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100 むなしき勝利

 歓声で空気が震えていた。闘技場にかれた砂の上に飛び散った鮮血はほんの一、二秒ほど陽光を浴びて輝いたが、すぐ吸い込まれて赤黒い染みに変わっていった。


 その血溜まりの前で、黒光りする古式ゆかしい鎖かたびら、その上に黄色地に黒い獅子の図柄が描かれた陣羽織サーコートをまとった騎士がうめく。兜で見えないが、その顔は激痛と屈辱に歪んでいるだろう。

 そして彼の手元――もう手がないから肘元というべきか――には、斬り落とされた両の手首と、銀の刀身に黄金の刃文はもんをもつ、先端の欠損した剣が転がっている。

 医療班が処置を始めた。死なれたら取り調べができない。


 勝利した俺を讃える歓声、敗北し罪人となった騎士への罵声と嘲笑ちょうしょう。それらがごちゃ混ぜになって右の耳から左の耳へ、まるで遠い世界のもののように素通りしてゆく。


(こんな奴のために、ロッタのお父さんは殺されたのか。家族の夢だった船は沈められたのか……)


 眼前の光景を、俺は虚しく見つめていた。勝利の高揚や死闘の余韻、命のやりとりから生還した安堵。そんなものは、どこにもありはしなかった。


 ━━━━━


 エスパルダ王国は、建国王のもとに集った英雄豪傑らが魔物や異民族を駆逐し、文字どおりエスパルダによっておこった国ゆえ武勇をたっとぶ。ここ港湾こうわん都市ランテルナは近年まで他国だったが、地理的な近さや荒々しい海の男たちの気風もあり、その点は大差ない。


 したがって街には闘技場があり、戦士が腕を競う場として、また興行や賭博の場として、今日も試合が組まれている。

 決闘裁判はここで、トリを飾るメインイベントとして大々的に行われる運びとなった。王直属の官吏かんりの皆さんのお膳立てで、な。


 つまりこういうことだ。

 王家は色々あって、ここの領主ベルガモ子爵家を取り潰そうと思っている。となれば首尾よく領地を没収できたとき、「子爵が可哀想」と市民の、あるいは「次は我が身だ」と貴族の反発を招かぬよう、極力ベルガモ家のイメージをダウンさせておきたい。

「これじゃ取り潰されて当然」という空気にしたいわけで、子爵家の家臣ギルスタンによる市民襲撃疑惑が持たれている今回の件は、絶好のネガティブ・キャンペーンなのである。


 あと、単純に俺で客を呼べるからだとか。グリーンドラゴン退治にビランとの一騎討ち、ガドラム山脈やマウルード王国での戦い、そして先日のシードラゴン迎撃と、自分で言うのもなんだが俺も相当名が売れてきた。

 なるほど会場を見れば、俺だけが目当てではないにせよ満員札止め。市民のガス抜きのため観戦料は安価らしいが数が数だし、賭けも行われれば露店だって出る。結構なカネが動いてるはずで、さすが交易都市らしく商魂たくましいことよ。


 だがそれはこちらの知ったことではない。儲けたいなら好きにしろ。俺は決闘に集中するだけだ。


 ━━━━━


 闘技会は順調に進む。


 客を飽きさせぬよう試合形式は様々で、ここでの戦いを本職とする剣闘士のほか、俺のような武芸者が腕試し兼賞金稼ぎで出場していたし、見せかけの勝負、つまり最初から筋書きの決まっている演武のような試合も組まれていた。

 あまり上品ではないが、罪人がなぶり殺しにされる公開処刑も。魔物が跋扈ばっこし戦乱も絶えぬ殺伐たるご時世、血に彩られたショーは人気の娯楽なのである。


 そうこうしているうちにセミファイナルが終わった。いよいよだ。


「さあ、ひと働き頼むぞ」

 俺が軽く撫でてやると、たくましい軍馬は満足げにいなないた。艶やかな栗毛に真紅の衣をまとい、金細工が施されたくらをつけた姿はいかにも頼もしい。疾駆すれば、たなびく裾が炎のように見えることだろう。


 決闘裁判は、トーナメントと呼ばれる馬上槍試合の形式で行われる。


 なぜならこの裁判は、沈没船の襲撃犯がギルスタンであるか否かを神に問うものだからだ。有罪なら俺を、無罪なら向こうを、その神様が勝たせるとされている。少なくとも建前上は。

