私の待つ応接室へと通されてくる。
その頃、私はソファに深く腰掛け、優雅に紅茶を嗜んでいた。
国王は、私のその落ち着き払った姿を認める。
気まずそうに一度うつむき、そして深々と頭を下げた。
「この度は、我が王家から、あまりにも愚かで、ばかばかしい提案をした者がおり、まことに申し訳ございません……!」
私は、すっとカップをテーブルに置く。
そして、思わず本音が漏れた。
「まあ……確かに、ちょっと困っているのよね。どんな理由にせよ、こんなことになっちゃうと、私の商売にも影響が出るし」
淡々と言う。
しかし、その『商売』という言葉に、国王の肩がびくりと震えた。
彼の額には、脂汗が光っている。
「よりにもよって、私の愚息であるアレクシスが、あなた様を公衆の面前で侮辱するような真似を…… 本当に面目もございません!」
王の声は情けなく震えている。
それを受け、私は少し思案げに眉をひそめてみせた。
「うーん、こちらとしても、どうしたものかと思っているの。……今回の件で、私の部下が自主的に動いてしまって。結果的に『王都の機能を全部止めちゃった』わけだし」
あくまで冷静に、客観的な事実を述べるように。
それでいて、その一言一言に、国王が怯えを増していくのが手に取るように分かった。
「どうか……どうか、お怒りをお鎮めいただけますよう……!」
国王が、ついに土下座をしながら訴える。
その背後から、何やら重々しい台車が、ゴロゴロと車輪の音を立てて引かれてきた。
絨毯が敷かれた応接室の中央まで運ばれてきたそれを見て、私は思わず首をかしげた。
「……なにこれ?」
台車の上には、見覚えのある姿があった。
完璧なまでの土下座の姿勢で固定された、第六王子アレクシス・ドラクール。
その両手足は、魔力で編まれた拘束具によって、台座にがっちりと固められている。
口には声を発せさせないための魔刻印。
その瞳だけが、絶望と恐怖に濡れて、私を映していた。
王は、額を床に擦りつけながら、必死に説明を始める。
「あなた様に二度と逆らわず、ただ謝罪だけを続ける『置物』を捧げます……! 今や声帯を魔法で封じておりますので、耳障りな言葉を発することもないでしょう……!」
双方の侍従たちも、アレクシス王子の周囲を無感動に取り囲んでいる。
まるで失敗作の工芸品でも眺めるかのようだ。
私は、その異様な光景を、冷ややかな目で見つめた。
(『悪役令嬢』という噂に、引っ張られすぎじゃないかしら。いったい、私のことを何だと思っているの……?)
そんな呆れが、思わず口からついて出た。
「……悪趣味ね。そんなの、誰が欲しがるっていうのよ。置物にするなら、もっと可愛い彫像でも作ればいいのに」
私の言葉に、王は平伏したまま、さらに声を絞り出す。
「ど、どうか……! これで、あなた様のお気持ちが、少しでも晴れるのであれば……!」
「だから、怒ってはいないのよね」
(この悪魔への供物みたいな対応の方が、かえって苛立ちを覚えるけれど……)
そう思いつつ、私は軽く手をひらひらと振って否定する。
王は、信じられないというように顔を上げた。
その表情は、涙と汗でぐしゃぐしゃだ。
私は構わずに続けた。
「正直に言って、私も困っているの。部下が勝手に都市機能を全部止めてしまったから。うちは裏の商売で『面子』がとても大事なのよ。だから、ああいった侮辱を看過するわけにはいかなかった、ということでしょうね。……でも、私自身は、そこまで怒っているわけではないの」
「は、はあ……!」
「だから、これから私のほうで『たいして怒ってはいない』という事実を、国内外に向けて示さなければならない。穏便に済ませる方向で考えておくから、少し時間をちょうだい」
国王は、私の言葉に大きく目を見張る。
そして、安堵からか、再び床に突っ伏して嗚咽を漏らし始めた。
「ありがとうございます! ありがとうございます……重ねて、お詫び申し上げます……!」
やがて、感涙にむせぶ国王は、侍従たちに支えられながら退出していく。
だだっ広い応接室には、私と、そして台車の上で土下座を続けるアレクシスだけが残された。
◇◇◇◇
私はふう、と大きなため息をつき、ソファに深く体を預ける。
(王国に資金を還元するための政略結婚だったのに……。どうしてこう、結婚関係のことは全て上手くいかないのかしら……)
当初の計画は完全に頓挫した。
どう立ち回るか、一から考え直しだ。
とりあえず、この首都機能を回復させなければ、こちらの商売にも実害が出続ける。
「……面倒になってきたわね」
私は手近なサイドテーブルに積まれていた書類を手に取り、思考を切り替えようとした。
そこへ、メイドが淹れたてのコーヒーを運んでくる。
銀のトレーから立ち上る香りは濃厚で、幾分か私のささくれた気分を落ち着かせてくれた。
しかし、メイドが私の脇を通り過ぎようとした、その時だった。
部屋の中央に転がる台車の車輪に足を取られそうになり、危うくつんのめる。
「きゃっ……! し、失礼いたしましたっ!」
慌てて姿勢を立て直すメイド。
そういえば、何か置いてあったわね……
私はぼんやりと思い出す。
そして、書類から目を離さないまま言う。
「それ、邪魔だから倉庫にでも片付けておいて」
「か、かしこまりました……」
メイドはなぜか困惑しながら私の命令に従う。
重い台車を押し、そのまま倉庫へと運び出していった。
やがて、メイドの姿が部屋から消えると、私は再び思案に耽る。
どうすれば国と王家の面子を立て、私の部下たちを納得させつつ。
かつ諸外国の目にも『円満な和解』を演出できるのか。
頭の痛い問題だ。
「さて……どうやって軟着陸させようかしら。やれやれ」
そう独りごちた、その時だった。
私は、組み立てていた思考の途中で、ハッと気づき、わずかに目を見開いた。
「……あ、やばい。あれ、ナマモノじゃない! 倉庫で腐っちゃう!」
私のその素っ頓狂な声だけが、静まり返った広い応接室に、虚しく響き渡った。
――後日、生身の人間を倉庫と部屋の間で往復させられたメイドは。
数日間、王子が夢に出てきてうなされるという、トラウマを抱えることになったという。
彼の絶望しきった瞳が、どうしても忘れられなかった、と。




