099 決闘裁判
怒りから無意識に歩みが速まる。普段なら気にも留めない自分の足音が、無性に神経を逆撫でする。
ロッタたちを家まで送ったその足で、俺はこの町、港湾都市ランテルナの一角にある某施設へと向かった。
王家から遣わされている官吏と兵の館だ。夜分のアポなし訪問が失礼なのは百も承知だが、ことを急がねばならない。
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こんな施設の存在には、当然事情があった。
領主のベルガモ子爵は、他国から寝返った一族だ。一度裏切ったやつは何度でも裏切る。なので子爵家は、王家から未だ信用されていない。
離反の当事者は現当主ではないのだが、子は親を見て育つというし何かしら引っかかるものがあるんだろ。なのでランテルナには王直属の官吏が常駐しているのだ。
要は露骨に監視役を置いての牽制だな。子爵には針の筵かもだが、裏切りの代償ってとこか。
まあそれはいい。で、用件はロッタの父ロベルトさんの船「四羽のカモメ号」が沈没した……いや、させられた件の真相究明を求めること。
海竜に襲われたはずだったのに、船内を調査したら大違い。明らかに人の犯行と思える痕跡が多数出てきた。船の破損は少なく、積み荷は略奪され、船底にはハンマーで開けられた穴があり、重りの岩が多数……
極めつけが、貨物室に落ちていた「オルフラム(黄金の炎の意)の剣」の切っ先だ。
数日前、ベルガモ子爵の家臣ギルスタンと会った。彼はオルフラムの剣の持ち主だったが、その先端は竜を討伐した際に失ったと言っており、かつ刀身には「ガモに仇なす者、この剣の錆となるべし」の文字が刻まれていた。明らかに主君である子爵のことで、欠損した部分は間違いなく「ベル」と思ってよい。
そして船内で見つけた切っ先には、まさにその文字があったのである。導き出される答えは言うまでもないだろう。
幸いというか当然というか、館の皆さんは不躾な訪問者に協力的であった。俺がシードラ討伐に協力したことや母さんの武勲のおかげもあるが、なにより彼らに好都合だったためである。
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ちょっと厭な話になるが……
ここランテルナは、大陸有数の規模を誇る海洋貿易の要衝だ。さらに塩や真珠に各種海産物、周辺では良質な木材をも産する。王都に並ぶ豊かな町であり、莫大な富をもたらす地域だった。
なので王家はどうにか理由をこじつけ、なければでっち上げ、ベルガモ子爵から領地を没収して直轄地にしたい。少なくとも世間の目はそうだ。いつ裏切るかわからんやつが力を持ち続けるのは危険だし、単純にカネになる土地が欲しいのもあるだろう。
あまり品のいい考えではない。はっきり言うとセコい。
が、そこは政治の世界のこと。綺麗事で済むわけがない。そのくらいは俺でも分かる。
子爵家が再度どこかに寝返ったら最悪だ。内憂外患フルコース、他国は攻めてくるし盗賊は湧きまくる。謀叛を起こす貴族だって出るかもな? もちろん領土欲も皆無ではないにせよ、一番の理由は戦乱の芽を未然に摘むためだろう。王には清濁併せ呑む度量が必要なのだ。
つまり都への献上品が失われた今回の事件は、子爵が黒幕なら反逆、ギルスタンの暴走でも監督不行き届きなわけで、どちらにせよ処罰の理由となる。
上の思惑が「ベルガモ領の削減、あわよくばお家取り潰しで没収」である以上、官吏の仕事は言い方は悪いが粗探しだ。となれば俺はネギを背負って来た鴨も同然、そりゃ多少の無礼なんぞスルーしてホクホク顔よ。
夜間にもかかわらず対応は素早かった。すぐさま「四羽のカモメ号」を管理下に置いてくれたのである。
これでひと安心だ。官吏は王の代理人、もう子爵は船を差し押さえて証拠隠滅を図ることはできない。
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一夜明けて……
「まさか、領民を守るはずの騎士が……」