 で、事件は海で起きたわけだから、神意を問う相手は当然海の神様になる。そして海神さまは馬の守護神でもあるのだ。海洋貿易の交易品を運ぶ馬が神聖視されたためらしい。


 馬を司る神の審判を仰ぐのだから馬で決めるという理屈だな。ちなみに方法は複数あり、直接槍を交えるほか、競馬や障害物競走、馬が引く戦車でのレース、暴れ馬の背から落とされないよう耐える、母さんがロデオと呼ぶ競技もあるとか。


 ギルスタンは海の男だが本職は騎士だ。馬術は徹底的に鍛えている。

 対して俺は冒険者。修行の旅に出る前から訓練はしていたし、今もリンゲックで領主の館に出向いたとき騎乗したりもしているが、自前の馬は持っていない。

 そこを考慮して、少しでも有利な方法を選んだのだろう。ていうか馬で戦うのでなければ、そもそも決闘を挑んでこなかったかもしれん。


 やはり土地柄は人に出るんだな。交易都市は武士もののふまでもが計算高い。


 ━━━━━


 会場が掃き清められ、ゲートが開く。


 俺は漆黒のサムライアーマー、ロッタのリボンを結んだ兜に身を固め、背には大太刀腰に大小、左手ゆんでに手裏剣、右手めてには槍の完全武装で馬にまたがり、場内を一周して観客にアピールののち中央へ。よそ者に熱狂的な声援なのは俺の武功ゆえか、母さんの名声のおかげか、領主に人望がないのか、その全部か。


 それはそれとして反対側のゲートが開かない。会場がざわめき出すなか、無為な時間が過ぎてゆく。はて?


 ああ、そういや母さんから聞いたことがある。サムライの故国で最強と呼ばれた武人ムサシは、コジローなる剣客けんかくとの果たし合いにわざと遅刻し、相手を苛立いらだたせて勝利したと。同じ作戦かもしれん。


 達人の戦いは案外せこい。

 母さんが言っていたように、強い人間はいても死なない人間はいない、自分とて例外ではないと知っているからだ。肉体を鍛え技を磨いているがゆえに、人の限界をその身で理解しているからだ。


 たとえ卑怯と思われようとあらゆる手を尽くすか。だが残念だったな、俺の心は怒りと戦意で満ちている。苛立ちや焦りの席は残ってないんだよ。

 しばらく経って、ようやくギルスタンが現れた。そして俺と同じく会場を一周する、が……


 遅い。遅すぎる。

 なんだ? 明らかに馬をゆっくり歩かせてるぞ。


 これはらし作戦じゃないな。むしろ向こうの方が落ち着きなく見える。もしかしてロッタの読みが当たったか?

 客席からヤジが飛ぶ。審判が早くしろとうながす。ギルスタンは適当にはぐらかす。

 と、その時。


「あ~ら。もしかして、探してるのはコイツらかしら~?」

 メイベルの得意気な声が響いた。


 現れた彼女、さらにリュカとゴーティエが連れているのは、縛られた数人の男たち。それを見てギルスタンは明らかに狼狽うろたえた。兜で顔は見えないが声と仕草で分かる。


「残念だったわね。あんたの手下は全員、私たちがとっ捕まえたわよ!」

「既に口も割ったぞ! ヒデトを脅すために、リンゲックから来てる人をさらえと命令されたって!」

「神をおそれぬ所業、騎士の風上にも置けぬわ!」

 ああ、やはりか。ロッタはこの事態を予想して、リュカたちに護衛対象の警戒を強化するよう言っておいたのだ。


「ギルスタン、まことか!?」

「ね、根も葉もなきこと! 彼奴きゃつらの仕組んだ狂言にございます! おのれ、なんと卑劣な!」

「ギ、ギルスタン様、そりゃねぇぜ!」

「俺らを見捨てるんですかい!」

 みっともなく口論を始めるベルガモ子爵、ギルスタン、そして手下ども。


 たちまち会場は騒然。係員が対応するが観客は収まらない。

 ラチがあかんな。俺は天に向かって稲妻の魔法を放った。閃光が走り、雷鳴に大気が震える。


 武器が魔法伝導効率のいい最上級品に変わったのを機に修得した新技だ。槍の穂先から放射できるため両手で武器を持ったまま使え、またガドラム山脈の戦いでリーズがやったように、敵に武器を刺して避雷針の要領で攻撃するような応用もきく。その轟音で、会場は一瞬にして黙った。