「父さんを殺しておきながら、何くわぬ顔で接していたのか。許せない」
「真相を明らかにして罰が下されないと、あの人は浮かばれないわ」
いつも快活なロッタ、商人らしく頭の切れるピエトロさん、そして下町の肝っ玉母ちゃんといった感じのクラウディアさん。そんな彼女らだが、さすがに今は表情が険しい。
ここは市の法廷。もうすぐ官吏による裁判が始まる。普通なら領内の事件を裁くのは領主の仕事だが、今回はその領主にも嫌疑がかかっていた。
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「落ちていた切っ先は、間違いなくギルスタン殿のものです。俺もオルフラムの剣は持っているし、母やフィリップ王子のも見ましたが、いずれも文字など刻まれていない。偶然の一致とは思えません」
オルフラムの剣はドワーフ秘伝の武具だが、彼らは安価と高品質の両立にこだわる。注文されない限り、手間隙かけて文字を刻んだりはしない。母さんや俺のに至っては無銘、制作者の名すらない徹底ぶりなのだ。
無論ギルスタンも素直に認めはせず、竜退治で失った切っ先を盗賊が偶然拾い、船を襲撃したとき落としたのだろうと主張する。また、別の剣かもしれないとも。
んなわけねーだろ。
聞けば討伐したのはグリーンドラゴン、この国で一番ありふれた種とのこと。生息地は森林だ。
てことはなにか? 山賊が海賊に転職したのか? 中型船を襲える船を用意できるなんて、近頃の山賊はえらく羽振りがいいな。
別の剣? それこそご冗談でしょ。
たまたま文字を刻む注文をした戦士が他にいて、たまたま同じか意味が通じる単語になってて、たまたま幅も厚みも、ついでに言うならフォントも同じで、たまたまその箇所を揃って欠損して、たまたま別の剣の切っ先がピンポイントで船内に落ちていたとでも? そんな都合のいい偶然があってたまるか。
追求は主君のベルガモ子爵にも及ぶ。今は両方が容疑者の段階だ。
そのやりとりについて、いちいち詳述するのは止そう。彼らは苦しい弁明と責任のなすり合いを繰り返すだけだった。正直、思い出すのもアホらしい。
やがて追いつめられたギルスタンは……
「かような事実無根の中傷、甚だ心外である。なれどかの浪人者は理非を弁えず、また私情に駆られ、我らの理路整然たる主張に耳を傾けぬ。さても愚かなるかな。この上はもはや神の裁きに真実の究明を託すのみ、神明裁判を要求する!」
口舌でなく剣で無実を証明しようと思ったようだ。
しかしまあ、恥ずかしげもなくよく言うわ。暴力に訴えといて理路整然もねえだろ。
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ここで久々に趣向を変え、ヒデトと関わりの深い人物のひとりである冒険者ギルドのマスター、エレナ・フォン・ハミルトンの手記を見てみよう。
『神明裁判とは、どちらの主張が正しいかを神の判断に委ねる、文字どおり「神」様が真実を「明」らかにする裁判のことだ。
その方法は複数あり、焼けた鉄の上を歩いて傷が腐らなければ無実とか、清浄な水に沈んで浮かんでこなかったら無実(これはインチキだと思う。もともと人間の体は水に浮くように出来てるし、仮に無実になっても溺死するわよ。名誉は守られるけど)とか、変わったところだと乾いたパンを一気に飲み込んで窒息しなかったら無実とか、ほとんどビックリ人間コンテストみたいな方法が多い。
でも、他にもよく使われる方法がある。
決闘だ。』
(エレナ・フォン・ハミルトンの手記12章『クランの抗争、ふたりの魔法使い』より抜粋)
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決闘裁判。神が正しい方を勝たせるとされ、両者の言い分が食い違ったとき、しばしば行われるやり方だった。そして、強い者が主張を通せるやり方……。
まあ当然っちゃ当然か。向こうも官吏が「ベルガモ家に難癖をつけたい」と思っている、端から有罪ありきの裁判とは百も承知だ。なら実力に訴えた方が、いくらかチャンスがあるだろうから。