「鎮まれ! そいつらがギルスタンの手先かも含めて海神さまの裁きに委ねればいい。嘘かまことかは、この槍が教えてくれるだろう!」


 ━━━━━


 ここで一旦物語を離れ、またぞろオリヴィエ君の従者どのにご登場願おう。彼の筆によると……


『高らかに喇叭らっぱが鳴り響き、決闘が始まった。


 しかし、既にして勝敗は火を見るより明らかであった。卑劣なる企みを暴かれ、また涜神とくしんの所業ゆえに天祐てんゆうなき身であることを、他ならぬギルスタン本人が知悉ちしつしていたためである。動揺と後ろめたさは萎縮につながり、いかな達人とて技が鈍るのは避けられぬ。


 また、馬にも差があった。

 良き馬ほど人を見る。兵が将を見るように。おのが背の騎士が怯えまどっていることは、鞍を、手綱を通じて容易に伝わるものだ。

 名馬なればこそ思ったであろう、「ギルスタン頼りなし、背を預けるに値せず」と。


 対してヒデトの馬は、勇者の覇気に当てられて猛々しい。

 王の官吏の館で飼われ、重要な決闘に抜擢されただけあり、こちらもよく鍛えられた駿馬しゅんめであった。それが万夫不当ばんぷふとうの豪傑を乗せ、さらなる闘志をみなぎらせて駆ける。


 気迫が、覚悟が違った。違いすぎた。


 乗り手の怯惰きょうだが移ったか、ギルスタンの馬が棹立さおだちとなって暴れた。その隙を逃す勇者ではむろんない。


 電光石火、金色こんじきにきらめく十字の槍がくり出されるや、ギルスタンの槍の穂先が斬り飛ばされた。

 一刀ならぬ一槍両断であった。さらにヒデト、矢継ぎ早に追撃して横薙ぎに払えば、ギルスタンこれを辛うじて避けるも、どうと落馬する。


 片方が馬から落ちれば、もう一方も下馬して剣で戦うのが作法であった。ドワーフ秘伝の業物わざもの、オルフラムの剣同士の戦い……


 しかし、ここでも心の差がはっきり現れた。


 ヒデトの太刀が、燃えさかる業火のごとく激しく、荒ぶる濁流のごとく絶え間なく、吹きすさぶ烈風のごとく素早く、容赦なくギルスタンに浴びせられた。勇者の振るう正義の刃を受け、悪辣あくらつなる騎士は追いつめられてゆく。


 盾が砕けた。鎧が裂けた。兜飾りが飛んだ。


 もはやこれまで。ギルスタンは最後の力を振り絞り、せめて相討ちに持ち込むべく渾身こんしんの一撃をくり出す。それはしかし空を切り、瞬間、ヒデトの剣がとどめよとうなりをあげてはしった。


 闘技場に、ギルスタンの悲鳴が上がった。その両手首がオルフラムの剣とともに地に落ち、鮮血が白き真砂まさごあけに染める。


 裁きは下された。神罰かくのごとし、勇者は真実のため、愛しき乙女のため、またひとついさおしを天下に轟かせたのであった。』


 ━━━━━


 裁判官を務める官吏がギルスタンの有罪を宣言し、決闘裁判は終わった。天幕に覆われた貴賓席ではベルガモ子爵親子が項垂うなだれている。日を改めて、彼らの関与や背後関係も調べられるだろう。


「ありがとう……。ありがとう、ヒデト……」


 泣きじゃくるロッタに応えて、俺はゆうべ受け取ったリボンを握りしめ、天高く掲げた。

海神さまは馬の守護神

元ネタはギリシャ神話のポセイドン。


ゆんで、めて

漢字で書くと弓手と馬手。それぞれ左手と右手のこと。


馬上槍試合の作法

時代や地域により異なる。


見せかけの勝負

イギリスの作家サトクリフの代表作「第九軍団のワシ」にこの記述があった。最初から観客に知らされており八百長ではない。箸休め的なアトラクションか。

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