騎士物語の決闘裁判は、無実の罪に問われたヒロインのためにヒーロー役の騎士が戦う勧善懲悪がお約束だ。しかし実際には、黒に近いグレーの容疑者が腕ずくで無罪を勝ち取るケースも多いと聞く。リアルは英雄譚のようにカッコよくはない。
だが異存はなかった。勝った方の主張が通るなら、俺が勝てばいいだけのことだ。
「ギルスタン殿。お会いしたとき一手の御指南に与りたいと申しましたが、真剣にて立ち合うことになりましたな」
「ほざけ若造。うぬなど井の中の蛙に過ぎぬわ」
かくてトントン拍子に準備は進む。
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数日後。葬儀も終わり、決戦前夜……
俺はロッタの実家で、今や小さな骨壺の住人となったロベルトさんに勝利を誓う。
あれからは俺もここに泊まっている。ギルスタンが闇討ち、ないし八百長を強要するため小細工を仕掛けてくる可能性があった。とくにクラウディアさんは素人だ、近くにいた方がいいだろう。
早めに床につこうとしたが眠れない。
気が昂っているんだ。バルコニーで夜風に当たっていると、ロッタもやってきた。湯浴みを終えた後なので身にまとっているのはクリームイエローのネグリジェだけ、洗い髪と火照った肌の香りがほのかに漂う。
「いよいよ明日だね」
「任せてくれ、敗けやしない」
「キミには、なんてお礼を言ったらいいか分からないよ。リンゲックでもずっと助けてもらったし、今回も自腹で滞在を延長して船をサルベージして、裁判のために決闘まで……」
「礼には及ばんさ。世話になったのはむしろ俺のほうだ」
お世辞じゃない。武芸者としてはともかく冒険者としては未経験の俺に、あれこれ教えてくれたのはロッタだ。もちろん母さんも現役時代のことを話してくれてはいたが、やはり聞くと見るとじゃ違うからな。もう一人の師匠と言ってもいいだろう。
「今回の決闘だって俺が勝手にやることだ。ほら言ったろ、仇討ちのつもりだったのに敵が生きてたら気に食わないって。商人に例えるなら、贋作掴まされた美術商の気分と言えばピンとくるんじゃないか?」
「あ~、それなら分かるかも」
緊張をほぐすため他愛ない雑談が続く。それが途切れるとしばし沈黙が流れ、やがてロッタは真剣な表情で俺に向き合った。
「勝って」
「ああ」
ふと夜風が頬を撫でた。ロッタの艶やかな髪、今は一本の三つ編みお下げにして左胸に垂らしているライトブラウンのロングヘアが揺れる。
「そうだ、ひとつ頼みがあるんだが」
「何でも言って。私なんかにできることなら」
なんかに、じゃない。
むしろ、ロッタでないとダメなんだ。
「その三つ編みを結んでるリボンをくれないか」
「え?」
思わずキョトンとするロッタ。ああ懐かしいな、初めて会った日もこんなことがあったっけ。
「べ、別に構わないけど、安物だよ?」
「関係ない。ロッタのリボンであることが重要なんだ」
物語では、騎士は心に決めた女性から贈られたリボンやスカーフなどをお守りにする。それはリアルでも変わらない。
俺は英雄譚の主人公を真似て恭しく跪き、ほどかれたリボンを受け取った。そしてロッタの手を取り、その甲に口づけする。
「明日の決闘、俺は修行中の武芸者でも、竜退治や魔王討伐の戦士でもなく……カルロッタ、きみの騎士として戦うよ。ロベルトさんやご家族の名誉のためにも」
「ヒデト……」
雲間から月光が差した。彼女の目が、琥珀色の瞳が光る。
「信じています、私の騎士様。どうかあなたに神々と精霊の加護があらんことを。……さ、戻ろ? そろそろ寝ないと」
「ああ、そうだな」
最後に海を一瞥すると、海上に月の光が反射して、さながら銀色の道のように輝いていた。古い信仰によると、あれは死者が海へ還る道しるべという。
(せいぜい最後の夜を楽しんでおけ)
俺は腰の脇差を撫でつつ、心の中でつぶやいた。あの道を渡るのはギルスタン、貴様だ。
神明裁判のくだりは別作品「元ギルドマスターの手記」12話より引用しました。




